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58.満月の夜、餅と団子が(一)

こちらの作品もスローペースですが再開します。

よろしくお願いします。

 毒を喰らわば皿まで。


 日本のことわざである。

 ただし異世界人には通じない。


「色々なものを食べる国なのは聞き及んでいますが。毒のあるものも毒を抜いて食べるというお話でしたね? 皿も食べるのですか?」


「もののたとえだよ。さすがに皿は食べない! 俺の国でも」


「実際には食べないのに、食べると言うのですか……? 余計よく分かりませんが……」


 ラクサ王国の常識人、聖女セレストにも不評だった。



 ーーしかし、今。

 勇者トールの目の前に、皿まで喰らうを実行した奴がいる。

 およそ人間の所業ではない。

 ……いや、魔族なのだが。


「魔族だからってひどくないか? 全 (コメ)が泣く仕打ち」


 勇者は溜息をついたのである。



✳︎✳︎✳︎



 ーー季節は春に差し掛かっていた。

 勇者の稲作も二年目だ。

 トールは精霊との約束を守るため、新たな水田の開墾を行った。来たるべき田植えに備えて、苗の準備も進めている。

 何もかも手探りだった去年に比べれば、面積こそ広くなったが作業そのものは変わらない。精神的にも余裕がある。


 空いた時間を利用してトールは時々、メルギアスと情報交換をしに出掛けていた。

 と言っても十日に一度あるかどうか、だ。メルギアスに会った回数も片手で足りる。


 魔物が現れる兆候はあるか。

 魔族達の状況は。

 そういうラクサ防衛上の話題が中心だ。


 そんな中でトールがふと思ったのが、


(魔族って食文化どうなってるんだろうな)


