表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/76

31.輝け、奴等と姫の最終奥義(前編)

 「白の女王群」の掃討が始まって半日ほどが経過している。

 既に相当な数の魔物を倒した。

 後続が未だに飛来しているが、戦闘開始直後に比べれば勢いは落ちてきている。

 他方で、知能が高く統率者が存在する一群が、魔術やスキルの届かない空高くで隙を窺っているようだ。


 このまま夜になるのは好ましくない。

 虫型の魔物は元から夜行性が多い。変異種である白の女王群もこれまで、昼夜関係なく活動している。

 だが人族側は疲労が溜まってくる頃合いだ。


 魔法使いは魔力切れの問題もある。


 一般に、魔法使いの魔力は最大値から半分くらいまでが、余裕をもって魔法/魔術を行使できる。

 三割を下回ると危うい。生命維持に必要とされる一割以下だと、意識を保てなくなる。


 魔力回復薬、というアイテムも存在はしている。

 しかし魔力が即時に回復するような、便利なものではない。

 消費した魔力は、何もしなくても自然に回復するがーー魔力回復薬を服用すると、短時間で全回復まで持っていくことができる。そういう品である。

 しかし、副作用と言えばいいのか。大変に味がよろしくない上に、飲んだ後しばらくは目眩や、船酔いのような独特の気持ち悪さが出る。

 そのため、魔法使いがこれを使うのは仮眠を取る前、とだいたい決まっていた。



 ゆえに明るいうちに、上空の魔物を引きずり出す。



 トールとフェンは簡単な打ち合わせをし、それぞれ行動に出た。



✳︎✳︎✳︎



 フェンは無言で歩いている。


 トールと別れ、本陣の方角へ向かっている。

 虫型の魔物が追ってくるが、先程までと打って変わり、基本的に相手にはしない。接近された場合だけ、最小限の火球で撃ち落とす。

 死骸を焼き尽くす処理もしない。

 ばりばりと共喰いを始める魔物には見向きもせず、歩き続ける。


 虫どもは、彼の周囲を飛びながら様子を窺う。時折、我慢のできない個体が突っ込んでいっては炎の制裁に遭う。

 しかし、段々と迎撃の威力は落ちてきている。


 業火の魔術師、さしものフェニックスも魔力が尽きた。

 そう思われてもおかしくない。

 実際、彼はこの半日で数十回は大規模魔術を放ち、数万匹を灰に変えた。

 魔力が枯渇しない方が不自然だ。


 普通ならば。


 ーーばちっという衝撃と共に、また一匹の虫が焼かれて落下した。

 甲虫に似たタイプである。硬い甲殻に覆われた身体は魔法への抵抗性が高く、地面を転げ回りながらもなかなか死なない。


 ギ、ギ、ギーー

 鳴き声ではないが、焦げた甲殻や関節が擦れ合う耳触りな音が響く。


 フェンは黙ったまま、それを眺めている。いつもであれば、とっくに追撃してとどめを刺しているがーーその魔力すら惜しい、というかのように。


 足をうごめかせた後、魔物は動かなくなった。

 死んだように見えた。

 フェンはローブの裾を翻して背を向ける。

 数歩進んだ。


「ーーッ!」


 何かに気付いて振り返った。


 甲虫型の魔物が立ち上がっていた。

 死に際の馬鹿力か、砲弾のように突っ込んでくる。

 フェンは火ではなく風の魔術を使い、軌道を逸らす。

 際どいところで突撃を避けたが、風圧で彼自身も少しよろける。

 甲虫型は地面にぶつかりながら転がっていき、やがて再び動きを止めた。

 だが。


 ぎちぎちぎち


 ーーフェンがどうにか体勢を立て直した時。

 周囲が真っ白に染まっていた。

 彼は新たな魔物の一群に取り囲まれていた。

 高みの見物をしていたモノ達が、力を失ったであろう魔術師を喰いに降りてきたのだ。

 どんなに強力な魔法使いも、魔力を使い切ってしまえばただの人である。


 ぎちぎちぎちぎち


 ぎちぎちぎちぎち


 翅を震わせるその音が、嘲笑のようであった。


「…………ふん」


 窮地に陥ったはずのフェンが、笑った。


「生憎、オレぐらいの魔術師になるとな」


 つぶやいて、杖を構える。


