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40.こぼれ話 背丈は、追い越されても(後編)

本編13話、14話のサイドストーリー。話の性質上、3話同時に更新します。3/3

「な、何故、勇者と『業火』がおるのだぁッ!」


 神殿長の部屋に絶叫が響く。

 俗物が目覚めてみると、状況が一変していたのだ。


 勇者トール。

 魔術師フェニックス。


 夜明け前に突然この二人が押し掛けてきて、しかも聖女セレストが神殿への滞在を許可してしまったという。


「勝手なことを! 神殿長はワシだぞ!」

「そ、それがお二人とも聖女様とは別行動だったのですが、宿泊先で騒ぎが起きて飛び出す羽目になってしまい、困った挙句の訪問だと……どちらにせよ断れなかったと思いますぞ」


 日和見の副神殿長が、おろおろと役に立たない言い訳をする。


「馬鹿者がぁ! 聖女があること無いこと吹き込んだらどうする! 勇者の手討ちにされたいのか!!」


 勇者はラクサ王国に認められた、いくつかの特権を持っている。

 そのうちの一つが独立司法権ーー俗に断罪権とも呼ばれ、勇者が王国の法に拠らず、独自の判断で悪人を裁くことができるというものであった。

 つまり勇者が「こいつは悪」と認定すると、極端な話、相手の命を奪っても罪に問われない。

 当代勇者であるトールでさえ、


「怖っ! 勇者を信用し過ぎ! 何考えてるんだよ!」


と引いてしまうくらい強烈な特権である。


 元々は、人族の間に紛れ込んだ魔族に対抗するためだった。

 魔族の中には人間を洗脳して操るものや、元の人間を殺してそっくりな姿に化け、入れ替わったりするものが存在する。

 仮に街の領主や貴族などが乗っ取られたり成りすまされたりしてしまうと、正規の法的手続きを待っていられない場合がある。

 そこで勇者たるものならば悪用しないはず、という性善説の下に、この断罪権なるものが設定されたのだ。


 トールの前では、神殿長の権力など何の意味もない。

 相手が仮に国王であろうとも聖剣を振り下ろせるのが、勇者という理外の者だ。


 ただしトール本人は「そんなヤバ過ぎる権利、魔王を倒すまでの限定だろ」と思い込んでいてーーずっと後になってから、勇者が生きている限り断罪権は有効だと知って、再びドン引きするのだが。



