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49.再びの邂逅、黎明の紫(二)

 その日ーー。


 最初に異変を知ったのは、留守を守っていた魔法使い二人であっただろう。

 勇者の屋敷は今、最も魔族領に近い場所にある。イナサよりも先に、襲撃を受けることになる。


「ーー来やがったな」


 フェンは屋敷にいた。

 トールがいない間、基本的に彼は出掛けないつもりだった。

 普段、色々と魔法的な無茶を振ってくる馬鹿がいないからだった。

 同時に、何があっても聖剣の一振りで片付けられる最高戦力がいないから、でもあった。


「ネイ!」


 自室を出て大声で呼ぶと、慌ててネイが走ってきた。


「ど、どうしたんですか?!」

「魔物が来る」

「えっ」


 ネイの顔が引きつった。


「窓も扉も全部閉めて、お前らは中にいろ。セレストはどこだ?」

「先程、開拓地の様子を見に出られましたが」

「間の悪い……戻って来たら待機させとけ」

「はい。フェニックス様は」

「オレがここに居るのは、こういう時のためだ」


 フェンは屋敷を出た。

 首筋がチリチリする。

 刈り取りを終えたトールの田んぼと開拓地を越えて進んだ。


 ーー方角は魔族領。

 空の一部が暗い。

 飛行型の魔物が接近している。十は下らない数だ。近付いて来たら殲滅するべく、フェンは魔術の展開を終えていく。

 その後ろにも別の魔物が群をなしているのが見えている。


 魔族領から、魔物が再び侵入してきたーー。

 そうみるのが妥当だろう。

 魔王を倒すと少なくとも数十年の間、魔物の出現は減る。

 しかし、完全にいなくなる訳ではない。

 トールが魔族から聞いた話では、魔族は魔王が命じない限り、人族領に立ち入らないという掟があるらしい。

 だが、掟を理解できない魔物が出現する可能性はあると言っていた。


(魔族の言葉なんぞを信用できるとは思わねえけどよ……)


 トールには悪いが、長年の宿敵を信じようと思うこと自体がおかしい。


 ひとまず理由は後だ。目の前の敵に集中しなければならない。

 空を飛んで逃げられた場合、フェンでも全滅させるのは難しいかもしれない。


(イナサには今、トールがいる。仮に撃ち漏らしても、滅多なことはねえと思うが)


