26.塩対応で、はじめたら(中編)
魔族ーー。
そうではないかと薄々思っていた。
ここは人族が住めない土地だ。
さらにその向こうには、魔族領があるとされている。
しかし魔王を倒した今、魔族がその本拠地である魔族領から出てくることは無いとも聞いている。
いないはずの魔族がなぜ、魔物と共にトールのイナサーク辺境伯領にーーつまり人族領にいるのか。
知る必要があった。
魔族の姿は久しぶりに見る。
と言っても、かの種族は個体差が激しい。あの魔族そのものには見覚えがない。
身長は、多分トールと同じくらい。
鍛えられた筋肉質な身体は、人族に似ているが、肌が紫色をしている。獅子のたてがみを思わせる頭髪も濃い紫色。しかも耳の上から、ねじくれた角まで生えている。
この異世界の人族は、見掛けはあまり地球人と変わらない。髪も、金や茶色、黒などが普通で、鮮やかな色合いは、たまにフェンのような赤毛がいる程度。青髪やらピンク髪やらというのは見たことがない。
一方で、魔族は非常に色とりどりであった。
魔族はこちらに背中を向けているので、顔は分からない。
トールはたまたま魔族の背後から接近し、岩影に隠れて気配を殺している。恐らく気付かれていない。
魔族が、目の前の魔物に集中しているのもあるだろうか。
鰐の魔物が身体をくねらせ、がばりと巨大な口を開けた。
魔族を喰らうつもりなのか。
(戦争中は、一緒になって襲い掛かってきてたけど)
魔族と魔物。
今は味方ではないのだろうか。両者はどうも、友好的な関係には見えない。
魔族がすっと手を上げ、格闘技の構えに似た姿勢を取る。やはり戦う気のようだ。
すると魔族の、背中の肉が内側から膨らみ、盛り上がり、ぞわりと腕が生えたのである。
六本の腕が次々と伸び、それぞれが別に構えを取った。
もともとの腕と合わせて四対八本。阿修羅像を思わせる姿に変身し、魔族は鰐の魔物に向かっていった。
(魔族って反則だよな、アレ)
こっそり覗き見しながら考えるトール。
魔族は、彼が知るあらゆる物理法則に喧嘩を売っているような種族で、強烈な変身能力がある。
トール達も以前、そのおかげで幾度となく苦戦した。
小さな子供と思ったら、雲を突くようなサイズに巨大化されたこともある。
美しい女性の姿で男を惑わすが、本性は見るもおぞましい姿だったこともある。
人族に化け、なりすますのが得意だった魔族もいたものだ。
腕が増殖するくらいは序の口と言えよう。
ファンタジーな異世界ながら、質量保存の法則はどこへ行ったと言いたくなるが。
戦闘は魔族が優勢だった。
八本の腕を、巧みに攻撃と防御で使い分けている。時々、腕を一、二本だけ長く伸ばして地面を突き、身体を支えたり移動したりもする。
攻撃で繰り出される拳には魔力が篭っている。爪も長く伸びていて、鰐の硬い表皮を貫いてダメージを与えていく。
よく器用に多腕を操れるものだと、かつての敵ながらトールは感心した。
鰐の魔物はうなり声を上げ、頭や太い尻尾を振り回すが、魔族は素早くかわして反撃する。
さほど掛からず、鰐の魔物の動きは鈍くなった。
魔族は八本腕をそろえ、とどめであろう強攻撃を加える。
魔物の巨体が宙を舞いーー。
隠れていたトールに向かって飛んできた。
「やべ、バレてた」
途中から魔族に気付かれていたらしい。
巨大過ぎて避けられないので、トールはイージィスを盾で顕現させ、鰐の魔物に叩きつけた。
虫の息であった魔物はその一撃で完全に絶命し、地響きを立てて転がる。
その傍らに、魔族が音もなく降り立った。
否、よく見ると、身体が少しだけ宙に浮いている。
腕のうち二本が、コウモリのような皮膜を持つ翼に変わっていた。
(空も飛べるのか。便利だな)
そう思いながら、改めて視線を合わせる。
やはり魔族だ。
肉食獣のような金色の目が、トールを見つめ返してくる。
