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34.こぼれ話 さっさと結婚してしまえ、と勇者は言った

更新再開。今回から何回か外伝的なストーリーを掲載します。

 シャダルムが結婚する。


 久しぶりに顔を合わせたら、そういうことになっていた。

 一度は破談になった見合い相手、サンテラ子爵家の令嬢リンテにもう一回会いに行くと言っていたのは、トールも知っている。

 王都に戻った後は連絡がなく、状況が掴めなかったのだが……。

 いつの間にか話が進んでいたらしく、シャダルムはリンテと婚約し、じきに結婚式も挙げるそうだ。


「まあ、向こうがシャダルムに一目惚れしたみたいだし。シャダルムもあんなにお見合い嫌がってたのに結婚するんだから、これは良い話……だよな?」


 シャダルムがトールの元へ再びやってきたのは「白の女王群」掃討戦に必要な魔法薬を届けるためだった。

 しかし作戦開始前の慌ただしい時だったため、詳しい事情を聞いている暇がなかった。

 今は、屋敷の留守番を頼んでいる。

 帰ったら色々と聞かせてもらうつもりでいるがーー。


「結婚祝い、あげてもいいのかな?」


 トールが迷っているのは、そこだった。



✳︎✳︎✳︎



「なあ、フェン。ちょっといいか?」

「ん? 何だよ?」


 たまたま陣地で休憩中のフェンを見つけ、声を掛ける。


 魔物との戦いも終盤に入り、トールとフェンがそろって前に出ずとも問題はない。むしろ手柄の独り占めになってしまう。現在はリディアら聖騎士団をはじめ、他の者に率先して討伐を進めてもらっている。


「シャダルムがさ、例のご令嬢と結婚するらしいんだ」

「ああ、マーシェがチラッと言ってたな。本当か怪しいが」

「嘘を吐く理由がないだろ。それに義理のお兄さんになるっていう、やたら美形の人が一緒に来てた」

「ほう。ってことは、物好きな女が居たのはハッタリや妄想じゃねえってか」


 フェンの辛辣さは相変わらずだ。

 トールは苦笑を浮かべ、結婚祝いについて質問してみる。


「何でオレに訊く?」


 渋い顔をされた。


「こっちの常識が分からないからさ。俺の故郷だと、友達や親戚が結婚したらお祝いするものだったけど」


 もっとも、トールは召喚された時点で高校生。周囲で結婚した知り合いがいなかったため、ほとんど知識はない。


「オレも詳しくは分からん」


 フェンの答えもそっけない。


 ラクサ王国の成人年齢は男女とも十六歳で、いわゆる結婚適齢期も日本より低い。高位貴族ならば子供の頃に婚約し、成人と同時に結婚することもある。

 庶民はもう少し緩やかではあるが、遅くても二十代前半には身を固める者が過半を占める。

 二十二歳のフェンも、一応はそこに含まれるのだがーー。


「魔術師団は結婚しねえやつの方が多い。男でも女でもな」

「ふうん、どうしてだ?」

「さあな。取り立てて必要がねえからだろう。家を継ぐだの財産を継ぐだの、ほぼ無いからな」


 魔法の才能は遺伝しない。また、師団に入るのは庶民の出か、貴族でも次男次女以下で、家督を相続できない者が大半だ。

 師団にいる限り衣食住が保証され、魔術の研鑽に集中できるのもあるだろうか。人によって程度の差はあれ、魔術と世界の真理の追究に、生涯を費やす者達の集まりでもある。


「知ってる範囲で、あの陰険眼鏡ぐらいか」

「トラス副団長? 結婚してたんだな」

「珍しいと言えば珍しい。嫁も魔術師だってのも含めて」

「へえ。奥さんもフェンの知り合い?」

「一応な。だが嫁の方はともかく、あの野郎を祝う気はねえ。これからもあり得ん。やつも願い下げだろうよ」

「何でそんなに仲悪いんだ……」


 呆れるトール。

 フェンは確かに人付き合いが良くない。と言っても、自分から誰かれ構わず突っかかるタイプでもない。攻撃されれば容赦なく叩き潰すけれども。

 それがトラスだけは、あからさまに毛嫌いするのが不思議だった。


(好きの反対は嫌いじゃなくて無関心らしいけどな……)