 可能な限り削いでおくべきだ。

 距離を詰めようとした。

 その時、魔術師のローブの裾を何かが引っ張った。


「ーーん?」


 警戒しつつ視線を下げる。

 幼い姿をしたものがいた。


「精霊……?」


 先日、トールの田んぼに現れた精霊の一人であった。

 トールは精霊に好かれている。

 勇者だからだ。

 フェンは違う。

 精霊が姿を見せる理由が見当もつかない。


『ーーだめだよ』


 消え入りそうな声で、小刻みに震えながら精霊が言った。


『だめだよ。ここはだめ』

「どういう意味だ」


 フェンが訊くと、精霊は怯えているのかピャッと跳ね上がったが、すぐに別の方向を小さな手で指差した。


『あっち。あっちだよ。はやく、いかないと』


 ーー気まぐれで悪戯好きだという、精霊の言うことを聞く義理などなかった。

 しかし、この時の精霊は黒髪をしていた。だから一瞬、小さいトールに言われたような気がした。

 その偶然が明暗を分けた。


「仕方ねえな」


 フェンがうなると、精霊は安心したようにへにゃりと表情を崩した。


『ゆーしゃ、せーれーがんばったよ。だから……』


 つぶやきと共に、幼な子の姿はかき消えたのだった。


「……理由を言わねえ辺りも似てやがる」


 フェンは一度は展開した魔術を解除し、精霊が指し示した方へ向かう。


「魔物の数が多いな……」


 大群だった「白の女王群」に比べればマシだが、いわゆる魔物の暴走や行進と呼ばれる状態に近い。


「ひょっとすると、元凶がこの先で待ってやがるな」


 魔物が群をなして襲ってくる時、原因はいくつかに分けられる。

 女王群がそうだったように、集団飢餓状態で手当たり次第に捕食行動を取る場合。

 統率者(ボス)がいて配下を従えている場合。

 それから、強い魔物が動いたことで、周囲にいる低位の魔物が雪崩を打って逃げ出す場合だ。


 精霊がわざわざ現れ、警告していったーー。

 嫌な予感がした。

 より厄介な敵が控えているなら、魔力は温存する必要がある。

 速度優先で急いだ。


 そして見えた。


 多頭蛇(ヒュドラ)と呼ばれる巨大な魔物と、それに対峙する聖女の姿が。


「行き違いになったか?」


 屋敷で待機とネイへ伝えておいたのだがーー。

 時機が悪かったようで、セレストが先に接敵している。

 神官も戦闘ができない訳ではない。他に戦士や魔法使いがいる場合は、回復・支援に回った方が効率が良い、というだけだ。

 セレストは光属性を中心に攻撃魔法も修めていて、戦闘訓練も受けている。フェンもだいぶ彼女の修練を手伝ったから知っている。


 けれど魔物の前では、セレストは本当に小さく見える。


 多頭蛇(ヒュドラ)がぐねぐねと八つある頭を振り立て、セレストに襲い掛かった。

 セレストはなぜか動かない。

 ひやりとして咄嗟に身体強化を組み込み、横合いから彼女の肩を引っ掴んで脱出する。


「セレスト! 何やってんだ!」


 多頭蛇(ヒュドラ)の攻撃が降ってくる。

 回避しながら牽制で攻撃魔術を放った。

 防御しなかったことに深い意味はなかった。相手が強い魔物なら、防いでも魔力を持って行かれると思っただけだ。

 その判断がなければ死んでいた。

 奇妙な反応と共に、攻撃魔術が砕け散ったからだ。


「妙な真似しやがる」


 牽制でも、それなりの魔力を込めた。蛇の弱点とされる氷属性だ。

 だが、魔物はまるでダメージを受けていない。


「……逃げてください」


 抱えたセレストから、弱々しい声がした。


「あなたでも無理です。魔法が……効きません」

「そういうことかよ、畜生が」


 フェンは試しにもう一度、属性を変えて小さな魔術をいくつか撃った。

 炎、水、風、土。

 弾かれた。

 防御用の魔術も出してみる。当然のように砕かれる。

 威力が低い術式だから、ではない。

 魔法全般がそもそも効果を発揮していない。


「……真ん中の大きな頭が毒持ちで、広範囲の吐息(ブレス)が来ました」


 セレストが続ける。


「食らったのか」

「はい。解毒に少し……掛かりそうです。足手まといになります、下ろしてください」

「余裕があればな」


 セレストが動けなかった理由を悟った。

 優れた防御力を誇るセレストの結界も、もちろん魔法でできている。多頭蛇(ヒュドラ)の攻撃を通してしまい、毒を受けたのだと推測できる。


 フェンは身体強化と風属性魔術を併用して回避に徹する。攻撃も防御もできないのだから、隙を窺うより他にやりようがない。


「手負いか。翼が片方、千切られてやがる」


 多頭蛇(ヒュドラ)は翼を持っていて、空を飛ぶことも可能だ。だが、この敵は飛び立つ様子がない。片方の翼が、付け根から引き千切られたような痕がある。

 魔法では傷つかないのだから、魔物同士で争ったのかもしれない。

 上空から毒をばら撒かれずに済むので、不幸中の幸いではある。


 問題はここからだ。

 蛇系の魔物は残忍で執念深く、標的にされてしまうと逃げ切るのが難しい。

 多頭蛇(ヒュドラ)はシュルシュルと地を這って追ってくる。

 毒の吐息(ブレス)は連続でできないのか、今は使ってこない。他の頭が時折、炎や氷の吐息(ブレス)を吐き掛けてくるのを、かろうじてかわす。

 周囲は見通しの良い平原で、不意打ちされる心配がない代わりに、身を隠せる場所もほとんどない。


(こんなやつ、絶対に屋敷やイナサへ近付けられん。だがーー)


