42.こぼれ話 独白する女、真理と深淵を極める者とは(後編)
魔法と魔術と魔術師の話、2/2
話が逸れてしまいましたね。
さて。
私が生まれた家は下級貴族ですが、恵まれていた方だったと言えます。
当然です。
生活に余裕がないと、子供に魔術の勉強なんてさせられません。
私は末っ子三女でしたから、どこかへ嫁に出すのもお金が掛かり過ぎます。姉が二人もおりまして、両親は跡取りである兄と、姉達の支度だけで手一杯でした。
でも、魔力が多いならそれで身を立てろということで、教師をつけてもらえました。これでも実家に寄生し続けるよりは随分マシです。私は一生懸命に勉強して、師団の候補生になりました。
魔術師団は才能がある子供を集めて、教育を施してくれるんです。将来の魔術師を確保するためでもありますが。
ちなみに神殿も似たようなことをして、魔法を使える神官を養成します。あちらは戸籍を握ってるから強い。
定期的に子供の成長を祝福する儀式がありますから、そういうところで才能のありそうな子供を見つけてはスカウトします。
神殿はどこの町にもたいてい一つはありますし、礼拝所しかない小村でも巡礼神官が定期的に赴きます。この組織網が、神殿の強みです。
それに神殿は、各地で孤児院を運営しています。親を亡くした子供、訳あって育てられなくなった子供を引き取っています。そういう子供も成長して魔力が多ければ、神官になることが多いそうです。
才能ある子供がどのような道を選ぶのか。
この辺はまあ、いわゆる早い者勝ちです。最初に目をつけたところが取り込みに掛かります。
ただし魔術というのは向いてる人材が少ないので、その見込みがあれば魔術師団に優先権があるんですけど。魔術文明の後継ですから、我が国は。
でもまあ、うん、建前と言えましょう。有能な人材はどこも欲しがります。
私は以前、孤児院へ行って魔術師になれそうな子供がいないか探す仕事もしてましたから知っております。結構ドロドロです。しがらみとは嫌なものです。
そんな私は、父の知り合いに魔術師がいまして。教師についてくれたのも、その方です。最初から魔術師団に行くと決まっていました。
しがらみですね。
いえいえ、師には感謝しておりますとも。
だから、酒と下品な駄洒落が好きなクソジジ……老紳士でも我慢できているのです。
魔法使いにとって、師匠はもう一人の親とでも呼ぶべき存在ですからね。
……という訳で、神官は身分が低い生まれだった場合も結構ありますが、魔術師は比較的に上流階級――貴族の子女や、平民でも裕福な者が中心になります。いわゆる知識層です。
有名どころでは、トラス副団長も貴族の出です。ハウスト侯爵家と言えば、結構な名門で知られています。
ロジオン師団長も没落した貴族家の出身だったらしいですが、私もあまり詳しくありません。雲の上にも程があります。ご自分の才覚だけで貴族に叙された方ですし。
エルフの先祖返りで、若く見えても長年にわたって――私が生まれるよりも前から、師団長で在り続けてきた王国の守護者です。もはや過去を気にする人がいないというか。
ロジオン師団長は、身分にこだわらない方でもあります。
だからこそ、魔術師団には生まれた身分より、魔術の才能がものを言う実力最優先の気風がありました。候補生も同じです。
最初は私もびっくりしましたし、新鮮でした。
あの時、一緒に学んだ仲間達とは今も交流があります。身分はだいぶ違う人もいますが、友人と表現しても許されるでしょう。
立場はみんな色々です。師団直属の魔術師になった人もいれば、私のように階級登録をしただけで、あちこちで雇われ仕事をする者もいます。
毛色の違うところでは、研究塔へ行ったのが一人。
魔術文明の遺産である魔術装置の研究をしたいと言って、そちらへ進んだ変わり者がおります。
研究塔はその名の通り、魔術とそれに関わるさまざまな研究をする魔術師が集まる場所です。新しい術式、新しい魔術や魔道具の開発、あるいは古代魔術文明の謎を解くなどなど、色々な試みをする挑戦者が棲息しております。
試行錯誤して悩んだ挙句、奇行に走って屍を晒すような者も珍しくないものですから、師団の中でも煮詰めた感じの特異な立ち位置にあります。
友人、顔はなかなか可愛いんですが内面がね……最初は良い子だったのに、どうしてこうなった。本人のたっての希望ですから止めはしませんでしたけど。
その後もあれこれ騒動を起こし、最終的にトラス副団長と魔術師同士で結婚まで至ってしまった変人です。何が起きたのか分かりませんでしたね、あの時は。今でも理解できているか自信がございません。
トラス副団長もどういうお考えで……いや、やめましょう。正論と合理性の塊のような方ですから。何か理由があったと考えて然るべきです。
