表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/76

62.満月の夜、餅と団子が(五)

ようやく作中の桜シーズンが終わります。が、米作りはまだまだココからです。

のじゃロリ豊穣神じゃなくて稲作馬鹿勇者が主人公ですが、サクナヒメ好きな皆さん、本作もよろしくお願いします(波には乗っかっていくスタイル)


「――マイカ! トールさんに迷惑だと言ったでしょう」


 全く自覚のない二人を引き留めたのは、フルーツを盛った皿の脇に立っていたエレイシャであった。


「あれ、エレイシャさん?」


「トールさん。マイカが悪いとは言え、トールさんももう少し用心なさってください」


「え? えーと」


 まだ状況が飲み込めていないトール。

 根が日本人のせいか、どうも他人を疑うのが苦手なのである。

 相手に悪意があれば、不思議と勘が働いて用心できるのだが。

 なお日本にいた時は人物鑑定などできなかったので、勇者に授けられた能力と思われる。遠慮のない仲間達には「トールがお人好し過ぎて危ないから、女神が配慮したに違いない」と言われるくらいであった。

 だがマイカのように悪意がない場合は無効のようだ。

 

「あーそっか。ごめんねー、どーしても勇者君と話したくってさあ」


 マイカは無邪気にニコニコしている。

 彼女もまた自覚のなさはトールと良い勝負であり、そのまま物影に勇者を引っ張り込んでしまうところだったのだ。色っぽい気持ちはなかったにしても。


「マイカがいかに既婚者と言ってもですよ。駄目です」


「なに言っちゃってるのー。貴族の離婚って、もんのすっごく面倒なんだよ。エレちゃんも知ってるでしょ? トラスもしないと思うよぉ。独身に戻るのは無理じゃない?」


「独身はもっと駄目に決まっておりますが?!」


 こめかみを押さえて「頭が痛い」という顔をするエレイシャである。


「えーと? マイカさん、そんなマズい話をしようとしてたのか。やっぱり本当は殿下の護衛じゃなくて、なんか目的があるってこと?」


 さすがにトールも気付いた。


「こそこそしてるのはフェニックスに見つかると怒られそーだからで、別にいけないことしようとか思ってないよ! 殿下の護衛はさ、ぶっちゃけターさん居ればだいじょーぶだもん」


「考えなしにぶっちゃけ過ぎですよマイカ」


「エレちゃん、ひっどーい。親友なのにぃ……話を戻すよ? エレちゃんに聞かれたって全然いいよ。あのね、勇者君には私が来た理由を話しておこうと思って。実はロジオン師団長に頼まれたんだ。フェニックスと勇者君の様子を見てきてほしいって言われてる」


