【第11話】青年は、約束の日、姫の過去と侍女の願いを聞く
僕の名前はエフト。
ついに国王陛下とイーファ姫様との約束の期日となりました。
たったひと月のことでしたが、長い、とても長い期間だったように感じます。
生まれて初めて魔法が成功した後、カシムさんとラーナさんに見てもらい、ひたすら魔力調整の訓練をしました。
特訓中、何度も『失敗』してしまいましたが、昨日ついに魔力調整を身につけることが出来ました。
街に戻り、お礼も兼ねてお二人にごちそうしようと、少し高い料理店に入ろうとしたのですが、閉まっているお店が多く、中々探せませんでした。
仕方なくセツさんのお店にすることを提案すると、お二人とも快諾して下さいました。
その際、セツさんに話を聞くと、何でも最近夜も明るいせいで、生活のリズムが崩れ、体調を崩す方が街で続出してるらしいです。
夜更かしは体に毒なので、皆さんお気をつけ下さるといいのですが、そういう僕も一日中訓練していることもあるので、人のことをとやかく言う資格はありませんね。
そんなこともあり、そしてついにイーファ姫様にひと月ぶりの謁見となります。
僕の心臓は緊張で鼓動が早くなり、心なしかすでに息もあがっているように感じます。
そんな風に緊張しながらお城の中を歩き進めていくと、目の前にマリー様がいらっしゃいました。
「お、お久しぶりです。マリー様!」
「はい。お元気でしたかエフトさん?」
「はい!」
「よかった。心配していたんですよ」
「すみません。ご心配おかけしました」
「いいんですよ。エフトさんが元気でいるのでしたら」
そう答えられて、マリー様は朗らかに笑みを浮かべて下さいました。
「えーと、その……すみません」
「ふふ、さっきから謝ってばかりですよエフトさん。でも、その様子だと間に合ったようですね」
「はい。とても良い師匠に出会うことができました!」
「ふふふ、良かったですね。さあ、行きましょう。イーファ様もお待ちですよ」
「あわわわ。イーファ姫様を待たせるなんて!なんて失敬を僕は!?」
「ふふふ、変わりませんねエフトさんは。大丈夫ですよ。さぁ行きましょう」
僕はそうおっしゃったマリー様の後に続いてイーファ姫様のお部屋に向かいました。
マリー様のおかげで、さっきまでの緊張がいくらか楽になりました。
そして、しばらく歩き、ついに一ヶ月ぶりのイーファ姫様のお部屋の前に着きます。
僕の高鳴る鼓動とは裏腹に、マリー様はゆっくりと扉をノックされて、「失礼致します」とおっしゃり、静かに扉を開かれました。
「イーファ様。エフトさんがいらっしゃいましたよ」
「げっ。――オッホン! うむ来たかエフトよ」
「はっ! 長らくお待たせしてしまい申し訳ございません」
僕は膝を着き、頭を下げてそう言いました。
「別に待っとら――「イー・ファ・さ・ま」んわけでもなかったな! うん! 待ちに待っておったぞ!」
「なんと勿体無いお言葉! ありがとうざいます!」
「う、うむ」
まさか一ヶ月も魔法を覚えるのにかかった未熟な僕のことを気にかけて待っていて下さったとは……、感無量とはこういうことを言うのだと僕は思いました。
しかし、マリー様がイーファ姫様が話されている時に口をはさまれてのはなぜでしょうか?
…………きっとお二人はそんなやり取りが出来るほど、信頼し合っておられるのですね!