「あの程度で魔力が無くなるなんてヘマはしねえし、詠唱抜きでも特大火力のデカい魔術が撃てるんだよ。時間は掛かるわ効率悪いわで滅多にやらねえが。残念だったな?」


 魔力切れに見せかけながら、フェンは自身が知る最も大きな魔術を構築していた。

 通常、念入りな詠唱をしてから使う特級の魔術。

 だがフェンは詠唱を省略してみせた。

 頭の中で複雑な術式を組み立てる必要があり、魔術師団でも彼にしかできない芸当だった。

 加えて、牽制の魔術も無詠唱で同時に行使している。

 師団長ロジオンにさえ、


『あの子はどういう頭の構造をしてるんでしょうね』


と言わしめた、反則めいた特技だ。



 そして今、特級魔術が完成した。



 術式が燃え広がるように展開され、光を発する。

 小さな太陽が生まれーー。

 紅を通り越して白く研ぎ澄まされた炎が、高温で一帯を焼き尽くした。



✳︎✳︎✳︎



「やっぱりフェンの方に行ったみたいだな」


 彼方を覆う魔術を視認し、トールは誰にともなく言った。


 勇者のトールと魔術師のフェン。

 虫型の魔物に、どこまで区別がつくかは謎だったがーー。

 魔術師ら魔法使いは魔力がなければほぼ何もできない一方で、勇者を含めた戦士は武器を手にしている限り油断ならない。

 知恵ある魔物ならば、その違いを見抜き、フェンを狙う可能性が高い。


 それを逆手に取って、トールとフェンは一芝居打ったのである。


「次は俺の番か」


 トールも先程まで、後退するフェンを庇うふりをして中程度のスキルを連発していたが。

 もうそんな必要はない。

 フェンはこの後、本当に一度撤退することになっていた。


 あの特級魔術はフェンにとっても切り札の一つであり、莫大な魔力を消費する。

 詠唱を省略する離れ技までやっているので尚更だ。

 食事や仮眠を取ってから、数時間後に復帰してトールと交代する手筈だった。


 もともと、魔力切れが起こるフェンが先に戻り、その間はトールが戦線を維持する予定ではあった。


『ーー俺は別に、休憩がなくても平気だけど』


 勇者の頑丈さゆえに、一晩の徹夜ぐらい問題ない。

 ところがマーシェが首を縦に振らなかった。


『あんたの非常識さを前提にするのは、あたしは反対だよ』


 マーシェは真面目な顔で言った。


『トールだって、魔王を倒した直後は反動みたいなのがあったじゃないか。眠くならないし、腹も減らないって言って。あたしら結構、心配したんだよ、あの時』

『ああ、あったなぁ……フェンにも飯だけは食えって怒られたっけ』

『だから基本は無し。想定外の事態が起きた場合は仕方ない、やってもらうけど』

『俺はもう大丈夫だって』

『どうだか。まあ、今回は何があるか分からないからね、余裕を持っておきたいのもある。心配性なあたしのためだと思っておくれ』


 そこまで言われては断れない。

 トールの害虫防除無双も、あと数時間の区切りがある、という訳だ。出し惜しみはしなくて良い。


 イージィスに防御を任せ、イクスカリバーに勇者の魔力を注ぎ込んだ。

 聖鎧装の作る障壁(バリア)に虫型がぶち当たり、耳障りな音を立てる。だが、魔王の攻撃すら防いだイージィスが破られることはない。


 トールが操る魔力に比例して、空が荒れる。

 風が轟々とうなり始める。


「よく考えたら、最初からこうすれば良かったんだ」


 今まで飛行型の魔物だけがどっさり、という局面が無かったので、思い付かなかった。


 勇者スキルを農業利用する時。

 頻繁に嵐を呼び起こして、仲間達に迷惑をかけていた。

 実のところ、普通にスキルを放つ際は起こらなかった現象である。

 力の方向性が異なるのかもしれない。


 逆に考えれば良い。

 空中にいる虫型の魔物を、一息に倒すために。

 これを使うべきだ。


 トールが現した暴風が雲を連れてくる。

 無数の青白い雷電を抱え込んだ、不穏に光る群雲だ。

 集まったそれはゆっくりと渦を巻いて回転し始め、その中で閃光が瞬く。



 トールはイクスカリバーを振り下ろした。



 雷光が一斉に飛び交った。

 電撃の網さながらに駆け巡り、魔物の大小を問わず打ち砕き、感電させ、地へ墜とす。