 イナサーク領で起きた色んな出来事を上級魔術師として調査するため。加えてトールとフェンに困っていることがないか聞き取るために、マイカが派遣されたのだという。


「でもフェニックスがさ、バッキバキに警戒しちゃってるしぃ。このまんまじゃ素直に教えてもらえそーにないからさ。こうやって話すのもひと苦労だよー」


「ハァ。マイカが引っかき回しに来たと思っているから、だと思いますけど? あなたは色々と前科もあるでしょう」


「マイカさんの前科?」


 穏やかならぬ言い方である。


「……実はですね」


 エレイシャに事情を説明されて、トールもようやくマイカの駄目っぷりを把握した。

 つまり相手が男性でも、魔術の研究が絡むと警戒心が飛んでしまうというアレを。


「うわ、危なかった……」


「トールさんは違うと信じておりますが……相手もあわよくばと思ったり、最初から下心ありきでマイカに近づいてきたりする場合も当然ございまして」


 魔術師は滅多に結婚しないが、彼等も人間なので当たり前のこととして男女のお付き合いはある――そう話すエレイシャも苦い表情である。


「一部の魔術師……一部なのですけれど、残念ながら身持ちが堅いとは言えないのですよ」


「あーゆー連中、なんで魔術の話してただけなのに途中から口説いたり肩抱いたりしてくるんだろーね?」


「マイカが隙だらけだからです。なのに、このアホの子はまるで学習しないと申しましょうか」


 マイカ自身はあまり男性に興味がないのに、脇が甘過ぎて屑ばかり引っ掛けてしまい、修羅場になったことも多々あったというのである。


「またまたーひっどーい。今はほとんどないよ!」


 頬を膨らますマイカに対し、エレイシャは冷静に突っ込む。


「それはマイカが賢くなったのではなく、副団長が睨みを効かせているからだと思いますが?」


「トラスぅ? そういえば結婚する時、師団の綱紀粛正の一環ですって言ってたけどさー」


「ちょ、異世界っていうか異次元だな?! そういう理由で結婚するものなのか……」


「いいえ、トールさん。全く普通ではございません。マイカ。今さらですけど、あなた達どうして結婚までしたんです? お付き合いしている噂もありませんでしたよね?」


「うん。だってお付き合いしてなかったし」


「結婚した理由が余計に謎ですが」


「お互い風よけに便利だから? トラスは結婚しろってうるさかった」


「あの副団長が?!」


「あ、間違えた! あのね、トラスは結婚しろってうるさかったみたい」


「……みたいとは何です?!」


「ほら、トラスんち貴族でしょ。親御さんとか、お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、親戚とか。あと子供の頃から一緒の侍女さんとかが、みーんな結婚しろー結婚しろーって。それでイヤだったらしーよ」


「肝心の単語を抜かさないように。では副団長はご実家の事情で結婚相手を探していて、マイカも受け入れたと。言ってみれば契約結婚ですか」


「そーそー。そー言ってるじゃん?」


「言っておりませんが?! ハァ、全くあなたという人は」


 エレイシャは気持ちを落ち着けるためか、持っていたグラスの中身を一息に空けてしまった。

 ――確かアレはかなり度数の高い酒だったはずだが、大丈夫だろうか。

 女性同士のやり取りについていけなかったトールは(異世界にも交際ゼロ日婚あるんだな)などと思いながら聞いている。


「私はあれだよ。オトコより魔術の方が好きだし。結婚はどうでもいいけど、静かだと研究がはかどるからね。まーまー悪くないって感じかな」


(どうでもいいのに結婚したのか……いや、どうでもいいから結婚もしたってことか? ――トラス副団長も?)


 つい、あれこれ考えてしまうトール。


「だからさー勇者君」


 そこへマイカが、突然くるんと向き直った。


「そういうことでね、こっちは単なるアラ探しや男漁りに来たワケじゃないんだー。誤解させちゃってたならゴメンね?」


「あっはい。凄いですね、ラクサというか魔術師の結婚事情? まあ分かりました」


「師団長は君らのこと心配してるの。殿下も気持ちはおんなじだと思う」


「俺は最初から、殿下が来てくれたのは嫌じゃないですよ。びっくりはしたけど」


「えへへー、勇者君いい人だね。でさ、フェニックスあんなんだから、今いる上級魔術師でまともに会話できそーなのが私しかいなかったんだよね。こんな騒がしーぃ女で悪いけどさー、ちょっとの間だけヨロシク」


 騒がしいという自覚はあったようだ。


「フェンどんだけだよ……師団でも暴れてたっぽいなーとは思ってましたけど」


 マイカと相性は良くないと言い切っていたフェンだが、仮に他の魔術師が来ても気に入らず文句を言うのだろうな、と想像がつく。


「もーちょい愛想良かったら次の師団長か副団長でもおかしくないのにさー。おんなじ魔術師が相手でも、だいたい怖がられるかケンカしちゃうか、どっちかだもん無理だよねー」


「……まあフェンらしいと言えばそうか……」


「これ絶対に機嫌悪くしそーだから、本人にはナイショにしといてね」


「言いません。俺も燃やされたら少し熱いんで」


「少しで済むんだー、さすが勇者君」


「一応、そのくらいは。フェンどこだろ?」


 会場を見渡すトール。

 これでフェン本人に聞かれたら目も当てられないが、近くにいないようだ。大広間の中央辺りに体格のよいシャダルムやベルクートがいるため、その影になっているのだろうか?

