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33.輝け、奴等と姫の最終奥義(後編)

 残った敵の掃討に、そこから数日を要した。


 リディアと聖騎士達の特大魔法、聖光王龍大爆炎撃(デジタルメガフレア)は、「白の女王群」第二波の大部分を消滅させたが。

 断続的に飛んでくる後続を倒し、もう襲撃はないーーあっても一度に数匹だろうというレベルに落ち着くまでに、時間が掛かったのだ。


 その間にも様々な出来事があった。


 例えばーー。



✳︎✳︎✳︎



「お久しぶりです」


 聖女セレストは、スピノエス警備隊の陣を訪ねていた。


「聖女殿か。部下が世話になった」


 レーバスは軽く頭を下げる。

 彼自身は大した負傷なしに切り抜けたのだが、部下のうち数人は神官の治療を受けていた。セレストに担当してもらった者もいる。


「神官として当然のことをしたまでです」


 セレストは女神に感謝を捧げる印を切って、挨拶に替える。


「レーバスさんは一度も救護所へいらっしゃらなかったので、こちらから伺いました。忙しい中、申し訳ありません」

「もうさほど仕事もない、構わない。私に何用だろうか」

「余計なお話かもしれませんが、あなたに回復魔法を掛けてみても良いでしょうか?」


 レーバスは首を傾げた。


「私は特段、負傷していないが……」

「かつての怪我が残っているとお聞きしました」

「ふむ。部下が要らぬことを申し上げたようだ」


 周囲の部下達をにらむと、全員がわざとらしく視線をそらした。

 特に副官は横を向いて口笛を吹いている。


「気遣いはありがたい。しかし昔ほどではなくても、取り立てて不便は感じていない。年のせいもある。聖女殿の手を煩わせるほどではない」

「な、なに言ってんですか隊長! 滅多にない機会ですよ、治してもらえば良いのに」


 副官が慌てて言い募る。

 セレストは困ったように眉を下げた。


「部下の皆さんは悪くありません。レーバスさんとは以前にお会いしていたようですから。その時のわたくしに力が足りなかったのではないか、と思うと……どうしても気になってしまうのです」


 レーバスが最初にトール達と出会ったのは、魔王軍との戦闘の最中だった。

 義勇兵団に襲い掛かった魔物をトールが倒し、セレストがレーバスを含む負傷者を回復した。

 だがトール達には別の目的があり、ほぼ言葉を交わすこともなく、すぐに別れた。セレストが施したのも応急処置に近かったのだ。


 あの時の傷は確かに深かった。治療してもらったはずの今でも、時々鈍い痛みが出る。

 しかし、無茶を重ねてきたレーバスの身体は、他にもあちこちガタが来ている。彼ももう若くはなく、これは仕方がないことなのだ。


 だから決してセレストの責任ではない。

 そう伝えても、聖女は納得しなかった。


「貴女は誇り高い方なのだな」

「いえ。我が儘だというだけです」

「そうは思わないが」

「……古傷は時間が経てば経つほど、癒やすのが難しくなります。レーバスさんの場合も、今更やり直しても効果が出るとは限りません。失望させて終わってしまうかもしれませんけれど」

