43.こぼれ話 飛竜落としの、明日はどっちだ(前編)
こぼれ話、最終話。前後編。1/2
「よお、マーシェ。久しぶりだなぁ?」
聞き覚えのある男の声が、背中の方から響いた。
弓使いマーシェは、ゆっくりと振り返った。
体格の良い戦士が、夕暮れの中に立っている。
長身の彼女よりも、さらに一回り以上は大きく力にあふれた冒険者。
得意の短槍を肩から斜めに背負っている。
知っている顔だ。
だが、ここで会うとは思わなかった。
「白の女王群」掃討戦の舞台となったこの場所は、この男の本拠地から遠く離れている。
「あんたも居たのか、気付かなかったよ」
なぜここまで来たのか。
積もる話があるほど親しくもない。
マーシェは目を細め、冷ややかに笑ってみせた。
「元気だったかい? “飛竜落とし”のバスター」
これくらいの意趣返しは許されるだろう。
そう思いながら。
✳︎✳︎✳︎
バスターは同郷の冒険者である。
十年と少し前、マーシェと同じくラクサ南部の都市ミアドの冒険者ギルドに所属していた。
当時の階級は若くして星四。才能があり、難しい依頼でも安定してこなす。鍛えられた身体と野生味のある顔立ちで、女にもモテていた。
一方のマーシェは成人とほぼ同時に冒険者となって約一年、星一を抜けたところだった。駆け出しの中では筋が良いと言われてはいたが、既に数々の実績があるバスターとは比較にならない。
そのどちらが飛竜を落としたか。
つまらない見栄の張り合いにマーシェを巻き込んでくれたのが、バスターという迷惑な男だった。
飛竜。
亜竜とも言われる強力な魔物である。
竜種のうちでは下位とされるものの、魔法が効きにくく物理耐性も高く、小回りの良い飛行型で、尾の先に猛毒を持つ厄介な相手だ。
小型の魔物を捕食する肉食性でありつつも知能が高く、深い山や森の奥で暮らしている。ほとんど人里に出て来ることはない。人族は、彼等からすれば肉が少ない割に武器や魔法を使い、同族がやられれば報復してくる生き物だ。食料とするには割に合わない、と分かっている。
だが、この変異種は違った。
通常より大型。
頭部が丸っこい形をしていて、普通個体なら砂色をしている鱗も黄色味が強かった。そのため、月光と呼ばれていた。
どこで覚えてしまったのか、人族を好んで襲う。ミアド近郊の村がいくつか壊滅に追い込まれ、放っておけなくなった。
たまに、こうなってしまう魔物がいる。人魔の境目が見えなくなってしまった生き物は、倒す他に方法が無い。
ミアド領主から冒険者ギルドに特別討伐依頼が出され、騎士団や魔法使い達との共同作戦が決定されたのである。
ミアドにはバスター以外にも星四、星五の冒険者がいたが、もっとも遠距離攻撃に強かったのが彼のパーティーだった。
中級魔術師の女が加わっていたためだ。他にも短剣を得手とするが、弓も扱えるという軽戦士が一人。バスター自身も短槍を操る戦士で、いざとなれば投げて使うこともできた。後二人は近接型の戦士だ。
そして彼等のような星四以上はもちろん、弓や魔法など遠距離攻撃ができる冒険者には広く召集が掛かった。
マーシェも勢子の一人として参加した。
決して主役などではなかった。
だが月光が魔法薬で誘き寄せられ、不気味な羽音と共に舞い降りた時。
勢子役となった冒険者達の矢と魔法と、隠して設置されていた投石機の大岩が降り注ぐ中で。
紅く燃える魔物の両目を射抜いたのは、マーシェの矢だった。
飛竜は全身を硬い鱗で覆われている。
普通に攻撃しても通らない。
比較的、柔らかいとされる尾や翼の付け根、皮膜を狙う。
目も弱点だが、小さい的であり当てるのは至難の業だ。
マーシェも最初から狙ってはいなかった。
けれど降り掛かる攻撃に月光が怒り、憎しみに満ちた目で地上を睥睨した時、今、射てば届くと知った。
矢を二本掴み取り、魔力を流し、射た。
マーシェの直感は過たず命中した。
