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番外編:ルーの主張1

猫のルー視点となりますので、本編とはかなり雰囲気が違う話になっております。そのため、登場人物のイメージが違う場合もございますので、ご注意ください。

 今日も朝からピーチクパーチク元気だなあ。もう、目がさめちゃったよ。

 とってもいい匂いのするローズのそばからちょっとだけ離れて、ぎゅっと伸びをして大あくび。

 んー。やっぱりもう一回寝ようかな。ローズのお隣で寝るのはとっても気持ちいいから。

 そう思ったけど残念。ローズも起きちゃった。

 ローズはあたしと違って寝起きがとってもいいから、もうしっかりおめめが開いてる。

 この優しい茶色のおめめに見つめられると、とってもあったかな気持ちになるんだよね。

 でも最近は悲しそうにしていることが多くて心配。なんとかして笑ってほしいな。


「おはよう、ルー」

『おはよう、ローズ』


 起き上がったローズの温かな手に頭をこすりつけると、優しく撫でてくれる。

 ローズの手は少しだけざらざらしてて、ママに舐められてるみたいで幸せ。

 ママや兄妹のみんなに会えないのはつらいけど、ローズがいるから大丈夫。

 ローズはあたしを助けてくれて、悲しんでるあたしを慰めてくれて、可愛がってくれるから大好き。

 ローズにあたしの言葉が通じればいいのになあ。そうしたら、この気持ちをいっぱいいっぱい伝えられるのに。


「おはようございます、ローズ様。あら、まあ、またルーをベッドに入れられたのですか?」


 ああ、うるさいマリタがきた。悪い人間じゃないけど、ちょっと口うるさい。

 あたしとローズが仲良くしてるのがうらやましいのかな。

 でもね、ローズのことが大切なのはわかるけど、だったら泣いているローズをほったらかしにするのは良くないと思う。

 夜に一人でこっそり泣くローズは誰にも知られたくないのかもだけど。それをマリタは気付いているのに、知らないふりをするんだから、人間ってめんどくさい。

 だからあたしがどうにかしないと。もうローズには悲しんでほしくないから。


『まかせてね、ローズ!』


 にゃあと一声鳴いて、力をつけるために用意してくれてるご飯を食べに向かう。

 固いものだって食べられるようになったあたしは、もう立派な大人。ミルクは卒業したの。

 でもまあ、たまには飲んでもいいけど。ううん、毎日飲んであげてもいいけど。

 だって、大人だからね。用意してくれたものを残すのは良くないから。一滴も残さないの。

 ペロペロとお皿の隅々まで綺麗に舐める。


「今日も綺麗に食べたわね。えらいわ、ルー」


 ドレスに着替えたローズが毛づくろいを始めたあたしの所にやって来て褒めてくれる。

 そうよ、あたしはえらいのよ。ローズの悩みもすぐに解決してあげるんだから。でもその前にちょっとだけ、お昼寝するの。だからちょっとだけ待っててね。


 んー。それにしても、今日は本当にうるさいなあ。

 なんだか色々な人がローズのお部屋に来てるみたい。

 ちらりと目を開けてみると、ローズとマリタが困った顔をしてる。

 もう、また迷惑な人間が来たのね。

 やれやれと起き上がって、ぎゅっと背伸びして、大あくび。それからローズたちの前に進み出る。


『もう、あなたたち! ローズが困ってるのがわからないの!? 無理にプレゼントを押し付けないでよね! あんまりしつこいと、あたしのこの鋭い爪で引っかいちゃうから!』


 ちょっと毛を逆立てて脅しつけたら、迷惑な人間は慌てて帰っていったわ。ふふん。

 今日はこのくらいで許してあげる。

 満足して毛づくろいを始めたあたしを、ローズは抱き上げて撫でてくれる。

 いいのよ、感謝してくれなくて。大好きなローズのためなら、なんだってするんだから。

 遠慮ばっかりの優しいローズの代わりに、あたしが言いたいことを言ってあげるの。

 キャロルっていう意地悪な人間にまで優しいのにはちょっと呆れちゃったけど、あたしがしっかりしてれば大丈夫。ちゃんとルバートには言いつけたからね!


