第二百四十九話 友に訪れる春のかほり(なお周囲の状況は普通に大変)
少しばかり大変であったが、どうにかこうにか森の外にある本営まで飛ぶことは成功。半ば墜落気味な着地ではあったものの、上空から近づく俺を発見した教師たちが、土属性魔法の応用で地面を柔らかくしてくれたおかげで無事に着地。
怪我人を預けると教師たちと急ぎ情報共有──の前に、無許可な単独行動について叱られた。庇護されるべき生徒が進んで危険に飛び込むのは何事かと。
と、建前で叱られはしたが、俺単独の機動力の高さについては教師も承知していた。怒った手前で白々しいが、引き続き生徒の救助活動に参加するように言われ即座に承諾した。
この事態はあまりにも想定外ではあるものの、生徒と同じくやはりそこはジーニアスの優秀な教師陣たち。異常事態が発生したと見るや即座に対応を始め、狩人たちと連携して救助隊を編成し行動を介していた。
俺の行動については、無事に班を率いて本営に戻ったアルフィから報告は受けているようで、そのアルフィも本営で待機していた狩人と共に捜索に加わっている。
だが、自力で帰還した班もいるが半数以上はまだ森の中。怪我人を抱えて空を滑空している最中にも、また新たに幾つもの緊急信号が打ち上がっており、状況は予断を許さないようだ。
そこからは本当に修羅場続きだ。
俺は森の上空を本当に四方八方に飛び回り生徒たちを捜索活動。班を見つけ次第に合流し、課外授業の即時中止と撤退の指示を下す。もし怪我人が居れば、俺が可能な範囲で範囲で空から本営に直接運搬。
この際、課外授業がジーニアスでのみ可能な行事であるといよいよ思い知らされる。もし権力主義がちょっとでもある生徒がいたら、怪我人なんてガン無視で自身を先に運べと言い出しかねなかっただろう。
とにかく本営と森を幾度も往復。途中で流石に体力が切れそうになったので、虎の子の大賢者謹製の丸薬を服用。悶絶するほどの苦さと引き換えに体力を回復してひたすらに動き回った。
しばらくすると、続々と本営に生徒たちが帰還。怪我を負ったものは多かったが、後遺症に及ぶ重傷者は今のところ出ていない。ただそれでも、急遽に設置された医療テントは重苦しい雰囲気が漂っていた。狩人の中にも、生徒を庇って負傷したものはちらほら出ていた。
他の魔法学校に比べて戦う機会が多いジーニアスではあるものの、それは『決闘』という特殊な構造があるおかげだ。実際に生傷をこさえる痛みは、慣れぬものにとっては忌避すべき感覚であろう。
ただそれでも、どうにかこうにか救助活動を進めたことで、最終的には森に入った班の全てが本営への帰還を果たした。
俺が救助活動に奔走している最中に、カディナらの班も無事に帰還。そこから、教師の補佐を申し出て、今も忙しそうに走り回っている。生徒から森の中での状況を聞き出し記録したり、撤収作業の準備や軽傷者の治療等々、生徒でも手伝えることがあるようだ。
「ふぃぃ……疲れた」
俺はと言えば、地面に腰を下ろして大きく息を吐き出していた。
激苦丸薬のおかげで体力はまだ十分以上に残っているが、とにかく気疲れが凄まじい。人を担いで飛ぶというのはこれがなかなかに神経を使うもので、空中でも幾度かバランスを崩しかけた。墜落するほどではないが、運んでいた生徒には怖い思いをさせてしまったのがちょっとした心残りだ。
そんなわけで、忙している友人たちには悪いが今は小休止。心身がもう少し回復したら、生徒代表として俺も教師たちの手伝いに回るつもりだ。
「お疲れリース。地上からも飛び回ってるのが見えてたぞ」
「応、そっちもお疲れ」
狩人と共に捜索に参加していたアルフィが、俺に近づいてくる。
と、その隣には意外な人物がいた。
「おっと、こりゃ失礼しました」
「そのままで構いません。あなたも他の生徒の捜索及び救助に尽力していたのは聞いておりますので」
慌てて立ちあがろうとした俺を制したのは、ヒュリア先生であった。俺の吸魔装腕の考案に助力をくれてから、以前よりかは多少なりとも当たりが柔らかくなった印象だ。それでもまだとっつきにくけども。
「意外な組み合わせだな」
「ヒュリア先生も捜索に加わってたんだ。森の中で鉢合わせて、そこからは一緒に行動してたんだ」
「危険があることは伝えておりましたが、だとしても親御様の方々から預かった大切な子息令嬢には違いありません。教師として当然のことをしたまでです」
