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大賢者の愛弟子 〜防御魔法のススメ〜  作者: ナカノムラアヤスケ
第五の部 学園生活順風満帆なお話
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第二百五十話 学年首席の記憶力はかなり良いのである


 アルフィとヒュリア先生が離れ、またも地面に腰を下ろす。


 騒々しかった本営も、俺が戻った当初に比べれはかなり落ち着きを取り戻していた。生徒も大半が無事に戻ってきているようで、各自が適切な判断をしたおかげだ。これも入念な準備を心がけていた甲斐があったというものだ。


 とはいえ、楽観視もできない。こうならないように二重三重と予防策を実施してきても、野生は平気で人の思惑を凌駕する。果たして来年以降は課外授業が行われるか、不安はあった。


 俺としては、引き続き行ってほしい気持ちはあるが──。


「小僧、こんなところにいたのか。探したぜ」


 ゼスト先生はいつもの寝不足で疲れた顔に、さらに疲労感を滲ませていた。


 ノーブルクラスの教師として、他の教師の纏め役をしなければならないのだ。ただでさえ忙しいところにこの事態で、かなりてんやわんやであったのは想像に難くない。


 ただ、その表情には疲れ以外の焦燥が張り付いているのに俺は気がつく。


「もしかして、問題ありっすか」

「ああ、まずいことになってる。疲れてるだろうが一緒に来てくれ」


 ただ事ではない雰囲気を感じ取り、俺は立ち上がりゼスト先生についていった。


 教師たちが集うテントに赴くと、状況を説明される。  


 班は確かに全て帰還しており、ほとんどの生徒の無事は確認できた。それは確からしい。


 だがしかし。


「……ほとんど(・・・・)?」

「どうやら、班から逸れた生徒(ガキ)が二名、まだ森に取り残されてるらしい」


 なんでも、森の異変が発生するよりも前の段階から、いつの間にか集団(グループ)から抜けてしまった生徒がいたらしい。異変が発生してからも班の生徒たちは辺りを探したが見つからず、途中で狩人ハンターと接触し、彼の指示でやむなく本営に戻ってきたのだ。


 狩人ハンターの判断は正しいと俺も思う。通常時であればまだしも、魔獣が暴れ出したこの状況で素人が闇雲に森の中を探し回れば、二次災害に発展するのは火を見るより明らかであった。


 その後、逸れた生徒が独自に本営に帰還するか、あるいは捜索中の狩人ハンターと合流するかを期待していたが、現段階でその報告は受けていないという。


「今現在も引き続き捜査中ではあるが、狩人ハンター達も少し疲労が出てきた。ここから組合に連絡し増援を送ってもらうにも、時間はかかるだろう」


 選抜された腕利の狩人ハンターとはいえ、環境の急変から始まり生徒の避難誘導や魔獣への対処等々で多忙極まりない。狩人側にも少なからず怪我人も出てきている。組合には既に急ぎの連絡が向かっているだろうが、即座に対応できるはずもない


「俺がもう一度、空から捜索した方がいいかもしれないですね」

「教師としては恥ずかしい限りだが、この中で一番適正なのは君だろう。ただ、君も動き回って疲れているはず。もう少し休息してから捜索に参加してくれ」

「了解です」  


 俺の申し出に、教師の一人は苦々しい顔になる。素人が出過ぎた行動をして余計な被害を出すのを理解しているだけに、生徒頼りに忸怩たるものがあるのだろう。


「待て小僧」


 そのまま方針を固めたところで俺がテントから出ると、ゼスト先生に呼び止められた。俺を呼びにきた時以上に重苦しい雰囲気だ。


「…………これを伝えるか些か迷ったんだが、この際言っちまうぞ」

「なんか嫌な予感」

「ああ、俺も最初に聞いた時には嫌な予感しかしなかったね」


 嫌な予感しかしなくても、ゼスト先生は伝えるのが最善と判断したのだ。頭をガシガシと掻いてから肩を落とし、俺を見据えてから告げる。


「行方不明の生徒の名前は……エディとジルコって生徒(ガキ)どもだ。聞き覚えあるだろ」

「知らない──って言えるほど、残念ながら記憶力は悪くないですよ、俺も」

「だよなぁ」


 よりにもよってという名前がここで出てきてしまい、聞いた俺も聞かせたゼスト先生も揃って重苦しい溜息と共に肩を落とした。

  

 

 ──イアンという男は確かに、他者よりは知恵の回る男であった。


 己が狩人ハンターとして飛躍的な大成を迎えるほどではないと早々に見切りをつけると、ではどうすれば名を上げて実績を残せるかという思考に行き着く。己の実力だけでは稼ぎが足りないと判断すれば仲間を募り、真っ当な手段では事を為せないと分かれば危うげな道にも脚を踏み入れる。


 マットとダカルは、総合的な実力を見ればどちらもイアンよりも優れていた。ただ双方共に典型的な荒くれ気質であり、組合の片隅で冷飯を食べるのも仕方がなかったであろう。この二人に目をつけたのは、上手い方向に誘導すれば今よりも多く稼げるとイアンが目論んだからだ。その考えは的中し、二人を引き入れてからイアンは確かに組合内で確固たる存在感を発揮するようになった。


 しかしながら、三人で組んで仕事をするようになってからは、所属する支部で斡旋される仕事では物足りなくなっていった。自身らの実力があればもっと大きな稼ぎができるという確信があった。故に、禁製品である『誘導香』を裏の商人から仕入れ、偶然を装い大量の魔獣を狩猟し大いに稼いだ。


 結果的にマットとダカルが欲を掻いたために、元いた支部から逃げ出す羽目にはなったが、イアンの中に後悔はない。あの二人がやらかすのは十分に予想の範囲内であったからだ。稼ぎに目が眩んだ二人が誘導香を勝手に使い、支部に目をつけられる。気が付かぬ二人に注意を促し、捜査が本格的になる前に逃げる。これで二人はますますイアンに頭が上がらなくなり、誘導もしやすくなった。


 イアンは他の人間よりは確かに賢しい男ではあったのかもしれない。


 けれどもそれは他者よりも狡いという範囲を超えてはいなかった。


 その証拠に、本格的に裏社会の人間と繋がりを設けることもなければ、安定を求め狩人ハンターを続けていた。己の賢さや実力へ早々に見切りをつけ、限界を越えようとする気概は皆無であった。


 ──故に、己の行いによって発生する状況は推測できても、さらにそこから一歩を踏み出した『最悪』を予測するまでには至らなかった。



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