44.こぼれ話 飛竜落としの、明日はどっちだ(後編)
こぼれ話、締めはマーシェ。2/2
次回から稲作に戻ります。
「何でまた、あたしなんです。星五の連中を差し置いて」
そのウルミカから勇者パーティーに加入してほしいという依頼を受けた時、マーシェは信じられなかった。
ウルミカはギルド長として多忙な人物だ。マーシェは結局ミアドのギルド長にもらった紹介状を使わなかったので、この時が初対面だった。
「重要なのは冒険者のランクではない。君が適任だと私が判断した」
しかしウルミカはマーシェの顔も実績も、さらには性格も把握していて、逃げを許さなかったのである。
「だからなぜです? 星四だって山ほどいるのに」
「一般には伏せられているし、これから明るみに出ることもあるまいがーー君は知っておくべきだろうな。魔王があまりにも強いからだ」
「は……?!」
「混乱を招くから、口外はしないように。しかし王国上層部では周知の事実だよ。あれは記録にある限りで最悪の相手だ」
「いきなり何ですか、冗談じゃない」
「マーシェ。君、女神を信じているか?」
「はあ?」
唐突に話が飛んだ。
「一応は? 信心深くはないですけど」
「私の古い友人に魔術師が居てな。魔術師は信仰が薄いと言われているが、彼等なりに敬意を持っている。女神とは世界の運行を司る意志であり、意味の無いことを決してしないと考えているらしい。私は魔術師ではないが、女神というよりは友の言葉を信じているよ」
「……話が見えないんですが」
「魔王がなぜ存在するのかは解明されていないが、勇者の召喚は女神の意志ーー少なくとも同意の元に為される。ここまでは良いか?」
「ええ、まあ」
「特別に強い魔王がいる。その魔王を討つために、勇者の召喚を女神に願う。するとどうなると思う?」
「そりゃ、特別に強い勇者が呼ばれる……ですかね?」
「そうだ。近々、召喚の儀式が始まるのだが……恐らく特化型が来る」
ウルミカの目が、一瞬だけ遠くを見た。
「十全の勇者スキルを抱えられる者。この上なく尖った能力者だよ。そしてまた君以外の仲間達もね、そろえたように同様だ。多分こうでなくては、万に一つも勝てないんだ」
「……なるほど? 要するにギルド長はこう言いたいんですね? あたしに問題児だらけのパーティーの面倒を見ろと」
「君を推薦する理由は、他にもたくさんある。遊撃手としても非常に優秀で、判断が早く、多才な辺りだな。だが、君に分かりやすい言い方をすれば……ふむ、そういうことにしても構わない」
マーシェは渋面を作り、首を横に振った。
「無理ですよ。ギルド長も知ってるでしょ。あたしはパーティーに正式加入したことが一度もない」
ミアドから王都へ拠点を移した後も、マーシェのやり方は変わらなかった。
単独行動を基本とし、一時的にどこかのパーティーと組むことはあっても正式な所属ではない。
「あちこちを渡り歩いていながら、どこのパーティーとも決定的に揉めたことがない。そんな冒険者は、私が知る限り君だけだが?」
「浅い付き合いだからできるんです」
「勇者と深い仲になれとは言わん」
「いやーな言い方しますね」
「ふっ。いつも通り涼しい顔をして、誰とでもそれなりに、うまくやってくれればいいのだよ」
「それが一番難しいんだって言ってるんですが」
「難しい依頼だから嫌なのかな、君は? 依頼したのは私だ。最善を尽くしても失敗したなら君のせいではない、責は私が負う」
ウルミカは淡々と、気負いなく答えーーマーシェの言い訳をばっさりと斬って落とす。
「……ミアドに居た時のことは聞いている。抜きん出て叩かれるのが嫌いなのだろう? だから君は、すぐ手柄を人に譲ってしまう」
「そこまで知ってるんなら、ほっといてください。勇者様の仲間だなんて荷が重いんですよ、正直言って」
「相手が勇者だなんてことは忘れてくれ。普段と同じく、ちょっと変わったパーティーの助っ人に呼ばれたくらいの気持ちで構わん。やってみて駄目なら離脱も認める。これでどうだ?」
「ちょっとどころじゃないと思いますけどねえ……」
マーシェはギルド長室の天井を仰いだ。ウルミカはこの依頼を断らせるつもりがないのだ、と分かったためである。
「やってはみますが……期待しないでくださいよ」
✳︎✳︎✳︎
三年が経ち、マーシェはまだここにいる。
魔王が倒され、勇者パーティーが解散した後も、だ。
結果、ウルミカの目は確かだったと言えるだろう。
見透かされていたようで、面白くはないのだが……。
思い出に蓋をして、彼女は腕組みをほどいた。
「ーーあたしにも意外な出来事だったさ。でも、ま、後悔はしてない。それで? あんたの用事は何だい?」
改めてバスターの顔を見た。
男はしかめ面をした。
「平和になったは良いが、ミアド周辺は魔物がぱったり出なくなった。出稼ぎだ」
「ふぅん」