飛竜は空中で姿勢を崩した。
同時に、バスターの投じた短槍が翼の皮膜を大きく切り裂いた。
咆哮を上げて、飛竜は地面へと墜落しーー。
その後は一方的な戦いとなった。
陸上でも飛竜は強敵だ。
翼と尾を振り回し、猛毒を撒き散らし、近付く者には牙を剥く。
しかし飛行型最大の優位性は失われている。
近接型の戦士や騎士達も参戦し、猛攻が加えられた。
バスターは予備の短槍を振るって戦い続け、マーシェも尽きることなく矢を放った。
長い時間は掛かったが、月光の反撃は弱まっていき、ついに動かなくなった。
討伐は成功した。
問題はそこから始まった。
✳︎✳︎✳︎
「勘違いするな」
最初に言ったのはバスターの方だ。
「飛竜を落としたのは俺だ。とどめを刺したのも俺だ。ヒヨッコのてめえが勘違いするなよ、マーシェ」
飛竜の死骸の前で、勝利に湧く冒険者達をかき分けて来たバスターは、傲岸そのものの口調であった。
そしてマーシェが驚いて何も言えずにいる間に、くるりと背を向けて戻っていった。
「何だい、わざわざ……」
大人げない言葉であった。
彼女はバスターよりも若輩で、階級も低く、彼にかなう冒険者ではない。
バスターとパーティーの仲間達は、十分な戦果を挙げている。
分かりきったことだ。
マーシェは確かに、運良く月光の目を潰した。
が、自分一人の力で飛竜を落としたと思うほど、思い上がってはいなかった。
あれはバスターとほぼ同時に、相手の視界を奪えたからではないのか。
他の冒険者達も一斉に攻撃し、傷を与えていたからではないのか。
実力ある星四の冒険者が、随分と小さい真似をするではないか。
「マーシェ、あんまし気にしねー方がいい」
「そうだよ。バスターさん、ちょっと頭に血が上ってるだけさ」
「だよね! それよりパーッと飲みに行こうよ!」
顔見知りの若い冒険者達が、肩を叩いて励ましてくれた。
「そうだね。忘れよう。飲んだら忘れるさ!」
マーシェも、聞かなかったことにしようと思った。
それなのに。
「ーーはあ? 今なんて言った?」
意味が分からない。
最初から最後まで。
「チィ、可愛げのない。もう一度だけ言ってやろう」
ミアドのとある酒場で騒いでいたマーシェの前に、バスターが現れた。
なぜ居るのか分からない。
冒険者が溜まり場にする店は大体決まっているが、必ずいるとも限らない。
なのに彼は、手間を掛けてマーシェを探しに来たらしい。
「俺の女になれ。分からせてやる」
そんなことを言われる理由も分からない。
マーシェは、酒が入っていたカップをあおってから、だんっとテーブルに叩きつけた。
「お断りだね! あたしが何をしたって言うのさ。たまたま矢が当たっただけだろう、星四冒険者サマの手柄を横取りしたつもりはない。飛竜落としだろうが何だろうが、好きに名乗ればいいじゃないか」
マーシェもいい加減に酔っていた。先輩冒険者を相手に、つい荒い言い方をした。
「マーシェ、よしなよ! ダメだよ!」
「バスターさんスイマセン! こいつ飲み過ぎたみたいなんで! オレ達、帰ります!」
一緒だった冒険者二人がまたもかばってくれ、店から彼女を引っ張り出してくれた。
だが、その日から、さらにこじれた。
バスターは力ある冒険者ではあったが、自尊心の高い男で、揉め事も多かった。
そんな彼が、新人冒険者と言っていい若い女と張り合うような態度を見せたため、面白がる者は少なからず居たのだ。
ーー本当の飛竜落としはどっちだ。
ーーマーシェの方だったんじゃないのか。
ーーだからバスターともあろう男が、らしくない釘を刺しに行ったか。
ギルドのあちこちで、ささやかれる噂。
ーーそんなに良い腕か? その弓使いは。
ーー悪くはないぞ。若いし伸びしろはある。
マーシェがギルドへ顔を出すと、彼女を見てはひそひそと内緒話をされることが増えた。
ーーバスターは自分の女になれと言ったが振られたらしいぜ。
