第百八十七話 楽しくなってきました
ラピスやアルフィと違い、カディナの実力は未だに測りきれていない。二人に比べて決闘を行った数がほとんどなく、戦う様を見せたのはこの校内戦での予選のみ。果たしてどれほどの手札を隠し持っているか判別不能だ。
導き出した結論は一つ。
最初から本気で行く。
「超化ッッ!!」
圧縮魔力を胸に叩き込み、剛腕手甲と銀輝翼を即座に投影する。
と、戦闘準備が完了したところで、左手で防壁を投影し眼前に迫っていた風弾を弾き飛ばした。
舌打ちこそしなかったものの、魔法を放ったカディナの表情は険しい。
「……先程の今で、一度見せた手は通用しないわね」
「そういうこった。行くぜっ、飛天加速ッ!」
大量の魔力が圧縮されていた翼を一つ砕き、炸裂の勢いを推進力に変えて一気に飛び出す。
間違いなく、カディナは一筋縄では行かない。
テリアとの一戦で見せたように、確実に俺に向けての策があるはず。後手に回るとそのままカタに嵌められる可能性があった。
──先に一撃、大きなものを入れて主導権を握るっ!
「流石にそれは甘いわっ」
声が聞こえてきたのは背後。猛速で肉薄して魔力の手甲を叩き込もうとした俺ではあったが、軽やかなカディナの身のこなしで空を切った。初手で仕留められるとは思ってはいない。
「飛天加速・第二撃ッ」
地面に靴を擦りながら体を反転し、二枚目の翼を砕く。再び急加速し接近する俺を、カディナは驚愕も悲嘆もなく冷静に見据えている。一秒もせずに拳が届く間合いの中で、彼女はどこまでも落ち着いて魔法を投影していた。
「風鎧」
二発目の魔拳も、軽やかに舞うカディナの肉体を捉えるには至らなかった。
今のは純粋な身体能力による動きではない。そして今の魔法は防御するためのものではない。鎧のように纏った風を操作することで、自身の機動力を増すものだ。
兄カイルスとは違う。あの時は俺が風に煽られて拳の軌道を逸らされたが、妹のカディナは逆に自身の体に風を纏うことで機動力を向上させているのだ。
「残念ながら今の私では、魔力の爆発で加速するあなたを動かせる風を咄嗟には操れない。こうして対面して、つくづくお兄様の偉大さが分かるわ」
銀輝翼を作り直す俺から離れた位置で、カディナは周囲に気流を巡らせる。三度目の飛天加速を使わなかったのは、考えなしに飛び出したところで簡単に拳が届かないと分かったからだ。
「でも、風を纏って自身の速度を上げれば、見てから避けるのも不可能ではない」
「ミュリエルが前に使ってた爆裂のあれか」
「あれほど体を張った回避法を使う勇気はないわ」
程度の差はあれ似たようなものだ。ただ、風魔法は今のカディナのような己にも作用する形で扱うには適した魔法ともいえた。
「今のは風鎧が通用するかの実験。次からは容赦無く攻めさせてもらうわよ」
「そいつは実に楽し──」
俺の言葉の途中で、カディナは両手を後ろに回すと風魔法で一気に自身の体を押し出した。出鼻を挫かれた俺は咄嗟に迎え撃とうと剛腕手甲を振り下ろす。ところが彼女は俺の間合いに入る直前に今度は自身の真下に向けて撃ち、反動で飛ぶと俺の上を通過する。
「んなぁっ!?」
「風槍ッッ!」
俺の頭上を通過したカディナはそのままこちらの背後を取ると、中級の風魔法を投影。風の槍が俺の背中に直撃する。
「がぁっ!」
開幕早々にかなりいい一撃を喰らってしまった俺は、そのまま前方に投げ出される。とはいえ、一発程度で根を上げるほど柔な鍛え方はしていない。自慢ではないが、他の魔法使いに比べれば頑丈である自信がある。
「貰った──ッ!?」
「させるかよぉ!」
さらに追撃を仕掛けようと魔法を投影するカディナだが、次の瞬間には目を見開く。俺が地面に倒れ込むより振り向き、銀輝翼を装填した重魔力砲の銃身を彼女に向けていたからだ。
「くっ──」
「吹っ飛べっ!!」
魔力砲弾と風の砲弾が空中でぶつかり合い、内包された圧力が炸裂。撒き散らされた衝撃に煽られ、俺とカディナはそれぞれ逆方向に弾かれる。
俺が地面を剛腕手甲で叩いた反動で体勢を立て直すと、カディナは纏った風を操って難なく両足から着地した。
「他の魔法使いなら今ので決まっていたのに、呆れた頑丈さね」
「毎日欠かさず鍛えてるからな──ゲホッ」
両手を翳しながらも、呆れ果てるカディナ。俺も喉に溜まっていた空気を吐き出しながら、拳を構え直した。
どうしてカディナが普段の制服ではなく、改造制服を着ているのか合点がいった。普通の魔法使いが前後左右──つまりは二次元的に動くところを、彼女は上下も含んだ三次元軌道を見せている。その激しい動きを阻害しないように、身軽でいるためだ。
確かに、男子の制服は激しい動き回ってもさほど影響はないが、女子の制服姿では色々と窮屈であろう。特に普通にスカート姿ではまずい。下から覗いたら色々と見えてしまう。半ズボンのような服を履いて正解だ。それにしても少し肌にぴっちり纏い過ぎな気がしなくもない。
と、平時の俺であればその事実を知った時点で少し浮つくところだが、今はむしろ別の意味で高揚していた。
カディナが見せた今の動きは、俺の加速や飛天加速と同じ。服装ひとつ、動きひとつとっても、カディナの『本気』がひしひしと伝わってくる。
試合が始まる前から分かり切っていたことだが、改めて再認識する。
カディナ・アルファイアは強敵だ。油断すればこちらが負ける。
「いいぜ、楽しくなってきやがった!」
その事実が俺を熱くさせていた。