というものだった。

 同じ物を食べられるか、否か……

 相手のことを理解する際に「食」は重要な要素と言える。


 以前に聞いた話だと、魔族は魔物を狩って魔力に変換・吸収し、エネルギー源にしているという。

 だが、ものが食べられないということはあるまい。

 メルギアスは人族と似たような容姿をしている。

 髪や肌が紫という、人族にあり得ない色であったり、耳の上から角が生えていたりと異なる部分も多いがーー

 目は二つあり、鼻も口もある。喋る様子を見ると、人族より鋭く尖っているようだが、歯が並んでいるのも分かる。

 それで空間収納から弁当を出して、渡してみた。


 朝に炊いたご飯と、有り合わせのおかずを詰めたものである。

 日本文化に興味津々なネイとランが、それっぽい弁当を再現してくれたため、ありがたく受け取って収納しておいたのだ。


「……これは何だ」


 平べったい木製の弁当箱を、メルギアスは不審そうに受け取り、まじまじと眺めている。


「弁当って言って、俺の故郷にあった持ち歩けるご飯の定番みたいなやつだ。ラクサだと昼飯って、あんま食べないけど」


「……食事か」


「まあそうだな。ちょっと食べてみて味とかの感想を聞かせてほしいんだけどーーって、待った!」


 トールの制止は少々遅かった。

 メルギアスの手の上で、弁当箱とその中身はーーシュインッっと光に変わって吸収された。

 つまり(いれもの)ごと喰われた。

 弁当箱の蓋も開けないままであった。

 情緒も素っ気もない。


「その食べ方はないだろ! 食べ物を粗末にするな! お百姓さんに謝れ、この場合は俺!」


 珍しく語気を強めてトールは怒ってみせたのだが。


「喰えと言うから喰った。何の問題がある?」


 メルギアスはまるで気にした風でもなく、


「悪くない」


と言った。


「いや悪いよ?! 味わってないだろ?! ちゃんと味見してから言ってくれ」


 メルギアスはじろっとトールを睨んだ。


「幼児や病人のような真似をしろと?」


「え、何、魔族って食事の基本が魔力吸収なのか」


 恐る恐る聞くと、あっさりうなずかれる。


「じゃあ普通に飯食ったりしないって? 口から食べて消化吸収しない訳か?」


「わざわざ消化器官、設定する必要を感じない」


「胃袋レベルで存在しないのかよ……」


「戦闘、邪魔だ。弱点は省く、当然だろう」


「省略可能なのが普通じゃない。マジで戦闘種族だな?!」


 魔族の変身能力は体内にも及ぶらしい。戦いに不要なもの、急所となり得るものは徹底的に削ぎ落とした身体に作り替えてしまう、という。

 まさに生きた兵器である。


「じゃあ。うまいもの食べたいとか、酒飲みたいとか無いってことか」


「無い。ただし魔力、豊富なら効率がいい。好ましくはある」


「十秒より短いチャージじゃないか」


 日本でたまに世話になっていた、栄養ゼリー飲料を思い出すトールだった。

 ディストピア系SFに出てきそうな食事より酷いとは……。



✳︎✳︎✳︎



「ーーって訳でさ。魔族って、食文化に関しては壊滅的なのが分かった」


 帰宅したトールは、厨房にいたフェンを捕まえて愚痴をこぼしていた。


「ニホンと真逆ってか。確かに最近のお前は飯にうるさくなりやがった」


「米あると違うんだよ! 魔王を倒して平和になったんだし」


「そもそも何で魔族を餌付けしようなんざ思った。前提がおかしいことに気付け」


 フェンの指摘はもっともであった。


「気になったんだよ……魔族が人族と同じ物を食べるのか、とか。うまいマズいの基準が一緒なのか、とか。飯を食わせてみたら分かるかなって」


「わざわざ米を選ぶか、そこで? もっと普通の食い物で良かっただろうが」


「日本食の基本だぞ。それに山ほど米あるし……」


 現在、勇者の固有スキルである空間収納の中には、大量の米がある。

 栽培面積が当初予定より増えた上に、精霊のありがたいご利益でやたら豊作になった結果だ。

 大盤振る舞いになるのは、当然の成り行きだった。


 トールは首を曲げて、作業中のネイの背中へ声を掛ける。


「だからネイも、そんなに気負わなくていいからな。失敗しても平気だぞー」


「は、はい! ですが大丈夫です。やってみせます」


 本日、炊飯用の鍋の前に立っているのは魔法修行中のネイであった。

 勇者屋敷の使用人として米が炊けるようになりたい。

 魔法制御の訓練にもなる。

 そういう理由で、ネイが担当することになったのだ。

 ネイは頬を紅潮させて、真剣に魔法を操っている。

 火魔法としては基本的な操作の組み合わせらしい。


「そんなに難しくねえよ。ネイでも問題なく行ける」


というのがフェンの見立てだ。