 トールは内心そう思うのだが、口に出すと燃やされそうなので言わない。


「同じ時代に生まれたのが間違いだ」

「そこまで言うか?」

「相性が最悪なんだよ、あんな合わんやつも滅多にいねえ」

「魔法使いも大変だなあ」


 魔法使いには、魔力の相性があるらしい。生まれつきのもので本人達のせいではなく、また努力してどうにかなるものでもないという。

 日本で言う「生理的に無理」に近いのかもしれない。


「身近に最悪の事例があったんだな……」

「ふん、笑いたきゃ笑え」

「笑わないよ。でも、そうだな、相性の良い人もいるんだよな?」


 フェンは面白くなさそうに手を振った。


「お前らがトラスみたいだったら、三年もつるんでいられるか。話はそれだけか?」

「そういう意味じゃなかったんだけど……まあ、良いか。セレストにも訊いてみる」


 冠婚葬祭は神官の領分であろう。

 トールはセレストを探しに行くことにした。


「……最初っからそうしろ。オレを便利屋扱いしやがって」


 背後でフェンが舌打ちしているのは、聞こえないふりを決め込んだ。



✳︎✳︎✳︎



「シャダルムの結婚祝いですか?」


 セレストは変わらず救護所に詰めているが、一時期に比べれば、さほど忙しくない。トールが相談を持ち掛けると、近くの空き地で話を聞いてくれることになった。


「ラクサでは結婚祝いをあげたりもらったりって、するのかな? 俺の故郷にはあったんだ」

「庶民ですと、お金や高価なもののやりとりはしませんね。結婚そのものも、神殿に届け出る他はささやかな集まりをするくらいです」


 さすがと言おうか、セレストは淀みなく答えた。


 ラクサ王国に限らず、ラグリス大陸の各国ではルリヤ神殿が戸籍を管理している。結婚の手続きも神殿に届け出て、神官から祝福を受ければ良い。あとは披露宴やパーティーで祝う。


「これは両家の家族や友人が、用意を手伝うことが多いですね。神殿や礼拝所を会場にして花で飾り付けたり、料理や飲み物を持ち寄ったりします。それがお祝いということになるでしょうか」

「うん。そう言うのは俺も分かる」

「女性ですと、花嫁衣裳はたくさんの人に刺繍をしてもらうと幸せになれると言われていまして。親族や友人が協力するものです」

「なるほど」

「……ですが、シャダルムのお相手は貴族ですよね?」

「そうみたいだな」

「今、お話ししたのは一般庶民の場合です。裕福な商家などではもう少し華やかな式や宴を開きますし、貴族はまた色々と事情が変わるのですよね」


 貴族の結婚は家と家の結び付きであり、いわゆる政略結婚も珍しくはない。

 すると両家の家格や力関係などによって、どの程度の規模で、どんな風に祝うのか異なるらしい。

 付き合いのある貴族家も、お祝いを出すのだがーーこれもあれこれと決まり事があり、一筋縄では行かない。


「……自分で言っといてなんだけど、すごく面倒そうな気がしてきた」


 シャダルムは貴族でも次男である。当代ゼータ伯爵はシャダルムの父で、後継に定められているのは長兄だ。


 なお、長兄はトールも会ったことがある。シャダルムそっくりな暑苦しい体格だが、中身は気が優しいシャダルムとは違う。底抜けに陽気で、声が馬鹿でかく、豪放磊落ーー絵に描いたような熊型の武人であった。


 それはさておき。


 結婚相手のリンテ・サンテラも子爵令嬢だが、家督は兄のクリスが相続している。彼女は嫁に出される身だ。


 王国の法により、貴族を名乗れる者の基準は厳格に決まっている。

 嫡子ではない者同士が結婚すると、平民に身分が変わるのが普通だ。


 しかしながらシャダルムは特例として、魔王討伐の褒賞を使って貴族になるーーつまり新しい貴族家を立ち上げることができる。結婚相手が貴族令嬢なのだから、恐らくそうするだろう。