 風もまた同時に吹き荒れ、これに巻き込まれた魔物も数え切れない。


 空を舞っていた魔物のうち、死の嵐から逃れたのはごく一部であった。

 大多数は稲妻と暴風に晒されて、地面へ叩きつけられた。


「ーー仕上げだ!」


 トールは遅れることなく第二撃を送り込み、次は地上を薙ぎ払う。

 墜落してもがく魔物は、光に呑まれて消え果てた。



✳︎✳︎✳︎



 空が真っ暗になった頃。

 後方で救護活動を続けるセレストの元に、ふらりとフェンが帰ってきた。


「フェン、大丈夫……ではありませんね」


 少し血の臭いがする。どこか負傷したらしい。


「帰り際にちょっとな。オレより先に、こいつらだ」


 フェンは、後ろにいた数人に場所を譲った。


「フロウさんの部隊の方ですね」


 キラップ伯爵家から派遣された兵士のようだ。彼等の鎧に着いた紋章を見てから、セレストは神官達に声を掛け、自身も治療に加わった。


「芋虫みたいな魔物だったんですがね、口から酸みたいなもんを吐いてきて……少しでも浴びると皮膚が溶かされて痛えのなんのって」


 兵士の一人が顔をしかめる。顔や腕、足にもあちこち焼け爛れたような痕があった。

 酷い見た目だ。血や魔物の体液らしき臭いも凄まじい。

 だがセレストは慣れたもので、手際良く魔法を掛けていく。


「災難でしたね……治療はこれで良いでしょう。大事になさってください」

「おお! さすが聖女様。ありがとうございます!」

「魔術師様も、ご助力いただいて大変すみませんでした! 我々が不甲斐なかったせいで、怪我までさせてしまって」

「気にすんな。大した怪我じゃねえ」


 フェンが肩をすくめた。

 兵士は苦痛が消えたからだろう、明るい顔で敬礼し、同僚らと去っていった。


「……何があったんです?」


 ふぅ、と息を吐いてから、セレストはフェンに向き直る。


「戻る途中で、あいつらが苦戦してるところにぶつかってな。手伝ってたら、うっかりやられた」


 ローブの左袖が破れている。

 セレスト達、神官のまとう服もそうだが、魔術師のローブもただの衣装ではなく、物理・魔法どちらの防御にも優れる特別製である。

 それがズタズタになっている、ということは。

 セレストは、フェンの腕を取ってローブの袖をまくってみた。


「……フェン。どの辺りが大したことのない怪我、なんですか?」

「詠唱中で避け損ねただけだ。動けるんだから良いだろうが」

「ちっとも良くありませんけど、だいたい分かりました。いつものですね」


 魔法使いはやはり、精神集中を必要とする詠唱の間に怪我を負いやすい。

 この時、魔法使いを護るのは周囲の者の役割だが、即席の連携では失敗もままある。

 フェンも詠唱中の隙をつかれた結果、杖を持っていない方の左腕が犠牲になったのだろう。

 大技を使った直後で、消耗もあったかもしれない。


「全く。前から言っていますでしょう、魔術が撃てるかどうかという雑な基準で判断しないでください」


 説教をしつつ、セレストの行動は早い。

 回復魔法を三回ほど繰り返し掛ける。

 一度に治さないのは、いくつか理由があった。

 セレストの魔力と技量があれば、瞬時に全回復させるのも容易だ。戦闘中などで急ぐ際は彼女もそうしている。

 だが傷ついている体組織を強引に繋ぎ合わせるので、魔法を掛けられる側に痛みや不快感が生じたり、傷跡が残ったりしやすい。

 そのため、時間がある場合はあえて、弱い回復魔法を複数回に分けて行使する。

 セレストなりの配慮だった。


「終わりました」


 丁寧な治し方をしたにもかかわらず、セレストは数分でそう言った。

 聖女とまで呼ばれる彼女ならではの早業である。

 フェンは何度か、手を開いたり閉じたりして動きを確かめる。


「問題ねえな。……お前はちゃんと休憩してんのか?」

「ええ、先程。魔力も回復しています、お気遣いなく」


 セレストは後ろを指差す。


「あちらに、仮眠用の天幕があります。食事も取れるはずです」

「分かった。トールは予定通り、オレが復帰したら交代することになってる。こっちは回復薬からの仮眠だな」