 マイカが得意気に指を振る。


「へーきへーき。見つかんないようにしてるよ! 私だって上級魔術師なんだからね。フェニックスにはかなわないケド」


「彼は別格ですからね。性格はアレですが」


 代わりのグラスを取ってきたエレイシャも再び会話に加わる。強い酒を一気飲みした割に全く顔色も足取りも変わらないので、どうやら彼女は酒に強いらしい。


「フェニックスに限らず、魔術師は癖のある者が多いのです。私も人のことは言えませんが」


「そーだね。でもさあ私もひっさびさにフェニックスと顔を合わせたけどさ、アイツ前よりフツーに見えるようになったねー!」


「さようですね。私も最初にここへ来た時は意外でした、周りにあるものが焼け焦げる心配なしに会話できるというのが。いったい何があったやら」


 女性魔術師二人がそろってトールを見つめる。

 そんなことを言われても、心当たりは特にない。


「うーん。そうだな、みんなで一緒に魔王を倒したぐらいかな?」


「強烈な説得力ですね」


「あー、あと俺はフェンがいくら魔力ぶつけても焦げないから、嫌になったんじゃないですか? 心底馬鹿馬鹿しくなったって言ってた気が」


「……勇者君ってホント勇者だわー……」


 マイカがよく分からないことを口にする。


「いや俺、ぜんっぜん勇者らしくないでしょ。似合わないんで完全引退したいくらいなんですけど」


 トールが勇者らしくできる勇者だったら。

 初歩の魔法を身に付けるのに苦戦することもないだろうし、魔道具という魔道具を破裂させて仲間達に迷惑をかけることもなかったはずだ。

 ――もっと早く魔王を倒すことだって、できたかもしれない。

 そう思っているから、これ以上ボロを出す前に引退してしまいたかったのだが……「勇者」の肩書きはそう簡単に降ろせない。

 開き直って稲作を始めたり、魔族と話し合ったり、好きなようにやっているのが現状だ。


「農家で十分すぎるっていうか……」


 本音をこぼしていると、ふとベルクートが手招きしているのが見えた。どうやら再び出番のようだ。

 

「ん、殿下が呼んでるっぽい。すいませんが戻ります」


「うん、分かった。勇者君ありがとー」


「お手数をおかけしました」


 トールがニコリと笑って立ち去り、ベルクートの方へ歩いていく。

 気負った様子もなく王太子に話し掛ける。

 偉ぶってはいないが、畏れいることもない。

 そこへ弓使いマーシェがやってきた。王太子を放ってどこへ行っていたのかと説教しているようだ。臣下であるはずの彼女に、勇者の方が一生懸命になって謝っている。

 ――相手が誰でも、基本的にトールの態度は変わらないのだ。


「ホンモノの勇者って、あーゆー人なんだねー」


「……そう、ですね。召喚された勇者として、魔王は討伐できて当たり前というお考えなんでしょう」


「ほんとはさ、そんな簡単じゃなかったのにね。師団の仲間だって三分の一近く死んだじゃん。損耗率からみて歴代最悪だよ。誰も表立って言わないだけ」


「……ええ」


「フェニックスだって、よく生きてたよねアレ。おまけに、また死にかけたし。師団長が心配するの、とーぜんなのにさー。来てみたらアイツも勇者君ものんびり農業やってるからビックリだよねー」


 マイカはそうつぶやいて、手に持ったままだった林檎をサクリとかじった。


 そして思い切り顔をしかめた。


「……あー! 林檎が茶色にならない理由、訊くの忘れた!! あぁー失敗したわぁー! 逃げられちゃった!」


「……あなたも相変わらずですね、マイカ」


 苦笑するエレイシャ。また一つグラスを空ける。


「年甲斐ないのは知ってるよ。でも私はさー。もっと年とってババアになっても、こんなんだと思うよ」


「ふふ、そうでしょうね。でも元気そうで安心しましたよ。あなたと来たら、いきなり副団長と結婚して……その後もほとんど連絡が取れなかったでしょう?」


「あれねぇ……今だから言えるケド『青の城』で魔術装置の解析とか整備とか、やってたんだー」


 しゃりしゃりと林檎を食べながら、マイカは小さな声で言う。


「風よけっていうのもさ、私は平民出で後ろ盾なかったじゃん。機密情報に関わるなら必要だったんだよね。トラスだけじゃなくて私にも都合がよかったの。でもエレちゃんにも言えなくてゴメンね」


