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68.晴れ渡る空、翔べたなら(六)

読んでくださる方、ブクマ、いいね、感想をくださる方、ありがとうございます。


「世話になったな。楽しかったぞ」


 模擬戦の汗や汚れを清浄魔法で落とし、改めてトールの前に立つベルクート。

 その姿は堂々とした王太子そのものであった。

 背後には整列した近衛騎士達とタームが控えている。


「殿下の力になれたのでしたら何よりです」


 屋敷の前で、トールが代表して見送りの言葉を述べる。

 ベルクートは、にやっと笑った。


「もちろん、なっているとも! おれが王になった後も、勇者として国と民のために力を貸してくれると思ってよいな?」


「いいですけど、そんなこと気にしてたんですか?」


 たちまち態度が崩れたトールに向かって、ベルクートが笑い出す。


「格好のつかぬ奴だ! まあ良い、言質は取ったぞ! コメも貰ってゆくからな!」


 王太子は機嫌が良さそうに見えた。

 トールが決まり悪く頭をかいていると、屋敷の玄関をくぐってエレイシャとマイカが現れた。一緒に魔術で荷物を積み込んでいたのだが、どうやら終わった模様だ。


「トールさん、ありがとうございました。私もイナサへ戻りますので、何かありましたらご連絡を」


 エレイシャは通常通り、冷静な佇まいである。


「ああ、こっちこそ。急な特別業務だったよな」


「いえいえ、マイカを野放しにしておけませんでしたので、私から志願したのです。ジョーとフロウに迷惑をかけてしまいましたけれど……フロウには、うちのネコまで見てもらっておりますし」