ーーハハ、いい気味だ。
ーー気の強い美人か、嫌いじゃないな。
値踏みするような視線も増えた。
マーシェにとっては鬱陶しくて仕方ない。
元々、彼女は冒険者として名を上げようという野心などなかった。
実家は革細工を手掛ける工房で、マーシェも狩をするのに慣れていた。仕留めた獲物を素材にしていたのだ。
が、父親が運悪く大怪我をして、店を畳むしかなくなった。
小さかった弟妹のために、手っ取り早く金を稼ぐ必要があった。
自分の力も生かせると踏んで、マーシェが選んだのが冒険者であったのだが。
(あーあ、面倒くさいねぇ……)
この時、マーシェはどこのパーティーにも所属していなかった。
仲の良い冒険者と組むことはあったけれど、あくまで臨時。パーティーに加わるのも助っ人としてだ。
仲間と協力するのも楽しいのだが、マーシェは以前から一人で狩をしていた。自分で片を付けられて、報酬も総取りできる方が性に合っていたのである。
それが、あの飛竜のせいで。
パーティーを組まないかという誘いも激増した。
腕を見込んでくれる者もいたが、興味本位な勧誘も多い。
正直なところ、わずらわしい。しかし断るにも限度があるので、とりあえずどこかのパーティーに加わるのも有りだろうか。
ーーどうしたものか。
さまざまな色合いの視線に晒されながら、ギルドのカウンターで手続きを終えた。
小型の魔物の討伐依頼を完了したところだ。今日も誰とも組まずに、単独で狩った。
「ーー随分つまらない依頼をやっているのね」
帰ろうとした時、険のある女の声がした。
「そりゃあ星四の魔女から見りゃ、つまらないかもねえ? で、偉大な先輩様が何の用だい」
バスターのパーティーに所属する魔術師の女。
彼女が刺すような視線を向けてきている。
「話があるわ」
女はくいっと顎を動かし、ギルドを出て行く。
無視したいくらいだが、魔術師と揉めるのはなるべく避けるべきだ。
仕方なくマーシェはついていった。
薄暗い路地裏で、魔術師の女は足を止める。
マーシェも立ち止まり、念のため周囲の気配を探ったが、他の人間はいないようだ。
もっとも、相手の女は攻撃魔術の使い手である。もし本気でマーシェと戦う気なら、他人は必要ないだろう。
「逃げてもよかったのに、度胸はあるのね」
女は面白くなさそうに言った。
少々顔立ちはきついが、十分な美人と言える。
魔術師のローブはわざと着崩していて、その下は娼婦のような格好だ。白い肌がちらちらと覗いている。
だが色香だけの女ではなく、ミアドの冒険者でも随一の攻撃手として有名であった。
「手短に言うわ。これ以上、バスターに近付かないで頂戴」
そして新しい厄介事を持ってきた。
マーシェは思い切り眉根を寄せた。
「……あっちが絡んでくるんだよ。あたしから近寄ったことは一度もないさ」
「みんな最初はそう言うのよ。自分は何にもしてない、バスターから言い寄ってくるんだって」
「よそのことは知らないけど、事実は変わらない。あたしも迷惑してるんだ。首に縄を付けといてもらいたいね」
「ふぅん……本当かしら?」
女が紅いくちびるを舐めた。
蠱惑的な肢体から、ゆらゆらと魔力が立ち上っていくのが、マーシェにも感じ取れた。
「……やるんなら、あたしも本気を出すよ? 死にたくないんでね」
マーシェは魔力弓に手を掛けた。
純粋な火力で言えば、魔術師にかなう者はない。目の前の女も確か火属性と氷属性を得意とし、数々の魔物を屠ってきたはずだ。
ただし魔法も魔術も、呪文の詠唱に時間を必要とする。稀に詠唱無しで撃てる化け物もいるというが、女はそこまでは行かない。
ならばマーシェが矢を放つ方が速い。
街中で魔力を用いて攻撃するのは違法行為ではあるが、身を守るためにはやむを得ない。
「へぇ……結構使うのね。いいわ、冗談よ」
女の魔力が霧散した。
実際に魔術を使うつもりはなく、単なる脅しだったようだ。