僕も早くイーファ姫様に信頼される立派な王国騎士になりたいものです。
「……それで、エフトよ。お前は魔法を使えるようになったのじゃな?」
「はい! 長らくかかりましたが、魔法を習得して参りました」
「ほう。では早速やってみせよ」
「はい!」
僕は立ち上がり、カシムさんに教えていただいた魔法とラーナさんに教えていただいた魔力調節をするために、意識を集中させます。
まずは自分の中にある魔力を針に糸を通すように慎重に丁寧に魔力調節をしながら出していきます。
そして、初めてイーファ姫様に見せていただいた魔法で、この一ヶ月でようやく覚えたあの魔法を使うために、頭に思い浮かべます。
「――いきます! 『ライト』!!」
僕がそう唱えると、指先から小さな光の玉が浮遊し、部屋を明るく照らしました。
光の玉はそのまま頭の上まで登り、浮遊し続けています。
成功です。
「出来ました姫様! 成功しました!」
僕はイーファ姫様の前で魔法が成功したことが嬉しくてたまりませんでした。
……しかし、なぜかイーファ姫様は、あまり喜ばれてないようなお顔をされています。
「……。エフトよ。確かに魔法を習得したようじゃの」
「は、はい」
「それで、その『ライト』以外に使える魔法はあるのじゃろうな」
「え?………………いえ。ありま、せん。姫様」
僕がそう言うと、イーファ姫様は小さな子どもがいたずらに成功した様な嬉しそうな顔をされました。
「はは、……くははは! 魔法が使えると言ったからものだからどの程度覚えたかと思えば、たかが『ライト』だけじゃと! 笑わせる!」
「え……」
僕はイーファ姫様が何をおっしゃっているのか理解できませんでした。
「なんじゃ覚えておらんのか。妾は今お前がやった『ライト』がどんなものか何と言った?」
「姫様のお言葉忘れるはずがありません。姫様は『ライト』は『誰でもできる超初級魔法』と」
「そうじゃ。お前はそんな誰でもできる超初級魔法を見せられて、妾がお前を妾の『専属騎士』として認めるとでも本当に思っておるのか?」
「――っ!?」
イーファ姫様がそうおっしゃられて、僕はようやくイーファ姫様のお言葉の意味が理解できました。
「妾が求める『専属騎士』は、妾を守るための魔法が使える者じゃ。『ライト』なぞできて喜んでおるような『無能』には用はない!」
「姫様の……おっしゃるとおりです。僕は――」
僕は言葉が続きませんでした。
魔法が使えたことにぬか喜びし、ただ『魔法が使えるようになる』ことだけを馬鹿正直に行い、国王陛下とイーファ姫様が本当の意味で求めていたものを理解しなかった自分自身に対する恥ずかしさが込み上げてきました。
「――『無能』です」
そして、ようやく一つ魔法が使えたことに対して喜んでいた自分の愚かさと期待に答えられなかった不甲斐なさを吐き出すようにその言葉が自然と口からこぼれました。
その言葉を聞いて、イーファ姫様は呆れられたような顔をされました。
「ふん。つまらん男じゃな。もう用はない。早々にここを立ち去「いい加減にしなさい!! イーファ!!」」
イーファ姫様がお話し終わる直前に、突然マリー様が大きな声でイーファ姫様を叱咤しました。
「な、なんじゃマリー。……何をそんなに怒っておる」
「わからないのイーファ!! あなたが今していることがどれほど身勝手で、傲慢なことが!!」
「なん――じゃと!」
「あなたは言ったわ。魔法が使えるようになればあなたの専属騎士になることを許すと。そして、エフトさんはちゃんと魔法を覚えてきたわ」
「だからなんじゃ! 『ライト』なんて、ただ明かりを作るだけの魔法じゃ。なんの役にもたたないのじゃ!」
「いいえ!『ライト』だって立派な魔法よ!」
「うるさいうるさい! 妾が決めたことじゃ! 反論は認めん!」
「都合が悪くなったらそうやってすぐに駄々をこねる。そんなのだからあなたはいつまでも子どもなのよ!」
「そんなことを言ったら、マリーだって全然妾の話を聞いてくれないのじゃ! このガミガミマリー!」
「なんですって!」
「なんじゃ!」
「「ムムムムム!!」」
なんだかお二人ともすごい形相で睨み合っておられます。
こ、こわい……。
「エフトさんもこの子に何か言ってやってください!」
「え!? え、ええと……ですね」
突然マリー様にお話を振られて僕は混乱しました。
自分の不甲斐なさを痛感してましたら、マリー様はなぜか突然お怒りになり、イーファ姫様は何故かマリー様と口論となっていたので、僕の頭の中はいっぱいいっぱいでした。