 本来なら距離を取って仕切り直したい。セレストも、このままでは解毒に集中できない。

 しかしセレストが動けない今、フェンまでやられると詰んでしまう。


 しばらくの間、ひたすら逃げ回った。



「ーー無事か、貴公等!」



 助けがやってきた。

 聖鎧装イージィスだ。彼女がさっと手を上げると不可視の障壁が出現し、多頭蛇(ヒュドラ)の攻撃を食い止めた。

 ようやくフェンは一息ついて、セレストをそっと地面に下ろす。


「様子を見にきたのだが……苦戦しておるようだな」

「魔法が効かねえ。さすがに厳しいぜ」

「まだ、このような魔物が残っておったか」


 イージィスの美貌が険しくなった。


「薄々思ってはいたがよ……魔王と、同じって訳だな?」

「うむ。魔王の影、成り損ない、王種……呼び方は数あれど、意味は変わらぬ。例のスキルを持っておる」


 魔物にも、稀にスキル持ちがいる。

 スキルの種類によっては、通常個体の何倍も手強い。

 多頭蛇(ヒュドラ)は恐ろしい魔物だが、フェンやセレストほどの魔法使いなら戦いようはあった。

 スキルがその邪魔をしている。



 こういう敵と、かつて一度だけ戦った。

 いや。

 正しくは、勇者の決戦に同行した。



 魔王は勇者と同じく、複数のスキルを保有していた。

 およそ二百年に一度、復活するたびにスキルの数が増えるとも言われている。

 その中でも最悪のもの。

 魔王を討つために勇者の異世界召喚を必要とする、唯一にして最大の理由。


 この多頭蛇(ヒュドラ)もまた、宿している。


 〈全属性魔法無効〉


 そう呼ばれるスキルを。

 魔法使いの、不倶戴天の敵だった。



✳︎✳︎✳︎



「よりによってトールがいねえ時にか……」


 フェンはぎりっと奥歯を噛む。

 肝心の勇者がいない。それが事態を難しくしている。


 イージィスの権能は魔法と異なるため、多頭蛇(ヒュドラ)の攻撃を防ぐことができている。

 屋敷に残っているイクスカリバーを連れてくれば、こちらの攻撃も通るだろう。

 だが。


「勇者から預かっておる魔力の残りが心許ない。長くは保たぬ」

「だろうな」


 聖なる武具の人間形態は現在、事前にトールから分けられた魔力で稼働している。凡百の魔物なら十分に撃退できたが、このような強敵までは想定していなかった。


「もっとも、魔力が尽きても滅びることはない。勇者の元にある本体へ戻るのみとは言える」

「セレストの回復を待って、あいつが戻ってくるまで時間を稼ぐか」

「それしか無いであろうな。聖女はどうしたのだ」

「あのデカい頭が毒持ちらしい。大丈夫か、セレスト」


 フェンは、座り込んでいるセレストに声を掛けた。


「……すみません、フェン」


 セレストが切れ切れに言った。顔色が蒼白だった。


「……セレスト? おい、どうした」

「考えたくなかったのですが……解毒魔法も……魔法、ということのようです」

「何だと……?」


 魔法が効かない敵。

 攻撃魔法を無効化し、フェンが命尽きるまで魔術を撃ち込んだとしても傷一つ付けられない敵。

 防御の魔術も、最上位の結界魔法さえも貫いて、ダメージを与えてくる敵。

 その魔物が持っている毒。


 多頭蛇(ヒュドラ)が使う毒の吐息(ブレス)は、麻痺性の猛毒であった。

 少しでも浴びてしまうと皮膚の表面から体内に入り、全身が末端から痺れて動けなくなっていく。多頭蛇(ヒュドラ)は獲物の動きが鈍くなったところで丸呑みにするのだ。

 仮に喰われなかったとしても、心臓や肺にまで毒が回れば死に至る。


 裏を返せば、即死性のある毒ではない。

 セレストのような高位の神官がいて解毒が間に合うなら、さほど恐れる必要はない。


 ないはずだった。


 だが神官が行う解毒も、解毒魔法と称される魔法の一つだ。


 「〈全属性魔法無効〉が適用されるか……滅多にない事例だが」


 イージィスがつぶやく。


「…………」


 この瞬間、トールが戻ってくるまで待つことはできなくなった。

 フェンは沈黙し、その裏で考えた。何か方法は無いか、と。

 僅かな可能性でもいい、何かーー。


「一つだけ無くもねえか。イクスの姐さんを呼んでくれ」


 ついにフェンは言った。


「イクスならば、攻撃は通せるであろうが……あやつも本来の状態とは程遠い。牽制にしかならぬ」

多頭蛇(ヒュドラ)は頭ごとに能力が違う。あの毒持ち頭だけでも潰せば、毒が消える望みはある」

「……魔法の効かぬ敵だぞ」

「魔法にしなきゃいい」