「それでも、試したいと言われるのだな」

「はい」


 セレストが迷わずうなずく。


「……承知した。元より、勇者殿や貴女が居なければ無かった生命だ。好きになされよ」

「では、念のため座っていただけますか」


 副官が素早く動いて、空の木箱を椅子代わりに持ってきた。

 抜け目の無い奴、と思いながらレーバスは腰を下ろす。木箱は食料が入っていた頑丈なもので、彼が体重を掛けてもぐらつかない。


 セレストはその正面に立ち、杖を掲げて詠唱を始めた。


 魔術師のフェンやイヴ、トラスと同様、セレストもまた詠唱を省いて魔法を行使できる。

 あえて詠唱をするのは、彼女が全力を尽くす証であった。

 セレストの手許から光の粒子が湧き出て、レーバスへと流れ込む。


 レーバスはまばゆさに目を細めた。

 身体の内側がざわざわしている。

 つぎはぎされていたものが一旦ほどかれ、再構成されて戻っていく。

 慣れ親しんでしまった不自由さが消えていく、小さな違和感。

 魔法の奔流が、それらを呑み込んで押し流していった。



「ーーいかがですか?」



 心配そうなセレストの声がした。

 レーバスは、いつの間にか閉じていた目を開けた。

 セレストのみならず、部下達も輪になって彼を取り囲んでいる。


「聖女殿はまだしも、お前達まで近寄る必要はない。暑苦しい」


 すんなりと声が出た。

 部下達が顔を見合わせてひそひそと話し出す。


「なあ隊長ってこんな声だっけ」

「うーんと。何か昔はこんなだったような」

「つぅか若返ってね? ちょびっとだけど」

「副長、どう思うよ? 長い付き合いっしょ」

「いやー、ほら、おれは前から隊長と毎日のように顔を合わしてるじゃん。逆に分っかんねーのよコレが」


「……お前達、何をごちゃごちゃ言っている」


 レーバスは呆れながら立ち上がった。

 足腰がすっと着いてきたので驚いた。


「む」


 腕をぐるりと回してみる。

 どこも痛まない。

 身体があまりにも軽かった。

 どうやらレーバスは、完全なる健康体に組み換えられてしまった模様である。


「なるほど」


 一瞬で理解させられてしまう。

 慣れたつもりでいたが、やはり手足が思うように動くというのは良いものだ、と。


「ほう。完璧だ。聖女殿に最大の感謝を」

「何よりです。わたくしも心残りが一つ消えました」



 セレストは光が差すように笑った。



「……え? じゃあ隊長、完全復活?」

「多分?」

「余計ヤバくなってたのに、さらにもっとガチガチのヤバ過ぎに?」

「げええ?! 誰だよ、聖女殿にこっそりお願いしようなんて言った奴」

「だってよお、ここまでとか思わんかったのよ」

「ちょっとマシになったらいーかなーくらいの軽い気持ちだったはずなのに」

「おかしいよなあぁぁ……。どうしてこうなった」

「どあほう。聖女殿だぞ。英雄のお一人だぞ。見込みが甘いわ」

「てめえだって賛成してただろう。知った風な口を!」


 背景と化した部下達がまた騒がしい。


「ふ。お前達、鍛え直した方が良いかもしれんな? 今なら相手ができそうだ」


 レーバスはどこか凄みのある笑みを浮かべ、彼等を震え上がらせたのだった。



✳︎✳︎✳︎

 


 トールの屋敷には、まだ二人の騎士が滞在している。

 散発的に飛来する虫型の魔物を倒しつつ、手が空けばネイとランの兄妹に、剣術や護身術を仕込んでいた。

 兄妹は一時期、冒険者をしていたが、魔物との戦闘経験はほとんど無い。

 このような辺境で暮らしていくなら、ある程度の自衛手段を身に付ける必要があった。

 だがトールは勇者の特異性ゆえに、人に教えるのが向いていない。

 そこでマーシェが弓を。

 シャダルムが以前の滞在中、剣術や体力づくりの基礎を教え。

 彼が王都へ帰った後は、イクスカリバーとイージィスが指導していた。


「よく考えなくても教師の顔ぶれが豪華だね?」


 苦笑をつくるのは、美形の妖精騎士ことクリス・サンテラであった。


「方向性は間違っていないね。でもシャダルム、君ひょっとして、自分を基準にしてはいないだろうね? 一般人が熊の真似をするなんて無理だよ?」


 爽やかな顔で容赦のない台詞を言う。


「むう。子供の頃の鍛錬を参考にしたのだが」

「君は昔から、熊らしさをいかんなく発揮していたと聞いているよ」

「生まれつき身体が大きかったのは事実だが……実家では私より小柄な者でも、こういう鍛錬をしていた」

「ゼータ伯爵家には、大小問わず熊しか居ないのかい?」


 クリスはやれやれと、手を額に当てる。


「勇者殿もあれはあれで、規格外過ぎて一緒にしてはいけない人だし。見れば分かる通り、この子らは小柄な上に身体がまだ出来上がってないからね。ここに居る間は、私が面倒を見よう」