高慢で当たりは強くとも、教師としての矜持はしっかり持ち合わせているのがヒュリア先生の美点だ。苦手には思っても嫌いになれない大きな理由である。
「ただ、お恥ずかしい話ですが、森での活動について知識はありましたがやはり経験不足であったのは否めません。そこで、経験者であるアルフィくんと合流できたのは幸いでした。おかげで他の狩人や先生方に迷惑をかけずに済みましたよ」
「い、いえいえそんな、経験者だなんて……。俺のは本当に、子供の頃に森で多少遊んで回ってた程度で、何より狩人も一緒にいましたし」
珍しいほどヒュリア先生が褒めちぎるのは、必要であったとはいえ平民である狩人と歩幅を合わせるのは難しかったからだろう。その点で言えば、アルフィは平民と魔法使いの考えや常識を揃って持ち合わせた人材だ。橋渡し役としては都合が良かったのは確かだ。
と、ヒュリア先生に賞賛されるアルフィは、妙にオドオドしいというか謙遜気味だ。いつもであれば「このくらい当然」と落ち着いた物腰で対応するところ。
教師に褒められ慣れていないかと言われればそれもまた違う。学年三席は名ばかりではなく、非常に優秀な成績を収めており授業でも教師から賞賛を浴びるのは珍しくない。そんな時のアルフィはいつも自信に満ちたものである。
「謙遜しないでください。森での活動経験があり、魔法使いとしても覚えがあるあなただからこそ、私も余計なトラブルも起こさずにいられたのですから。もっと自信をお持ちなさい」
「あ、ありがとうございます」
なのに今のアルフィといえば、ヒュリア先生の珍しい微笑みを向けられ、困り果てた風に頭を掻いていた。
──ははぁ……なるほどねぇ。
「先生、ちょっとアルフィ借ります。あ、すぐ終わりますんで」
俺は今度こそ勢いよく立ち上がると、アルフィの肩を掴んでヒュリア先生に背を向けて少し距離を取った。そう、囁き声が聞こえない程度に。
「お、おいリース?」
「お前よぉ…………ヒュリア先生のこと、ちょっと気になってきたんだろ」
「うぇっ!?」
小声でズバリ指摘してやると、アルフィは笑ってしまうほど狼狽える。その反応こそが俺が抱いた想像の肯定に他ならない。
「昔から年上好きだったもんなぁお前さん」
「な、何を根拠にそんなっ」
「同世代の女子に付き纏われても普通に応対してる癖に、年上のお姉さんとかに絡まれると決まって奥手になるんだもんよ」
女子らにモテモテのアルフィであるが、イケメンで優秀であることを差し引いても、誰に対しても分け隔てなく冷静に対応してくれることもまた、人気の理由だ。まるで教師が教え子に対して接しているかのような、そんな落ち着きっぷりだ。
その一方で、一回り上の年齢の女性と接する時、いつも緊張気味であるのを俺は知っている。ガキの頃から、近所のちょっと顔の良い友達の母親と話をすると妙に背筋が強張っていたから、もしかしたら『そっちの趣味』があるのかと心配したほどだ。
幸い、未婚の年上女性にも似たような反応を示していたことから、ただの年上好きであると分かってホッと胸を撫で下ろしたのは今は昔の話である。
「でも相手があのヒュリア先生とはまた。美人であるのは俺も同意だけど、ただでさえ教師と生徒って絶妙な間柄だってのに」
ジーニアスの教師に女性は多くいるが、その中でもヒュリア先生が屈指の美人である事について、俺も異論はない。整った顔たちに加えて、ラピスらに負けず劣らずご立派な胸を備えてらっしゃる。あれで案外男子からは人気だったりするが、その内容は「叱られたい」やら「罵られたい」等、ちょっと上級者向けのウケ方であるのは、先生本人には絶対にバレてはならないだろう。
後ついでに、ゼスト先生からポロッと「あれでもうそろそろ良い歳なのに、性格きついからせいで男日照りだからなぁ」と心配されているご様子。もちろん口に出そうものなら自慢の火属性魔法で炙られるの必至である。
「──って、別にそんな俺は……」
否定しようにも語尾から力を失うアルフィは、仄かに頬が赤らんでいるように見えた。悪ノリで絡んでみたものの、親友の反応は満更でもなさそうである。
「まぁ、障壁が多いほどこの手の話は燃え上がるって聞いたしな。まぁ頑張れ」
「何をっ!?」
友人に訪れた季節外れな春の予感に、俺なりの鼓舞したのであった。




