テレビのセカイ(1500文字)
若者のテレビ離れが深刻化しているという。
なんでも今の若者の主流はインターネットで生配信される動画や、実況放送とかいうものらしい。
しかし、もう若者のめまぐるしい思考について行けなくなった中年世代の俺にとって、そんなことはどうでも良かった。
だが、その余波はやがて俺の唯一の趣味であるテレビ観賞にも影響を及ぼし始めた。
若者がテレビを見なくなったことにより、全体的な視聴率が低迷し、テレビ番組に出資するスポンサーがみるみる減ったのだ。
テレビ業界はこの事態を打開すべく、ある方針を打ち出した。
その方法というのはバカみたく単純で、一社辺りのスポンサー料をガクンと減らし、提携する社数そのものを増やしたのだ。
そのせいで番組の合間に流れるCMの時間は数年前までの倍以上の長さになり、一時間番組の三分の一以上をCMが占めるようになった。はっきり言って異常である。
俺はため息をつくとテーブルにあるリモコンを操作し、チャンネルを変えた。
するとちょうど俺が毎週楽しみにしている刑事ドラマが始まった。
ほんの少しだけ俺は居住まいを正すと、頬杖をつきながらドラマを見始めた。
しかし物語が進むにつれて、俺はある違和感を覚えた。何故かCMの時間がほとんど無くドラマがサクサクと進行しているのである。
俺は半ば不思議に思いながら眺めていたが、このドラマはそこそこ視聴率の高いものだということを思い出し、それなりに大手のスポンサーでも付いたのだろうと勝手な理由をつけ、ドラマに没頭していった。
そしてテレビの中では、二人組の刑事が犯人を待ち伏せる張り込みのシーンへと変わった。
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《警部、奴の動きは?》
《いいや、まだだ。それよりちゃんと朝飯買って来たのか?》
《もちろんです。警部の大好きな雪永乳業のミルクコーヒーと、川崎製パンのこしあんパンです!》
《おぉ、ちゃんと覚えててくれたのか。この雪永乳業のミルクコーヒーはカロリー控えめのちょうど良いほろ苦さと、川崎あんパンの十勝産の小豆をふんだんに使ったこし餡の甘過ぎない後味が絶妙にマッチするんだよなぁ〜》
《あ! 警部、奴が出てきました!》
《何ぃ!? くそっ、あいつ逃げるつもりだ!》
《自分は走って奴を追います! 警部は車で先回りをお願いします》
《おい、大丈夫なのか?!》
《任せて下さい。このエディダスのランニングシューズは有名アスリートの監修の下、綿密な運動科学に基づいて作られてますから、人間の瞬発力と持続力を限界まで発揮できるんです! 警部こそ、大丈夫なんですか?》
《何を言う! このボンダ社のニューモデルの車はこれまでより加速性も燃費も格段に向上し、自動ブレーキサポートも完備されているから事故に遭う危険性もほとんどない! 安心してお前は追えばいい!》
《はい警部! あっ、見てください! あいつ手にJELの先得予約チケットを持っています!》
《何だと! 奴め、今格安プランが大好評中の国外へ高飛びするつもりだな! 追うぞ!》
《待てぇぇー!》
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俺はしばらく呆然としていたが、無言のままリモコンを手に取り、プツリとテレビのスイッチを切った。
そしてため息混じりに小さくぼやいた。
「明日、パソコンでも見に行ってみるか……」