「そういう事情なら当然です、気にしておりません。さて、今回の仕事は殿下の護衛であることを忘れてはいけませんよ?」


「てへ。分かってるよー。ついでにオコメの料理とか言うの食べてみよっかな」


「なんて緊張感のない。ほら、行きますよ!」


 こちらも気のおけない友人同士。エレイシャとマイカは連れ立って歩き出した。



✳︎✳︎✳︎



 ――パーティーは盛況のうちに終了した。


 後片付けも勇者の空間収納と魔術師達で手早く終わらせて解散となり、トールは庭先に立っている。

 もうすっかり遅い時間だ。

 満月の下に、ギリギリでアルモーの花が少しだけ残っている。日本でいう夜桜であった。

 せっかくなので、寝る前に少し眺めに来たのだ。


「トール。こんなところで何をやっている?」


 背後からベルクートがやってきた。


「殿下? どうなさったんです?」


「なに、おぬしに少し話があってな」


 ベルクートはトールの隣に立って、同じように花を見上げる。


「これはアルモーの木か。花を愛でるとは風流だな」


「俺の故郷にある花に似てるんですよ。入学式や卒業式……まあ人生の節目みたいな時期に咲くんで、日本人の好きな花ですね。街の中とか公園とか、あちこちに植えてあって、家族や仲間と見に行ったり花の下で宴会をしたりするんです」


「ほう、花の下で宴か……面白いかもしれんな! 平和の象徴になりそうだ」


「今年は花見しなかったですけど、来年はやりたいですね。殿下も来ます? 迷惑でなければ」


 王太子ともあろう相手を、ついでのように誘うトールである。

 ベルクートはトールにまるで悪意も下心もないことを熟知しているが、その無頓着さに少し笑う。


「トール、ラクサの王太子は第一子が誕生した後に即位する慣例があってな。サブリナの腹の子が無事に生まれてくれれば、いよいよ話が本格化する。だから、その前にここを見ておきたかったのだ」


「あ、それでこんな急だったんですか」


「うむ。だから、敢えて訊くのだが……おぬし本当に農家で良いのだな? 王位に未練はないのか」


「ないです。未練どころか、俺は最初から王様なんて難しい仕事できないって思ってました」


「王になれば贅沢のし放題、女もよりどりみどりだと思わんのか?」


「どこの国の王様ですか、それ。ラクサじゃないでしょう。今のネマト陛下を見てたら、そんなこと言えませんよ」


「それが分かるだけでも、おぬしは並み以上の教育を受けた人間……為政者足り得ることが分かるのだがな」


 ベルクートは淡く笑ったまま、桜ならぬアルモーを見上げる。


「まあ良い。おぬしがやらんのなら仕方ない、おれが大人しく玉座に座るとしよう」


 ――トールはよく知らないことだが。

 ベルクートは王の長男として生まれ、王太子として教育を受けていながら、実際の王位に就くかはっきりしないという特異な立場で過ごしてきた。

 言うまでもなく、勇者を国王に据える可能性があったためだ。

 もっともトールはいわゆる帝王学を身に付けていないため、そうなればベルクートが実際の政務を取り仕切ることになったはずではある。


(――それも悪くなかったのだがな)


 ベルクート自身は王位に野心はなかった。父王の苦労をよく知っていたし、自分は現場で身体を動かす方が向いている。

 トールには政務の知識はない、だが自分や他の者が補佐すればよい。

 また、彼には異世界の――ラクサとは異なる発展を遂げた祖国の記憶がある。それを生かして、ラクサという国を富ませていくのもやりがいがありそうだ、とベルクートは考えていたのだ。

 しかし、トールは魔王を倒した後も日本へ帰りたがっていた――そして帰還できないことが判明してからも、王位は要らないと遠慮し、王族の誰とも結婚せず、辺境の領地に引っ込んでしまった。

