08 私を弟子にしていただけないでしょうか
「──大変、お見苦しい所を見せてしまったッス」
森の奥の一軒家。
そのリビングで、僕達とテーブルを挟んだ向こう側に座った、死霊魔術師さんが頭を下げ、そのまま恥ずかしそうに顔を伏せた。
あの後、失神した彼女をディセルさん達と共にベッドへ運び、小一時間ほど過ぎて今に至る。
そうして、起きてきた彼女と互いの名前を伝えあって、冒頭へと繋がったという訳だ。
「いえ、まぁ……色々と混乱させてしまったみたいですから……」
ただでさえテンパっていた彼女が、失神するトドメとなった、『僕の股間丸出し事案』……。
事故だったとはいえ、蒸し返せばお互いに不幸にしかならないので、ここはスルーする事にした。
「改めまして、ウチはロロッサといいます。まぁ……この森で隠れ住んでる、死霊召喚師ッス」
名前を告げてきた彼女に、僕達も自己紹介をする。
その際、「なんで女装を?」と聞かれ、その経緯を説明したところ、ターミヤさんに爆笑されてしまった。
ロロッサさんも下を向いてたけど、小刻みに震えていたから、きっと笑いをこらえていたんだろう。
まぁ、本人には深刻でも、他人が聞いたら笑い話なんて事はよくあるからいいけどね……。
それにしても、死霊……召喚師?
聞きなれない単語に、小首を傾げていたのを見て、ロロッサさんがもう少し詳しく説明してくれた。
「ええっとッスね……普通の死霊魔術師と違って、ウチは冥界にアクセスして亡者と直接交渉し、条件が合えば現世に呼び寄せられるっていうシステムをとってるッス」
だから、『主従関係』というより『雇用関係』に近いと、ロロッサさんは話してくれた。
なるほど、確かにそれなら死霊『召喚』師って感じだ。
さらに、今は席をはずしているものの、他にも契約を交わしたアンデッドが何人かいるらしい。
その彼等に身の回りの世話をしてもらいながら、ロロッサさんはこんな場所でも割りと快適に引きこもれていたそうだ。
でも、それは普通の死霊魔術よりも、より高度な能力が要求されるんじゃないのだろうか?
死霊魔術には詳しくないけれど、冥界に繋がるというのは、そのまま異世界に繋がるようなものだ。
はっきり言って、僕はおろか世界で五指に入る魔法使いのお祖母ちゃんですら、そんな事はできないだろう。
「いやぁ、ウチ自身は大した事はないんスけど、ウチに加護を与えてくれている冥界神のおかげでして……」
「め、冥界神の加護ぉ!?」
「ひええっ!」
思わず立ち上がった僕に驚いて、ロロッサさんは椅子から転げ落ちそうになる!
「す、すいません!びっくりしたもので……」
「い、いえ、ウチがビビりなだけなんで……」
お互いに頭を下げていると、ターミヤさんが器用にため息をついた。
『お嬢はビビりで、陰気で、ネガティブで、引っ込みじあんなんだが、スタイルと神の加護はすげぇんだよ』
「い、いやぁ……それほどでもッス。ゲヘヘ……」
照れ臭そうに嗤うロロッサさん。
ほとんどマイナスの事しか言ってなかったけど、いいの……?
ビビりなんて言われてるけど、逆にメンタルが強いのかもしれないな。
でも、本当に神の加護が付いてるのだとした、それは凄い事だ。
この世界には、三人の神が存在する。
一人は、人間やエルフやドワーフ達を産み出しだと言われる、調和を司る創造神。
もう一人は、魔族や獣人族、そしてモンスターなどを作り出した、混沌を司る邪神。
そして、最後の一人が魂の眠る場所である冥界を作った、安寧を司る冥界神だ。
創造神と邪神が争うのに目もくれず、冥界神は両陣営の死者を迎え入れては、癒された魂を現世に送り返しているのだという。
そんな神々の加護を受けるというのは、言ってみれば創造神から聖剣を託された勇者や、邪神から選ばれた魔王に匹敵するくらいの価値がある。
ターミヤさんは、ロロッサさんが邪神を信奉する連中から彼女が狙われていると言っていたけど、それも納得のいく理由だった。
「まぁ、『雇用関係』だからターミヤ氏みたいな過去の偉人も条件次第で喚べるッスけど、普通の死霊魔術師みたいに、アンデッドの軍団とかは使役できないんスよ」
「条件ですか……それは、どういった物なんですか?」
魔法使いとして、好奇心を刺激された僕は、ターミヤさんに尋ねてみる。
ある意味、魔術の根本に関わる事なので、ダメ元で聞いてみたんだけど、ターミヤさんは快く教えてくれた。
『なぁに、この現世で俺が見込んだ弟子を取り、『抜刀術』と『ニホントウ』を継がせる事。それが叶うまで、お嬢の護衛をするというのが条件だ』
そして、それが叶った暁には、いつでも冥界に還るのがロロッサさんと結んだ契約なのだという。
なるほど、確かに少ない労力で剣聖を護衛にできるのは大きなメリットだけど、下手をすれば勝手にいなくなってしまうあたりは不安定にも程があるという事か。
一長一短だなぁ……と僕が内心で頷いていると、突然ディセルさんがターミヤさんの前に移動して膝をついた。
「ターミヤ殿……どうか、私を弟子にしていただけないでしょうか!」
え……ええっ!?