……――あ。
でもさっきから気になっていることが一つありました。
「あ、あのマリー様……」
「はい! なんですか!」
マリー様は迫るようにして僕に聞いてきます。
僕はしどろもどろながら伝えました。
「え、ええっと、いくら仲がよろしくても、ひ、姫様を呼び捨てにするのは、そ、その、良くないかと……」
僕がそう言うと、マリー様はお怒りのご様子だったお顔から、「何言ってんだこいつ」とでも言いそうな冷めたお顔になりました。
そして、そのままのお顔で僕におっしゃりました。
「王国騎士エフト。……あなたは少し黙っていなさい」
「は、はいっぃぃ!!」
マリー様から普段のご様子からは考えられない程、何か畏ろしいものを感じて、僕はピンと背筋を反射的に伸ばして敬礼しつつ返事をしました。
「と・に・か・く! エフトさんはあなたとの約束を守ったでしょう! あなたもちゃんと約束を守りなさい!」
「ぬぬぬ……。なんじゃ! マリーはさっきからこいつの肩ばかり持ちおって! マリーは妾の味方じゃと思ってたのにぃ!」
「なんですって!……そうね。少なくとも自分の都合の良いことばかり言って、相手の気持ちを考えない自分勝手なわがまま娘よりは、ちゃんと約束を守ってきたエフトさんの方が信頼できるわ」
マリー様がそう言うと、イーファ様は頬を盛大に膨らませられて、ご尊顔も赤く染められました。
「そ、そんなにこいつが良いなら! 仲良く結婚でも何でもして出て行けばいいのじゃ!」
「け、結婚ですって! そういう軽率なことを言うのが子どもだと言ってるんです!」
イーファ姫様のお言葉に、今度はマリー様が全く同じようなお顔をされました。
「うるさいうるさいうるさい!! いいから出てくのじゃ! 出てけ!」
「ちょ、ちょっとイーファ!」
イーファ姫様は、僕とマリー様を力一杯、部屋の外へと押されました。
そして、僕らを部屋の外に出されると、そのままご乱暴に扉を閉められて、鍵をお閉めになられました。
「こら! イーファ! 開けなさい!」
マリー様はドンドンと扉を叩きながらそうおっしゃいました。
「うるさい! もう顔も見とうない!」
「あー、そうですか! じゃあもう二度と来ませんからね!」
「早くあっち行くのじゃ!」
「はいはい。そうします。さあ、エフトさん行きましょう!」
「え!? あ、いや、ですが……」
「……王国騎士エフト。いいからついてきなさい」
「は、はいっぃぃぃ!」
マリー様が怖かったので、僕は大人しくイーファ姫様のお部屋を後にしました。
去り際、扉の向こうから「バカああああああ!」と聞こえてきました。
イーファ姫様のお部屋を後にしてから、僕はマリー様が無言で歩かれている後を黙ってついていきました。
なぜか話しかけづらいというよりは、マリー様の背中が「話しかけるな」と言っているように見えたからです。
そうやって、マリー様についてくるように言われたまま、次の指示を待ちながら僕らは歩いています。
しばらく歩くと、マリー様は足をお止めになりました。
周りを見てみると、ここは寄宿舎の僕の部屋の前でした。
マリー様が怖くて、気づきませんでした。
「エフトさん。少しお話したいことがあります」
「は、はい。何でしょうか?」
「えっと……ここでは、その、話しづらいので、エフトさんのお部屋で話したいのですが」
マリー様は僕の部屋でお話したいとのことでしたので、もちろん僕はこう答えました。
「もちろんダメです」
「はいでは……――えっ?」
ん?どうしてでしょうか?僕がそう答えると、マリー様はとても驚かれたようなお顔をされました。
「えっと、エフトさん。エフトさんのお部屋ではダメなんですか?」
「ええ、はい。未婚の女性が男性の部屋に簡単に入ってはいけないので。……あ、もしかしてマリー様はご結婚されてましたか?」
「いえ。私はまだ結婚してませんが……、エフトさん。それって意味が分かって言ってます?」
「いえ。あまり良くわかりませんが、母が妹にそう言って教えていたので、あれ? 何か間違ってましたか?」
僕がそう聞くと、マリー様は何やらヤレヤレといったご様子になりました。
「はあ……常識があるのかないのか」
「も、申し訳ございません」
「いえ。ある意味安心できますから。エフトさん。やましい事がなければ、未婚の女性を男性の部屋に招き入れても大丈夫なんですよ」
なんと!? やましい事というのがどういうことかはよく分かりませんが、それがなければお招きしてよかったのですか……。
流石はマリー様。聡明なお方です。
