14
翌日は朝から驚くことばかりだった。
ローズが朝食も終わらせないうちから、様々な催しへの招待状が届くのだ。
なかには詫び状なるものもあって、昨日の非礼をお許し下さいと書かれていたり、謝罪の印だったりお近づきの印だったりする贈り物までが届いた。
さすがに贈り物は受け取れないと断っているのだが、それもなかなか難しい。
「ローズ様がエスクームへお帰りになることを、惜しんで下さっているのでしょうかねえ」
これまでにない盛況ぶりに、内容を知らないマリタが首を捻りながら呟いた。
彼女には朝になって一番に近々国へ帰ると伝えたばかりなのだが、どうやら昨日の昼食会で夫人達には伝えたのだと思ったらしい。
ローズは曖昧に微笑んで、こっそりため息を吐いた。
きっとルバートかエリオットがまた庇ってくれたのだろう。
その優しさにどうやって応えればいいのかわからない。
自分にいったい何が返せるのかと思い悩むローズの許へ、ルバートが突然前触れもなく訪れた。
「陛下……」
驚くローズに、ルバートは美しい花を咲かせた鉢植えを差し出した。
「奥宮にある温室で咲いていたものだ。あなたは花が好きなようだから、これなら部屋でも楽しめるだろう?」
「すごく……嬉しいです。ありがとうございます」
可憐に咲く花を見るふりをして真っ赤になった顔を伏せ、ローズはもごもごとお礼を言って受け取った。
生まれて初めて、しかもルバートに花を贈ってもらえたことが嬉しくて、どうしようもなく胸が高鳴り心が浮つく。
薄紅色のカトレアは、ローズが今まで見た花の中で一番に綺麗だと思えた。
だがルバートにとっては大したことでもないのか、足元にすり寄って来たルーを抱き上げ撫でている。
応えてルーが鳴いた。
「……あなたは国へ帰られるおつもりか?」
いきなり問われて、鉢植えを飾り棚に置こうとしていたローズは動きを止めた。
しかし、すぐにそっと鉢を置いて振り返る。
「明日か、明後日には、発ちたいと思っております。すっかりお世話になっておきながら、何のお礼もできず、ご迷惑をおかけするばかりで申し訳ありませんでした。ですが、国へ帰って従妹に陛下の素晴らしさを伝えれば――」
「従妹なんてどうでもいい。私はあなたに結婚を申し込んだんだ」
なんとか気持ちを落ちつけて答えていたローズの言葉をルバートが鋭く遮る。
それでもローズは怯みそうになる心を笑顔で誤魔化し、再び口を開いた。
「昨日も申しましたが、わたしにはお受けすることはできません」
「だが理由は言わなかった」
「それは……」
昨日は逃げるように執務室から退室してしまった。
その時は引き止められることもなく何も言われなかったので、てっきりそれで終わったのだと思っていたのだ。
ローズがどう答えていいかわからず言葉に詰まっていると、ルバートはさらに問いを重ねた。
「もしかして、国王から何か言われているのか?」
「い、いいえ」
「亡くなった夫君が忘れられない?」
「違います」
「では、私の妃になるのが嫌なのだろうか?」
「まさか! そうではないのです! わたしは……」
続いたルバートの最後の問いをローズは慌てて否定した。
どうかこれ以上追い詰めないでほしい。
このまま夢のような時間を手放したくなくて、また嘘をついてしまいそうになってしまう。
そんな迷いを振り払うように、ローズは一度深く息を吐き、顔を上げてルバートを真っ直ぐに見つめた。
「わたしは、子供を産めません。ですから、陛下のおっしゃる取り引きを成立させることができないのです」
精いっぱいのローズの告白に、ルバートはかすかに驚きを見せたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。
そして軽く首を傾げる。
「あなたが結婚していたのは、一年と半年ほどだろう? それで子が出来ぬと判断するのは、少し早計ではないか?」
確かに、ルバートの言う通りかもしれない。
だが、ローズは悲しげに微笑んで答えた。
「ビスレオは――夫はとても子供を欲しがっていました。ですが、結婚から半年たってもわたしが身ごもることはなく……それで……」
それ以上は恥ずかしくて詳しく言うことはできなかった。
結婚から半年後、ローズはマリタに付き添ってもらい、隣村に住む評判の薬師を訪ねたのだ。
しかし、まじない師のような怪しげな姿をした老婆は、ローズを目にした途端にしわがれた声で言った。
『あんたには無駄でしかないさね。さっさと帰った方がええ』
その言葉に酷くショックを受けながら、それでもローズは頼み込み、身ごもりやすくなるという薬湯を煎じてもらって毎晩飲み続けた。月のものからの計算方法も聞いて、その時期は恥をしのんでローズからビスレオを誘いもした。
本当は苦しく耐えがたかったが、あの頃はローズ自身も本当に子供が欲しかったのだ。
ただ心から愛情を注げる存在が欲しいという理由だけで。
ローズの重い心と同様に、室内は重い沈黙に包まれていた。
そこに、ルーの不満げな鳴き声が響く。
ルバートは抱いていたルーをそっと床に下ろし、蒼白な顔のローズに視線を向けた。
その藍色の瞳に感情は見えない。
「私は気にしない、と言えればいいのだが……私の立場がそれを許さない」
「はい」
「エスクームに対する援助についてはすぐにでも検討しよう。だが結論を出すには少々時間が必要だ。あなたの意見も必要となるだろうから、やはり当分はこの王宮に留まって欲しい」
「ですが……」
ためらうローズにかまうことなく、ルバートは踵を返した。
二人とも腰を下ろすことなく立ったままだったことにローズは気付いたが、今さら何もできない。
ルバートは扉の前で足を止め、振り向いた。
「ロザーリエ殿、あなたに非はないんだ」
そう静かに告げて、ルバートは部屋を出て行った。
ローズは何も言わず、出来ず、その場に立ち尽くしていた。
そんな彼女のドレスの裾にルーがじゃれついて遊んでいる。
「こら、ルー。ダメよ」
ついには細い爪を立てて、スカートを登り始めたルーを抱き上げ、ローズは小声で叱った。
抗議するように鳴くルーをぎゅっと抱きしめ、その温かな体に頬をすり寄せる。
夢はすっかり醒めてしまったのだ。
それでも、ルバートは今まで黙っていたことを怒ることもなく、冷静に、むしろ同情的に受け止めてくれた。
それどころか、エスクームへの援助まで検討してくれるという。
どれだけ感謝しても足りないほどの恩義に、どうやって報いればいいのかわからない。
ローズはルーを抱いたまま、飾り棚に近づいた。
現実がどんなにつらくても、もう目をそむけてはいけないのだ。
美しい薄紅色の花を見つめながら、ローズはぐっと涙をのんだ。




