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35.こぼれ話 彼方に在る、日本という国(前編)

 箸を作ってみた。


 ご飯を食べるなら必要だな、と思ったからだった。

 稲の生育は順調である。

 もう少しで刈り取りが始まり、乾燥や脱穀をした後、待望の実食ということになるはずだ。


 ラクサ王国はスプーンやフォークのような食器が一般的で、箸は見掛けない。貴族だといわゆるカトラリーを並べてコース料理のようなものも食べるが、庶民はパンに肉を挟むなどして、手づかみで食べられるようにしたメニューも多い。汁物ならスプーン、パスタのようなものならフォークが添えられる程度だろうか。

 トールもこれまでほぼ旅暮らしで、箸がなくても不自由していなかった。


 だが、米を食べるにはあった方がいい。


 トールは自分の部屋に籠って工作を始めた。

 材料は、スピノエス経由で取り寄せた食器用の木材だ。スプーンやフォークは金属製もあるが、割合に高級品である。安価な木製も珍しくない。丈夫で口に入れても安全な素材ということで、これを使うことにした。

 木材は白っぽい色をしており、地球でいう杉やヒノキに似ていた。

 同じ長さの二本の棒にして、肌に引っかからないよう角を落とし、表面を滑らかに磨く。


『汝に我以外の刃物を持たせる気は無いぞ、勇者よ』


 聖剣イクスカリバーが短剣サイズになって手伝ってくれた。


『イクスって意外と何でも変身できるんだな』


『ふふん。もっと褒め讃えるがよい』


『はいはい。イクス先生ぱねェっす。これで良いか?』


『棒読みではないか』


『そんなことないぞー、うん』


 軽口を叩いているうちに削り終わった。

 トールは職人ではないので少々不格好だが、自分が使う分には問題ない。イクスカリバーを一旦横に置き、右手で箸を持ってみる。


「うん、良さそうだ。箸もしばらく使ってなかったけど、忘れてないもんだな」


 使い方は手が覚えていた。

 トールが久しぶりに箸を動かし、空中で摘む動作をしていると、イクスカリバーから複雑そうな思念が飛ぶ。


『……言うては難だが、実に奇っ怪な動きであるのぅ』


『見慣れないと、そうかも。俺の故郷でも、外国人からは手品みたいに言われてた』


『で、あろう。これで完成か?』


『表面に何か塗った方が長持ちするかな。撥水加工みたいな』


『はっすい……? 耳慣れぬ言葉であるの』


『水をはじいて濡れないようにするやつ。マーシェにでも訊いてみるか』


『ほう。弓使いか』


『魔物の素材に詳しそうだろ。フェンやセレストだと、だいたい何でも魔法で解決しちゃうから参考にならない』


 トールは箸をしまい、部屋を出てマーシェの執務室に向かった。



「おや、トール。ちょうどいいところに来たね」



 執務室は来客に入ってもらう場合もあるため、屋敷の中では広くて内装も豪華である。

 マーシェは机の上に書類を積み上げ、そのうち数枚を手に取ってにらめっこをやっていた。


「忙しそうだな、俺も何かやる?」


 趣味に近い箸作りをしていたのが、少し申し訳なくなってくる。


「そうさね、あんたの意見を聞きたい案件がいくつかある。呼びに行こうかと思ってたのさ。ま、先にトールの用事から言ってもらおうか」


「全然大した話じゃないぞ。水をはじく塗料で良いものを知らないか?」


「用途によるね。何に使うんだい」


「俺の故郷にあった食器を木材で作ったんだけど、水に濡れるとすぐダメになりそうでさ」


「木の食器ってそういうもんだと思うけどねえ」