「笑えない冗談だねぇ」
マーシェもいくらか緊張を解く。
「……じゃあ、貴女にお願いをするわ。しばらくバスターの前に顔を見せないで」
「怖過ぎるお願いじゃないか。しばらくって?」
「そうね、永遠に……と言いたいところだけれど。少なくとも一年くらい?」
「……話にならないね。あたしだって目的があって冒険者をやってる。そんな簡単に放り出せたら苦労はないさ」
「貴女が家族を養っているんだったかしら? お金ならギルドの送金を利用すればいいわ」
冒険者ギルドは、冒険者の財産の預かりや他の町の冒険者ギルドへの送金業務を行っている。だからギルドのある町ならば、よそで仕事をしてもミアドへ送金して家族を養うことはできる。
ミアドは比較的平和な町で、魔物もそれなりにはいるが強い個体は少なく、依頼料は高くない。先日の飛竜は例外であった。
だから他の町を拠点に、出稼ぎをする冒険者も結構いる。
「これは貴女のためでもあるわ。バスターはね、貴女に振られたものだから余計に執着してる。周りも面白がって囃し立てるし、引っ込みがつかないのよ。ああなると物が見えなくなってしまって、私も止めたけれど何をしても無駄だったわ」
「何てやつだい」
マーシェはうなり、女が物憂げな溜息をこぼす。
「だから貴女がしばらく、ここを離れるのが一番良いの。逃げるようで嫌かもしれないけど」
「…………」
少し考えた。
マーシェが冒険者になって、およそ一年経つ。
最初は寝たきりだった父親も、だいぶ回復してきた。仕事を再開するのはまだ先になるだろうが、母が看病しなくても自分のことぐらいはできるようになった。弟妹もこの一年でしっかりしてきたと思う。
彼女が抜けても、家は回ると言えば回る。
「……ミアドを出る、か。考えたこともなかったよ」
冷静になってみると、女の提案は悪いものではない。
顔を合わせるから互いに不愉快な思いをするのだ、距離を置くのが良い。
しかしバスターとマーシェでは、背負っているものが違う。彼はミアドでも有力なパーティーのリーダーで、町や仲間に対する責任があり、築いてきた実績と名声をたやすく捨てることはできないだろう。
独り者で身軽なマーシェが引くのは有りだ。名より実を取ればいい。
バスターはマーシェに逃げられたと言われるかもしれないが、それこそ知ったことではなかった。
「……そうさね、あんたの顔を立てても構わない。でもバスターやあんた達が、あたしの家族に何もしないと言えるかねえ?」
「それはないわ。安心して」
女は断言した。
「バスターは強引で自信過剰で、考えなしのところはあるけれど、卑怯な真似はしない。貴女がいなければ噂もじきに収まるだろうし。万が一のことがあれば、私が貴女の家族を守ってあげる」
「あんたを信用しろって?」
「……真理と深淵、そして私の師の名にかけて誓ってもいいわ」
「何でそこまでするんだい……」
女は静かに微笑んだ。
「分からないかしら? 愛してるからよ」
「……あいつ、本当に最低野郎だね」
マーシェは呆れた。こんな良い女がついているのだ、自分なんぞに誘いを掛けている場合ではないだろうに。
「あたしもすぐって訳には行かないよ。準備もしなきゃいけない」
「ええ。私達は依頼で少し遠出する予定があるの。その間だとありがたいわね」
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「本当に行くのか?」
筋骨隆々とした大男が言った。
ミアドの冒険者ギルド長である。
「洒落でこんなことしませんよ。いい機会だと思うことにしたんだ」
旅装を整えたマーシェは、淡々と答える。
魔術師の女と会ってから、十日ほど経っていた。
女は別れ際に迷惑料だと言って、それなりの金をくれた。その半分くらいを家に入れ、家族や知り合いには肝心なところはぼかしたけれど、先輩冒険者と揉めてしまったので、よそへ行くとだけ言っておいた。