 ゆえにベルクートが次の国王に、となるのだが。

 ……これはこれで大変なのだ。常に勇者と比較され続けることになる。

 だが、トールが望まないことを強制するつもりは、ない。

 心理的負担になりそうな、これらの事情を伝える気も――ない。

 ベルクートはただ笑ってみせた。


「国王になったら、そうフラフラする訳にはいかんのが残念だ」


「花見になんか呼べないですよね」


「全くだな! この際、王城の庭にアルモーを植えさせるか。トールも……無理にとは言わんが、たまには来い」


「え、花見をしにですか。わざわざ?」


「くっくっく、ハナミの発想から離れられんのか。まあ理由は何でも構わん。いつでも歓迎するぞ。何しろ、おぬしは世界を三度も救った勇者だからな」


「うえ?! 何でカウント増えてるんです、魔王は一回しか倒してませんよ?!」


「白の女王群と多頭蛇(ヒュドラ)を片付けてくれただろう。十分すぎるわ。おぬしが居なかったらと思うとゾッとする」


「来たから戦っただけで成り行きですけど……」


「こういうものは結果が全てだ。ラクサの民に代わって礼を言う。ありがとう、トール」


 真っ直ぐに言われてトールは瞬きをする。

 王族、それも次の王であるベルクートが頭を下げるなど異常事態だ。そのくらいはトールも知っている。

 ベルクートは気さくな人柄だが、己れの身分を弁えた人間である。ふざけてもいなければ冗談でもないのだ。


「――そっか。俺、居てよかったのか。役に立ったんなら良かったです」


 ベルクートは呆れ顔になった。


「当たり前だ! 何を抜かしている。まさかと思うが、おぬしにそのように不届きなことを言った者がいるのではないだろうな?!」


「いませんけど、ほら俺、日本に帰る気満々だったのに、結局は残っちゃったでしょう」


 慌ててトールは言い訳を繰り出す。


「ラクサに居座ってるみたいじゃないですか。なんとなく格好悪いなって」


「――この、分かっておらん奴め」


 ぎろりとベルクートはトールを睨む。


「はっきり言わぬと理解できんのか。確かにおぬしは色々とやってくれるが、居ない方がよほど困る」


「あ、はい」


「もし今後、おぬしがどこかへ行きたくなったら止めることはできん。しかし事前に言うのだぞ。分かったな! 必ず事前に言うのだぞ!」


 二回も念押しされてトールは苦笑を浮かべた。


「殿下まで俺をダメ人間扱いするんですか? ちゃんと連絡しますって。仲間のみんなにも怒られますし」


「ならば良し。……ところでトールよ」


「なんでしょう、殿下」


「……おれは今、見てはいかんものを見てしまっているようなのだが。気のせいか?」


 ベルクートはクイと顎を動かし、アルモーの木の辺りを指した。

 偉そうにしているのではなく、下手に大きな反応をして「それ」を刺激したくないからであった。


「あ、出てきちゃったんだ……なんでだろ……」


 その視線を追ったトールが、思わず素に戻ってつぶやく。

 うっすらとした、小さなシルエット。

 幼な子の姿をしたものが、木の後ろから顔だけ出して勇者と王太子の様子を窺っていたのだ。



✳︎✳︎✳︎



 トールにとっては見慣れてしまった小さき者――精霊。

 だが世間一般には、御伽話にしか登場しない伝説上の存在である。

 地球で言えば宇宙人や幽霊やツチノコのような扱い。「精霊を見ました」などと言っても信じてもらえるか非常に怪しい。

 そのため精霊が実在していたことや、農業魔法が精霊の力を借りる特殊な魔法であったこと、勇者が精霊に好かれることなどは、今までトールと仲間達――セレスト、フェン、マーシェだけの秘密だった。

 ネイやランさえ知らない。シャダルムにもこれから伝える予定だったほどだ。

 まさかベルクートに見られてしまうとは。


(殿下って魔力量は多い方だけど、魔法使いになれるほどじゃないんだったよな。確か。マーシェより多いくらいだっけ?)


 超絶人見知りの精霊が姿を現した理由がつかめない。ベルクートが大魔力の持ち主なら、まだ分かるのだが……彼はそこまで行かない。魔力量の問題で高度な魔法は捨て、身体強化に専念しているタイプである。

 ――ところが、精霊は目の前にいて逃げる様子もない。


「ええとですね。あれ精霊だそうです。実はほんとに居たらしいんです。で、人前に出てくる時はああいう小さい子供みたいな格好をしてます」


 精霊を怖がらせないよう声をひそめて、トールは説明した。


「……なるほど。つまりおぬし、またしてもやってくれたという訳だな」


 地声が大きめのベルクートも、合わせて小声で言ってきた。トールと精霊を見比べて、あっさり納得した様子である。


「わざとじゃないですよ?! でも精霊って半端なく人見知りするんで、俺以外の人の前に現れるのは珍しいです」


「ほう」


 ベルクートは横目で幼な子を眺めた。

 彼は豪快な性格である一方、気遣いもできる王族であった。真正面からじろじろ見たりはせず、こっそり観察してくれている。


「透き通っている以外は、人族とさほど変わらんように見えるのだな」


「はい。中身も無邪気な、ちっちゃい子って感じです」


「……こちらを見ているが」


「うーん。来てくれるかな?」


 トールは腰をかがめて、軽く手招きの仕草をしてみた。

 すると精霊はおっかなびっくりという雰囲気ながら、そろそろと近寄ってきた。

 ポフッとトールに抱きついてから、顔を上げてベルクートを見る。


「――ゆーしゃのともだち?」


「えっ?」


 さらに珍しいことが起きた。

 精霊がトール以外の人間に興味を持つなど、初めてではないだろうか。


「ねえ、ゆーしゃのともだち?」


 甲高い声で質問が繰り返され、トールは戸惑いを隠して返答する。


「えーと。俺が世話になってる人だよ」


「……ともだちじゃないの?」


 精霊の眉がちょっと下がった。


(んなこと言われてもな……)