 トールもいずれ異世界の炊飯術を身に付けたいと思っている……ただし、超絶魔法音痴の勇者に習得の見込みがあるかどうか。専門職たるフェンにすら未知数だが。


「……お前もこだわる奴だな。たかが飯に」


 フェンはぶつくさ言っている。

 彼は食べる物にあまりこだわりがない。料理はやろうと思えばできるのに、面倒がって手抜きする。

 野菜と肉を切って、煮て、調味して終わりというやつだ。

 が。


「フェンだって色々やってるじゃん。俺も最近まで気付かなかったけど」


 一見すると雑だが、実は違う。

 いくら魔法でも、材料がほぼ一瞬で皮を剥かれたり等分にカットされたりするのは普通と言えない。

 日本で言うフードプロセッサー同然のみじん切りも、数秒でこなすのはおかしい。

 現にネイはかなり練習して、ようやくサイズをそろえて刻めるようになってきたのである。


 煮る時もそうで、フェンがやると水がたちまち熱湯になる上に、具を入れて二、三分で全て火が通って味も染みている。


「何か圧力鍋みたいな……圧を掛ける裏技やってるだろ、魔法で。無駄に高度な手抜きじゃないか」


「手っ取り早いんだから良いだろうが。大概のもんは煮れば食える」


「それでご飯を炊いたら、もっとおいしいかもしれないけど」


「やらん。面倒くせえ」


「日本だと炊飯器って道具があって、加圧したり熱対流させたり空気抜いて真空にしたり、色んな技が使われてたぞ」


「米炊くだけで、そこまでやるか? 戦略級の高等技術をバカスカ使いやがって」


「うまい米は正義だ」


「勇者が真顔で言うんじゃねえ」


 半眼になるフェン。


 なお同じ魔法使いであるセレストは、料理をする際に手間暇を惜しまない。食材によって切り方を変えたり、煮込む前に軽く炒めたりといった工夫をするのが好きであった。

 こうなると、魔法の能力より性格の違いと言える。

 フェンは恐らく、地球だったらビーカーでコーヒーを淹れて飲んでしまうような研究者タイプであろう。

 味が分からない訳ではないが、本人の言う通り極端に不味くなければ別に構わないのだ。


「人生を損してるよ、フェンも魔族も」


「うるせえぞ。魔族と一緒にする気か?」


 わーわーやっている勇者と魔術師とは対照的にーー


「で、できました……多分」


 米の調理をやり遂げたネイが、ほうっと息を吐く。


「おー、じゃあ開けてみるか」


 少し置いて湯気が収まってきたところで蓋を取り、しゃもじ代わりに購入した木べらでご飯をほぐす。


「うう……少し焦げました……」


 ネイが表情を曇らせた。

 鍋の中は白いご飯粒が艶々と並んでおり、上出来だった。

 しかし鍋底の方まで混ぜてみると一部、ぱりぱりで茶色になった米が引っ付いていたのだ。


「これぐらい大丈夫だよ。香ばしくていいじゃん。あとで丸めて醤油を塗って……あ、そうか」


 言葉の途中で、ぽんと手を打つトール。


「トール様?」


「どうした?」


「いや、大した話じゃない。とにかく、お焦げはお焦げで有りだ。全然問題じゃないぞ」


 勇者はニコニコしてネイを褒める。


 その日の夕食も楽しいものとなった。



✳︎✳︎✳︎



 食べ終わった後は話し合いの時間である。

 メルギアスに聞いた内容を共有すると、マーシェは何とも言えない様子で唇を歪めた。


「ふぅん……それで何でも『食っちまう』んだね、あいつら」


「立証されたな」


「〈狂化〉の件と言い、複雑な気持ちです」


 仲間達は微妙な表情で茶を飲んでいる。


「魔族って生きた戦闘機械みたいだと思ってたけど、本当にそうだったと言うか……」


 トールも勇者として、数え切れないほど魔王軍と戦ったから知っている。

 彼等の行動は苛烈なもので、捕虜も取らず殺戮と破壊を繰り返す。

 だがーー


(こっちを憎んだり見下したりって、不思議なくらい感じなかったんだよな……)


 弱い相手をいたぶる、必要もなく苦しめる、といったこともなく。

 敵だから滅ぼす、それ以上でも以下でもない。

 そこが逆に、不気味でもあったのだが。

 トールが魔族のことを知りたいと考えたのも、彼等の有り様があまりに謎めいていたからだ。


「まだ続ける気なのかい?」


 マーシェが訊いてくる。

 メルギアスとの情報交換のことを言っているのだろう。


「俺は、訳も分からないで戦うのはちょっと」


 トールは正直に言った。


「イクスやイースに頑張ってもらえば簡単だよ。魔族の生き残りを滅ぼすのもさ。でも、後でやっぱり止めときゃよかった、って思っても……生き返らせるスキルはないからな」


 最強を誇る勇者のスキルも、死者の蘇生はできない。


「魔族領には魔物がたくさん棲んでるみたいなんだ。魔族達はただ食料にするから狩ってるだけっぽいけど、結果的にそのお陰で、人族領まで魔物が来ないんじゃないかって気がしてる」