「ゆ、勇者様は……温厚な人柄だそうですし……」

「勇者には違いなかろうが! おまけに『業火』まで!!」


 他方のフェン。

 勇者パーティーに加わるまで、ここスピノエスの近くに居た。彼の悪名もまた知れ渡っている。


 現に神殿に着くまでの道中でもーー。



「あのさぁフェン。この辺さ、何か治安が悪そうなんだけど」

「裏道だからな。よそ見するなよ」

「よく知ってるよな」

「深く訊かねえ方が身のためだぜ」

「じゃあ訊かないでおくけど……あと明らかにフェンの顔見て逃げてく人いるよな? 何やったんだよ」

「さあ? 知らねえな」

「いや絶対に何かやっただろ。ド派手に炎上させたとか?」

「するか、馬鹿野郎。街中で許可なく攻撃系の魔法を使うのは犯罪だ。魔物が湧いたりすれば例外だが」

「……また凄く迫力ある顔のおっさんが、こっち見た途端に回れ右していったけど」

「ふん。たまーに勘違いするやつが居たかもな。魔法が無けりゃ、魔法使いに腕っぷしで勝てると思う馬鹿が」

「あー、そういう。フェンって普通に喧嘩慣れしてるもんな、身体強化が使えるし。あれ? 身体強化も魔法だよな?」

「攻撃系じゃねえから問題ねえ。荷運びやら力仕事で使ってるやつもたくさんいるぜ」

「確かに」

「だいたい、オレがバレたら困るようなヘマをすると思うか?」

「やっぱり凶悪魔術師じゃないか」



 ーーそんな会話が成立する程度には。


 スピノ伯爵ストゥームも言っていた通り、フェンもまた「怒らせたら洒落にならない相手」であった。



「ーー様子を見て来い」


 神殿長はぎりぎりと歯軋りをした。


「はっ……わ、私でございますか?」

「他におらんわ! いつも目を掛けてやっとるのは何のためだ!! 役目を果たしてこんかッ!!」

「ひぃっ、か、かしこまりました!」


 副神殿長は、よたよたと駆け出していく。


「他の幹部どもも浮き足立っておる……引き締めておかねば……」


 神殿長は幹部層を集め、非公式の会議を行うことにした。


 裏目に出るとは思わずに。



✳︎✳︎✳︎



 ーーさまざまな思惑と共に、太陽が高くなった頃。


 サディは神殿の太い柱に隠れて、こっそりとセレストの様子をうかがっていた。


 セレストは副神殿長と共に、勇者トールが食料などの物資に手を触れて、スキルで回収していくさまを見守っている。

 部屋いっぱいの木箱が瞬く間に異空間へ消えていく。

 それを眺めるセレストの表情は晴れやかだ。


 その横にいる腰巾着こと副神殿長は、死んだような目をしている。ようやく危機感を抱いたらしく、必死になって勇者におべっかを言っている模様だがーーサディには最早どうでも良かった。


(セレスト様、今日も素敵……)


 サディはすっかり聖女の信奉者(ファン)であった。



✳︎✳︎✳︎



(ーー本物の勇者だった……!)


 副神殿長は窮地に陥っていた。

 様子を見に来てみたら、勇者が常識外れのスキルを使っているところだったのだ。

 大きな木箱も、勇者が手を触れただけで瞬時に消える。

 人間もあのように消せるのだろうか。

 副神殿長は、空間収納が生き物に対応していないことを知らなかった。

 背中に冷たい汗が流れる。


「副神殿長? どうなさったのですか」


 隣にいる聖女セレストが、澄ました微笑を浮かべている。


「なな、何でもございませんぞ!」


 可憐な彼女の姿が、もう死神にしか見えない。

 全力で媚びを売らないと身の破滅だ。


 副神殿長は頑張った。

 だがーー。


「ーーと言っても、目で見て買いたいものもありますから、時々はまた、スピノエスへ来ることもあるとは思います」

「分かった、そこは任せるよ」

「ありがとうございます」


 勇者と聖女の会話を聞いて、副神殿長の心は折れそうになった。


(また来る……?! スピノエスにまた来る?!)


 混乱しているうちに、勇者は業火の魔術師を起こしに行ってしまった。


(はっ! 勇者に神殿の中を好きに歩かせてはいかんのでは!)


 慌てて追い掛けようとした時。


「副神殿長」


 美しき死神の声がした。


「どどどどどうかなさいましたかな?!」

「何もしない方がよろしいかと思いますよ」

「は、はあ?」

「信じていただけないでしょうけれど、わたくしがトール様達をここに呼んだ訳ではありませんし、何も説明しておりません。でもトール様と行動を共にしていますと、たまにこういうことがあるのですよ」

「はあ……?」

「今に分かります」


 答えは、たっぷり十数分経って明らかになった。


「セレストごめん。遅くなった」

「フェンの寝起きが相当悪かったのですか?」

「いや、最初に俺が部屋を間違えた」

「トール様には珍しいですね」

「ああ。そしたら金ピカな格好の偉そうな神官さん達がいっぱい居て、真面目な話をしてたみたいでさ。死ぬほどびっくりさせたっぽい。全員、椅子から転げ落ちちゃって」

「まあ」


 聖女は楽しそうに、副神殿長を見た。

 副神殿長は、全身に新たな汗が噴き出るのを感じた。


「ままままさか……神殿長……」


 そのまさか。

 勇者に聞かれたら非常に不味い密談をしていたのではないだろうか。

 そこに勇者本人が、こんにちはーとばかりに乱入したというのか。

 致命的だ。


「え? 一番偉い人の会議みたいなのだった? しまった。めちゃくちゃ邪魔しちゃったな」


 空気が読めない勇者。


「トール様。神殿長は大変、心の広い方ですから気になさらず」

「そうか? でも実は続きがあるんだよな……」

「と言いますと?」

「今度こそ部屋行ってフェン起こしたんだけど。フェンのやつ、よっぽど眠いらしくて機嫌が最悪なんだ。半分くらいまだ寝てるのかも」


 勇者は魔術師の肩をつつく。


「……うるせえな。悪口は全部聞こえてるぜ」


 魔術師は薄目を開けていて、眠そうどころか不機嫌そのものの凶相を見せている。

 だが勇者と聖女はまるで気にしていない。


「またですか……器用ですね」

「敵が出ると一瞬で起きるんだけどなー。とりあえず歩いてれば目が覚めると思う。それで……こっちに戻る途中でさ、さっきの神殿長だっけ? 偉い神官さん達が出て来たところに出くわしちゃって」