 身分制度に疎いトールでもためらう難題であった。

 次の国王であるベルクート。

 他方のトールは身分を超越した者として扱われる勇者だが――今の立場は王国貴族。臣下の一人である。

 だが精霊の眉がどんどん下がって、悲しそうな顔になっていくので――

 勇者は焦って言うしかなかった。


「わ、分かったから。友達! 凄く単純化して言えばだけど、この人は俺の友達だよ」


 精霊は一転して、ぱっと顔を輝かせた。


「――ゆーしゃのともだち! ラクサス!」


 いっぱいの笑顔を見せた精霊がベルクートに飛びついた。


「うおっと?! 何事だ?!」


「ゆーしゃ、ラクサス、せーれー、ともだち!」


 驚愕しつつも受け止めるベルクート。精霊は王太子の困惑など構わず、首の辺りに抱きついて小さな頭をぐりぐりとこすりつけている。


「殿下、すげー懐かれてる……」


 勇者(じぶん)も周囲からは、あんな感じに見えるのだろうか。何となく遠い目になって物思うトールである。


「……勇者殿」


 背後で押し殺した声がしたので、振り返るとタームが気配を消して佇んでいた。


「タームさん、いたんだ」


「影が薄いのが特技でしてねェ。殿下の護衛として念のためお尋ねしますがね、あの子供……精霊、ですか。害のあるものじゃあないですな?」


「俺の知る限りないかな」


「そりゃ重畳。オッサンの寿命が縮まなくて済みそうだ」


 こうやって話してみると、タームもまた魔術師らしい皮肉屋であった。


「ちなみにタームさん、『ラクサス』って誰だか分かる?」


 精霊が口にしていた名前について訊いてみる。


「勇者殿はご存知ないかもしれませんな。我が国の初代の王です」


「じゃあ、殿下のご先祖様か……」


「ラクサス様は最初の『勇者』であったとも言われているんですがね。アレを見ると、どうも違うかもしれませんな」


「ああ。確かに別人っぽい」


 トールはふと思い出した。


(そうだ、イクスとイースも……呼ばれもしないのに殿下のところへ来てたな)


 聖なる武具の両名は、あまり昔話をしたがらない。


『歴代の勇者の力はそれぞれ異なる。比べる必要はない。聞いても却って迷うだけぞ』


 そんな風に言うだけだった。

 よってトールも詳しくないのだが、人の世に関わろうとしない彼女等がいきなりベルクートを構ったことに違和感はあった。


 ――勇者とラクサスと精霊は友達。


 ということは……

 勇者専用の武器防具であるイクスカリバーとイージィスに、ラクサスとの思い出があってもおかしくない。

 懐かしいと思ったのだろうか?

 もしかするとベルクートには、初代王ラクサスの面影があるのかもしれない。


 桜のように最後の花が散っていく下で、トールは少しだけ感傷めいたことを考えた。


 ……が。


「――トール! おぬしのせいだろう。何とかせんか!」


 当の王太子から横暴な命令が飛んできた。

 精霊にまとわりつかれて難渋しているようだ。


「えー? 俺の時は十人以上いましたよ、精霊。一人だけなら可愛いレベルでしょ? 殿下だって、もうじき父親になられるんだし予行演習だと思えばいいんじゃないですか」


「抜かせ! 重みが違い過ぎるわ!」


「人気者は大変ですね」


「おぬしが言うか?!」


「分かりましたよ、仕方ないなー」


 ベルクートは多くの臣下を従えているが、逆に対等な友人はほとんどいない。

 ――初代王と最初の勇者も友人だったのなら。

 今を生きるベルクートとトールも、きっと同じ。


 勇者は友達を助けるために、一歩前へ出ることにした。



米の名は…「マンゲツモチ」

いもち病に強く多収の糯米品種として昭和30年代から栽培。主に関東で作付けされる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