「稀代の魔法使いがそれを言うとはのぅ。勇者の無謀が感染したか」

「だいたいあいつが悪いに決まってるだろうが」

「ふ。命を粗末にするなよ、フェニックス。トールは万難を排して戻ってくる」

「ああ、馬鹿は馬鹿力で何とかするだろうよ」


 フェンはローブの頭巾を目深に下ろす。


「だから、オレもそうする。セレストをしばらく頼む」


 そしてイージィスの障壁を出て歩き出した。



✳︎✳︎✳︎



 イナサは領都として発展しつつある町だ。


 補佐官ジョー・キラップは、武門で知られるキラップ家の中では軟弱者と言われ、はっきり言えばバイエル侯爵からも勇者トールからも、いつ切られてもおかしくない捨て駒として赴任した。

 だが彼は意外にも生き残った。政治的な手腕を持っていたからだ。

 辺境伯領が魔物も寄り付かない不毛の地であることや、引退したとは言え勇者トールがいることも、町の発展を後押しした。


 辺境の地の開拓は元より困難で、魔物に襲われて全滅させられ、失敗することは珍しくない。

 そういう心配が少ないだけでも、イナサは十分に幸運だった。



 この時も。



 魔族領を越え、イナサへ到達した魔物の数は多かった。

 生まれたての小さな町にできることなど、たかが知れている。


「勇者殿がいてくださったのは……僕やイナサにとっては万に一つの僥倖でしたか」


 のちにジョーが述懐したように、トールがたまたま滞在していなかったら、イナサは壊滅していても不思議ではなかった。


 もっとも、これは結果論だ。

 もし勇者がイナサではなく屋敷にいれば。

 仲間達と共に、水際で魔物を食い止めていればーー。

 これほどの群がイナサへ押し寄せることはなかったかもしれない。



(たらればを言い出したらキリがないけどな……)


 イナサの上空で雷撃が飛び交い、魔物を撃ち落とす。


 トールは立ち並ぶ家々の屋根から屋根へ飛び移り、魔物を見つけ次第スキルの餌食にしていた。

 「白の女王群」の時から、飛行型ばかり相手にしている。

 しかし虫の魔物で構成されていた女王群とは違い、今回は雑多な種類が混じっていた。

 鳥のようなもの。

 四つ足の獣だが、背に翼を持っているもの。

 鷲獅子(グリフィン)もいる。

 飛竜(ワイバーン)もいる。

 次から次へと飛んでくる。


 そのせいでトールはイナサから動けずにいる。


「この……!」


 人面鳥(ハルピュイア)の群を斬り捨てた。


 トールにも焦りが出ている。

 屋敷にいるイクスカリバー、イージィスから伝わってくる状況が良くない。フェンとセレストが厳しい戦いを強いられている。


(間に合うか?)


 今から急いで戻っても半日は掛かる。

 だが、ここにいる敵を放っておく訳にもいかない。


 飛竜(ワイバーン)を塵に変えた。


「ゆ、勇者様?」


 声がしたので地面へ降りてみると、神官の三人組と、数人の領民がいた。


「逃げ遅れたのか?」

「怪我人がいまして……もう治療は終わっています」


 そういうクレイスも、あちこちにかすり傷ができている。


飛竜(ワイバーン)は倒した。今のうちに建物の中へ」

「は、はい……!」


 近くの家へ彼等を誘導し、頭上を仰ぎ見た。

 まだ魔物がいる。逃げそびれた領民も、どこかにいるだろうか。安全な場所に隠れられると良いのだが。


 トールは屋根伝いに移動した。


 マーシェが続けざまに魔物を射落として回っている。

 フロウが舞うように剣を振るい、地上へ落ちた敵にとどめを刺す。

 兵を指揮しているジョーも珍しく長剣を握っており、刃先は既に魔物の血で濡れていた。

 彼等は戦いつつ領民達を屋内に避難させている。今のところ、大きな犠牲は出ていないようだ。


「ーーエレイシャさん!」


 魔法使いを見つけて飛び降りる。


「ッ?! どうなさいましたか?」


 エレイシャからすれば、トールが突如現れたように見えただろう。

 トールは構わず、彼女に頼んだ。


「町の上、空中に水の壁というか膜を出せる? 薄くていいから、なるべく広範囲!」


 エレイシャが身に付けた魔術は二つだけ、と聞いた。

 一つは〈水召喚〉と言って、初級魔法である〈水生成〉の上位版のような魔術。大量の水を出すことができる。

 もう一つは〈水壁〉であり、その名の通り水の壁を作り出す術式だ。


『〈水壁〉と申しましても単なる水ですから、埃よけか涼を取るぐらいにしか使えません。〈水召喚〉は畑の水やり用でしょうか? よほど水に弱い魔物ならばともかく、戦闘にはとても』


