第百四話 突撃真夜中の婆さん家──みょうちくりんなポーズをしてました
「婆さん! ちょっと助けてくれ!!」
「うぉぉっ!? ちょっ、お前いきなりどうしたんじゃ!?」
俺が婆さんの家に飛び込むと、婆さんは妙ちくりんな格好で床に伏していた。どうやら婆さんなりの健康体操をしている最中だったようだ。
──しばらくお待ちください。
「……して、何の用じゃこんな夜中に」
「あーうん、相談したいことがあってさ」
婆さんの淹れた茶を啜って、ようやく落ち着くことができた。
──ラトスの話を聞いた後、俺はしばらく自室で悶えていた。
コレまでは意識的にラトスが『女の子』であることに触れないできた。ラトスも俺が性別に気が付いていたことは知らなかったし、理由は分からずとも女の子が『男』を騙っている以上、相応の覚悟があると思っていたからだ。
ラトスが自身の過去を明かしてからもそれは変わらなかった。なるべく今まで通りの接し方のままでいようと努めていた。シャツを盛り上げる特大のおっぱいに目が吸い寄せられたが、あえてそこをからかうようにして──本心でもあったが──どうにか普段通りの態度でいようと努力していた。
そこに、おっぱいにサラシを巻く手伝いだ。
ラトスと話している間は理性を総動員してどうにか冷静を保ったが、彼女が出て行った途端に限界が訪れた。鼻血が出るかと思ったわ。というか、むしろ何故出なかったのか不思議なくらいだ(身体中鍛えていたので鼻の血管も丈夫だっただけかもしれない)。
とはいえ、しばらくベッドの中でシェイクダンスを踊っていた俺も時間が経てば多少なりとも冷静さは取り戻す。
ベッドから起き上がり、端に座った俺はラトスの話を改めて思い出した。
ガノアルク家のこと。
亡くなった兄のこと。
跡取りのこと。
父親のこと。
そして……婚約と退学。
学校の勉強で良い点数を取る頭の良さがあっても、こんな話に面してしまえば役に立たない。どれだけ悩んでも何も思い浮かばなかった。
そもそも悩むという行為は、答えを導き出すための思考だ。導き出す答えそのものが曖昧な現状では悩むだけ意味が無い。
どうやら、ラトスの話を聞いた結果、ラトスと同じような状態に陥ってしまったようだ。
ただ唯一、俺の中には明確なものがあった。
ラトスの力になってやりたいという、俺自身の意思だ。
それが友情からくるものなのか、あるいは別の感情からか、自信を持っては言えない。それでも、彼女を助けてやりたいという気持ちに偽りはなかった。
だから俺は必死になって悩んだ。
ラトスに俺は何をしてやれるのか。
この十年間、強い決意を以て過ごしてきた彼女に、俺は何ができるのか。
悩み悩んで悩み抜いた結果──。
「──年長者の知恵を借りることにしました」
「……かっちょわるいのぉ、おぬし。途中まではかっこよかったのになおさら残念じゃよ、ほんに」
一通りの説明が終えた後の俺の正直な吐露に、婆さんは呆れた声とジト目をくれました。
──そんなわけで、日も落ち空が眩んできた中、俺は急ぎで黄泉の森──大賢者の家に来たのである。
時間が惜しかったので、普段の長距離用跳躍では無く、超化を使っての連続飛天加速だ。夜が深くなる前にどうにか辿り着いたが、おかげでごっそりと体力を消費して凄く疲れた。
「そもそも俺って人の悩みとかあんまし聞いたこと無いし」
「お主の場合、悩みを解決するよりも悩みを作り出す側じゃからな……」
失礼な。俺は日々を面白おかしく楽しく生きていこうとしているだけなのに。
「いや、俺だって話を聞かされた手前、どうにかしてやりたいと思ったわけよ。けど、俺だとどうしても『父親ぶっ飛ばす』って結論にしか辿り着かなくて」
「それをちゃんと思い止まる辺りの冷静な判断力は残っておったのか」
「だって相手は現貴族の当主だぜ? 権力的にも実力的にもまだ及ばないし」
貴族の当主というのはつまり、一族を束ねる魔法使いの長。言い換えれば、一族最強の魔法使いとも言える。頭が良い、というだけでは当主の座に納まることはできない。
中には魔法使いの技量では無く、政治的な采配を認められて当主になる者もいるようだが、その場合は必ず側に一族最強格の魔法使いが控えている。
俺はジーニアス魔法学校一年生の間では最強格なのであろう。だが、所詮はそれまで。上には上がいるのを忘れるほど、自惚れているつもりもなかった。
「実力的に及んでいたらやっちまいそうじゃの、お主」
「………………」
「黙るな、不安になってくるじゃろ」
大賢者はまたも溜息をついた。
そう、婆さんは『大賢者』。
つまりは『賢き者』。頭の上に大がつくくらいに。
『下手な考え休むに似たり』との言葉通り、当てもなく悩み続けていては単なる時間の消費だ。だったら、俺よりも十倍以上の年月を生きている大賢者に助けを求めた方が手っ取り早い。彼女ならば、俺では考えつきもしない画期的な解決策を導き出してくれる──といいなぁ。
「まぁ良いじゃろ。可愛い弟子の頼みじゃ。少しは知恵を貸してやろうかの」
「本当かっ!?」
予想外に簡単に話が進み、逆に驚いてしまった。てっきり、もう少し渋ってくるとばかり思っていた。
「とは言うがの、一から十までは面倒を見んぞ。それではお主の為にならんからの。そうじゃな、最初の一か二の切っ掛けくらいは手伝ってやる」
「それだけでも十分だ」
知恵を借りに来たのは間違いないが、全てを婆さんの世話になるつもりは無かった。
婆さんの言葉通り、欲しいのは解決策に至までの最初の一歩。その切っ掛けが欲しいのだ。
婆さんは顎に指を当てて少し考える。
「ふむ……どうにもこうにも、まずはそのラトスっちゅぅ女子がどうしたいのか、というのが一番最初に来るか」
「やっぱりそこからかぁ」
「このくらいはお主も分かっていたようじゃな」
そりゃさすがにな。ラトスが今後、本当にどうしたいのか。何を求めているのか。それが分からなければ目的地を見つけることも、そこに至る道筋すら不明になってしまう。
「そうじゃな……色々と一緒くたにして考えるから頭の中がこんがらがるんじゃよ。もっと理論的に順序よく、そして素直に考えてみてみぃ」
「……言葉だけ聞くと、非常に面倒くさそうだな」
「人の悩みというのはな、案外聞いただけじゃ面倒に思えて、整理して考えると案外シンプルな答えに行き着くもんじゃよ。
真にその娘が求めているのは何か。それを導き出せ。全てはそこからじゃ」
腕を組んで考え込む俺を一瞥してから、婆さんは椅子から立ち上がった。大きなヒントはこれで終わり、という感じだな。
「ま、時間はあまりないようじゃが、かといって今日明日というわけでもないじゃろ。今日はもう遅いから泊まっていけ。それでじっくり考えろ。答えは出せんが、多少の助言はしてやろう」
──婆さんに言われるまま、俺は婆さんの家で夜を明かした。
そして、多少なりとも次の行動を見出すことができたのだった。
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