「あ、そうだったんだ」


「フロウがますます相手をしてくれなくなる、とジョーがわざとらしく嘆いておりましたね」


「相変わらずだな。今度、イナサの様子も見に行くよ」


「かしこまりました。お待ちしております」


 頭を下げたエレイシャの横で、マイカはニコニコして何も言わない。


「あの……マイカさん?」


 これは珍しい。

 ……むしろ何か企んでいそうだ。

 トールの予想は的中し――マイカは内緒話でもするように唇へ人差し指を当てて、つぶやいた。


「勇者君、よく見ててね! ――〈風揚〉」


 ふ、と風がそよいだ。

 マイカの身体が重力を忘れたように持ち上がる。

 髪の毛の先も、魔術師のローブの裾も、ひらりと宙を舞う。


「飛ぶ魔術……ですか?」


「そそそ! 頑張って描いたんだよー」


「凄いですねえ」


 ラクサには今まで無かった「風と揚力で飛ぶ」という概念を創出したのだ。魔術に詳しくないトールでも、かなり大変そうに思える。


「でしょー! んでもって、ほい!」


 マイカがスッと腕を伸ばし、トールの手首をつかんだ。

 途端、彼の身体もふわ、と浮く。


「うわっと! マイカさん?!」


「ちょ、マイカ! 何をしているんです?!」


 飛行魔術に驚いて固まっていたエレイシャが、我に返った時には手遅れで――。

 マイカは杖を振り回し、ぐんっと空中に飛び出した。

 腕を取られているトールも、一緒に引っ張られた。

 一瞬の出来事だった。


「うははははー! 大成功ぅうううう!」


 底抜けに明るい高笑いと共に、マイカはトールを天空へ掻っ攫っていく。

 フェンがいれば実力行使で止められたかもしれないが、この時はたまたま、勇者の仲間達はみんな忙しくしており近くにいない。

 マイカのやりたい放題だ。


「あああああ! あの天才馬鹿――――!!」


 珍しくエレイシャが絶叫する声が、ひゅうひゅうと風の音に紛れて消えた。



✳︎✳︎✳︎



 トールはマイカに手を引かれ、真っ直ぐに上昇していく。

 飛行機というよりはエレベーターに乗っているような感覚だ。


「マイカさーん! あんまり上へ行くと危ないですよ!」


 ローブをはためかせて飛ぶマイカに声を掛ける。


「あははのはー! 勇者君てば全然驚かないねー?」


 マイカが空中に静止する。実に楽しそうだ。


「これくらいなら、仮に落っこちても平気なんで。高さもそこまでじゃないですよね?」


 体よく拉致された格好だったが、トールにさほど動揺はない。

 恐らく今の高度は建物の五階から六階というところか。

 マイカに手を離されれば落下するため、常人なら逃げられないが……勇者はこの程度、どうということもない。いつでも地上に降りられる。


「うわぁ冷静! うん、今の術式だとこの辺が限界なんだ。速度もそんなに出ない。まだ完璧とは言えないね。さすが勇者君」


 〈風揚〉は革新的な魔術ではあるものの、足りない部分も多い。この術を起点に改良を重ねていくのだという。


「俺の故郷でも、飛行機が事故を起こすと冗談抜きで大変だったんで。くれぐれも気を付けてくださいよ」


「えっへっへ、問題なーい! この瞬間に〈風揚〉が切れても別の魔術で対処できるもん」


「この人は全くもう……」


 マイカはまるで頓着しない。

 が、さらに高い空を高速で飛ぶことになった場合……いくら魔術師でも失敗すると危険なのではないだろうか。

 あとでエレイシャとフェンを通じて注意してもらおう、とトールは内心で決意した。

 とりあえず今は――


「おー、みんな結構ちっちゃく見えるなー。心配させないように手でも振っとくか」


 せっかくなので楽しんでもいいだろう。

 マイカはその様子を見て、また声を上げて笑っている。両者とも緊張感は全くなかった。


「あーもー勇者君、頭のてっぺんから爪先まで面白いわぁー。こーやってニホンでも飛んだことあるの?」


「生身で飛ぶのは無いですけど、似たようやつなら」


 いわゆるスカイスポーツには縁がなかったが、展望台やら絶叫マシンやらで高所に慣れているとは言える。これはラクサ人にはない強みかもしれない。


「そっかぁ。勇者君はほんっと、ココとは違う場所に居たんだねえ。――ゴメンねえ」


「……うん? なんの謝罪ですか?」


 いきなり空中散歩をかましてきた件、にしては唐突だ。

 トールは首を傾げた。


「んー、色々。私ねえ、実は今までやってた研究がどーしても上手く行かなくってさあ。気分転換兼ねて別の仕事をしてきなさい、ってトラスに引っ張り出されたんだよねー」


「マイカさんでも、そういうのあるんですね」


「そだね。もう無理なのは分かってたけど、諦めがつかなかった。描きたいのに描けないって、今までなかったんだよね。二度と術式が創れないかもしれないって思った」


 マイカの目が、遠くを見た。

 だが、それも一瞬。トールに視線を戻し、にこりとする。


「……でも勇者君に色んな話を聞かせてもらって、色んな可能性があるのに気付いて。また描きたい魔術がいっぱいできちゃって、ね。んでー、その反動? ちょっぴりハシャギ過ぎちゃったかもなあって思うワケ」


「うーん、そうですか。ちょっぴり、かな……?」


 トールは遥か地上を見下ろした。

 ちょっとどころではないような気がする。

 マイカもクスクス笑った。


「あーあ、エレちゃんと……フェニックスも来ちゃったね。二人してメチャこわーい顔してるわぁー。魔力バシバシ飛んできてるしぃ。これ降りたら怒られるやつだよねー! 勇者君に守ってもらおっかなぁ」


「俺の経験上、ちゃんと怒られといた方がいいと思いますよ?」

 

「――あはは! そうかもね。勇者君さ、そんなにしょっちゅう怒られてるの?」


「残念ながら失敗ばっかりしてるんで……」


「うくくく! なるほどね!」


 マイカは滑らかに魔術を制御し、トールを連れて緩やかに飛翔する。


「……私はね、失敗するの嫌いだよ。特に魔術で失敗するのは許せなかったし死ぬほど悔しかった。でも、その結果としてキミに会えて、新しい研究がいくつも生まれたんだ。これで良かったのかもしれないね……」