 彼女はそう自嘲していたものである。


「できますが、なぜーー」

「説明は後で」

「……町を覆うようにすればよろしいですか?」


 合理性を重んじる魔術師らしく、話は早い。


「そう、それ! 頼む」

「よく分かりませんが……分かりました。お待ちを」


 エレイシャは杖を掲げて詠唱を開始する。

 その間に、トールは城館へ向かった。

 城壁から上へ跳ぶ。いつかイナサの町と、さらに彼方を見ようと登った場所だ。


 空がかすかに光り、魔術が展開された。〈水召喚〉と〈水壁〉の重ね掛けにより、大量の水でできた透明な天蓋が生まれ、町を覆って広がっていく。

 きらきらと陽光を反射して美しいが、エレイシャも言ったように魔法的な力は一切ない。ただ宙に浮かぶ、大きな水溜まりに過ぎない。

 それで十分だ。


 魔物の群が突っ込んでくる。


 トールは狙い澄ましてスキルを叩きつけた。

 魔物にではなく、浮遊している〈水壁〉に。

 ーーズン、と重い衝撃が地を揺らす。

 彼のスキルは雷や電気のような性質を持っている。だからエレイシャの魔術を借りて、水を伝って範囲を拡大することができると踏んだ。トール一人で魔力を注ぎ込むよりも、ずっと早く、簡単に。


 イナサ上空に巨大な雷華が咲いた。


 水の天蓋をなぞるように青い光が立ち上がり、集まっていた翼あるものを瞬時に捕らえて咬み千切った。


 弱い魔物は一瞬で散っていく。

 大きな魔物も、あるものは感電し、あるものは閃光に目が眩んで動きが止まる。

 そしてトールの追撃と、素早く呼応したマーシェの矢で仕留められていく。



「ーーなんてことを」



 一端を担ったエレイシャは茫然としている。

 戦闘に向かない自分の魔術が、こんな風に使われるとは思わなかった。エレイシャ自身はいつも通り魔術を出しただけなのに、トールがそれを一瞬で攻撃力に変えてしまったのだ。


「なんて恐ろしいことを」


 トールの真価は、ものの考え方が違う点にある。

 勇者パーティーの四人が三年で嫌になるほど分からされた事実を、エレイシャが骨身に染みて知ったのは、この時だったと言える。



✳︎✳︎✳︎



 魔法使いが心底震え上がっているとも知らず。


「とりあえず抑え込んだかな……」


 トールは城壁の上に立ち、周囲を見回していた。


 空を飛ぶ魔物どもは一掃され、目の届く範囲にはいなくなった。

 町はところどころ破壊され、魔物の死骸が落ちた場所も見受けられるがーー。


「トール、怪我はないかい?」

「やれやれ、こんな災難が降ってくるとは! 勇者殿にはどんなに感謝しても足りません!」


 マーシェとジョーが上がってきて、声を掛けてきた。


「俺は問題ない。町は少し被害が出てるみたいだ」

「痛手ではありますが、これほどの襲撃があった割には小さなものだと思います。フロウに調べてもらってますけど、多分すぐに再建できますよ」

「なら良かった。マーシェ、悪い。俺はすぐ戻る」

「……何かあったね?」

「ああ……とにかく急いでーー」


 トールの言葉が途切れた。

 目を細め、再び空を見上げる。


 マーシェとジョーも、すぐに気付いた。



 いつの間にか、宙空に一つの影があった。

 人間に似て非なるもの。

 高速で飛ぶためにだろうか、背中に二対の翼を生やし、金色の両眼でトールを見下ろしてくる。


「ーーもしかしたら、来るかもしれないと思ってたけど」


 トールは低い声で言った。



「こんな形で会いたくなかったな……メルギアス」


小さな秋が過ぎる頃。インフルエンザに、なりました。

皆さんもご注意ください。

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