「ついでに、てめえのツラも拝んでおこうかと思ってな」
「そうかい」
ならば用は済んだだろう。
マーシェがそう言おうとすると、バスターは舌打ちする。
「ったく、可愛げがないのは変わらんな。一つだけ聞かせろ」
「内容次第だね。まあ言ってみな」
「ミアドに……冒険者に戻る気は無いのか?」
思いがけないことを訊かれた。
「……ミアドはあたしの生まれ故郷だし、家族も居る。いつかは帰ると思うよ。でも、だいぶ先の話になるだろうさ」
バスターが予想より真面目な表情をしていたので、マーシェも素直に教えてやった。
「あんたはどうだか分からないが、あたしは冒険者であることに、こだわりは無いんだ。そりゃ色んな好き勝手をやって楽しかったさ。でも今は、ちょいと別のことをやりたいんでね」
「フン……つまらんやつに成り下がったな、マーシェ」
「あんたは相変わらず嫌味だね、バスター。ミアドを代表して応援してくれてもいいのにさ」
「……てめえには似合わん。とっとと尻尾を巻いて逃げ帰ってくると思っていた」
「可愛げのない女がいなくて寂しかったのかい?」
「ふざけるな」
マーシェの冗談は通じなかった。
バスターははっきりと機嫌を損ねている。
(やっぱり面倒なやつ。こっちはもう戻りたいんだけど)
そもそもマーシェは休憩を終えて、トール達の元へ行こうとする途中であった。
どうやってこの男を追い返そうか、考えていると背後から声が掛かった。
「マーシェ、お客さんか?」
トールだった。
マーシェが来ないからと、探しに来た模様だ。
勇者で総指揮官なのだから誰か人を使えばいいのに、何でも自分でやってしまう辺りがトールらしい。
どうせ暇だし、くらいにしか本人は思っていないだろうが。
「てめえが勇者か……」
さしものバスターも少々腰が引けている。
トールはニホン人の特性らしく、実年齢より若く見えて、まるで強そうでもない。が、勇者のスキルと特大の魔力を背負っているので、バスターほどの冒険者なら一目で化け物だと分かるはずであった。
(ま、トールは勇者の肩書きでビビってるだけだと思ってるよね……それも間違いじゃあないんだけど)
強者は強者を知る、ということだ。
「すまないね、トール。昔の知り合いがいたのさ」
「そうか。こっちは特に急ぎじゃないぞ」
「ああ。でも、もう行くよ」
「待て。話はまだ終わってない」
バスターも往生際が悪い。
だが、また別の男の声がした。
「よせよぉ、バスター。さすがにみっともないぜぇ」
立ち並ぶ天幕の間から、ひょろりとした男が現れた。
これも見覚えのある顔だ。
バスターのパーティーに居た軽戦士である。
「てめえは引っ込んでいろ」
「そーも行かねぇよぉ。勇者さんにまでケンカ売るな、つってんの。フラれたんだからよ、諦めろや」
間延びした口調だが、油断ならない雰囲気を持った男だ。
短剣使いの軽戦士、マーシェと似たような立ち位置の密偵役であろう。
いきなり姿を見せたのも偶然ではなく、隠れて様子を窺っていたと思われる。バスターに何かあれば、速やかに回収するつもりで。
「ほらほら、帰った帰ったァ。後はおれがやっとくからよぉ」
軽戦士はバスターの肩をぐいぐいと押しやり、ついには足を蹴飛ばす。
「チィ……仲間の顔を立てるだけだ。覚えていろ」
バスターが渋々だが引き下がり、何度目かの舌打ちをしてから踵を返した。
(割と人望はあるんだよねえ……)
かつて出会った魔術師の女と言い、この軽戦士と言い。
バスターはパーティーの仲間には慕われている。
(こんな面倒くさいやつのどこがいいやら……ま、あたしも似たようなもんか)
遠ざかる後ろ姿を見ていると戦士二人がやってきて、バスターを引っ張って連れていった。
「……わりーなぁ。うちのリーダー、どうにもこじらせちまってよぉ」
たはは、という感じで軽戦士は苦笑した。
「他のことなら、しゃんとしてるんだがなァ。アンタが絡むとすっげぇぽんこつなの。言ってる意味、分かる?」
「……自分に靡かない女が珍しいだけだろう? いい迷惑だよ」
「あーあーあー、ホントきっぱり脈ねえのな。無理もねーけどよォ」
「だいたい、あの怖ーい彼女はどうしたのさ。さっきも居なかったようだけど」
「おっと、そこ聞くかぁ? うちの魔女なら少し前にバスターとケンカして、郷里に帰っちまったんだよなぁ」
「はあ?」
マーシェは思わず相手をにらんだ。
「あたしを追っ掛けてる場合と違うだろう! 何やってんだい。どあほうが」
「うーん、返す言葉もねーなァ。バスターのやつ、意地になっててさ。首を縦に振らねぇのよ」
「仲間だろ、あいつなんざブン殴ってでも迎えに行ってやりな」
「その方がいいかぁ……勇者さんはどう思う?」
「……俺?」
トールは口を挟まずに話を聞いていたのだが、突然言われて眉を寄せる。
「そう。ケンカ別れして、どっかへ出てった仲間が居たらさぁ、勇者さんならどーするよ?」