 ローズの腕の中で気持ちよく喉を鳴らしていたら聞こえた足音。

 これはルバートだ!

 急いでローズの腕から飛び降りて、チェストの下に隠れる。

 だって、ローズはルバートが大好きなんだもの。

 なのにルバートは〝おうさま″って仕事が忙しくて、あんまり会えないみたいだから二人きりにしてあげるのよ。

 あたしがいると、どうしても二人ともあたしに気を取られちゃうから。可愛いって罪ね。


 チェストの下で様子を見ていたら、やっぱりルバートがやって来た。

 ほらほら、マリタ。さっさと下がりなさい。

 ああ、でも、でも……やっぱりルバートに撫でてもらいたい!

 なんでかなあ。我慢できないよ。


 チェストの下から出て、ルバートの足にすりすり頭をこすりつける。

 撫でて、撫でて、抱っこして!

 だって、ほら、ルバートに言わなきゃいけないことがあるからね。

 抱っこしてくれたルバートに一通り撫でられてから、にゃおんと鳴いて訴える。


『ルバート、ローズがね、明日か明後日にはエスクームに帰るって言うの。そんなのダメだよね? ぜったいダメだよね?』


 あたしが必死に鳴くと、ルバートは撫でてくれていた手を止めた。

 それからローズをまっすぐに見つめる。


「……あなたは国へ帰られるつもりか?」


 うんうん。あたしの言葉が通じたみたい。よかった。

 ほらほら、ダメだって言わないとね。ずっと一緒にここで暮らそうって。

 それなのに、なんでローズはまだ帰るって言うの? ルバートの声がきつくなるのはなんで?

 あたしにはむずかしい言葉で話してるからわかんない。でもケンカはダメだよ。仲良くしよう!

 あたしが抗議の鳴き声を上げたら、ルバートはそっと下ろしてくれた。

 ちがう、ちがう、そうじゃないの。どうして二人ともつらそうな顔をしてるの? 悲しいならケンカしなければいいんだよ。今からでも仲直りすればいいのに。


『待って! ルバート!』


 部屋から出ていこうとするルバートを追いかけたら、扉の前で止まってくれた。

 よかった。仲直りする気になったんだ。

 そう思ったのに。

 結局、ルバートは出て行っちゃった。

 ひどいよ、ルバート。ローズがこんなにも悲しんでるのに。


「こら、ルー。ダメよ」


 どうにかローズを慰めたくて、近づきたくて、スカートを登ってたら、ローズに怒られちゃった。

 違うよ、いたずらじゃないよ。そりゃ、ひらひら動くスカートは気になるけど。

 そう訴えるあたしを、ローズはぎゅっと抱きしめた。

 ああ、ほら。やっぱり、悲しいんじゃない。

 どうして我慢するの? 泣くのも我慢するなんておかしいよ。

 もう、やっぱり、ここはあたしの出番ね。


 ルバートからもらったお花をしばらく見てたローズは少しだけ元気になったみたいだから、あとはマリタに任せても大丈夫。

 ルバートったら、お花なんて食べられないものじゃなくて、おいしいものをプレゼントすればいいのに。チーズとか、柔らか鶏のササミとか、魚のフレークとか。

 ホント、女心がわかってないんだから。ここはひとつ、あたしが言ってあげないと。

 前から計画してたことを実行する時ね。


 ローズの部屋からマリタたちの部屋へ行って、もう一つ部屋を抜けて、こっそり廊下に出る。

 うん、誰も気付いてない。

 ローズの部屋で暮らし始めてから、一度も外には出たことなかったけど、大丈夫。

 もうあたしは大人だからね。

 うるさいあの子たちのおしゃべりも聞いて、情報収集もばっちり。

 ええと、たぶん、こっちね。ルバートの匂いが残ってる。


 ルバートは昼間は少し遠い場所で仕事してるんだって。

 廊下の隅っこを進んでたら、時々人間とすれ違う。

 別に怪しいものじゃないのよ。だからそんなにジロジロ見なくてもいいじゃない。

 ああ、もう。迷子じゃないの。だから追ってこないで!