「俺は魔術のこと全然分かりませんけど、マイカさんが真剣にやってるのは分かりますよ」


「ふふ、ありがと」


 マイカには困ったところがたくさんあるが、真理と深淵に対しては常に真摯だ。だから憎めないのである。


「――初めて来たけど、空ってイイねえ。ずっと翔んでいたくなる。もっともっと高いところには何があって、どんな景色が見えるのか……空の向こうから来た勇者君なら知ってるのかな?」


「それは……」


 トールは口ごもった。

 召喚された時はまばゆい光に包まれて気が付いたら、という感じだった。宇宙空間を旅した訳ではない。たぶん。

 現代日本の一般的な天文知識はあるが――話していいのか判断がつかない。


「あ、いーよいーよ、言わなくて。今まで聞かせてもらった話だけで手一杯だもん。キミはほんとに知識の宝庫というか、奇跡の塊だねー」


 マイカはのんびりと言い、高度をゆっくり下げていく。


「さてさて、そろそろ帰らないとね。待ってる人、いるもんね。魔術がまた創れる。いつでも翔べる。勇者君、キミのおかげだよ。だから……ごめんね、じゃなくて……ありがと」


 そう言って、屈託なく笑ったのだった。



 この後、地上へ降りたマイカはエレイシャにきつく叱られ、ついでにトールはフェンから危機感が足りないと火花を散らして怒られ、二人して謝る羽目になった。

 王太子のお見送りだと言うのに、随分とグダグダである。

 ベルクートは大爆笑していたので、これはこれでよかった……のかもしれない。



✳︎✳︎✳︎



 イナサーク辺境伯領に日常が戻ってくる。


 出発前にちょっとした事件(アクシデント)はあったものの、王太子ベルクートは騎士と魔術師達に護られて帰還した。今はスピノエスから王都へ馬を走らせている頃合いだろうか。

 王太子の護衛、と言うよりマイカのお目付け役で出向していたエレイシャもイナサに戻った。これからネコの機嫌を取ります、と〈伝書〉の連絡の末尾に書いてあったとか、なかったとか。