 クリスもまた、騎士の中では細身である。ネイとランに合った戦い方を教え、二人も人当たりの良いクリスと仲良くなった。


「リンテが小さかった頃を思い出すよ」


 クリスも慕われて満更ではないようだ。



 そんな兄妹は今、シャダルムを相手に模擬戦をやっている。



「ーーてーいっ!」


 ランは短めの剣を両手に持つ二刀流である。もともと左利きだったのを右に直したと言うので、双剣を使わせたところ意外なほど使いこなしていた。

 それを受けるシャダルムは小揺るぎもしないが、ランは臆さず挑んでいく。熊の周囲を跳ね回るうさぎのようであった。


「ラン! 一度引いて!」


 後方で弓を構えたネイから指示が飛ぶ。


「はーい!」


 ランはぴょん、と跳びすさる。

 間断なくネイが矢を放った。

 マーシェも使っている魔力弓である。

 矢に魔力を込めて射速や威力を増す他、着弾と同時に爆発させたり、閃光を放って目くらましができたりする。

 ネイの矢も高速で宙を走った。


「むん!」


 シャダルムが盾で弾く。

 模擬戦なので爆発まではしないが、第二、第三の矢が次々と飛んでくる。


「えいやっ」


 ランも再び双剣を構えて突っ込む。

 二人掛かりの攻撃を、シャダルムは一歩もその場を動かず捌き続けた。

 しかしラン、続いてネイの息が上がってきたところで地面を踏み締め、盾を大きく振り回す。

 ぶぅんと空気がうなる。

 がら空きになった脇腹に、双剣と矢が集中するが。


 シャダルムはふんぬ、と息を噴き上げ、引き締めた筋肉の鎧で攻撃を受け止めてしまった。


「うわーん! シャダルム様の筋肉ズルいですぅ!」


 力尽きたランがへたり込む。


「はいはい、そこまで。二人とも攻撃の見極めは大丈夫だね」


 見守っていたクリスが手をたたいた。

 防御に徹していたシャダルムが、隙を見せたのは無論わざとだ。兄妹はすぐにそれと見抜いて、攻撃を集中させていたので合格であった。


 シャダルムが傷一つ負わないのは、彼もまた最強の盾と呼ばれる騎士だからだ。ネイとランはこの短期間で、良い線まで行っている。


 クリスはにこやかに言った。


「それじゃあ、実戦でやってみようか」


「ーーえっ?!」

「今からですか……?」


 絶句する二人。


「ちょうど一匹、飛んできたからね」


 空を指差すクリス。

 巨大化した蝿のような白い魔物が、近付いてくるところだった。


「少々厳しいのではないか」


 シャダルムが反論する。


「君も案外に甘いね、義弟よ。勇者殿の過保護がうつったかな?」

「む」

「我々が居るうちに経験させた方が良いと思うよ。勇者殿は人が好くて、どんな敵でも自分でどうとでもできてしまうから、気にしていないようだけど」

「……トールの故郷は、魔物もいなければ戦もない、平和な国だったらしい。未だ荒事に慣れていないのだろうな」


 渋々とではあるが、シャダルムも認めた。 

 トールは勇者だというのに、戦うのを本当は苦手にしている。

 ところが他人が危険な目に遭うのもさらに苦手で、それなら自分がやると言い出す。

 難儀な性分であった。


「あの魔物は見たところ星二くらい。我々が手伝えば、十分に討伐できるはずだ。どうかな?」


「ーーやります」


 ネイは決然と言った。


「あっ、お兄ちゃん抜け駆けしないでよ!」


 ランがぴょこんと立ち上がる。


「……ランは弓が苦手でしょ。前に出られるの?」

「牽制くらいはできるもん! もともと軽い攻撃しか出せないし」

「怪我はしないでよ、ラン」

「えへへ。トール様達が帰ってきたらビックリさせちゃお!」


 ランは双剣を振ってみせた。



 ーーこうして、飛来した魔物はシャダルムによって翅を砕かれ、地面に落ちた。そして兄妹の練習台になったのである。



✳︎✳︎✳︎



「シャダルム様やクリス様は、王都へ戻らなくて大丈夫なんですか?」


 魔物を倒し、死骸の処分も終えたところで、ネイはクリスに尋ねた。


「ああ、言ってなかったかな。私は杖持ちで〈伝書〉が使える。騎士団には事情を説明してあるよ」


 クリスは腰に挿した短杖を見せた。


「杖持ちですか。初めて見ました」

「騎士としても魔法使いとしても半端だからね。便利がられてはいるけど」


 杖持ち。

 特殊な魔法使いを指す言葉であった。

 誰もが簡単な魔法を使えるラグリス大陸で、一般人と魔法使いの違いは曖昧だがーー大まかには「杖を使うかどうか」と言える。

 中でも杖持ちは、その境界線上にいる者だ。