「そうだったのですね。知らぬこととはいえ、失礼しました。どうぞお入り下さい」
「はい。失礼しますね」
僕はマリー様を自分の部屋にお招きしました。
「すみませんマリー様。おもてなしをするものがないんですが」
「構いませんよエフトさん。無理言って来たのは私の方ですから。お気遣いなく」
マリー様がそうおっしゃってくださったので、僕は少しだけ安心しました。
座るところがなかったので、マリー様にはベッドに腰掛けていただきました。
僕は立って話をお聞きしようと思ったのですが、マリー様が「落ち着きませんから、エフトさんもこちらにお掛けになって下さい」とおっしゃっていただいたので、マリー様の横に僕は座りました。
「それで、マリー様。お話というのは?」
僕が恐る恐るそう尋ねると、マリー様は少し考えるようなご様子になり、すぐにこちらを見ながらおっしゃいました。
「エフトさん。これからお伝えする事は、他言無用でお願いします」
「はい分かりました。誰にもしゃべりません」
僕ははっきりそう答えました。
「……ふふ。なぜでしょうね。あなたがそう言うと信じられます」
「あ、ありがとうございます」
それまで神妙なお顔だったマリー様が、少し笑みを見せていただいたので、僕も少し安心しました。
「エフトさんはイーファ様……いえ、イーファのことをどう思いますか?」
「姫様のことですか? それはもう! 僕の知らないことをたくさんご存知で、とても聡明なお方です。それに、僕の至らない点を的確に見抜かれたそのご慧眼もさることながら、とても愛らしい容姿は拝見した者を幸せにします。イーファ姫様がこのラーキレイス王国の姫様で、僕ら国民は幸せ者です!!」
僕は自信満々に本心を答えました。
しかし、それを聞いたマリー様は、何やら苦いもので噛んでしまったような複雑なお顔をされました。
何か気に障ることを言ってしまったのでしょうか!?
「……エフトさん。あなたにそんなに慕われて、イーファはとても幸せだと思います。……でも、それは同時にあの子にとってとても残酷なことなんですよ」
「え……残酷……ですか」
マリー様のおっしゃっていることが僕にはよく分かりませんでした。
僕は、僕が思うイーファ姫様の素晴らしいところを言っただけだと思ったのですから。
「エフトさん。イーファの正式な名前を言えますか?」
「もちろんです! イーファ=マギニルニアン=ラーキレイス様です!」
「ええ、そうですね。でも、少し前までは、イーファ=カルイールという名前だったんですよ」
「…………どういうことでしょうか?」
「少し……長くなりますけど、聞いてくださいますか?」
僕は少し不安気に見えるマリー様を安心させたくて、はっきりと言いました。
「もちろんです」
僕がそう言うと、少しだけ間を開けた後、マリー様は話し始められました。
「イーファのお母様は、イーシャ=カルイール様。私の叔母に当たる方です」
「家名があるということは、マリー様も貴族のお生まれなのですか?」
「はい。私はマリー=オルイール。カルイール家とオルイール家は領地も近く親交も深い間柄です。といっても、どちらも本当に小さな領地しか持たない下流貴族ですが。私の母はカルイール家からオルイール家に嫁ぎました」
「ということは、イーファ様とマリー様は従妹同士だったのですね」
「ええ。歳も近かったから、小さい頃はイーファと私、そして、イーシャ様の3人でよく遊びました」
「そうでしたか」
「あの頃は本当に楽しかった」
マリー様はその頃の思いでを懐かしむように呟き、とても優しい笑みを浮かべられました。
「イーシャ様はとてもお優しい方で、イーファとイーシャ様はとても仲の良い親子でした。私は兄弟が多かったので母にあまり相手にしてもらっていなかったので、お二人の事がとても羨ましくて、急に泣いたこともありました。そんな私を優しくイーシャ様が抱きしめて下さったことは今でも鮮明に思い出せます」
「とても慈愛に満ちたお優しい方なのですね」
「ええ。…………でも、そんな幸せな時間もあまり長くありませんでした」
マリー様は先程までの笑みを消されて、深く重たげなお顔をされました。
「元々、イーシャ様が身籠られたとき、父親は分からず、イーシャ様もあまり話そうとされませんでした。カルイール家の方も、最初は動揺されたようですが、時間が過ぎればあまり気にされていなかったそうです。しかし、イーファが8歳の時に、王城からイーシャ様へ文が届きました」
「文ですか」