 魔王を倒した今、魔族も魔物も力を失ってはいるが、全滅はしていない。

 仮に魔族を滅ぼしても、魔物は多分、消えずに残るだろう。

 そうなると、先日の多頭蛇(ヒュドラ)のように人族領へ侵入してくる可能性もある訳でーー


「魔物退治で忙しくなったら、のんびり農業ができないだろ? 見極めるまで続けるよ」


「だからって魔族を餌付けすんなよ? また器ごと喰われるぞ」


「ああ、そこは大丈夫だ。ちゃんと考えてある」


 勇者はぐっと拳を握って、言った。

 先程、ご飯にお焦げができたのを見て思いついたのだ。

 根本的な解決策、それは。


「俺は決めたんだ。次は絶対にーーおにぎりにするって」


 皿まで食われるなら、皿がなければ良いのである。


「トール…………」


「トール様…………」


「懲りてねえな……」


 三人がそろって首を振る。


「なんでだよ。皿が無駄にならないだろ!」


 分かっていないトール。


「よくねえわ。勇者(コイツ)やっぱり馬鹿だった」


「米を振る舞うのは止める、って考えはないのかい?」


「ない! ちょうどいいじゃないか、たくさんあるんだからさ。魔族が米大好きになったら世界が平和になるかもしれないぞ。農家の使命だ」


「せめて勇者の使命とおっしゃってください」


「肝心の肩書きを間違えちゃいけないよねえ」


「勇者は引退したいんだけどな」


「まだ言ってやがる。諦めろ」


 とっとと農業に専念したいのに、勇者の思い通りにはならないのであった。



✳︎✳︎✳︎



 トールの空間収納に眠っている、半端ない量の米。

 個人や仲間うちで食べ切れる分量ではない。

 ところが一般の流通ルートに乗るほど多くはない。

 何とも半端なスケールなのだ。


『少量だけ販売してみてもいいのでは? よろしければ僕にお任せください』


 イナサの代官に昇格したジョー・キラップが抜け目なく連絡を寄越したので、いくらか預けてあるが。

 トールは勇者として命を張った分、金銭的には困っていない。売れなくても問題ない。これもお試し程度であった。


 あとは……年長組の仲間三人がやる気になっている酒造りだろうか。これも普通の米で造れるのか不透明だ。シャダルムが王都で技術者を探しているところで、すぐには動かないだろう。