 大抵は一種類の魔法、それも比較的簡単なものしか使わない……あるいは使えない。

 魔力も一般人よりは多いが、圧倒的な差はない。

 クリスのような〈伝書〉持ちも、本職であるフェンやセレストなどに比べ、通信相手が限られる。連絡できる内容も短い。


 異世界人のトールがもし、この話を聞けば「ショートメールみたい」と言ったであろう。


 クリスの場合は、騎士団の数人にしかメッセージを送れない。魔力の問題で一日に三回程度の送受信が限界だという。

 そのため、あらかじめ暗号や符牒を決めておき、短文でやり取りしている。

 制約は多いが、電話もインターネットも無い異世界では、かなり便利な能力だ。クリスは伝令や偵察、諜報などで重用されるタイプの騎士なのであった。


「うむ。私に同行してもらったのも、単なる縁故ではない。王都と連絡が取れることが理由だ」


 無言で聞いていたシャダルムも、うっそりと首肯する。


「クリス殿は私と違って多才なのだ。卑下したものでもない」

「おやおや。一応、褒め言葉と受け取っておこうか」

「一応ではなく評価しているのだが」

「可愛くない熊に言われてもねえ。可憐な女性に生まれ変わってからにしてもらえるかな?」

「ぐぬぅ……」


 見掛けはちぐはぐな両者だが、仲は悪くないようであった。


 その横でネイは何やら考えている。


「……僕にもできるでしょうか?」


 ネイとランは生まれ育った場所を追い出されたものの、運良くマーシェに拾い上げられて、ここへ来た。しかし、ただ守られているだけではいけないと、ネイは思っている。

 並び立つことは到底できずとも、せめて。


「〈伝書〉に関して言えば、魔力量よりも根気よく繰り返し練習するのが大切だと思うよ」


 クリスは優しい目で言った。


「ただ魔法まで教えるには時間が足りないな。勇者殿の仲間には二人も優秀な魔法使いが居るのだから、帰ってきたら訊いてごらん」

「はい!」


 ネイは意気込んでうなずいた。


「お兄ちゃん、いいなぁ……私は無理そうだよぅ」


 隣でランが少しいじけている。彼女は根気が続かない性格であった。


「ははは、そう焦ることはないよ。じっくり考えればいい」

「うむ。今のままでも十分、トール達の役に立っている」



✳︎✳︎✳︎



「ようやく終わりが見えてきましたね」


 セレストが茶を淹れながら言った。

 ラクサ王国で一般的に飲まれているもので、お茶と言えばこれ。紅茶のような色と香りをしている。

 セレストは人数分の茶を注いだ後、魔法でカップごと冷やし、アイスティーにして渡してくれた。


「姫様達は帰国したし、確かに一区切りついたかな」

「魔物の数も、かなり少なくなってきたよねぇ」

「潮時だろうな」


 トール達は久々に、四人そろって休憩を取っていた。

 彼等がいなくても回るようになってきている。作戦の終わりが近い。


「俺、最後にやっておきたいことがあるんだけど。帰るのはそのあとで良いかな?」

「何をやるんだい?」

「農業でスキル使っておこうかなって」


 領内とは言え、これまで縁がなかった場所だ。


「農業魔法にせよトール様のスキルにせよ、一度だけでは、あまり効果が見込めませんが」

「普通なら、そうだけど」

「……何かまた妙なことを企んでるんじゃねえだろうな?」

「企むってほどじゃないよ」


 地球には、焼畑や野焼きというものがあった。

 草地や林を焼き払ったり、ゴミになった枯れ草や枝を火にかけて処分してから、作物を育てる。

 祖父、龍造が若い頃は普通に行われていたそうだが、現代では煙や有害物質の問題があって駄目なのだ、という話だったはずだ。

 それを思い出した。


 この異世界ではどうだろう。

 魔物の死骸は、放っておくと瘴気を発する。

 これは今回のように、魔物が大量発生する原因にもなり得る。

 だから清浄魔法を使う。

 もしくはーー次善の策として、魔法の火で焼く。

 灰にしても瘴気は出るが、無視できる程度に少なくなるとされているからだ。


 白の女王群掃討戦では、とにかく大量の魔物を倒した。


 フェンをはじめ、多くの者が魔術や魔法で魔物を処理した。その灰がかなり残っている。

 そしてセレスト達、神官は数が少ない。全てを浄化して回るのは無理だ。

 おまけにイナサーク辺境伯領は荒地であり、ちょっと風が吹けばすぐ舞い散ってしまうだろう。


「後から大気汚染……まあ灰が飛んで空気が悪くなるってやつ? そういうのが起こったら困るだろ。それと瘴気も焼いちゃえば少なくなるって言うけど、俺の故郷には塵も積もれば山になるっていう言葉があってさ。その辺も心配というか」

