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46.もぐもぐするまで、どれくらいあれば(中編)


「精霊であるのぅ」


 イクスカリバーの一声で決着がついた。


 トールの田んぼに突如として現れた、十人ほどの不思議な幼児。

 正体は全くの謎だったのだが、イクスカリバーとイージィスは知っていた。


「精霊や妖精って、実際にはいないんじゃなかった?」


 トールがセレストとフェンに顔を向けると、二人とも複雑そうな表情をする。


「ーーつい先程まで、疑うまでもない常識だったのですが」

「目の前にいるんじゃあな……」


 ラクサ人、いやラグリス大陸人として当然の前提がひっくり返った模様だ。


「確かにここ三百年ほど見ておらぬな」

「精霊は非常に人見知りというか、臆病であるゆえ。このように姿を見せるのは珍しいぞ」

「勇者は精霊に好かれるとは言え、随分と数が多いな。貴公らしい」

「……なんか初耳の情報が出てきたぞ。勇者って? 精霊に好かれるのか?」


 トールは勇者だが、その能力や女神の加護を全て把握しているとは言えない。その辺りのサポートをしてくれるのが、聖なる武具たるイクスカリバーとイージィスなのだけれども……。


「言うておらなんだか」

「伝えたはずだが……いや、今思えばあれはラヴァエロであったやも」

「待て。ラヴァエロの前のあやつではなかったか? 精霊がまだ姿を見せていた頃合いであろう?」


 記憶が曖昧なようである。


「ご飯食べたか忘れるじーさんばーさんじゃないんだからさあ……」


 トールは溜息を吐いた。


「勇者も代替わりして増えたのでな」

「一度に言うたところで、汝も覚え切れぬであろう? 折に触れて知識を伝えておったのであるが、精霊は近頃とんと見掛けなかったゆえ抜けておったようだの」

「昔はいたのに、いなくなったってこと?」

「姿を見せぬだけで、本当に居らぬ訳では無いぞ」


 イクスカリバー達の解説によればーー。


 精霊とは、自然界に宿る魔力から生じた小さき存在である。

 幼な子のような心と姿かたちを持っている。

 大変に恥ずかしがり屋かつ臆病であり、争い事も大の苦手で、小さな野ネズミの喧嘩でも逃げ出すほどのビビリだという。

 そのため、人族の前に現れることは滅多にない。

 だが人族の中でも稀に、精霊に好かれる者がいる。


「昨日の話にも出た『花の聖女』であったか。あの者も恐らくはそうであろう」


 意図せず豊穣の力を振るい、周囲に花を咲かせていたーーその辺りに、精霊の存在が感じられるらしい。


「本人ではなく、かの者を慕う精霊の仕業であろうのぅ。古の時代には、精霊と心を通わせてさまざまな魔法的効果を起こす、精霊使いと呼ばれる者もおったのだが」


 農業魔法は実のところ、精霊が深く関わっているとイクスカリバーは言った。


 魔法使いが捧げた魔力は精霊が受け取る。そして彼等の力によって土を豊かにしてもらい、作物の成長を助けるのが農業魔法なのだ。

 このとき原則として、精霊は受け取った魔力にふさわしい働きをする。

 言ってみれば商売のような等価交換である。

 だが精霊使いの場合、精霊が等価を超えて返してくれることが多い。

 推しには貢ぐ、というのが近いか。


 よって、桁外れの豊作になったり。

 意図せず周囲で花が咲いたり。

 季節外れの作物が実ったりする。


「しかし、問題もあってのぅ……」


 精霊は気まぐれーーというか独自の考えで突飛なことをする幼な子のようなものであり、言うことを聞かせるのが難しい。

 また、怖がりで争いを嫌うため戦闘では役に立たない。


 魔物や魔族との戦いが激しくなったことや、それに伴って魔法や魔術が発達していったことから、もともと少数派だった精霊使いはさらに希少になっていった。

 そして魔王軍によって土地の魔力が奪われると、精霊は死することはないが深い眠りについてしまう。

 精霊が現れなければ、精霊使いが力を発揮する機会も失われる。

 人族と精霊との関わりは、どんどんと薄くなっていきーー。


「ーーとまあ、そのような経緯で精霊も精霊使いも、次第に忘れられていったのであろうよ。神殿の教義も最初から、精霊を認めていなかった訳では無かったはずだが……」


 精霊は女神の恩恵によって自然界に宿るものとされ、時たま悪戯をすることもあるが悪気はなく、善性の存在だ。

 姿は見せずとも人族に友好的な隣人であり、決して女神の教えに反するものではなかったのだがーー。


「その辺りは分からぬな。勇者が居らぬ間、人の世がどう変わったのか。我等も知るすべが無い」


 聖剣と聖鎧装は勇者の生ある限り共にいるが、役割を終えるとラクサ王国の大神殿に安置される。トールも召喚された直後に大神殿へ連れて行かれ、そこでイクスカリバーとイージィスに出会った。