 シャダルムとリンテも、ここでの生活に慣れてきたようだ。

 ゼータ家の使用人達も同様。彼等は交代で、勇者屋敷にも通ってきてくれる。

 住み込みのネイとランだけでは、増改築した屋敷の維持管理が回らない。が、トールはどうしても人にかしずかれる生活が苦手で、折衷案としてこうなった。



 トールは変わらず農業生活を送っている。

 ただし今日は、久しぶりの外出だ。

 身体強化の魔法を馬に掛けた上で、しばらく走らせた場所に来ていたのである。


「メルギアスは……まだみたいだな」


 トールがここに来る理由、それは農業――ではなく魔族メルギアスとの情報交換だった。

 待ち合わせの大まかな日時は、以前にもらった通信用の魔道具で決めている。

 が、魔族はどうも時間には大雑把であるらしい。それにメルギアスは集落でも有数の戦士として色々と多忙なようで、遅れてくることが多い。

 一方のトールは日本人の習性で、余裕をみて早めに出発するのだが……到着後、だいたい待ちぼうけを食わされる。

 移動距離が長いのはあちらの方であるし、そもそも魔族のことを教えてほしいと頼んだのはトールだ。仕方がないと割り切ってはいるが。


「…………暇だなあ」


 普段に輪をかけて待たされている。体感で三十分ほど経っているが、メルギアスが来る気配がない。今日は一際忙しいのかもしれない。

 周りに何もないので、トールもやることがない。

 今までは周囲の探索や地図作りをしていたが、だいたい終わってしまった。


「時間潰しになるものは……うん、無いなら作るか!」


 勇者兼、勤勉なる農家の行動は決まった。


「田んぼ造っちゃえ」


 待ち合わせ場所も当然ながら、草一本もない荒野だ。

 ついでに開墾してみてはどうだろう。

 やや魔族領寄りではあるが、ここもトールの領地。開拓して悪いことは一つもない。

 軽い気持ちで勇者の挑戦が始まったのである。



 聖剣と聖鎧装が唸ってサクサクと田んぼが出来上がる。

 近くに川があるので水を引いてくる。

 大した面積ではない。それこそ日本で言うネコの額というやつで、すぐ終わった。

 籾まきも手作業で済ませる。まく時期がやや遅いものの、トールがやると精霊の加護――えこひいきとも言う――が発生する。収穫も度外視の家庭菜園のようなものだし、少々出来が悪くても問題はない。


 メルギアスはまだ来ない。きっと今日は、本当に忙しいのだろう。


「うん、仕方ないな。そういうことあるある」


 それをいいことに、馬用の草地や池も造ってしまった。精霊に依頼すれば、不毛の大地にも簡単に青草が生える。

 乗ってきた馬を放してやると、池で水を飲んでから草を食べ始めた。賢い馬である。


「よし。我ながら良い仕事したんじゃないか?」


 勇者が無駄にやる気を出すと、雑な奇跡が大盤振る舞いされてこうなるという見本が出来上がった。

 今後はメルギアスを待つ間、農作業をやることにすれば一石二鳥だろうと、トールは額の汗を拭う。


 上空で、ざあっと風が鳴った。


 待ち人か、と顔を上げると、青空に一粒の黒い染みを落としたような影が見えた。

 宙を滑るように飛ぶ人型のシルエット。

 だが接近するに連れて、トールの眉間に皺が寄っていく。


「……メルギアス、じゃないな……?」


 メルギアスではない何者かは、しかしはっきりと、この場所を目指して飛んできた。

 そしてトールの目前に降り立つ。

 彼より一回り以上、小さかった。

 年格好はランに似ている。

 だが華奢な身体を反らすようにして仁王立ちになり、くびれた細い腰の上に片手を当て、もう片方の手でびしっとトールを指差す。

 桃色の唇が動いて何かを言った。

 だが。


「――――××××××××××! ×××××?! ×××××、×××××!!!」


「……んん?!」


 何を言っているのか、は全く分からなかったのである。



✳︎✳︎✳︎



「××××××!! ×××、××××、××××××××!!」


 飛んできた何者かは、少女のような見た目をしていた。

 だが薄い水色の肌に翡翠色の髪と目を持ち、蝙蝠のような翼と、先端がハート形をした細い尻尾があった。


(何というか。小悪魔、いやサキュバス的な……)