 食器に使われる木材は頑丈で水に強い。トールは聖剣を使ったため、サクサク削れたというだけである。


 それでも駄目になったら買い換えるか、金属製にすれば良いという発想らしい。木の食器は所詮、安物であり、手間暇を掛ける意味を感じられないようだ。


「コンビニの割り箸やプラのスプーンみたいなもの……いや使い捨てまではいかないか……百均グッズ的な?」


「ニホン語の呪文を唱えないでくれるかい? さっぱり分かんないよ」


「ああ、ごめん」


「話を戻すけど。どうしてもやりたいなら、水を入れる革袋とかに使うのがある」


 魔物の骨を煮込むと取れる、ねばねばした液体で、塗り付けて乾かすと水を通さなくなる。

 布や革を防水にするのに使われるが、ただし木材にも使えるかは不明だという。


「試しにやってみようかな」


「あいよ。ちなみに、食器ってどういう代物?」


「俺の手作りで良ければ見てみる?」


 トールは箸をマーシェに見せた。


「太めの串か、ただの棒に思えるんだけど……あたしの気のせいかね」


「いや、こういう食器。こうやって右手で持って、料理を挟んで口まで運ぶんだ」


「そんな棒っ切れ二本で?」


「できるよ。ほら」


 論より証拠。

 トールは空間収納から、食糧庫代わりに預かっていた乾燥豆を一掴み取り出した。

 大豆そっくりのラーハ豆より二回りほど大きく、ヒヨコ豆に似た薄黄色の豆類である。

 長期保存用に干し固められているが、水に漬けて戻すとやわらかくなり、癖がなく料理に合わせやすい。栄養が豊富で食べ応えもある食材として重宝されているのだ。

 その乾燥豆を手の平に置いて、一粒だけ箸で摘み上げてみせた。

 

「トール……あんた、思ったより器用だったんだねえ」


 マーシェもイクスカリバー同様、感心が半分、腰が引けているのが半分といった反応であった。


「このくらいはね」


 トールはついでに小皿も出し、日本のテレビ番組でも見掛けた豆移しをやってみる。

 大きめの豆なので、大豆や小豆より簡単である。

 ひょいひょいと豆を摘んでは小皿へ移していくと――。


「ドワーフの金細工職人みたいなことするね」


 マーシェが、得体の知れないものを見る目つきになっていた。

 「ドワーフの金細工」は、細かくて精密な手仕事を指す異世界的な表現であった。


「子供の頃からやってるから、嫌でも覚えるんだ。日本人なら普通だって」


「あんたの故郷の印象が、あたしの中でどんどん意味が分かんない感じになっていくよ」


「えー……確かにこっちとは違うけどさ。で、マーシェの用事ってどんなの?」


 トールは豆や箸を空間収納にしまってから尋ねた。

 話題をそらしたとも言う。


「まずシャダルムが移住してくる件だね。新婚夫婦をここに住まわせる訳にゃいかないから、ちょっと離れたところに家を建てる。良いね?」


「そりゃそうだ。分かった」


「こっちの屋敷もちょいと手を入れるよ」


「修繕が必要なところなんて、あったっけ?」


「増築だよ。そろそろ辺境伯家として、格好を付けた方が良いのさ」


「あー、なるほど。了解」

「だから、トールの希望も訊いておきたいんだ。何かない?」


「急に言われてもなぁ……特には」


 現在のトールの屋敷。

 日本人感覚だとだいぶ大きな建物だが、貴族の住居として簡素なのは知っている。

 仮にも辺境伯としてあり得ないらしい――しかしトールは現状、不満はない。あくまで彼の自意識は農家だからだ。


 だがマーシェに続いて、生粋の貴族出身であるシャダルムをも家臣に抱えるとなれば、そうも言っていられないのだろう。


(シャダルムが結婚祝いにしてくれって言ってたの、これがあったからか?)