「もちろん探し出して謝る」
「だよなぁ、そーだよなぁ。うんうん。じゃあ勇者さんにも意見されたから、迎えに行くぞって言っとくわ」
「そこで俺をダシにする意味ってあるか? 普通に行けばいいのに」
「ぐはぁ、正論だなァ。バスターが勇者さんみたいに素直なら、おれも苦労しねえんだけどよぉ」
軽戦士はぽりぽりと頬をかき、ぼやいてみせた。
「コレはコレで大変なんだよ? あたしは」
「おー、マーシェもか。分かるぜぇ、目付け役はツラいよな」
マーシェと軽戦士は何となく笑い合った。
「この依頼が終わったら、行くとするさ。迷惑かけたなァ」
「ほんとにね。ま、元気そうなのは良かったけど」
「ミアドへ来ることがあればよォ、声掛けてくれや。じゃあな、飛竜落とし」
懐かしくもない呼び方を、マーシェは苦笑と共に否定した。
「その二つ名はバスターに言ってやりな。あたしには必要ない」
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「マーシェってさ、かっこいい呼び名があったんだな」
セレスト達の元へ歩いている途中で、トールが言った。
「ありゃバスターの二つ名だよ。あたしじゃない」
「えー。ほんとに?」
「目潰し程度でどうにかなる魔物じゃないんだよ、飛竜なんて。噂ってのはいつでも大袈裟だからね」
「そうかなあ」
「あのねえトール。バスターは弱かないよ? 今だって本気で戦ったら、あたしが勝てるか分からない。飛竜落としはあいつなんだ」
「うーん。マーシェがそう言うなら、それでいいか」
「素直なのが、あんたの良いところだねえ」
「何だろ。褒められてる気がしないな?」
「フフ。どうでもいいんだよ、昔のことは」
女神は無駄なことをしないという。
だが神ならぬ人族に、正解なんて分からない。
規格外な仲間がそろっているせいで、余計に予測が立てられない。
「明日はどっちに転がるか。今のあたしは、そいつが一番大切なのさ」
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刺さってしまった矢がどうしても抜けない。
多分そういうことなのだろう。
いつにない速度で酒杯を干していくバスターを眺め、軽戦士は自分も一口呑んだ。
飛竜と戦ったあの日から、随分と経った。
バスターと仲間達は、どうにかこうにか星五となり、ミアド周辺を魔物や盗賊どもの脅威から守った。失敗もあったが、概ねうまくやってきたと思う。
だが。
一つだけ、若気の至りでは済ませられない後悔があるとすれば。
「マーシェはミアドなんかに収まるやつじゃーなかったんだ。おれ達がなんにもしなくても、そのうち出て行っちまったんじゃねえかァ?」
鮮やかな手並みで飛竜を落とした女。
そして地位も名誉も要らないと、ためらいなく出て行ってしまった女。
バスターや自分達が欲しかったものは、彼女には小石ほどの価値もなかった。それを思い知らせてくれた、小憎らしい女。
おまけに彼女は英雄の一人までになってしまい、きっと戻って来ることはない。
抜けない矢だけが残っている。
「……てめえ普段よりうるさいぞ」
「バスターも愚痴ってみればいーじゃねえの。マーシェは楽しそうだったからなァ、あれでいいんだろー。あーそれとな、明日から魔女さん探しに行くぜぇ」
「勝手に決めるな」
「パーティーの多数決だ、いくらリーダーでも拒否権はねーぞー。勇者さんにも言われたさ、仲間なら迎えに行けってなァ」
「あんな奴の言葉を真に受けるのか、てめえは」
「当たり前だろーがよ、マーシェみてーな女もついて行くんだからよぉ。魔女さんまで手遅れになったらおしまいだぜ、分かってんのかぁ」
「…………」
沈黙の後、バスターは杯に残った酒をあおる。
「……手遅れか。そうかもしれん」
「マーシェは手遅れっつーかよ、最初から届いてなかったんだろーけどなァ」
「てめえは本当に好き勝手言ってくれるな。せっかくの酒が不味くなる」
バスターはのそりと立ち上がり、金を置いた。
寝ぐらへ帰るか、飲み直すのか、まあ子供ではない。好きにしたらいい。
「明日、忘れんなよォ」
男は無言で酒場を出ていった。
軽戦士は、その背中に向けて念押しをしておいた。
今のバスターは、仲間の総意を無視するほど狭量ではない。ちゃんと来るだろう。
「あとは魔女さん次第かー。マーシェのやつが言うように、ホントに待っててくれてるのかねェ……」
人の心と運命ほど悪戯なものはない。
女の姿をしていれば、なおさらに。
「また、こっぴどくフラれなきゃいいが。どーかなァ」
飛竜落としの、明日はどっちだ。
益体もないことを考えながら。
軽戦士も、最後の杯を飲み干した。
米の名は…「ゆみあずさ」
多収、いもち病に強く、耐倒伏性に優れた品種。栽培適地は東北中部以南。