「わたくしも久しぶりに飲みましたが、やはり慣れませんね」

「そりゃあな……」


 二人とも魔法使い同士。魔力回復薬の負の側面については、多くを言わずとも通じる。


「トール様一人で大丈夫でしょうか」

「お前もさっきの見ただろうが。アレでまだ突っ込んでくる魔物なんざ、虫型でもそうそう居てたまるか」


 フェンもトールも、脅しの意味も込めて大技を使った。

 強烈な攻撃を続けざまに浴びせて、相手の戦意を叩き折りに行ったのだ。

 知能のあるタイプの魔物は、しばらく近付いてこないだろう。


「問題は夜が明けてから……ですか」

「多分な。だから、日付が変わる前にオレがトールと代われば、あいつも休めるはずだ。見込みが違うようなら早めに起こせよ」

「マーシェに伝えておきます。あなたもちゃんと寝てください」

「言われなくてもそうする。じゃあな」


 フェンは教えられた方角へ歩いていった。

 彼の赤毛が夜闇に紛れていくのを、セレストは何となく見送る。


「セレスト様、いますかー?」


 入れ替わるように、女性神官サディが顔を出した。


「あたい休憩終わったんで、ソーラと代わりました! ……今の、暗くて分かんなかったけどフェニックスさんです?」

「ええ、一旦戻ってきたそうです。状況を教えてもらいました」


 セレストはそれだけを答え、フェンが負傷したことは黙っておく。

 トールと同様、フェンもこの作戦の中心人物だからだ。


「少し、マーシェのところへ行ってきます。サディ、ここを頼んでも?」

「もちろんでっす! あたい頑張ります!」


 しゃきんと背筋を伸ばすサディ。

 彼女に後を託し、セレストはマーシェを探す。



「ふぅん、なるほどね……」


 マーシェも天幕で休憩中だったが、セレストの話を聞いて考え込む。


「油断は禁物だけど。一番前で戦ってるあいつらが言うんだ、それで動こう。こっちも夜明けまでに交代して、各部隊で休みが取れるようにするよ」

「はい」

「あんたは疲れてないかい、セレスト?」

「久しぶりの戦闘で緊張はありますけれど、大丈夫ですよ。わたくし十二歳から、こういうところにおりましたし」

「そいつが一番、信じがたい話だけどねえ……」


 苦い顔をするマーシェ。

 ラクサ周辺は、おおむね十六歳で成人という国が多い。セレストが若い、を飛び越えて成人前の幼いうちから、殺伐とした場所で過ごしていたというのは複雑な気分であった。


「マーシェ」


 その時、セレストの声音が変わった。


「何かあったかい?」

「今、連絡を受けたのですが……」


 セレストが杖を持ち直すと、宙にちらちらと輝く文字が現れた。

 〈伝書〉の魔法である。


「良い知らせ……じゃなさそうだね?」

「……そのようです」


 セレストは魔法が現した文字に指先で触れ、表情を曇らせた。


「トレヴォン南部も、白の女王群に襲われていたという内容ですね。ラクサへ来たのは、群れの全てではなかった模様です。南部は壊滅的状況。もう一つの群れも移動を始めていると」


 最悪に近い内容と言えた。


「第二波が来るのかい。参ったね、さすがに保たないよ」


 マーシェも深く溜息を吐く。


「知らん顔したいくらいだけど……風向きからみて、こっちの方へ飛んで来ちまうだろうね」

「ですが、魔法薬で誘き寄せる手法がもう使えませんので……え?」


 文字を追うセレストの手が止まった。


「援軍が入る、とあるのですが……」

「そんなもの今頃どこから? まさかーー」


 マーシェの目が鋭さを増す。

 そもそも、この情報がフェンではなくセレストに届く、ということは。


「聖王国です」


 セレストが告げる。

 アプロードス聖王国ーールリヤ神殿総本山を擁する国。


「援軍がいれば解決する、なんて単純な話じゃないってのに。昔も今も何を考えているんだい、神殿のお偉いさんと来たら!」


 マーシェは思わず、パシンと床を叩いてしまった。



 夜明けまでは、まだ遠い。

 そして、その後も波乱が待ち受けているようであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