 魔族らしい鮮やかなカラーリングと相まって、どこのアニメキャラだと突っ込みたくなるような姿だ。

 顔立ちも可愛らしいが眦が吊り上がっていて、ご機嫌はすこぶる悪い。

 口から飛び出す甲高い音の連なりも、内容は一切分からないもののニュアンスは通じる。

 ――物凄い勢いで文句を言われているらしい、と。


「×××××××××××××××? ××! ××! ××××××××××!!」


 しかし初対面の相手である。トールには心当たりがない。

 事情を聞こうにも少女魔族は完全に怒り狂って悪口らしきものを言い続けており、トールは口が挟めずにいる。


「×××××……、×××××……」


 致し方なく拝聴していると、ついに怒涛のクレームが途切れた。

 ぜーはーぜーはー、と少女魔族が肩を上下させている。息が切れてしまった模様だ。

 ようやく話ができるだろうか。

 トールは口を開きかけたが――


「――――アミス!」


 今度は聞き覚えのある声と共に、メルギアスが空から降りてきた。


「……××××! ギア!!」


 少女魔族は、即座にメルギアスへ抱きついた。

 しきりに頭をすりすりしている。じゃれつく小動物のような有り様だ。


「……何があった」


 メルギアスが困ったように、トールを見た。


「いや、メルギアスを待ってたら、その子が先に来たんだけど。なんかこう、怒ってるっぽい感じ? でも何を言ってるのかサッパリでさ。魔族の言葉かな?」


 少女魔族はメルギアスに引っ付いたまま顔を上げ、トールを睨む。


「……×××?」


「うん、ごめん。全然分からないな」


「アミス。トール、一応は人族だ。魔力、通さないと言葉は通じない」


「え? そういう仕組み?」


 メルギアスは大陸共通語が話せるのだと思っていたが、どうやら違うらしい。


「声、魔力を乗せるだけだ」


 勇者の自動翻訳スキルのように常時発動とは異なり、意識して言葉を翻訳する魔法を使っているという。

 その割にメルギアスは片言のような喋り方をするが、元から口下手な性格で、翻訳魔法も苦手だからだとか。


「……アミスは魔法、上手いはずだが。忘れていたのか?」


 アミスと呼ばれた少女魔族は、ぷっと頬を膨らませた。


「――何よ! じゃ、アミスが言ってたこと何にも聞いてなかったんじゃないっ! このうすのろ! 愚図! ハゲ!!」


 今度は意味が通じた。確かにメルギアスよりも言葉は流暢だ。

 が、分からないままの方がよかったかもしれない。

 そのくらいストレート過ぎる罵倒である。


「とりあえずハゲは違うぞ? 髪には不自由してない」


「なんですってえ?!」


 悪口のチョイスについて指摘すると、アミスはますます眉を逆立てた。


「よせアミス。そもそも何故、居る」


 訊かれたアミスは一転して甘えた顔になり、またぎゅうぎゅうとメルギアスに抱きつく。


「だって! ギアが出かけちゃうと……アミスさびしーんだもん!」


 第二の魔族出現、と思いきや。

 ずいぶん他愛のない理由であった。


「えーと。この子、メルギアスの知り合いで間違いないんだな?」


「群、同じだ。アミスと言う」


 メルギアスが説明してくれた。

 アミスは同じ「群」――魔族の集落に住む仲間だそうだ。

 強い戦士であるメルギアスに憧れていて、しょっちゅう話しかけてくるのだという。

 と言ってもメルギアスはこのところ魔物狩に忙しく、集落には寝に帰るだけのような状態であった。アミスは構ってもらえず不満が溜まっていたようだ。

 今日こそはとメルギアスを待ち構えていたところ、人間、つまりトールに会いに行くから遊ぶ時間はないと言われ、アミスの不満が爆発したらしい。

 空気が読めない人間をとっちめてやろうと先回りして――こうなった模様である。


「ニンゲンなんかに会うの、どこが楽しいの?」


 当のアミスは反省していない。


「……借りが、ある。言っただろう」


「四つ足が言うこと聞かないのはギアのせいじゃないでしょ! ニンゲンのところに行っちゃったら仕方ないのに。ギアばっかり大変なの、おかしいよ!」


「約定は約定だ」


 以前からトールも察していたが、メルギアスは非常に責任感が強い。

 人族領へ侵入してしまった魔物を狩るために身体を張っている。

 魔族も魔物も、魔王の命がない限り魔族領から外へ出さない――そんな大昔の約定を守るために。

 だが、メルギアスが悪い訳ではない。トールにも分かっている。

 共に討伐した多頭蛇(ヒュドラ)もそうだ。あんな魔物、天災と同じで不可抗力と言える。

 あの時メルギアスは全力で戦っても及ばず、トールを頼った。

 しかしトールも、フェンとセレストを救うためにメルギアスの飛行能力を頼った。

 だから互いに貸し借りはない、アミスの言い分が正しい。

 ところがメルギアスは借りを返すと言い続けている。

 妙なところで律儀なのだ。


「むー! ダメだよギア! こんな腐れニンゲンほっとこうよ!」


 きゃんきゃんと喚くアミス。

 身体の前面をメルギアスに押し付けたままだ。


(メルギアス、よく平気だなぁ……)