バスター達は女の言葉通り、依頼で留守にしているようだ。邪魔されずに準備を終えることができた。
マーシェはもらった金の残りで装備を整え、こうして最後の挨拶でギルド長の元を訪れたのだ。
「お前さんがそこまで気にすることじゃあなかったと思うが。すまなかった」
「星四と星二じゃ、天秤に掛けるまでもないでしょう? 分かってますよ」
「やれやれ、物分かりが良過ぎるのも考えもんだな。バスターの野郎にお前さんの半分でも分別がありゃあ、話は違っただろうに」
ギルド長は、コツコツと机の端を指で叩いた。
「あいつにも焦りがあったんだろう。そろそろ星五に手が届く頃合いだからな。だが、少々やり過ぎた。かえって昇級は遠のくな」
「……あたしのせいだとか言いませんよね?」
「もちろんだ。バスターが先輩格の度量を見せれば良かっただけさ。そう難しいことじゃなかった」
「ですよねえ」
「決意は変わらんか、マーシェ?」
「ええ、変わりません」
「王都へ行くつもりだと聞いたが」
「もう悪目立ちするのは嫌なんで。王都はデカいから、あたしどころかバスターぐらいの冒険者だって珍しくないでしょう? ひっそりやって行ければ十分です」
「ふむ、それはどうだか。まあいい、王都のギルド長とは腐れ縁でな。この手紙を持っていけ。何かの役に立つだろう」
ギルド長は封書を差し出した。
目立ちたくないマーシェには不要なものだが、ギルド長なりの餞別であろう。
大人しく受け取り、荷物に入れる。
「じゃあ、あたしはこれで。お世話になりました、ギルド長」
「ああ。元気でやれや、飛竜落とし」
「よしてくださいよ。あたしには、そんな二つ名は必要ない」
年に似合わぬ苦い笑みと共に、マーシェはギルド長の部屋を後にした。
「ーーミアドの冒険者ギルド長としては失格だろうなぁ。だが才能ある人間にゃ、ふさわしい舞台ってもんがある。これで良かったのかもしれん」
男がつぶやいたのは、聞こえなかった。
✳︎✳︎✳︎
「王都へ行ったらしいとは聞いていたが。まさか勇者パーティーに入った上、英雄になっているとはな」
ふてぶてしい口調でバスターは言う。
「あたしだって予想もしてなかったさ」
「ふん。てめえのどこが勇者の目にかなったんだか」
「さてね」
「身体か?」
「年下に襲い掛かるほど飢えちゃいないよ、あたしは。一緒にしないでもらおうか」
碌でもない言い掛かりは一蹴してやった。
が、言いたいことは分からないでもない。
勇者パーティーの四人の仲間は、それぞれルリヤ神殿からセレスト、魔術師団からフェン、騎士団からシャダルム、冒険者ギルドからマーシェが選ばれた。
このうちマーシェ以外の三人は、純粋に戦闘方面の能力で選出されたと言える。
マーシェだけが異色だ。
彼女より高い戦闘能力や技能を持つ冒険者は大勢いる。
何なら目の前のバスターもそうだろう。性格にやや難はあるが、実力は確かだ。
だが勇者パーティーにおいて、マーシェは自分が足手まといだと思ったことはない。
トール、セレスト、フェン、シャダルム。
彼等はみんな個として優秀だが、それ以外は抜けている部分も多かった。
それを一つのパーティーにまとめるのは……本来ならリーダーであるトールの役割ではあっただろう。
とは言え彼は彼で、右も左も分からない異世界に連れてこられた直後。他に覚えるべきことがたくさんあり、ラクサの基準でも成人したばかりの若さでもあった。やれと言っても無理というものだ。
だからマーシェがやっていた。
成り行きや偶然ではなく、最初からそれが彼女の役割だった。
(こいつに、そんな内情を教える気はないけどね)
マーシェとて、自分から志願した訳ではなく、何なら乗り気でもなかった。
王都ラクサミレス冒険者ギルド長、ウルミカ。現役時代は特級冒険者として鳴らした女性からの推薦だったのである。