 そしてトールも建前上は貴族の一員である。


「ふふ、貴族同士の付き合いになりますね。トール様の苦手分野ですか」


 セレストが笑う。


「でもシャダルムは分かってくれるでしょうから、あまり神経質にならなくてよろしいかと」

「そうだけど。非常識なことだったら恥ずいから」

「勇者なのに農業をなさっている時点で、非常識は今更ではありませんか」

「そ、それとこれとは別だろ。シャダルムに迷惑かけるのはちょっと」

「大丈夫だと思いますよ? でも不安でしたら、マーシェに相談してはいかがです。ちょうど、あちらにいます」

「え? あ、本当だ」


 振り返ると、少し離れた場所にマーシェの姿が見えた。

 天幕で休憩を取っていたようだ。

 トールが手招きすると、彼女も手を振り返してこちらへ移動してきた。


「トール、セレスト。二人して何か悪巧みかい?」


 マーシェはにやりと唇を吊り上げた。


「人聞きが悪いな。シャダルムに結婚祝いをあげてもいいか、話し合ってただけだよ」

「おや、随分と気を使うねえ」

「やって大丈夫か分からなかったんだ」

「しなくていいところで遠慮をかますよねえ、トールって」

「だって相談しろって言った癖に……」

「あっはっは、悪い悪い。あたしの胃を思いやってくれた訳だ」


 ありがとさん、と言いつつ、マーシェがバシバシとトールを肩を叩く。勇者の困り顔が面白かったようだ。


「真面目に言うとね。シャダルムだって地位も名誉もある、金だって持ってる立派な男なんだ。心配いらないよ」

「そうか……余計かな」

「まあ、何かしてやりたいなら本人に訊いてみな。別に失礼でも何でもないから」

「シャダルムは遠慮しそうじゃないか?」

「そこはあいつが決めることさね。欲しいもんあったら言うよ、シャダルムだって」

「トール様のお気持ちだけでも嬉しいと思いますよ?」

「だと良いけどなぁ」



✳︎✳︎✳︎



「ーーって訳でさ、欲しいものある? シャダルム」


 結局、芸はなくても本人の意向を訊いてみることにした。


 屋敷に帰ってきて一区切りついたところで、その話題を切り出すとーーシャダルムは意表を突かれたのか、パチパチと瞬きをする。


「トール……気を使ってくれたのだな」

「うん、まあね。今すぐ決めなくていいけど」

「むぅ……いや、そうだな……」


 シャダルムはもそもそと口籠もる。


「ん? 何かあるのか?」

「……もう少し落ち着いてから話そうかと思っていた。しかし、良い機会なのだろうな。実は頼みたいことがある」

「ああ、もちろん。どんな?」

「私もマーシェのように、トールの家臣にしてもらえるか?」

「え、そのくらい結婚祝いじゃなくても許可するぞ?」


 現在トールことイナサーク辺境伯の家臣、という立場にあるのはマーシェ一人だ。

 そのマーシェは完全に事後承諾の押し掛けで、ある日やってきて「家臣になったから、よろしく」だったのである。羽毛よりも軽い。


 そもそもイナサーク辺境伯の領地は本当に何もない田舎で、トールも事実上は農家。

 家臣に取り立てる、と言えば格好いいが、実態は全くありがたみがないだろう。

 しかしーー。


「トールでなければできないことだ。ぜひ叶えてもらいたい」

「わざわざ結婚祝いにする必要ないだろ」

「私は実家関係のしがらみがあってな、マーシェのように身軽ではない。ここへ移住するには色々と根回しが要る。結婚祝いとして許可をもらうのが一番、やりやすくなるのだ」

「うーん……分かったような分からないような……」


 当事者であるシャダルムが譲らない。

 釈然としない気持ちを抑えて、トールはうなずいた。


「まあ良いか。じゃあ改めて……よろしくな、シャダルム」


 差し出した手を、がしりとシャダルムが握る。


「うむ。忠誠を、我が主君」

「い?! 大袈裟な?!」


 狼狽えるトールを見て、シャダルムは髭面を崩して笑った。


「騎士としてのけじめだ、トール。気にするな」

「びっくりした! 脅かすなって」

「ふ、悪いな。もっとも、正式な移住は式を挙げてからになる」

「こんなド田舎なのに奥さん着いて来てくれるのか? 貴族のご令嬢だろ、大丈夫?」

「了承は得ている」

「怒られないようにしてくれよ」

「うむ……あとはマーシェとも話し合って、抜かりなくやっておく」

「そうか。なんか、全員集まっちゃったな」


 勇者パーティーは、公的には既に解散している。

 魔王を倒す使命を果たし、役割を終えた。

 仲間達もそれぞれの道に戻った、と思われたが。


 トールが日本へ帰らずに、農家になると決めた結果。

 セレストが、フェンが、マーシェが次々とやってきた。

 この三人はまだ良い。身軽な立場だ。

 シャダルムまで加わる、となると重みが違う。


「あのさ。今更だけど、結構でかい決断してないか?」

「元より結婚は人生の重大な決断だ」

「それ以上にだよ。俺の農業に巻き込んじゃった気分」


 シャダルムは太い眉をクイと動かす。