「密談……いえ、とても大切な会議が終わった頃合いだったのでしょう」

「かもな。そしたらフェンがコレじゃん? 気に入らないから全員燃やす、みたいな目つきで睨むからさ、また死ぬほどビビらせちゃったんだ」

「まあ。神殿が火の海にならなくて幸いでしたね」


 聖女が全く笑えない冗談を言う。


「ああ。立派な服着たイイ歳のおっさん達が、みんなして真っ青になって逃げていくんだ……ほんと悪いことしたよ。謝りに行った方がいいかな?」

「いいえ、トール様。とどめを刺してしまうので……ではなくて、勇者たるあなたが謝罪すると、かえって困らせてしまいます」

「あ、そうだった……」

「ですからお気持ちだけで」


 実に良い笑顔で聖女は言い、それを見た勇者もにこりとする。


「セレストは機嫌良さそうだな。神殿でゆっくりできた?」

「うふふ。ええ、そうですね。顔を出せて良かったです」

「そっか、また来れたらいいな。じゃ、出発するか」

「はい、トール様」

「フェン、目は覚めてきたか? 行くぞー」

「……ああ」


 何も知らずにぶち壊しにした勇者と、全て知っている聖女が歩き出し、魔術師もゆらりとその後に続く。

 だが、深々と頭を下げて見送る副神殿長の傍らで、魔術師がふと足を止めた。


「ーーさっきも言ったが。オレは悪口は全部聞こえてるぜ、お人好し勇者と違ってな」


 低い声が降ってくる。


「わわわわわ悪口なぞ申しておりませんぞ?! 誤解です!」


「ほう? 勇者は地獄耳なんだがな、こういう街中じゃあ耳鳴りが半端ねえから、ほとんど右の耳から左の耳へ抜けるようにしてる。良かったな、あいつが何にも聞いてねえ馬鹿で」


「そ、そのようなことは決して……」


 勇者がとことん空気を読めなかったのは、どうやら演技ではなく素であったらしい。

 事情は知れたが、副神殿長は少しも安心できなかった。


「代わりにオレが聞かせてもらった。お前らがセレストのことをどう言ってたかも含めて全部だ」


 魔術師がそう言い放ったからだ。


「うるさくて寝られねえぐらいだったぜ。魔法的防御は雑だな、お前ら。上の方にまともな神官が居ねえから当然か。まあいい、二度と会うこともねえだろうよ」


「…………!!」


 副神殿長が硬直しているうちに、魔術師は表情を元に戻して去っていった。


「……転属願いを……出そう……」


 全身から力が抜け、へたり込む。

 あんな連中に目を付けられたら終わりだ。

 日和見をしている暇はない。

 副神殿長はよろよろと、這うように身体を動かしながら思った。


 遅過ぎる決断だった。



✳︎✳︎✳︎



「……そう、スピノエスへ行ったんだ。焼菓子をくれた子にも会えたのね? それは何よりだわ。ふんふん。それで? ふぅん? あらそう……神殿長ねえ……周りも全部腐ってる……なるほど? それで……ふむ。良い仕事したじゃないの。立派になったわね、あの子」


 〈伝書〉の魔法が描き出す文字を指先でなぞりながら、女は口許に笑みを刻んだ。


「問題は、この私の目が節穴だったということに尽きるようね。まあ、昔からよく分かっていたわ。王族の端っこに生まれただけで、毛並みは良くても大した能力は無いのよね。私って」


 「鋼鉄の淑女」は自嘲を込めてつぶやき、長い髪をかき上げる。


「でも、せめて過ちは即刻、改めなければいけないわね? さあ、どうやって処すことにしようかしら?」



✳︎✳︎✳︎



 大神官エミリアは迅速で苛烈だった。

 〈伝書〉が数回飛んだだけで、悪は速やかに滅びたのである。


 すなわちスピノエス神殿の上層部はほぼ総入れ替えとなり、しばらく混乱したものの、数カ月かけてあるべき形を取り戻していった。


 王都へ呼び戻された俗物がどうなったのかは知らない。貴族の後ろ盾があると言うし、ぬるい処分で終わってしまうかもしれない。

 だが、二度と女性に悪さをすることはできまい。サディはそれだけで十分である。


 聖女様、万歳。



✳︎✳︎✳︎


 