 面倒が増えるのも含めて、自分の移住を認めてほしい――。

 熊騎士が言いたかったのは、そういうことだったのかもしれない。


「んー……俺はこだわりは無いよ。豪華過ぎると落ち着かないから、止めてほしいってくらい? 客が来る部分は仕方ないにしても」


「トールって、ほんとに庶民派だよねえ。でもせっかくだからさ。欲しい部屋とか」


「うーん。あ、風呂は欲しいかもしれない」


 マーシェが首を傾げた。


「……ふろって何だっけ?」


「そこからだったな」


 異世界では全く、風呂というものが一般的ではない。

 シャワーの習慣すらなく、清浄魔法という魔法で身体の清潔を保つ。

 身体をきれいにする程度なら魔力の消費も小さく、誰でも使える技術だ。

 魔法を至上とするラグリス文明の名残か、水浴びをはじめ物理的な方法は野生動物と同じレベルであり「文明人にふさわしくない行い」とみなされるのであった。

 自然の池や川は魔物の住処になっていることが多く、釣りや漁をすることはあっても水浴びや水遊びはしないようだ。


 トールも頭では分かっている。魔法があれば十分だと。清浄魔法は非常に便利で、毎日世話になってはいる。

 この異世界で病気やら寄生虫やら、汗臭さやらと無縁でいられるのも、これのおかげ。もし日本にあったら、大人気間違いなしだったであろう。

 だが、やはり日本人だった十六年間の習慣は抜けない。時々、風呂に入りたくなる。


 その辺りをマーシェに説明した。


「ニホンって不思議な国だね。魔法が無い代わりに、そのカガクだっけ? そいつで色んなことができるのに、身体を洗ったり農業をしたりするのは随分と遠回りでさ」


「まあなぁ。魔法が何でもできる訳じゃないのと似てるかな。科学も万能じゃないよ」


「フフ、面白いよねえ。んで、お湯で汚れが落ちるもんなの?」


「せっけんやシャンプーって言って、身体や髪を洗う色んな品物があったけど。基本はそう。あと血行が良くなって疲れが取れるし気分もすっきりする」


「ふーん、つまりアレだ。湯治みたいなもんかね?」


「湯治の概念はあるんだ」


「地方の小さい村限定だけど」


 湯治。

 傷や病気を癒やすため、温泉につかることを言う。

 回復魔法が存在するラグリス大陸にも、湯治という考えはあるらしい。

 何故なら、一般人が使える初級の回復魔法は、消毒と止血、痛み止めができるものの、効果が限定的だからだ。絆創膏よりはマシだが、大きな怪我をすると初級の回復魔法をいくら掛けても治り切らず、傷跡や痛みが残りやすい。

 そして都会はまだしも地方には、回復魔法の専門家たる神官が常駐していない村落も珍しくない。

 二人以上の神官が常駐していれば神殿、一人だけなら小神殿と呼ばれるが、その小神殿すらない場所もあるのだ。その場合、女神ルリヤをまつる礼拝所はあるものの、神官はいない。


「巡礼神官って言って、礼拝所しかない村々を回って奉仕活動をする人もいるけど、数が足りないらしいよ。みんながみんな、セレストみたいな天才じゃないし」


 セレストは少し前、スピノエス警備隊長レーバスに本気の回復魔法を掛けた。そして古傷から何から、全て治してしまったらしい。

 イナサ駐在の神官サディは元からセレストの信奉者(ファン)だったが、この一件でさらに深く心酔してしまったようで、忠犬のごとくセレストの後を着いて回っていた。

 たまたま、その様子を目撃したトールも、


(透明な尻尾をブンブン振りまくってるワンコだな……)


と思ったものだ。


 無論、セレストの魔法が突出して優れていたからである。例外の中の例外だ。

 だが、ごく普通の神官の中級回復魔法さえ、田舎では貴重で簡単には受けられない。

 加えて、古傷は回復魔法が効きにくい。

 神官が頑張っても能力的……あるいは魔力的な限界で、完治に至らないケースはままある。


 よって、日本で言う無医村ならぬ神官不在村であり、かつ近くに温泉があるという限定された条件ではあるが――。

 癒やしを求めて湯につかる文化を持っている場所は、無くもないという。


「冒険者をやってた時に聞いた話さ。でも、あたしは機会がなくてね。実際に湯治をしに行ったことはないんだ」


「いや、参考になったよ」


 この異世界の入浴は身体を清潔にするためではなく、あくまで回復効果を目的としたもの。


 ならば――。


「温泉、掘れるかやってみるかー」


 湯治、もしくは「何故か湧いてしまった温泉」の有効利用だと言い張れば、風呂があってもおかしくないかもしれない。


「待ちな、トール!」


 立ち上がりかけたトールの袖を、神速でマーシェが掴んだ。


「え、ダメ?」


「トールがそんな気合を入れたら、また雑な奇跡が起こりそうじゃないか」


「言い方が酷いな?!」


「こないだの前科を忘れたとは言わせないよ?」


「うっ」


「草が生えまくってジョー殿が頭を抱えてるらしいってのに」


 「白の女王群」掃討戦の最後に、トールは農業魔法代わりとして勇者の固有スキルを使ったのだが。

 いつもなら暴風雨が発生して周りに迷惑を掛けるはずが、この時は虹色の光を降らせるという妙に厨二病なことをしてしまった。


(姫様に対抗しようなんて思ってなかったのに)


 聖なる武具、イクスカリバーとイージィスによれば「レベルが上がったから」らしいが、トールにはまるで実感がなかった。


(スキルってイメージで組み立てるからな……柄にもなく真面目な気分でやったのがまずかったかも)