「魔族が、こんなところで何してるんだ」
トールは、とりあえず訊いてみた。
魔族と対話できた者はこれまで存在しない。
トールは魔王軍と何度も戦ったが、魔族達に話し掛けても答えは返ってこなかった。
人族に化けていた魔族も、なりすました相手の記憶や性格をコピーしていただけだった。魔族と見破られた後は、やはり会話が成立しなかったのである。
今回はどうだろうか。
魔族は、しばらく黙っていた。
金眼が炯々と光っている。
「ーー我が訊くことだ。キサマ、勇者。なぜ居る」
通じた。
ざらざらした聞き取りにくい声音で、片言混じりだが。
返事があった。
「魔族も、大陸共通語が喋れるんだな」
「…………」
これには反応が無い。
どうやら、さっきの質問に答えないといけないらしい。
「俺がここに来た理由か。誰かがこっち見てる気がしたから……かな。あれ多分、君だと思うんだけど」
「…………」
魔族は答えず、だが、地に伏している魔物の死骸を腕の一本で指した。
「我と、我が群れのモノ。掟を破った。だから狩りに来た」
「そうか。ありがとな、教えてくれて。この後どうするんだ?」
「…………」
魔族はまた無言となり、すうっと空中を移動して、鰐の魔物の上に降りた。
次の瞬間、魔物の死骸がざらりと崩れ落ちた。
まるで砂で造られていたかのようだ。
トールが驚いている間に、死骸は跡形もなく消え去った。
魔物の身体に残っていた魔力もまた、魔族の手へ吸い込まれて消える。
「魔力を吸収した、のか?」
「キサマに教える理由、無い」
魔族の翼がはためいた。
魔物を狩り、始末を終えて去るのだろうか。
トールは咄嗟に一歩前へ出た。
「待った。話がしたいんだ。知りたいことがたくさんある」
「我には無い」
「うん、まあ、そうかもしれないけど。はっきり言うなあ」
苦笑がトールの顔に浮かんだ。
「俺は昔から、魔族と話ができたらいいなって思ってたんだけど」
無表情だった魔族の目許が、ぴくりと動いた。
「なぜだ?」
「分からないことが多過ぎるからだよ。なんで魔族と人族は戦争をするんだろうとか。色々」
「…………」
「今だって、そうだろ。勝手に来て勝手に帰るなんて卑怯だぞ。ちゃんと説明してくれないなら、魔族領まで着いていってやる」
「……勇者。キサマ、正気か」
「この上なく本気だ。あと俺には、精神系の魔法は効かない」
「……ソレは知っている」
魔族は顔をしかめたように見えた。
「言え」
「うん?」
「キサマの話、聞けばイイのだろう。言え」
「あ、聞くだけじゃなくて返事もしてほしい」
「…………」
何かを諦めた様子で、魔族は翼を畳んで地面に座った。
✳︎✳︎✳︎
「魔族って、何で人族領に攻め込んでくるのか……まず、それを聞きたいんだけど」
魔族の向かいに座って、トールはそう切り出した。
対する魔族は、迷惑そうな雰囲気を隠しもしない。
だが、ほいほいと人族領に出没されては困る。トールはある程度、事情を知っておかなければならない。逃げるなら追うまでだ。
紫の色彩を持つこの魔族も、自分の住処まで追跡されたくないのだろう。
渋々ではあるが応じてくれる。
「王が命ずるからだ。他、理由、あるものか」
「その王って魔王のことだな?」
「キサマらはそう呼ぶ」
「魔王はどうして、そんな命令をするんだ」
「知らん」
「……知らないのに従うのか。おかしいだろ」
「王には従う。……我と、我が群れと、全ての群れの王だからだ」
「群れ」というのは、どうやら人族でいう町や村、あるいは家族のような集団の単位らしい。
魔族は訊かれたことには答えるが、余計に謎が深まってしまった。
トールは質問を変えてみる。
「魔族は魔王に命令されない限り、人族と戦争はしないし、人族領に立ち入ってくることもない。そういうことでいいか?」
「……そうだ」