「トール。ラクサには、受け取った結婚祝いを突き返す風習はないぞ」

「日本にも多分ないけど」

「うむ、そうだろうな」

「結婚祝いって難しいな……?!」

「そうでもない。ありがたくもらっておく」


 含み笑いをして、シャダルムは去っていった。



✳︎✳︎✳︎



「……それで? トールが良いって言ったんだね?」

「うむ。あとはこちらでやっておく、とも伝えておいた。わずらわせる必要はない、トールは農業をしたいのだからな」

「了解だよ。んじゃ、新婚さんの家は手配しとく」

「ここの増改築も合わせて必要だと思いますよ、レディ」

「ああ、そっちもあるねえ。こりゃ忙しいわ」

「手間を掛けるな、マーシェ」

「あんたがこっちに来るまでの辛抱さ、何とかするよ」

「今更だけれど、勇者殿は本当に嫌がらないのかな?」

「結婚祝いにしてもらった。トールはそういう約束を違えるほど薄情ではない」

「シャダルムも随分と貴族的な立ち回りをするじゃないか」

「ふむ、義弟とて名門伯爵家の次男。その気になれば、木端貴族の子爵などより卑怯……いやいや、上手ということかな」

「……褒め言葉と受け取っておこう。これで問題はある程度、片付いたはずだ。王都のうるさい輩も黙らせることができる」

「うんうん、頼もしいねえ。その調子でよろしく」

「うむ。トールは強いが、味方がいるに越したことはないからな」



✳︎✳︎✳︎



「帰りが慌ただしくてすまない、トール。これ以上、遅れるとリンテ嬢が心配する」

「うわー、惚気だな? まあ良いや、幸せそうで」

「うむ。次は連れてくる。仲間に入れてやってくれ」

「にぎやかになりそうだねえ」

「全員が顔をそろえますし、新しい方も増えますものね」

「農業しかやってないし今後も農業の予定しかないのに、ほんとに良いのかな。俺は嬉しいけど」

「……アレコレやらかしてるからだろうが」

「何か言ったか?」

「いーや、別に。空耳だろうよ」



 勇者と仲間達がわいわいやっている傍らでーー。



「クリスさん、お世話になりました」

「ありがとうございましたぁ!」

「私も楽しかったよ」


 クリスとネイ、ランの兄妹も別れを惜しむ。


「……今後の伝令役は私になりそうな気もしているんだ。だから、きっとまた会えるよ」

「そうですね。その時まで修練を頑張ります」

「絶対に来てくださいですぅ!」

「うんうん。熊男の相手と違って、実に心が洗われる。二人とも元気で」


 クリスはスマートにウインクをして、馬上の人となる。


「そろそろ行こう、シャダルム。私も良い加減に、愛する妻の顔が見たいんだ。君だってそうだろう?」

「むぅ……そうだな。ではしばらくの別れだ」

「ああ、待ってるからな。こうなったらもう、さっさと結婚しちゃえ」

「簡単に言ってくれる。こう見えて結構大変なのだぞ。だがトールの命ならばそうするか」

「冗談だって」

「それは分かっている」



 トールは軽口を叩き合ってから、シャダルムとクリスを見送った。



✳︎✳︎✳︎



(……一番良い結果が得られたな。怪我の功名というものか)


 馬を走らせながら、シャダルムは思考する。


 どんな手段を講じてでも、この地に戻ってこようと思っていた。

 だが、シャダルムがそれなりに名のある貴族家の生まれであることが邪魔をした。


 イナサーク辺境伯領は現状、何もない田舎だ。


 しかし、既に「誰も来たがらない場所」ではなく「一からやり直せる新天地」になりつつある。 

 トールはあまり意識していないようだが。


 貴族は世情に敏感である。

 いち早く代官と補佐官を送り込んだバイエル侯爵派に続き、色々な貴族家が勇者に接触しようと必死になっている。


 だがトールは表舞台に出る気が無い。

 貴族の付き合いも苦手にしていて、ほぼやらない。


 ここでシャダルムがトールの家臣になろうとすると、妬みとやっかみが雨のごとく降ることになる。


 ーー何故あいつだけ。

 ーー勇者パーティーの一員だったからと言って、特別扱いが過ぎるのではないか。

 ーーたかが伯爵家の次男ごときが……。


 言い掛かりも甚だしいが、残念ながらラクサ王国の貴族も清廉な人格者ばかりではない。

 シャダルムが良いなら自分も、とトールに無茶をねじ込もうとする者も出るだろう。

 だから、少々強引ながら結婚祝いだという理屈を付けた。トールに願いを聞いてもらうのは、一度きりの例外だと主張することにしたのだ。


 実に良いものをもらった。


(騎士に二言は無いぞ、トール。仕える主君を変えることも無い)


 たとえ、本人は気付いていなくても。


 シャダルム・ゼータは晴れやかな気持ちで、さらに愛馬を駆けさせた。



米の名は…「ささ結」(宮城県)

 「ササニシキ」の食味を引き継ぐ米として育成。品種名は「東北194号」。

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