私ごときには窺い知れぬ何かが……多分、きっと。
ふう。
愛すべき危険な友人のことは置いておきましょう。
私は自由業な魔法使いとして、色んな仕事をしておりました。せっかく縛られない立場を得たものですから、根無草をあえて謳歌していたのです。
一番多かったのは家庭教師です。かつての私が師についてもらって勉強したように、魔力の高い子供に魔法の手解きをする仕事です。魔術の才能がありそうな子なら、候補生として魔術師団への入団を勧めることもあります。
貴族や裕福な平民がほとんどですが、師団の依頼で孤児院や冒険者ギルド、民間の私塾なんかへも行きました。
私はね、師団でも座学の成績だけはちょっとしたものだったんですよ。実技はからきし駄目ですが。初級魔術師で、もともとの身分も高過ぎず低過ぎず、お手軽に呼べるのが長所です。
ええ。もっと強力な魔術を身に付けていたなら、魔王軍との戦に行っていたかもしれません。
でも正真正銘、私の魔術はたった二つが限界でした。仕方ないじゃありませんか。私だって、できるものなら極めてみたかったですよ、魔術の深淵というものをね。
せめて私は私にできることとして、どんな依頼でもホイホイと引き受けて回っていた訳です。
……お金はいくらあっても困りませんし。
稼ぎが無駄にならなくて幸いでしたよ、本当に。
世の中が平和になって何よりです。
魔王が倒されても私の生活は変わりません。
依頼を受けて、こなして、お金をもらう。その繰り返し。
そのうちに、ちょっと風変わりなこの依頼が持ち込まれまして、少し考えましたが引き受けることにしたのです。
両親はあまり良い顔をしませんでしたけどね。長期間、王都を離れることになるのと、行き先は辺境なので危険ではないかと言うのです。
どうにか説き伏せました。
何しろ師に頼まれたので。師はあれで顔の広い方です。その師が「なり手がおらんで困っとる。やってくれんか」っておっしゃるのです。
その貴族派閥がやらかしたせいもあるのでしょうね。師団と大いに揉めた訳ですから。
他にも色々と訳ありで……魔法使いからそっぽを向かれるのも道理ではある。
もっとも、仕事を選ばないのが私です。選べる立場にないからですけど。
恩ある師の頼みでもありますし、やりましょう。給料も申し分ありません。
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そうして私は、勇者様の領地へ来ることになりました。
イナサと呼ばれる小さな町が、私の新しい職場です。
主な仕事の内容は、少し離れている勇者様のお屋敷と、イナサの町にいる補佐官殿との通信を担うこと。
〈伝書〉を使える魔法使いが欲しかったということですね。
これまでは駐在する神官の皆さんに仲介してもらっていたけれど、日常的に頼る訳にはいかなかった、と。妥当な話です。彼等にはもっと幅広い役割がありますし、元より神殿という別組織の魔法使いなのですから。
確かに〈伝書〉程度なら私でも務まるでしょう。
ああ、他は期待しないでください。私の戦闘力は極薄です。全くできないとまでは言いませんが。
「白の女王群」との戦いが終わっていて良かった。
私では役に立てなかったでしょうから。
給料泥棒になるのは御免です。
私は同僚となったフロウと一緒に、勇者様のお屋敷へ伺いました。
勇者様は事実上引退して表へ出てきませんが、魔王討伐の功労者にして、この地の領主。こちらから礼を尽くすのが当然です。
挨拶を申し上げると、勇者様はニコッとして「よろしく」と答えました。
それから横にいる魔術師に「知ってる人?」と訊いたのです。
ふーむ。なんと微妙な質問。
――私は彼を知ってますよ。それはもう有名人ですし。でも彼はどうでしょうね。
私がそう言いますと、彼――フェニックスは、ちょっと嫌そうな顔をしました。
十年くらい前になりますか。
彼は一時期、研究塔に出入りしておりました。
十二歳の子供が来るようなところじゃなかったんですけども……。
研究塔は新しい魔術や魔道具の試験なども行われる関係上、強固な防御魔術を施した実験施設を持っております。
普通なら、ヒヨッコ候補生の修練なんかに使う場所ではありません。
そのはずなんですが。
実習のたびに学舎を破壊したとかで、手に負えないと送り込まれてきた訳で。
前代未聞ですよ。
どういう子か気になるのは当然でしょう。
ところが、彼は素性が知れませんでした。
ロジオン師団長がある日、どこかから連れて来た子供。それ以上のことが何も分からないのです。
十歳そこらになるまで、誰も彼の存在に気付かなかったと?