いきなり、何を言うんですかっ!?
周りが驚きに固まっている中、当のターミヤさんは『ふむ……』と小さく呟いて顎を撫でた。
『見たところ、お前さんも中々デキるようではあるが……なんだって『抜刀術』を選ぼうってんだい?』
「私は……強くなりたい!アムールと、ずっと一緒にいるために!」
「え……?」
思わぬディセルさんの言葉に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「私は……アムールが好きだ!可愛い所も、優しい所も、そして強い所も!」
や、やだな……急に何を言い出すんですか♥
しかし、そう告げた彼女の表情は、みるみる雲っていく。
「……以前、アムールは勇者のパーティに加わらないかと誘われていた。だけど、誘われたのは彼だけだったんだ」
「それは……」
「それが、勇者一行から見た私達の差。悔しいけれど、アムールが勇者のパーティに戻ると決めたら、私はついていけないだろう……」
瞳に涙を浮かべながら、ディセルさんは叫ぶ!
「でも、私は彼と離れたくない!そのために、私はもっと強くならなければいけないんだ!」
まるで、胸を掻きむしり、絞り出すようなディセルさんの訴え。
そうか……彼女の様子がおかしかったのは、僕がディセルさんを置いて勇者のパーティに戻るかもしれないという、不安感から来るものだったのか……。
「ディセルさん……」
胸中の不安を吐露し、まるで泣いているかのように小さく肩を震わせるディセルさん。
その姿はいつもの彼女とはまるで違い、幼子みたいな弱々しい背中がひどく頼りない。
……僕は、なんてバカだったんだ。
パートナーだというのに、ディセルさんの不安にも気づかず、エルビオさん達からの誘いに、ちょっと浮かれていたなんて……。
もちろん、『レギーナ・レグルス』を解散するつもりなんてない!
だから、それをハッキリと彼女に伝えるためにも、僕の本心をぶつけよう!
「ディセルさん……僕のために必死になってくれて、ありがとうございます」
「アムール……?」
恐る恐る、僕の方へ顔を向けるディセルさん。
まだ不安そうだけど、『チームメイトのアムール』としてではなく、『一人の男であるアムルズ』として彼女に告げなければ!
「貴女に送った認識証……あの時は意味を知りませんでしたけど、その意味を理解した今でも、僕は貴女にそれを送りますよ」
「そ、それって……」
口元を押さえるディセルさんに、僕はひとつ頷いて彼女の手をとった。
「僕も、ディセルさんが好きです!ずっと一緒にいてください!」
その告白を聞いた彼女の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
それと同時に、ディセルさんは軽々と僕の体を抱えあげた!
「アムルズ!アムルズぅ!」
僕の本名を連呼しながら、彼女は頬を擦り寄せたり、ペロペロと顔を舐めてくる。
まるで、じゃれついてくる大型犬みたいだけど、直球で嬉しい感情をぶつけられては、抵抗する気も失せてしまう。
なので、僕は彼女の気の済むまで、されるがままになっていた。
すると、横からパチパチと手を叩く音が響いてくる。
そちらへ顔を向ければ、ロロッサさんとターミヤさんが感涙に咽びながら、僕達へと惜しみ無く拍手を贈っていた。
「他人の告白シーンを、生で見たのは初めてッス!萌えるッス!相手を想う、人の心の光はあったけぇッス!」
『若いっていいなぁ!おっさんには若者のきらめきが、眩しくてしょうがねぇや!』
祝福してくれる二人からの拍手を受け、僕とディセルさんは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
◆
それからしばらくして、落ち着きを取り戻した僕達は再び席についた。
でも、ディセルさんはニコニコしながら椅子を近づけ、僕の手を握ってくる。
ようやくいつもの……いや、いつもよりも積極的だけど、前の感じに戻ってきたようで僕も嬉しい。
『……で、どうするんだ?』
腕組みしたターミヤさんが、ディセルさんに質問をぶつける。
「……どうする、とは?」
『弟子入り志望の事だよ!忘れんなや!』
ツッコミを入れられて、ディセルさんはハッとした顔になった。
その後、誤魔化すように舌を出して、真面目な表情でターミヤさんに向き直る。
「もちろん、是非ともお願いします!」
『アムールからの想いは知ったのに?』
「それでむしろ、やる気が倍増した感じです!」
ディセルさんは、フンスと鼻を鳴らす!
その気力充実といった雰囲気に、ターミヤさんもニヤリと笑みを浮かべた。
『やる気があるのは、いい事だ。だが、それだけじゃあ、弟子にする訳にはいかんな』
そう言いながら、表に出ろとディセルさんを促す。
『少なくとも、『抜刀術』を継げるほどの土台はあるのかどうか、調べてさせてもらうぞ』
つまりは、入門テストか……。
そんな、剣聖から出題される入門テストに興味とほんのわずかな心配が湧いた僕は、外へ向かう彼女達の後についていくことにした。
前を行くディセルさんの背中に、「頑張ってください」と声をかけると、彼女は片手をあげて返してくる。
大丈夫、ディセルさんならできるさ……自分に言い聞かせるように、思いを胸に秘めながら見守る僕の視線の先で、二人の剣士は静かに対峙した。