魔族はうなずく。
「じゃあ、あの魔物は? 掟を破って、侵入してきたみたいだけど」
「王、命ずるなら全ての群れが従う。だが四つ足のモノどもは、我らが言葉、解することはない」
「いつでも魔物を使役できる訳じゃないんだな」
「王が、存在する時だけだ」
ーー魔族がわざわざ、魔物を連れて人族領に侵入した訳ではない。
鰐の魔物の方が魔族領を出て人族領へ入り込んでしまい、始末を付けるために、この魔族がやってきた。
そして魔物を探している最中、トールが開拓にスキルを使ったことで、魔族は勇者が間近にいると気付いた。
だが魔王がいない今、魔族は人族とも、勇者とも敵対するつもりはなかった。
気配を隠したまま狩を終わらせ、速やかに魔族領へ戻る予定だった。
魔族から聞き取った内容を総合すると、そうなる。
(嘘をついている風ではないかな……)
むしろ、この魔族はーー人族にも中々居ないレベルで、真っ直ぐな性格であるように思える。
「これからもまた、人族領に魔物が入ってくる可能性はあるのか?」
「…………」
魔族は沈黙を保った。
しかし今までの言動からして、可能性が無い場合は無いと即答するはずだ。
沈黙が既に答えであった。
「……あるんだな。まあ、俺が倒せばいいか」
「我が群れのモノだ。手、出すな」
「こっちも魔物に寄ってこられたら大変なんだって。町に来ると被害がデカい。俺が見つけたやつは倒すよ」
トールもそこは譲れない。
「フン……」
魔族は溜息をついた。
「ところで、なんでこっちに魔物が迷い込んできたんだ」
「知らん」
「またそれか」
「……四つ足の考えることなど知らん」
「ああ、なるほど。じゃあ最初から、そう言えばいいのに」
まるで遠慮なくものを言う魔族。トールもつい素が出てしまった。
「…………」
魔族が、半眼でトールをにらむ。
殺気めいたものまで飛んできた。
「ごめんごめん。謝る。そんな怖い目つきはやめてくれ」
「なぜ謝る。キサマはおかしい」
魔族にまで言われる勇者であった。
「えーと。ああ、そうだ。さっきの鰐っぽい魔物って、魔族領には多いのか?」
「数、少ない。……ワニッポイとは何だ」
相手からも質問される。
「ワニッポイじゃなくて鰐。俺の故郷にいる動物だな」
「故郷?」
「俺は異世界から召喚された勇者だって話、知らない?」
「知らん」
「そっか。魔族だと全然なんだな。逆に新鮮だ……」
しみじみとするトール。
「勇者、変なやつだ」
魔族はそっぽを向いて、口の中でつぶやいたのだった。
✳︎✳︎✳︎
「ーーそろそろ戻らないとマズいな」
空を見上げて、トールは言った。
復路に掛かる時間を考慮すると、もう遅過ぎるほどだ。
セレスト達が心配するだろう。
「フン、ようやく終いか」
魔族はゆらりと立ち上がった。
「……また今度、話をさせてくれないか? まだ訊きたいことが」
「我には無い。ーーと言いたいところだが」
一対の腕を組み、魔族が傲然と言い放った。
「我はキサマの問い、答えた。キサマも答えろ」
「良いけど……何?」
「我を殺さないのは、なぜだ?」
トールは瞬きをした。
何を言われたのか、言葉の意味が染みるのに数秒掛かった。
しかし、魔族が冗談を言っているようには見えない。
「そんな必要ないだろ」
「ある。我、魔族、キサマは勇者だ」
「俺を殺人鬼みたいに言わないでほしいなあ……」
トールは頭をかいた。
「そりゃ、俺は魔族と数え切れないくらい戦って倒したけど。別にやりたくてやったんじゃないよ。魔族が問答無用で襲い掛かってくるからじゃないか」
「…………」
「今はこうやって話ができる。だから戦おうとは思わない。そっちがどうだかは知らないけど」
「……戦う気は無い」
「魔王の仇を取るとか人族に復讐するとか、本当に無いのか」
「侮辱するな、勇者」
