第二百四十八話 空輸開始
「そっちはどうだ、ラピス」
「……うん。みんな、落ち着いたよ。リースが渡してくれた薬のおかげだ」
負傷した者たちの様子を見ていたラピスに問いかける。収納箱から治療道具を取り出して渡してあったので、合流した時点では辛そうだった怪我人の様子も今は落ち着いている。
「それで、狩人さんの様子は……」
「出血はあるが、このくらいならちゃんと飯食ってしっかり寝てりゃぁ問題ねぇよ。ただ、流石に動けねぇだろうけど」
一番の重傷を負っていた狩人は、俺が手当を施した。狩人自身を除けば、この中で一番の心得はあるのは俺だからだ。もっとも、心得があるとはいえやはり応急手当の域は出ず、もっと清潔な環境でしっかりとした治療を施す必要はあるだろう。
「くそ……面目ない。学生さんに怪我の世話をさせるなんて、俺も焼きが回ったか」
「とんでもない。貴方が咄嗟に動けない生徒を庇ってくれたから、これ以上の重傷者が出なかったんですよ」
悔しげに呻く狩人に、ラピスは咄嗟にフォローする。
負傷している生徒はカディナ達とはまた別の班で、合流した時点で既に魔獣によって負傷していたらしい。しかも運の悪いことに、怪我負ったのは班のリーダーで、その際に緊急信号の魔法具を落としてしまったのだ。
動けない生徒を支えながらどうにかこうにか移動し、命からがらにカディナ達の班と合流できたのは本当に不幸中の幸いであった。そうでなかった場合を考えると本当にゾッとする。
もはや考える余地なしと、緊急用魔法具を使おうとした矢先に、突如として魔獣が襲来。迎撃体制を整えるよりも早くに、動きが鈍い怪我人に魔獣が襲いかかる。咄嗟に狩人が割って入り、魔獣は仕留めたものの負傷してしまったのだという。そこからはミュリエルが土の壁を投影し、俺が空から駆けつけた際の目撃した光景のままである。
課外授業に向けて前年度以前の記録や、この近辺の資料にも目を通したが、少なくとも二十年から三十年は落ち着いた環境であったはずだ。
だからこそこの森が今年の課外授業の場として選ばれたのだが、森がここまで『変わる』のが想定外だ。最大限に悪い状況を想定した準備はしていたものの、それを超えている可能性は十分にあり得る。
不意に、通りの良い破裂音が木霊する。音の方を見やれば、遠く離れた空に様々な色に明滅する光の玉が浮かび上がっていた。どこかの班が緊急用の魔法具を使った証拠だろう。
「まずいな。こうなってくると、本営も手が足りねぇかもしれない」
既に本営に構えている教師や狩人たちも動いているだろうが、対処が追いついているかどうか。今の信号を皮切りに、他の班もこぞって使い出すのは十分に考えられる。
俺は短く考え、告げる。
「ラピス。自力で動けないのはこの狩人の他に何人だ」
「後二人かな。他は腕に傷くらいだから……なんで?」
「動けない奴らは、俺が担いで空から運ぶ」
俺の言葉に、カディナ達や狩人、班の面々が一瞬だけ言葉を失った。
「…………本気?」
「本気も大本気だよ。その代わり、お前らはギリギリまで自力で本営に向かってくれ。戦闘に参加できない奴らがいなきゃ、お前らも身軽だろ」
さしものラピスも俺の本気を伺うが、俺なりに導き出した最善を告げていく。おそらくアルフィを除けば、この班は学年で最高の戦力だ。森の奥から多少は強力な魔獣が出てきたところで対処はできるだろう。
「つっても、もしまた負傷者が出たら、魔法具は惜しむなよ。いや、悪い。ちょっと面倒な注文をしている自覚はあるけど」
「教師の手を一つでも空けるためでしょう。なんとかして見せます。
毅然としたカディナの言葉で、他の班員たちも腹を括ったようだ。
「……俺の耳が変じゃなけりゃ、空を飛ぶって聞こえたんだが?」
「申し訳ねぇけど説明は後で。なに、怖けりゃ目を瞑ってればいいんで」
狼狽える狩人を他所に、彼の装備を可能な限り外して、全てを収納箱に放り込む。少しでも抱える邪魔になったりバランスを阻害する重量を減らすためだ。消えていく装備にさらに動揺する狩人だが、これ以上は説明している時間も惜しい。
「無茶してる自覚はあるだろうけど……三人も抱えて飛べるの?」
「バランスさえどうにかできりゃ後は気合いでなんとかする」
負傷した生徒の怪我に触らないように両脇に抱え、狩人は背負い、収納箱から取り出した紐で胴体にくくりつける。魔力翼は邪魔になるので一旦は解除する。姿勢制御が荒くなるが、跳躍でどうにかするしかないだろう。
「カディナ。飛び立つ瞬間だけ、風で導いてくれ」
「了解しました」
「気をつけてね」
「リースが飛んでったら、私たちも移動する」
友人達の言葉を受け、見渡してから頷くと、俺は足元に跳躍の魔法陣を投影。一気に踏みつけると、増加された反作用で一気に上へと跳ねる。途中、カディナが風の通り道を作ってくれたおかげでスムーズに木々の高さを越えることができた。
「「「────ッッ!? ────ッ!」」」
俺が飛べるのを知っているだろう生徒二人も、全く何も知らない狩人も、おそらくは人生初である飛行で動転しまくりだ。声は残念ながら風に紛れて届かないが。
「叫ぶのはなるべく我慢しな! 下手に口開けると舌噛むぞ!」
大賢者を背中に乗せて跳躍で移動というのはあったが、あれは婆さんが幼女体型で軽いから問題なかった。さすがの俺も、人間を三人も抱えて飛ぶのは初体験である。
ついでに、魔力翼ではなく跳躍での滑空になるため普段よりもかなり荒っぽい飛行になるのは確実だ。とはいえ、緊急事態につき泣き言については黙殺させてもらう。
──後に、リースに空で運ばれたこの三人は語った。
地面を両足で踏み締めるありがたみを、あの日ほど味わったことは無い、と。