「困ったなー」


 正直、ちょっと収納が圧迫されている。

 トールの空間収納は、入れた品物ごとに個別の空間がある。

 つまり中身が触れ合うことはない。仮に炊きたてのご飯をそのまま突っ込んだ場合でも、他の物がご飯粒まみれになったりはしない。

 ゆえに容量が重いだけ。魔力消費が増えているものの、勇者は魔力量が膨大なので余裕は十分ある、が。


「まあ平気っちゃ平気だけど。できれば軽くしておきたいんだよな」


 他に米の使い道がないか、トールは真面目に考えているのであった。


「んー。粉にしてみるか?」


 日本にもあった米粉(こめこ)はどうだろうか。

 麺類やパン、洋菓子が作れる。小麦粉と同じように使えて、もちもちした食感になるはずだ。結構おいしかった記憶がある。

 しかし、どうやって粉にするかという問題があった。

 これが異世界の難しいところだ。

 小麦、大麦は魔道具で粉にひいている他、風車や水車も使われているらしい。

 勇者屋敷には、どちらもない。麦類は粉にした状態で購入している。

 わざわざ魔道具や風車を持ってくるのは大袈裟すぎる。


 今後シャダルムと妻が移住してくれば、住人が増える。

 屋敷の増改築もだいぶ進んだ。ネイ、ラン以外の使用人も増えるだろう。

 そうなれば食べる口も多くなり、食料も自前で供給できるように変わっていくと思われるがーー今はまだ、だ。

 いずれやろう、と先送りにする。


「あとは餅? でも、もち米じゃないからな」


 米飯用の米は(うるち)と言い、餅にする米は(もち)と言う。

 両者は同じ稲だが別の品種で、トールが日本から召喚して持ってきた種籾は無論、うるち米だ。もち米にはならない。


「うーん。アミロースをアミロペクチンに変換したら行けるか?」


 確か学校の授業のどこかで習った。

 うるち米に含まれる澱粉(でんぷん)は、アミロースである。

 これがもち米だと、アミロペクチンがメインになる。

 アミロペクチンこそ、よく伸びるもちもち、ねばねば食感のもとなのだ。

 勇者のスキルにはいくらか事象改変能力があるので、澱粉の化学構造を変化させたら、うるち米→もち米ができるかもしれない。

 トールは念話でイクスカリバーに相談してみた。


『トールよ。我は汝の農業にも根気よく付き合ってきたつもりだが……さすがに何を言うておるのか意味不明であるぞ。気でも触れたか?』


 聖剣ならではの一刀両断であった。


『やっぱ駄目かー』


 多彩な能力がある聖剣にも難しいようだ。

 ラクサにはまだ、原子や分子の概念がない。以前、仲間達に説明を試みたこともあったが、全員に「訳が分からない」と複雑怪奇な顔をされた。

 フェンですら、ああ見えてラグリス大陸でも最高峰の頭脳を持つ魔術師なのだが、聞いたこともなかったそうだ。

 化学構造がどうの、と言われても見当がつかないらしい。


『ラクサでは異端に近い概念であるよ。飯なんぞに持ち込むのは止めにせい。フェニックスに知れたら高火力で燃やされるぞ、そのくらい馬鹿げておる』


『分かった分かった、もち米は諦めるよ』


『少し考えれば理解できるであろう』


『ごめんって。でもさイクス』


『何であろうかな』


『俺やみんなのこと、名前で呼んでくれるようになったんだな』


 いつの間にかーーだ。

 イクスカリバーからもイージィスからも、勇者という肩書きではなくトールと呼ばれるようになっていた。

 仲間達のことも「聖女」や「魔術師」などとしか言わなかったのに、こうして名前を口にしている。


『……長い付き合いになりそうであるからのぅ。取り替えの利かぬものだと認めたのであるよ。我も、イースもな』


 イクスカリバーからは弾むような思念が伝わってくる。


『たまには、このような余興も良かろう。人型で汝等に混ざっておるのは、中々に楽しいぞ』


『そっか、なら良かった。これからもよろしくな』


『うむ。しかし、あまり無茶を振ってくれるなよ』


『はいはい……』


 トールは念話を打ち切った。


「餅も無理か。仕方ないな」


 だが考えていたら餅が食べたくなってきた。

 ……もち米生成は断念したが、餅そのものを諦めた訳ではない。


「そうだ。ご飯も潰せば餅っぽくなるから、ちょっと試してみるか」


 勇者は自分の部屋を後にして、ネイかランを探しながら厨房へ向かった。



✳︎✳︎✳︎



 うるち米のご飯でも軟らかめに炊いて潰していくと、もちもちしてくる。

 もち米で作る本当の餅よりは伸びないし粘り気も少ないが、日本では秋田県のきりたんぽや中部地方の五平餅のような郷土料理にも使われていて、立派な調理法の一つと言える。


「これだったら俺が自分でできるなー」


 火も刃物も使わないので、制約の多い勇者にも調理が可能だ。

 厨房でネイに炊いてもらったご飯をすり鉢に入れ、すりこぎでぺたぺたと潰していく。


「トール様! これ、どんな食べ物になるんですかー?」


 同じようにペッタンペッタンとご飯餅をつきながら、ランが質問してくる。


「食べ方は色々だなあ。焼いて醤油つけてもいいし。茹でてスープの具もイケるし。和菓子にもできそうかな」


「わがし、ですかぁ?」


「俺の国の甘味で、バターとかは使わないのが特徴? この餅っぽいやつはアズキ……こっちだと赤豆が近いか、豆を甘く煮たやつを絡めて食べるとうまいよ」


 ぼた餅、おはぎなどと呼ばれていた食べ物だ。


「豆を甘くするなんて、初めて聞きました!」


「きな粉と胡麻もあるけど……うん、きな粉もラーハ豆を砕いて作るんだし、だいたい豆だな」


 そもそもの話をすれば、ぼた餅はもち米も混ぜていたはず。

 季節によって呼び方が違ったような気もする。

 が、何しろ異世界。日本とは前提条件が違う。

 最終的にそれっぽい感じになって、うまければいいとトールは思っている。


「ん? また妙なことをやってるね?」


 やってきたマーシェに見つかった。


「妙な、は余計だよ。米の料理をしてるんだ」


「ああもう、あんただと危ないんだって。何か爆発させたり切り刻んだりしないでほしいねえ」


「しないって。ちょっと潰してるだけだぞ」


「トールのちょっとって、大概のもんがぶっ潰せるじゃないか。寿命が縮みそうだよ」


 嘆くマーシェの横で、ランが無邪気な声を出す。


「トール様、このくらい潰したらいいですかぁ?」


「あ、いいよー。そっちは半殺しで、こっちが皆殺しだから」


 トールは極めて暢気に答えたがーーランは笑顔で固まってしまい、厨房に奇妙な沈黙が落ちる。


「トール。あんた今、なんて言った?」


 口を開いたのはマーシェである。


「ん? いいよって言ったかな」


「その後だよ」


「そっちは半殺しで、こっちが皆殺し?」


「……自動翻訳の間違いじゃあないようだね」


「あーそうか。単に米の潰し具合だけど」


 ようやくトールも気付いた。

 米の粒を半分ほど残す潰し具合が「半殺し」。

 原型を留めないくらいに潰すのが「皆殺し」である。

 少し危ない響きかもしれない。日本語を知らないラクサ人には特に。

 トールはニヘラと笑って誤魔化そうとした。


「これはほら、ただの日本の伝統だよ。凄く普通のオヤツ作りだぞ? 人間を殺す訳ないだろ。そういう呼び方なんだって」


「何でそう、いちいち物騒なんだい?! あんたの国と来たら!」


 最強の勇者が言うと、輪を掛けてシャレにならない。

 トールはパーティーの飼育係から、余計にキツいお叱りを受けたのであった。


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[一言] 半殺しと皆殺し、昔話でネタにされたこともある伝統芸ですね。最初に考えたの本当誰だ…
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