 見たことのある人間……ルバートの伝言をいつも届けに来る人間に追いかけられて、いっぱい走る。

 それから人間を引き離したところで、ルバートの匂いを見失っちゃった。もう!

 でも大丈夫。あたしは大人だから、慌てないの。

 こういう時は落ち着いて、えーとね、うん、あっちから美味しそうな匂いがするから行ってみよう。この匂いは魚を焼いているんだな。


 魚の匂いにつられてふらふら歩いていると、目の前にひらひらと白いものが飛んでいった。

 あ、知ってる! あれはチョウチョ!

 どうにか捕まえようと頑張ってみたけど、むずかしい。もう、そんなに高く飛ぶなんて卑怯だよ。

 今回は見逃してあげることにして、ぷいっと背中を向ける。

 しっぽをぶらぶらさせて、辺りを見回して、さて、ここはどこかな?

 えーっと、ルバートの匂いは……。あ! この匂い!


 きらきら光る建物からふんわり匂ったのは、さっきも嗅いだばかりの匂い。

 近づいて、中を覗いてみたら、やっぱりあった。

 たくさんの綺麗なお花が咲いてる中で、一番綺麗なお花。

 色んな種類があるけど、ひとつ分のスペースが空いているのはルバートがローズにプレゼントしたからだね。

 美味しいものじゃないのは残念だったけど、まあ綺麗だから良しとしよう。


「ああ、やっぱりルーじゃないか」


 いきなり後ろから声をかけられたからびくっとして、毛が逆立っちゃった。

 でもすぐに方向転換。にゃあと鳴いて駆け寄る。


『エリオット!』

「ここで何をしてたの? ひょっとして、迷ったのかな?」

『ちがうよ! ルバートをさがしてたの! ルバートの居場所を知ってる?』

「ごめんね、ルー。僕には君の言葉はわからないんだ。レイチェルがいれば、こういう時に助かるんだけどね」


 あたしを抱っこしてくれて、優しく撫でてくれながら呟いたエリオットはとっても残念そう。

 うん。あたしも残念。鳥たちからレイチェルって人間の噂は何度も聞いたから。

 あたしたちの言葉を理解してくれる、とっても楽しくて優しい人間なんだって。

 ルバートはあたしたちの言葉がわかるのに、わからないふりをしてるから、馴れ馴れしくしちゃダメなんだって。うるさいあの子たちが言ってた。そんなの変なの。

 そうそう、もうすぐレイチェルが来るらしいんだよね。すっごく楽しみ!

 嬉しくなってにゃあって鳴いたけど、エリオットは綺麗なお花をじっと見てた。

 でも、その顔はなんでか悲しそうで、つらそうで心配になる。まるでローズみたいだよ。

 いつもエリオットは明るく笑ってるのに、どうしたの?

 にゃおんと鳴いて訊いたら、エリオットははっとして、それからまたあたしを撫でてくれた。

 別に催促したわけじゃないんだよ。でも、気持ちいい。


「さて、ローズ様が心配なされているといけないから、部屋に帰ろうか?」


 って、ちょっと待って。あたしはルバートに用事があるの!

 そう訴えてみたけど、エリオットにあたしの言葉は通じなくて、結局ローズの部屋に戻されちゃった。

 ううん。ひょっとしてエリオットはあたしの気持ちはわかってたかも。それでも連れ戻されたのは、あたしを追いかけたあの人間がどうやらローズに伝えちゃってたみたい。

 いなくなったあたしのせいで本当に心配かけてた。ごめんね、ローズ。

 今日はもうおとなしくしておくよ。




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