 聖なる武具の両名は、勇者としか意志の疎通ができない。

 人間形態を取れば他者とも話はできるが、そもそも勇者が居ないと人型になれない。次の勇者がやってくるまで、俗世と切り離されて過ごす。


『人族で言えば眠っているような状態であるのぅ。まあ我等は道具だ、暇は暇だが、苦痛ではないぞ。あまり気にするな』


 かつてイクスカリバーはそんな風に言っていた。


 ともかく、百年以上もの休眠状態から再び外界に出ると、人の世があれこれ変化していることは珍しくない。

 精霊についても同様。

 トールと共に、久しぶりに娑婆(シャバ)の空気を吸いに来てみたところ、


「完全に無きものにされておったのよな」


ということらしい。


 あまりに精霊が姿を現さなくなったためか。

 神殿や女神の権威を高めようと考えた誰かがいたのか。

 現在のルリヤ神殿は精霊を実在しないものとして扱い、奇跡は女神だけのわざとしている。

 フェンやセレストをはじめ、王国の人々も全く事実を知らない。

 「花の聖女」のような精霊使いが現れても、誰も精霊と結び付けようとしない。そんな空想上の存在になっていた。


「女神の加護という考えが間違っておる訳でも無いしな。加護があるから、精霊に好かれるとも言える」

「ーーで、勇者も加護があって精霊が寄ってくるってこと?」

「左様。体現しておるのぅ、勇者よ」

「女神様やり過ぎだと思う」


 トールは再び精霊にまとわり付かれ、服や髪を引っ張られたり、つつかれたりと面白い有様になっている。


「ふははは、魔王を討って世が平らかになった証だな。誇るが良いぞ、勇者よ」

「ちっとも嬉しくない。好かれるって言うよりさあ、遊ばれてるだろコレ……うわぁっ?!」


 精霊達がクルクルとトールの周りを走り出したーーと思ったら、またしても一斉に突撃してきた。

 潰されたくないので、トールはばふばふと突っ込んで来る精霊達を受け止めては地面に下ろす。


「きゃー! おもしろーい」

「ゆーしゃーもっとやってー!」


 精霊達はキャッキャと喜んでいる。

 トールが好かれているのは本当のようで、近くにいるフェンやセレスト、イクスカリバー達のことは見向きもしないで、トールへくっつきに来る。


「ちっちゃな子の相手とか苦手なんだけど……」


 トールは一人っ子で、親戚にも小さな子供はいなかった。圧倒的に経験値が足りない。


「まあ頑張れ」


 フェンは冷静な第三者視点であった。


「他人事だな?!」

「黙れ馬鹿勇者。オレとセレストは、この異常事態をどう処理するかで手一杯だ」

「神殿にせよ王国にせよ、控えめに申しまして頭がおかしくなったと思われそうなのですよね……」


 日本で言えば「宇宙人は実在した!!」というような報告を公的にしなければいけないようだ。気が重くなるのもうなずける。


「あー、うん……頑張ってくれ」


 そこはトールにも何とかできそうにない。


「いっそ見なかったことにしましょうか……?」


 フェンではなくセレストが言うのだから相当だ。


「ふむ、案外に妥当かもしれぬぞ。貴公等は勇者と近しいゆえ、精霊も気にしておらぬようだが……恐らく他の人族が来ると、姿を消してしまうであろう」


 イージィスが賛成する。


「実物を見せて証明できねえってことだな。精霊が忘れられた理由ってのも、その辺がありそうだがな」

「確かに。わたくしも、この目で見なければ信じられなかったことでしょう」


 精霊が幻の存在となってしまった弊害であった。


「でも、何でこのタイミングで急に出て来たんだろ? 稲刈りのせい?」

「ふぅむ。可能性は高いのぅ」

「本人? にも訊いてみるか……」


 トールは自分にくっついている精霊の一人を捕まえ、対話を試みる。


「なあ、君達って精霊なんだよな?」

「そーだよ!」

「じゃあ稲……ここに生えてた作物を育ててくれたのも君達?」

「うん。ゆーしゃ、いっぱいほしーんでしょ?」


 精霊はあどけない笑顔で言い、周囲の精霊も声をそろえた。


「だからー、いーっぱいあげるよー」

「あげりゅー!!」

「あー、好意二百パーセントだな。うん、ありがとな……」


 トールの田んぼも、魔族の掠奪を受けた不毛の地だった。

 精霊も眠れる状態であっただろう。

 そこをトールが開墾して農地に変え、除草やら追肥代わりやらで散々に勇者のスキルを使い、魔力を注ぎ込んだ。

 その暴挙によって精霊達は目覚め、大好きな勇者のために盛り上がってしまったーー。


「あれ? ひょっとして俺、農業魔法が使えなくても全然問題なかった?」


 重大な事実に気付く勇者。


「いかにも。我等、初めから失敗するはずが無いと思うていたぞ。ただ稲は異世界の生き物ゆえ、一抹の不安はあったが」

「精霊が喜んで力を貸すであろうからな。しかし貴公と精霊どもの奇抜さが合わさると、何が起こってもおかしくはなかった」


 種明かしをする聖なる武具。


「ふん、確かにな」

「トール様ですし」


 納得する魔法使い達。


「俺は子供か! 今まで頑張ったのはなんだったんだ」