 愛らしい少女に思い切り密着されていながら、メルギアスは顔色一つ変えない。

 あえて詳細は言わないが、あれは絶対に当たっている。

 トールは感心半分、呆れ半分で魔族同士のじゃれ合いを眺めた。


「トール。キサマどこを見ている」


 勘の良さを発揮したメルギアスに軽く睨まれた。


「あー、いや別に。仲良いんだな」


 ギア、と愛称らしき呼び方をしているし――アミスが本心からメルギアスを慕っているのは明らかだ。

 魔族も同族の間なら、人間のように情愛があるらしい。


「…………妹のようなものだ」


 メルギアスは言葉少なにつぶやくと少女の肩をつかみ、べりっ、と音がしそうな勢いで引き剥がした。


「やーん! ギア! 何するのよー!」


 アミスは首の後ろを持ち上げられた仔ネコ同然となり、手足と翼、尻尾をパタパタさせて暴れる。

 思わずトールは笑ってしまい、また怒りに満ちた顔で睨まれた。


「――わ、笑うなぁ! アンタのせいでしょうがぁ! 下等なニンゲンの分際でッ!」


 再び、ずびしっとトールに指先を突きつけるアミス。


「ギアはアミスのなんだから! ニンゲンなんかに! 絶対! 渡さないんだからぁ!」


「あーはいはい。悪かったよ」


 こんな風に凄まれても、全然怖くない。

 アミスは魔法が得意だという。しかし、魔族の中ではかなり若く――子供のような年齢なのではないだろうか。

 トールの能力では、魔力から年齢を読むなどという器用な真似はできないため推測になるが。

 一方、相手が勇者の脅威になるかどうかは分かる。

 アミスの力はメルギアスに遠く及ばない。

 つまりトールなら腕の一振りどころか、デコピン一発だ。

 そんな相手に喧嘩を売りにくるアミスは命知らずもいいところだが、トールが仮にも勇者だと知らないのだろうか?


「ちょっとー! マジメに聞きなさいよぉ!!」


 ――知らないのかもしれない。


「聞いてる聞いてる。うん、メルギアスに無理させてるつもりはなかった」


「無理、していない」


「妹みたいな子を寂しがらせたらダメだろー」


 四角四面なメルギアスをつい、揶揄ってしまった。


「…………」


 やや苦い顔をするメルギアス。

 アミスはまだ紫色の腕に掴まれて、空中でぷらんぷらんしていたが――ここぞとばかりに口を挟む。


「そうよ! ギアはアミスの()()()()()なんだから!」


「……はい?」


 トールは瞬きをする。


「だいじなギア()をニンゲンのオスなんかに渡さないって言ってるの!!!」


 聞き間違いではなかった。

 二度もアミスは口にしている――「姉」だと。


「あー……うん、そうか。メルギアス、女だったのか……?」


 まるきり気付かないどころか疑いもしなかった。

 魔族に変身能力があるのは知っていたのに。

 我ながら間抜けだなとトールは思った。


「――はあ?! うっそでしょ? 魔力を視たら一発で分かるでしょっ」


 アミスが激昂する。


「うん、まあそうだけど。それってほら、魔族基準なんだ。悪いけど俺は無理! 魔力で見分けるとか、一番苦手で」


「魔力ある癖にできないとか無いから! アンタ一遍、じゃなくて三百万遍くらい死んできなさいよ! バカ! 節穴! 鈍感!!」


 聞くに耐えないアミスの罵詈雑言も、この時に限っては正しかったのである。



ずっと明言していませんでしたが、メルギアスは女性です。ベタな展開でさーせん。

アミスは見た目通りです。

小悪魔系スケベサキュバス男の娘ではありません。

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