これだけの才能を持っていながら。
そんなことが有り得るでしょうか。
荒唐無稽な噂が無数に飛び交いました。
師団長の隠し子だという話もあれば、ラクサではない他国の生まれだという説もあり、そうかと思えば貧民街の出だという真偽不明の陰口も随分と。
のちに彼はそういう諸々を、まとめて実力の高さで黙らせていきました。ですから依然として謎は多いのですが、もう誰も触れようとはしません。
――で、魔術の実技だけでいいから、こちらでやってくれということになりまして。
例の、私の友人や他数人がロジオン師団長に頼まれて、彼が研究塔へ来た時は面倒を見ていました。
友人の元へ遊びに行っていた私も、彼を見知ってはいます。
いますけど……私や友人も含めて、彼と仲良くできた人なんて、師団には居なかったのでは?
そのくらい異端児だったんです。
魔力の凄まじさもさることながら、研究塔へ来てもひたすら魔術の試し撃ちをしていたんですが。
それがまた成人した正規の魔術師でも不可能な、離れ技ばかりで。
寒気のするような光景でしたよ。
あれを見て矜持が折れない魔法使いは居ないでしょうね。
研究塔に棲んでいる濃い面々でさえ慣れる、もしくは諦めをつけるのに、いくらか時間を要しました。
と、いうことは……。
私は他の候補生に同情しましたよ。
多感な年頃の少年少女達が、一体どうなってしまったことやら……。
でも、彼が悪かったのでもない。
隔離せざるを得なかったのだと思います。
幼くして深淵が見えていたような。真理を知らずとも、直感だけで複雑な術式を操ってしまえる魔術の申し子。
私みたいな底辺の有象無象、覚えていなくても不思議ではない。腹も立ちません。
それほど違ったのです、互いの在り方が。
……この仕事、一番の難しさは多分ここにあります。
つまり〈伝書〉の相手がコレか聖女様だということです。
並みの魔法使いなら尻込みするでしょうね。
バイエル侯爵派の代官ユージェ・ヨーバル様と勇者様は一時、険悪になったと聞きますし。実際フェニックスは、新しく赴任する魔法使い――私のことですが――をかなり警戒していたはず。
この歩く火力と聖女様に睨まれつつ仕事をするって、毎日が度胸試しも同然と言えましょう。
…………。
………………。
……………………。
ふっ。
気にしなければ良いのです。
私は給料さえ払ってもらえれば構いません。
イナサと勇者様の屋敷は、かなり離れておりますし。
物理的な火の粉が飛んでくることはないでしょう。
精神的な疲れはありそうですが、家に帰ればネコちゃんがおります。
問題ない、問題ない。
フェニックスも私を見れば、害にならない――なりようもない何ちゃって魔法使いであると分かったでしょう。
複雑な事情は抜きにしまして。
――親しくはありません。ええ、大変幸いなことに。だいたいコレが他人と馴れ合うように見えますか?
というニュアンスだけを、やんわり勇者様に伝えますと。
「あ、やっぱ昔からか。だよなぁ」
「……チッ」
「何だよ、別にいいじゃん」
勇者様は怒らず騒がずでしたが、フェニックスから舌打ちと同時に、ピリッとした魔力が飛びました。
私は内心で身構えましたね。
が、勇者様は平気な顔をしています。
勇者様は普通ではないのに普通、に見えますけれど。一周回って只者ではない方ですね。
魔力や勇者の能力からすれば大変非凡なのですが、それを無視してしまえば実に普通の青年に見えてしまうところが、特に。
その場にいた聖女様……いえ、大仰なのは止めてほしいと言われたのでした。セレストさんやマーシェさんも会話に加わりましたが。
皆さんいずれ劣らぬ英雄だというのに、まるで気取らない方々に思えます。
大変に、にぎやか。
微笑ましいと言っても良いくらいです。
しかも、まあ。
これは私自身にも説明のつかない、非常に不可解なことですが。
あのフェニックスまで、普通に見えてくるおまけ付き。
どういう目の錯覚でしょうか。
………………。
ふふ、何だか面白くなってきましたから、良しとしましょう。
私は笑いながら、再び頭を下げました。
「給料分の仕事はしっかりさせていただきます。末永く、よろしくお願いいたしますね」
仕事を選ばない私ではありますが。
このイナサーク辺境伯領では、良い気持ちで勤め続けることができそうです。
米の名は…「するがの極」(静岡県)
県内4市町で栽培され基準を満たした一等米ブランド。品種は「キヌヒカリ」。