 トールは文句を言ってみたが、可愛らしい精霊達をくっつけたままなので迫力はなかった。


「汝の努力に精霊が応えたからこそ、普通の豊作で済んだとも言えるのだぞ?」

「普通じゃない豊作って何だよ」

「巨大化する。または光り輝く。食べると神聖化して逆に危険。もしくは稲が魔法を使ってくる……他には何か前例があったかのぅ」

「うわぁ……」


 トールは片手で顔を覆ってうめいた。

 聞くだけで酷い。


「しかもそれ、前例があるのか」

「いかにも。精霊のすることであるからのぅ」

「豊作なら穏便な方だと言うたであろう」


 ループのごとく、果てなき収穫ができるくらいは「普通」に入ってしまう。二大美女はそう言うのだった。


 そして、あまりに豊作過ぎて困ったトールが、稲刈りを仕舞いにしようとした結果。

 蓄積された魔力もさることながら、絶好調にみなぎっている精霊達の、やる気の行き場がなくなってーー。


「ゆーしゃー!」

「まだあそんでーー!!」

「いーっぱいあしょぼー!!」


「こうなったのか……どわぁっ?!」


 トールは実体化した精霊達から、何度目かの総攻撃を喰らうことになったのである。



✳︎✳︎✳︎



「原因が精霊だって言うのは分かったけどさ。この後はどうしたら良いんだ?」


 精霊が現れた理由は判明したが、問題はここからだ。


「何とか言い聞かせるしか無かろうな」

「難易度が高いな……やってみるけど……」


「もっとあそぼ?」


 こてん、と首を横に倒して精霊が言う。

 見た目は大変愛らしい。


「えーと、君達のおかげでもう稲は十分なんだ。だからお終いにしてくれない?」


 トールは下手に出て頼んだが。


「えーやだー」

「ゆーしゃーあしょぼー」

「ぶーぶー」


 精霊達はぷるぷると首を振り、ますます彼にしがみつく。


「全然ダメだな?! じゃあ別の遊び……って言っても何すれば」


 トールが知っている子供時代、それも年齢が低かった頃の遊びと言っても。

 ゲームやマンガは異世界にあるはずも無い。

 外遊びにしても公園も無いし、おもちゃの類もまるで違うし……。


「缶蹴りは空き缶が無いよな。やばい、鬼ごっこか隠れんぼくらいしか思いつかない」

「……勇者よ。精霊は子供の心と姿を持っておるが、人族の子と同じではないぞ」


 イクスカリバーから、もっともな突っ込みが入る。


「精霊にとって楽しいことをせねばならぬ」

「難しいなー」


 思い悩むトールの周りで、精霊達はワクワクぴょんぴょんしている。

 キラキラした期待に満ちた目を向けてくるため、トールは少し冷や汗が出そうであった。


「んー。じゃあ、来年また遊ぼうか?」


 苦し紛れに提案してみる。


「トール様……それは少々いかがなものかと」

「子供騙しにしか聞こえねえぞ?」


 セレストとフェンの視線も痛い。

 だが、精霊達は想定外の反応をした。


「らいねん?」

「ゆーしゃ、らいねんってなに?」

「今は秋だろ? これから冬が来て、寒くなるよな。で、またあったかくなって春になったら」


 トールは来年も稲作をするつもりである。

 すると精霊達は一斉に、ニコニコと笑顔を見せた。


「じゃあすぐだね。いいよー」


「え? 良いのか?」


 自分で言っておいて難だが、拍子抜けするほど簡単であった。


「だってーゆーしゃだからー」

「やくそくだよー?」

「せーれーとやくそくだよー?」

「やぶったらだめだよー?」

「ゆーしゃ、またね!」


 笑いさざめいて、彼等は消えた。


 すうっと空気に溶けるように、姿も気配も無くなってしまったのだ。


「思ったより呆気ないな?!」


 あまりの唐突さに、トールは化かされた気分であった。


「問題を先送りしただけ、なのでは?」

「解決はしてねえな」

「もう来年のことは来年考えるよ。面積広げるとか」


 開き直って前向きに捉えることにした。


「しかしのぅ、このたびは汝の魔力を受けた精霊であったから良いようなものの。人ならぬモノとそう簡単に約定を交わしてはならぬ。気を付けよ」

「うむ。万一にもたがえると、洒落では済まん」


 イクスカリバーとイージィスが、真剣な顔になる。


「破るつもりなんてないよ」

「貴公に限らず、勇者は魔法の無い世界から訪れるゆえ、どうにも感覚が分からぬようだがな。左様に重いものなのだ。心しておけよ」

「そっか。やっぱり面積増やすのが一番かな。広い田んぼで遊べるようにしたらいいか」

「そうしますと最終的に、現れる精霊の数が増えてしまうように思いますが……」

「自称農業のやり方を見直す気はねえのか?」


 トールは結局、周囲から呆れられたが。


 どうにかこうにか伝説の精霊と歴史的な対話を果たした上で、終わらない収穫を終わらせることに成功したのである。


「凄いのか凄くないのか、よく分からなくなってきました……」


 聖女セレストはそう嘆いたという。


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