 イナサの町の向こうへ、日が沈む。

 サディは額の汗をぬぐって、魔法を使い続けている。


 昼下がりに事故が起きた。

 家を建てていた際の足場が崩れ、数人の大工が落下して重傷を負ったのだ。崩落した材木や石が当たり、怪我をした者も出ている。


 連絡を受けたサディとクレイス、ソーラは農業魔法を中止して駆け付け、怪我人の治療に当たることになった。


 今、サディが担当している大工の男は足の骨が折れていて、あちこち裂傷もあり血を流して苦しんでいる。

 幸いと言おうか、足から落ちたので頭は打っていないらしい。意識もはっきりしている。

 サディは両手で同時に回復魔法を発動し、左手で足の骨折をじわじわと癒やしつつ、右手で各所の裂傷を塞ぎ、まず止血を施す。

 セレストなら一瞬で全てつなぎ合わせることができるだろうが、サディにはーーというか普通の神官には厳しい。特に骨折は骨の正しい位置を見極めないと、おかしな形でくっついてしまう。

 足の骨折は痛いに決まっているけれど、すぐに死ぬようなものではない。痛み止めの魔力だけ送り込んでおき、他から流れている血を止める方を優先する。回復魔法でも失血は戻せないのだから。


 そこから足の治療に全力を上げ、骨を接ぎ、最後に念のため緩やかな回復魔法を全身に掛けた。


「終わりました……よ」


 魔法を使い続けて疲れたが、どうにかサディは治療の終了を告げた。


「ありがとよ、神官のちっこい嬢ちゃん! 最初はどうなるかと思ったけどな!!」


 大工の男はすっかり元気を取り戻し、豪快に笑った。


「嬢ちゃんはやめてほしいんですが……」


 とても残念なことに、身長が低くて子供っぽい雰囲気のサディには、神官の威厳が足りない。

 落ち着いた態度や言葉遣いを心掛けてみても、子供が背伸びをしているようにしか見られないのだ。


 案の定、男はガハガハと笑うばかりで、ちっとも話を聞いてくれそうにない。

 大工仲間達から景気付けに一杯やるかと言われ、うなずいている。


「お酒はダメです。骨を接いだばっかりなんですからーー」

「はっはっは、堅いこと言うなよ!」


 全く駄目だ。

 ふー、と溜息を吐き、サディは考えた。


 敬愛する聖女、セレストならどうするだろうか。


 セレストも、サディほどではないが小柄な若い女性だ。

 だが彼女には、聖女にふさわしい威厳や気品と言うべきものが備わっている。

 「白の女王群」掃討戦で負傷者の治療を行う時も、荒くれの兵士達に対して一歩も引かず、必要なら叱りつけることさえあった。

 聖女として積み上げた実績と能力に裏打ちされているから、自信を持って相手ができるのだと思う。


 でも、サディは知っている。

 セレストもまた、昔は小さな少女だったと。

 背丈は追い越されても、ずっと遠い人になってしまっても。

 サディがほんの少しでもいい、彼女に近づきたいと思っているのは変わらない。


 ふぅー、ともう一度だけ息を吐き出し、サディはお腹の底から声を出した。


「絶っっ対に! お酒は! ダメって言ってるでしょうが!」


 声に魔力を乗せて圧を掛けた。魔法使いだから取れる手段である。


「うおっ?! お、おう、そそそ、そうだな?」

「骨は接いだけど、まだもろい状態なんだから! 数日は激しく動いたらいけないんです! お酒なんてもってのほか! 二度と大工仕事ができなくなってもいいの?!」

「いや! そんなこたあ思っちゃいねえ! すまねえ嬢ちゃん……じゃなくて神官様!」

「きちんと! 養生を! してくださいね!!」

「へ、へいっ! 分かりやした!!」


 男は驚きつつも、ぺこりと頭を下げてくれた。大工仲間にも通じたようで、同じく殊勝に頭を垂れる。

 それから、骨折していた男には念のため肩を貸して、寝ぐらへと帰っていった。


「はー。余計な魔力使ったわ……」


 家路についた大工達を見送って、ようやくサディは肩の力を抜いた。


「サディ、お疲れ」

「皆様、回復魔法が間に合って良かったですわ」


 それぞれ別の怪我人を治療していたクレイスとソーラが合流する。


「そーだね。死人が出なくて幸いだった」


 死者を蘇生する魔法は無い。聖女セレストでも、そんなことはできないのだ。