魔族の金眼が、トールをにらみつけた。
「強きモノ、勝つ。弱きモノ、滅びる。ソレが当然だ」
「割り切り方が凄いな……魔族って、みんながそういう考え方なのかな?」
「我は全ての群れ、知っている訳ではない」
「ハハ、それもそうか」
切れ味が良過ぎる魔族の返答に、またしてもトールは笑ってしまう。
しかしながら、その通りだ。
トールとて、例えば日本のことを何でも知っているとは言えない。分からないことの方が多い。
魔族の言葉は実に正論だった。
「勇者。何がおかしい」
「いや、大したことじゃないよ。ええと……」
トールはそこで気付いた。
「今更だけど、名前を訊いてなかった」
魔族は首を傾げた。
「人族に名乗る意味、あるのか」
「名前が分からないと不便じゃないか」
「魔力で見分ければいい」
「無茶言わないでくれ……俺、魔法使いじゃないのに無理だって」
魔族が胡乱げな目を向けてくる。
「キサマの魔力、有り余っているだろう」
「魔力もいっぱいあると、逆に大変なんだよ!」
トールがつい力説すると、魔族は奇妙な表情をした。
笑ったようにも見えた。
「ーーメルギアス」
「え?」
「我が名はメルギアスだ」
気が変わったらしく、魔族が不意に名乗った。
「え、ああ、ありがとう。俺はトール」
魔族、メルギアスはまたしても首を傾ける。
「キサマ、名があったのか」
「あるよ?! 何だと思ってるんだよ」
「勇者だと思っているが?」
「そう来たか……」
「どちらだ」
「ん?」
「キサマは勇者なのかトールなのか、どちらだ。決めろ」
「決めろって、一応どっちも俺だけど」
「愚かな。おのれの名も決められないモノ、魔族にはいない」
「そんなの魔族の価値観だろ。失礼なやつだな。まあ勇者は半分引退したようなものだし、トールで」
「フン。理解した」
メルギアスは背中の翼を広げ、宙に浮かび上がった。
「またな、メルギアス」
「我は、掟を破るつもりは無い。……だが」
空中からトールを見下ろして、メルギアスは静かに言った。
「キサマのことは覚えておこう、トール」
ばさりと翼が羽ばたいた。
メルギアスの姿は見る間に小さくなり、夕暮れの空に消えていった。
「ーーさてと」
それを見送ってトールはつぶやく。
「俺は頑張って、ここから帰らないといけないんだよなぁ」
来るのも手間だったが、帰りも同様。
結構な距離を引き返すことになる。
空を飛べる魔族が、少しうらやましい。
トールは軽い溜息をついたのだった。
✳︎✳︎✳︎
完全に日が落ちて、辺りが真っ暗になった頃。
トールは荒野を駆け通して、ようやく城館まで帰り着いた。
「ただいま。遅くなってごめん」
「やあ、勇者殿。ご無事でしたか」
客間に入ると、仲間達よりも先に、ジョーが挨拶してきた。
「皆さんと、開拓の進み具合を確認していたところでしてね。おかげさまで、非常に前進しました! ありがとうございます」
「そっか。役に立てて良かったよ」
「それでね。明日にでも、あたしらはお暇しようかと思ってるんだけど」
マーシェがひらひらと手を振りながら言った。
「分かった。屋敷の方も気になってたから、それでいいよ」
トールがうなずくと、座っていたジョーが席を立った。
「いやあ本当にね、この度は勇者殿が鷹揚なお人で助かりました。無礼のあまり叩き斬られても、文句は言えませんでしたから。感謝しております」
「……勇者って何で、そんな凶暴な生き物扱いなんだ……」
メルギアスにも似たようなことを言われたが。
魔族にせよ人族にせよ、勇者は一体、何だと思われているのだろうか。
納得のいかないトールであった。
「あっはっは、勇者殿はそんなこと、考えもしないのでしょうけど! でも、身分制度というのはですねー、本来そういう一面もあるんですよ」
ジョーは、重たいことをさらりと口にした。