 自分で言うのも恥ずかしいので、黙っている状態だ。


 そしてトール達が帰還した数日後。

 ジョー・キラップが配下を出して様子を見に行かせたところ、一帯は短期間で不毛の荒野から草原に遷移していたという。


 良いことではある。

 しかし自然の回復に連れて、魔物が出現する危険も高まる。

 盗賊や流民が入り込む可能性も出てくる。


『管理が物凄く面倒ではないですか! 微妙にイナサから遠いですし! 手加減してくださいよ勇者どのぉおお』


 ジョーは大袈裟に嘆いていたらしい。

 例によってどこまでが本音かは不明である。


『関係各所に報告する僕の身にもなっていただけませんかぁあああ?!』


 ――今回ばかりは、彼の心の叫びなのかもしれない。


「……だからね? あたしや補佐官殿の頭痛と胃痛の種を増やさないでおくれよ」


「う、ごめん」


「とりあえず、トールが風呂を欲しがってるのは理解したから。そこは考えるから」


「風呂も無理させるの悪いよ。作らなくていいぞ、あれば嬉しいってくらい」


「いきなりの思いつきで温泉を掘り出されるよりマシさね。他には?」


「ないよ! マジな顔するのやめてくれ」


「あとで取り返しがつかなくなったら困るのさ。今ここで全部吐いてもらうよ」


「そんなにこだわってない! 何でもいいって!」



 トールは、苦労してマーシェの追及をかわした。



「……トールが忍耐強いのは知ってるけどね、溜め込んだ挙句に斜め上の方向へぶっ飛んで行かれると困るんだ。本当の本当に大丈夫だね?」


「今は出て来ないけど、思い付いたら言うよ」


「約束だよ、勇者サマ?」


「分かったって。あ、こっちの書類は確認終わり」

「はいよ」


 トールはマーシェの横に椅子を置き、書類の確認をやっている。

 マーシェは現在、トールの秘書のようなことをしている。つまり領主としての仕事のサポート――代官の補佐官であるジョーとの連絡役だ。

 だが彼女だけに押し付けるのも悪いな、と思い、自分でも多少はやることにした。


「マーシェ。要らない紙ある? 書き損じとかの」


「屑入れに突っ込んじゃったよ、そんなの」


「しわを伸ばせば行けるだろ。これでいいや」


「何だい、ケチくさい真似して」


「ちょっと再計算を……やべ、破れた」


「こっちの紙にしな。一枚くらい平気だよ」


「勿体ないじゃん」


 丸められていた紙屑を広げようとしてビリッとやってしまい、裏紙作りに失敗した。

 諦めてまっさらの紙をもらったトールは、ペンで線を引いてから、書類上の数字を書き写す。


「金貨と銀貨何百枚、って書き方だと分かりにくいんだよな」


 トールが見ていたのは、いわゆる予算案だった。

 イナサの町づくりでは、大きな金額が動く。それぞれの事業ごとに、金額がずらずらと書き連ねてあるのだが、その表現がトールからすると非常にまどろっこしい。

 一万円札が何枚、千円札が何枚、百円玉が……と言われているようなもので。


「全部でいくらなんだよ結局……でも円やドルみたいな単位が無いんだっけ、とりあえず銅貨一枚がKってことで計算してみるか」


 金額の一番小さな銅貨一枚を1Kとすれば、50Kで黄銅貨一枚。500Kで白銅貨一枚。5000Kで銀貨一枚。5万Kで金貨一枚となる。

 その上に50万Kに当たる白金貨もあるが、滅多に使われないので置いておく。


 銅貨は日本の十円玉に見た目が似ている。そこでトールは勝手に、銅貨一枚が十円くらいだと思うことにしていた。ラクサの物の価値は日本と異なるので、合っているかは不明だが。