 三人は補佐官ジョーとフロウに後事を託し、神官の駐在所へ戻ることにした。

 三人とも魔力を使い果たしたので、今日はもう休むしかない。


「サディ、先程は凄かったですわね。自分の倍くらいある殿方に、言い聞かせるなんてさすがですわ」


 のんびりと歩きながらソーラが言う。


「恥ずかしいこと言わないでよ! だってあのオッサン、今から酒盛りする気満々だったんだよ?! ガツンと言わなきゃマズいじゃん!」

「でも私だったらできませんわ……」

「ソーラは上目遣いでウルウルしながら『そんな無茶はおやめください』ってやれば一発でしょ。いいなー美少女で胸も大きくて」

「な、何を言うんですの!」


 ソーラが顔を赤くして、ぽかぽかとサディの背中を叩く。全然痛くない。逆に可愛い。


(セレスト様ほどじゃないけどね。この尊さよ)


 見掛けはお姉さんだが幼いところがある友人を、サディは心から大事にしている。


「ーーサディはまだ、巡礼神官を目指してる?」


 クレイスが何の脈絡もなく、ぼそりと言った。


「ほえ? 何さ、いきなり」

「別に。気になった」


 理由を教えてくれる気はないらしい。


「んー。なれたら良いなーとは思う」

「随分と後ろ向きだ。らしくない」

「だって、あたいみたいな子供っぽいチビ女がいきなり、その辺の村に行ってもさあ。信用なんかされないよ」

「見た目の問題? それって」

「そ。クレイスには分かんないかもね」


 生まれながらの神官である彼には。


「あたいの故郷の村もそーだけど。巡礼神官が来てくれる、ってほんとうに大事なことなんだよ。この人が来れば大丈夫って思える人。見るからに安心して信頼できる人じゃないと無理。あんたのお父さんみたいに」


 女性の巡礼神官もいなくはない。だが、やはり辺境の巡礼は過酷な務めであるし、危険も多い。

 それでいて礼儀を知らない無頼者ではいけない。村人同士の揉め事を仲裁することもある。村の者に信用される誠実さと粘り強さが必要になる。

 男女問わず、物腰は穏やかでも中身は屈強で、折れない意志を持つ実力者がそろっているのだ。


「若くてちっちゃくて女でも、セレスト様なら絶対できちゃうけどね。いつか……あたいがセレスト様の半分でもいい、威厳が身に付いたらかな」

「ふーん……」

「何よ」

「そんな日が来るかな、と思って」

「永遠に来ないって言いたい訳?!」

「そこまで言ってない。全くこれだから」

「ーー私はサディを応援しますわ! 頑張りましょうね!」

「あーもー、ソーラ大好き。さっすが親友!!」


 サディはソーラに抱きついた。

 クレイスは、一人で憮然としていればいい。



✳︎✳︎✳︎



「ーーねえ、クレイス。聞いていますの?」

「……考え事をしてた。何?」

「追い越されますわよ? このままでは」

「知ってる」

「サディは目標が高いんですもの」

「……そうだね。サディが一番熱心だ。両親が神官だから、何となく神官になった俺とは違う」

「あなたも大変ですわね。お父様と比べられて」

「もう慣れた。確かにうちの父さん、神官としては尊敬してるけど、親としてはどうかな。いつも家にいなかったし」

「あら、複雑ですわねぇ……私も人のことは言えませんけど」

「ソーラの母君、まだ見合い話を持ってくるんだろう?」

「ええ。でも、もちろんお断りしてますわ。私は神官として生きると決めていますの」

「俺も今更、他の生き方をしようとは思わない。これでいい」

「ふふ。負けませんわよ、あなたにも、サディにも。魔力の強さだけが全てではありませんわ」

「そう簡単に譲る気はないよ。ソーラにも……サディにも」



「ちょっと! 二人ともーー!! 何を内緒話してるのよ!」


「はいはい……」

「今、行きますわ」



 三人の神官達が歩いていく。

 今はまだ小さく、発展の道の半ばで。

 けれどいつかは大きくなるであろう、イナサの町を。



米の名は…「オオナリ」

 飼料向けに開発された品種。10アール当たり1トン近い多収性を持つ。

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