第3話 支配の連鎖、歪んだ愛の螺旋
その夜以来、私たちの関係は不可逆的に変質した。もはや、それは父と娘という単純なものではなかった。それは、支配と服従、与える者と受け取る者、そして互いを渇望する二つの魂の、倒錯した共依存だった。
私は、妖魔を討伐する宝生家の次期当主として、昼間は完璧な仮面を被っていた。厳しく、強く、誇り高い。人々が私に求める「宝生家の女」を演じきった。だが、夜になると、その仮面は溶けて消え去る。父の書斎で、あるいは彼の寝室で、私は首輪をつけた一匹の「犬」となるのだ。
父は、私の前で弱い男ではなかった。彼は、私を従わせ、私の自由を奪い、そして私を深く愛する、絶対的な支配者だった。彼の視線は、私の体の隅々までを貫き、彼の声は、私の心臓の鼓動すら支配する。私は、その支配に身を任せるたびに、言いようのない安堵と歓喜に包まれた。
「美咲。座れ」
父の短い命令に、私は反射的に床に膝をつく。彼の足元にひれ伏すその姿は、メイドたちが見たら卒倒するようなものだろう。だが、私はその屈辱の中に、甘美な快楽を見出していた。
「よくできました」
父は、私の髪を優しく撫でた。その手つきは、まるで愛犬を褒めるかのようだった。その瞬間、私の体は震え、熱いものが喉の奥からこみ上げてくる。ああ、この温もり。この褒め言葉。これこそが、私が求めていたもの。母が知っていた、本当の愛の形なのだと確信した。
しかし、ある日、私は気づいた。この関係は、一方的な支配ではない。私が父を「支配」しているのだと。
父は、私が求めたから、私を支配している。私が「散歩」を望んだから、彼は私に首輪をつけた。私が「躾け」を望んだから、彼は私を「犬」にした。彼は、私の欲望の奴隷だった。
私が父に見せた、あの従順な表情。それは、母が父に見せていたものと同じだった。だが、母のそれは、父の支配に対する心からの服従だった。私のそれは違う。それは、父を支配するための、究極の武器だった。
「お父様」
私は、父の膝に顔を埋め、彼の腕の中に身を委ねた。
「私、あなた以外、誰もいらない。あなただけが、私の全てなの」
そう囁くと、父の体は大きく震えた。彼の腕の力が、さらに強くなる。その抱擁は、私を深く愛する男のそれではなく、まるで、唯一の拠り所を失うことを恐れる子供のようだった。
父は、私が抱く歪んだ愛を理解しているのだろうか。それとも、ただ、娘の甘えだと勘違いしているのだろうか。どちらにせよ、もはやどうでもいいことだった。私は、この愛の連鎖を、この支配の螺旋を、永遠に手放すつもりはなかった。
私の妖魔討伐の腕は、ますます冴えわたっていた。それは、父への愛と、歪んだ支配欲に突き動かされた結果だった。私は、より強い妖魔を求め、より危険な戦場へと向かった。そうすることで、私は父に「褒美」を要求する権利を得る。そして、その褒美が、私たちの関係をさらに深く、官能的なものへと変えていくのだ。
ある日の夜、私は書斎で、父を椅子に縛り付けていた。父は、何の抵抗もせず、ただ私を見つめている。その瞳には、恐怖ではなく、熱狂的な愛が宿っていた。
「お父様。今夜は、私があなたを躾けてあげる」
私は、父の首に、私が倒した妖魔の皮で作った、新しい首輪をかけた。それは、母のそれよりもずっと固く、冷たい感触だった。父は、私の行動を、ただ静かに受け入れた。
そして、私は、父の唇にそっと、自分の唇を重ねた。それは、娘が父にするキスではなかった。それは、支配者が被支配者にする、官能的な、そして、冒涜的なキスだった。
父の体が、私のキスに応えるように、熱を帯びていく。その時、私は確信した。
ああ、母は、この関係の末に、死を選んだのだろうか。この甘く、そして恐ろしい、愛の呪いから逃れるために。
だが、私は違う。私は、この呪いを、永遠に手放さない。
私は、この歪んだ愛の螺旋を、どこまでも昇り続けるだろう。そして、その先で、父の心と体を、完全に、そして永遠に、私のものにするのだ。
私は、この世界で最も強く、そして、最も哀れな、一匹の「犬」だった。そして、この世界で最も弱く、そして、最も尊い、一人の「ご主人様」を、私は決して手放さない。