「あんた、そんなことまで考えてたのかい」

「ん? おかしかった?」

「いいや、領主様としては完璧だけどね」

「領主じゃなくて農家だからだぞ? 野焼きの話だってじいちゃんに教えてもらったんだし」

「つってもな。農業魔法で解決するとも思えんが。聞いたことがねえ」

「俺がやれば多分?」


 勇者スキルには女神の加護によるものか、強い浄化作用が付与されている。消し飛ばして塵にしてしまえば、瘴気は発生しない。

 農業利用しても、恐らく同じであろう。


「確かにトール様が適任かもしれませんね」

「だろ? 少なくとも、やって損はないと思う」



✳︎✳︎✳︎



 風の中、砂塵とも灰ともつかぬ粒子が舞う。


「やっぱり放置したらいけないやつだ」


 ーートールは仲間達の説得に成功し、最後に一仕事していくことになった。


 リディア達は既に帰国しており、援軍もほとんどが帰路に就いた。

 セレスト、フェン、マーシェの他は、イナサへ戻るフロウと、部下数人。さらにレーバスらスピノエス警備隊が見守っている。


「ジョーに報告しなければなりませんので」

「私もスピノ伯爵ストゥーム閣下より、全て見届けてくるよう申し付けられている」


 そんな彼等の視線の先。

 戦いが終わった後の荒野に、トールは佇んでいるのだった。


『ーーイクス、イース。頼むよ』

『良かろう。力は惜しまぬ』

『貴公の言う通り、これは勇者に相応しい行いであろうよ』


 聖剣と聖鎧装も気合十分である。


『では改めて問おう。何を願うのだ、勇者よ?』

『この土地がーー今すぐにじゃなくても、いつか豊かになることかな』


 死と暴力が吹き荒れた、戦場の跡地を。


『セレストに止められそうで言わなかったけど、灰だって肥料の一種だし』


 降り積もったモノ達も、土に還すことさえできれば。


『優秀な農地になると思うんだ』


『ーーフハハ! 汝らしいと言おうか。愉快であるのぅ』

『農民なのか勇者なのか聖者なのか。最早解せぬわ』


 聖なる武具達は笑いながら、ほのかな光を放つ。


『俺は農家で良いんだって。じゃあ行くぞ』


 

 トールは魔力を呼び覚まし、全力でスキルを解放する。



 するとーー。


 遠雷と共に、虹色に光る雨がさらさらと降り出した。


「……あれ?」


 いつもと手応えが違う。

 スキルの現れ方も今までにない。


 失敗した感触はないが。


「何か間違えた?」


 七色に輝く雨は、次第に勢いを増して降ってくる。

 だが本当の雨と異なり、触っても濡れない。地面に吸い込まれて消えていく。


『否。何も間違ってはおらぬ』

『然様。至極当然の成り行きであるぞ』


 聖なる武具達はけろりとしている。


『納得が行かんのか?』

『だって、いきなりスキルの出方が変わり過ぎてさ?! ついていけない』

『くふふ、レベルが上がったとでも思うておけ』

『今更レベル上がるのか勇者って』


 トールが使ったスキルは今回、何故か嵐を連れてこなかった。

 代わりにリディア達、聖王国の魔法に劣らぬ神々しい有り様だ。


「やっちゃった感があるなあ……」


 だが成功は成功で、どうしようもない。

 仕方なく光る雨を浴びながら歩いて、仲間達の元へ戻る。


「トール、何やったんだコレはよ」


 真っ先にフェンから文句を言われた。


「いや、俺もよく分からない。レベルが上がったってイクス達に言われたけど」

「んな雑に奇跡を起こすな! ふざけてやがる。さてはお前、本気で農家におさまるつもりがねえんだな」

「あるよ?! 心はいつでも農家だよ!!」

「でもねえ。またしても伝説をこしらえちゃったよねえ」

「さすがトール様です」


 三者三様の評価を受けるトール。



「……報告書の書き方が難しいかもしれん」

「頑張れ隊長! おれ達すっげえ応援するんで」

「勇者殿が奇跡を起こした旨、ありのまま書くより他に無いと思います」

「ふむ。優秀な部下にやって貰うとするか」

「うえええ?!」


 レーバスとフロウの周囲も騒がしい。



 その上にも、天から柔らかな光が降り注いだ。

米の名は…「つや姫」(山形県)

 同県を代表する品種の一つ。炊き上がりのつやに優れる。耐暑性と食味の良さから西日本の一部でも栽培される。

 「彩のかがやき」(埼玉県)

 同県を代表するブランド米。タンパク質量が低く、さっぱりした甘さ。複数の病害虫に抵抗性を持ち、減農薬栽培に向く。


お知らせ。

 都合により8月は更新を休みます。

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