「世の中には、身分を気にする者の方が多いんです。気を付けてくださいねー。弓使い殿がいらっしゃるから、余計なお世話だと思いますが!」
いつもの笑顔で、ジョーは一礼しーー「では、僕はこの辺で失礼します」とドアを開けて出ていった。
「掴み所のない人だなあ……」
遠ざかる足音を聞きながら、トールはつぶやいた。
「そいつは別にどうでもいい。遅かったな、トール」
フェンが立ち上がって、トールの右肩に手を置く。
その両目がすうっと細くなった。
「で? お前はどこで、その物騒な魔力をくっつけて来やがった。説明しろよ」
「やっぱりフェンの目は誤魔化せないか……」
「当たり前だ」
「トール様、わたくしにも分かりますよ?」
セレストの声も静かだが、反論を許さない鋭さがある。
「ちゃんと話すよ」
ーートールは先程、鰐の魔物と接触した。
戦ったのは、ほぼメルギアスだが。
魔物は死ぬ時に魔力を撒き散らしていた。その魔力がわずかながら、近くにいたトールに移っていたようだ。
フェンとセレストは目敏く、魔力の残滓に気付いたのである。
「やれやれ。トールはまた何かやってくれたようだね。隠し事は無しだよ」
「隠すつもりはないけど、どこで誰に聞かれるか分からないからさ」
「結界魔法を使いますか?」
「ああ、頼んだ」
セレストは杖を取り、ふわりと魔法を展開する。
彼女の結界魔法は、物理攻撃や魔法以外に音などを遮断することもできる。密談をしたい時にも役立つのだ。
「じゃあ、最初から説明するとーー」
トールは仲間達に話した。
視線を感じると思ったこと。
だが、探知範囲のギリギリで、何者か確信が持てなかったこと。
探しに行ってみたら魔物と魔族が戦っていたこと。
魔族メルギアスに言葉が通じたこと。
それで、色々な話を聞いたことーー。
「だから、別に危険はなかったよ。魔族とはやり合ってないから怪我もしてないし、何か壊してもないし。魔族も俺達や人族と揉めるつもりはなさそうだった」
トールが語り終えると同時。
「この馬ッ鹿野郎が!」
フェンが怒鳴った。
セレストの結界魔法がなければ、部屋の外にも響き渡ったであろう大声だった。
「そういうことは! もっと早く言いやがれ!」
「いや、気のせいかと思うくらいだったからさ……魔族もこっちに気付かれないようにしてたらしい」
「気のせいだろうが何だろうが、お前が異常だと思ったら報告しろって言ってるんだ馬鹿が! おまけに魔族だと? 顔馴染みと酒飲みに行ってきたような体で言うんじゃねえ!」
「怒るなよー。話し合いで穏便に片付けてきたのに」
「ふざけんな、そこはきっちり始末してこいって話だ」
「え、そっち?!」
「当たり前だろうが!」
トールは驚いて、フェンを見た。
やはり冗談を言っている様子ではない。
本気でそう思っている顔だ。
「フェン、あんたトールが心配なのは分かるけどね。ここはいつもの屋敷じゃないから、そこら辺の物を燃やすんじゃないよ?」
「心配なんざしてねえ。パーティーの信頼度の問題だ」
マーシェが仲裁に入った。
フェンはどさっと椅子に座り直す。
「ま、そこはあたしも同意だね。トールの悪い癖だ。何回言わせるんだい、トール?」
「悪かったって。大騒ぎになりそうで嫌だったんだ」
「この話だけでも十分、凄い大騒ぎだけどねえ。まさか今になって魔族が出てくるなんて」
「今回はイレギュラー……じゃなくて例外だと思うぞ? 魔王を倒した後はしばらく、魔族は人族領に出てこないし、魔物の出現も減るんだろ? メルギアスも掟を破るつもりは無かったって言ってた」
「お前な、魔族の言葉を信じる気か」
「嘘をつくようなやつには見えなかったよ」
こればかりは、実際に顔を合わせたトールにしか実感できないかもしれない。
「トール様」
沈黙していたセレストが声を上げた。
思い詰めた顔をしていた。