「しかし、すっごい金額だな……予算ってそんなものか」


 日本では国家規模となれば何千億円、何兆円といった単位が登場していたはずだ。それに比べれば今、見ている金額は大人しい。


 トールは予算案にある数字をK単位に直し、表にした。桁をそろえて計算し直してみる。


「だいたい合ってるけど、ここだけ数字違うな。計算ミス?」


「ほー、よく分かるねえ」


「ちょっと桁が多いだけで足し算と引き算だろ。あと掛け算? 別に難しくないよ」


「こっちの平民はそうでもないんだよ。あたしは実家が商売やってたから一応できるけども。あんた本当に平民出身なの?」


「俺が貴族に見える? 冗談だろ」


「辺境伯閣下が何を言うやら。まあ生まれながらの貴族様は紙一枚ケチったりしないか……よし、コレとコレとコレも頼める?」


 戦力になるとみたのか、マーシェがどさりと書類の束を出す。


「多いな?! 田んぼ行くまでに終わらない気が」


「できるところまでで良いからさ。頼んだわ」


「うわー……やるんじゃなかった……?!」


 自業自得という言葉は、異世界にもあるのだろうか。


 マーシェが艶やかな笑みを見せる。

 逃げ場はなさそうだ。

 遠い目をするトールだった。



 ――解放されるのに二時間ほど掛かった。



「これ以上は無理」

「助かったよ。ごり押しして悪かったね、つい」


 それでも半分程度に減った書類の山を見て、マーシェは納得したようだ。


「じゃあ俺はちょっと出掛けるよ」

「ついでにフェンが居たら呼んでくれる? 聞きたいことができてね」

「了解」


 トールは軽く言い、田んぼを見に行こうと部屋を後にした。



✳︎✳︎✳︎



「わざわざ呼び付けて何の用だ。さてはトールが何かやりやがったか?」


「物分かり良いねえ、話が早いわ。これ見てくれない?」


「トールが書いたニホンの文字と数字だな。どうかしたのか」


「書類の確認を手伝ってくれるって言うから、試しにやらせてみたらさ? 数字が違うとか合ってるとか全部言い当てたんだけど」


「ふーん」


「あまり驚かないね?」


「あいつの国だと、ガキはまとめて勉強ばかりさせられるって話だからな。師団の候補生と似たようなもんだと思うが、魔術の修練が無い分、他の知識を詰め込まれるのと違うか」


「けどねぇ、トールは算術の学問は苦手だし、専門で習ってたんじゃないって言ってたはずだよ。フツウカコウコウだっけ? 歴史だのカガクだの色々やってたんじゃなかった? あいつは自分のこと普通のニホン人だった、みたいに言うけど、ちょっと疑わしくなってきた」


「空飛ぶ乗り物があるだとか、誰でも遠くの人間と話ができるだとかいう訳の分からん国だぞ、ニホンっていうのは。何があっても不思議じゃねえ気はしてる」


「いや、あたしも分かってたつもりだったんだけど、ここまでとは思ってなかったよ」


「ニホン人としちゃ確かに普通だったんだろうよ。勇者の素質は元からあったのかもしれんが、魔法もスキルも無い世界じゃ特に意味もなかったはずだ」


「ラクサの普通とは全然違うのが問題だよねえ。普通の平民はあんな高度な教育を受けたりしないよ。女王群の後始末の件と言い、トールは割と先のことが見えるようだし」


「視点が違うってのはある」


「条件次第で、領主というか統治者をやらせても案外できちゃいそうなのが、ね。本人はその気がないけど」


「王都にはあの馬鹿を次の国王にしようとかいう、輪を掛けた馬鹿どもがいるようだが。勇者の能力以外は普通の平民で、転がしやすいと思ってるだろうな」


「トールの“普通”が、ちっとも普通じゃない事実を知ったらどうなるか……うん、あんま良い感じはしないね」


「例の不文律がある、ニホンの話を聞いたやつはそんなにいねえ。ま、オレ達は色々聞かされてるけどよ」


「アレさぁ。勇者のためって言うより、あたしらラクサ側のためにある決まりなのかもしれないよね」

「知らない方が幸せってやつか?」


「そうそう。手に余りそうな感じ」


「そいつはトールを師団の研究塔に連れていってから言え。下手すると一生出て来れねえぜ」


「あー、学者肌の魔術師って独特だもんねえ、悪気はないんだろうけど。勇者が相手でも遠慮なく質問責めにしまくって、絶対離さないだろうねえ」


「研究塔に居るのはどいつもこいつも、仕事熱心を飛び越えて壊れてるのばっかりだからな……」


「あんたが言う?」


「うっせぇぞ。トールのやつ帰れねえと分かったせいか、向こうの話を結構するようになっただろう?」


「ああ、あるね。むしろこの三年、よく我慢したなって思うよ」


「で、あいつに悪気はなくても、こっちの普通が即ひっくり返る訳だ。ヤバ過ぎて師団にも言ってねえネタが山ほどあるぜ。本人もニホンの話も引っ込めとく方が無難だ」


「自称農業をやってるのが一番マシなんだろうね」


「それがトールのためだろうよ。あいつが表に出て王だの何だのに成る気があるなら、話はまた別なんだがな」


「違いないねえ」


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