「ええ。そこにはイーシャ様とイーファが王族として王城に迎えられる内容が書かれていました。当然、カルイール家の方々は、動揺を隠せなかったそうです」
「つまりイーファ姫様は」
「ええ。国王陛下がカルイールの領地に避暑にお越しなられた時に、イーシャ様がそのご寵愛をお受けになり生まれました」
「そうだったのですね。でも、それならなぜすぐに陛下はイーシャ様を迎えられなかったのでしょうか?」
「それは……陛下にはすでにお妃様がいらっしゃったからです。おそらく、お妃様との関係を気にされて、迎えられなかったのでしょう。……本当のところはわかりませんが」
マリー様は何やら含みのある言い方でそうおっしゃいました。
「そして、その日からイーファ様は、カルイールではなく、今の名前を陛下から授かりました」
「そうだったんですね」
「ええ。私はイーシャ様からイーファの面倒見役も兼ねて侍女として、王城に入れるよう取り計らっていただきました。私もお二人の側にずっといたかったので、侍女の作法を必死になって学びました」
「マリー様は本当にお二人のことが大好きなんですね」
「ええ。本当に、そう、でした」
マリー様は歯切れが悪く、込みだしそうになる何かを我慢しているかのようでした。
「す、すみません。何か気に障ることを言ってしまいましたか?」
「いえ、少し、思い出してしまって。話を続けますね。そうして、私達が王城に入ってすぐのことでした。イーシャ様が病に臥せてしまわれました。最初は慣れない環境で疲れが出たのだろうと思ったのですが、病は治るどころか、悪化される一方で、その頃からでした。お優しかったイーシャ様がイーファ様に厳しくされ始めたのは」
僕はマリー様の話に黙って耳を傾けました。
「掃除、洗濯、炊事や勉学など、それまでしたこともない厳しい教育をイーシャ様はイーファにしました。私はその頃、ほとんどイーファとイーシャ様の側にいられる立場ではなかったので、私がその事を知ったのは、イーシャ様が病に臥せられてから半年も経った頃でした」
マリー様は話を続けるに従い、お顔が険しくなっていきました。
「その事を知った私は、信じられないという思いからイーシャ様の元に、半ば強引に押しかけました。そこには泣きじゃくりながらも何度も何度も叱られながら、部屋を掃除するイーファと泣き叫ぶように叱りつけるイーシャ様がいました。私は変わり果てたお二人を見て、何も、……そう、何も言えませんでした。そのあとすぐにイーファは自分の部屋に戻り、扉を閉ざし泣いていました。私はすぐにイーシャ様を問い詰めました。『どうしてこんなひどいことをするのか!?』と。私のその言葉を聞いたイーシャ様はまるで泣きじゃくる幼子のように私に言ったのです」
『もう私はきっと長くは生きられない! イーファの側にいてあげられない! なら、あの子はこの後、どうやって生きていくの! ここはイーファにとって、敵が多すぎる。それなのにあの子を守ってくれる人はほとんどいないの! わたしがイーファに残してあげられるものはほとんどない。でも残された時間でわたしがイーファに残してあげられるものを伝えるには、伝えるには! これしかなかったの! もっと一緒にいたかった! もっと抱きしめてあげたかった! でも、でも! もう時間がないの!』
「私はイーシャ様のイーファへのその深い愛情を理解できなかったのが、悲しかった……苦しかった……。その、僅かひと月後に、イーシャ様は、イーファに看取られて、……亡くなられました」
マリー様の瞳には今にも零れ落ちそうなほど、涙が浮かんでいました。
マリー様はご自分でその涙を指ですくうように拭かれました。
「イーシャ様が亡くなられて、イーファはまるで糸が切れた人形のようにずっと部屋に閉じこもっていました。私は、そんなイーファの側に行くためにより一層侍女の作法を学びました。元々の縁もあって、私はイーファの側にいられるようになりました。イーファも次第に気を取り戻していきました。しかし、その事のせいで、他人を受け入れなくなってしまいました。自ら壁を作るためか、他人に厳しくあたり近づけさせようとしないのです。そして、その分私に甘えるようになりました。甘えてくれるのは嬉しいのです。でも、このままでは、イーファは私無しでは誰とも関係を作れなくなってしまいます。私はそれが心配なんです」
そう言い終えて、マリー様は、深く息を吸われて、ゆっくりと静かに吐かれました。
そして、僕の顔を見るなり、顔を赤くされました。
「ごめんなさいエフトさん。いきなりこんな話をしてしまって」
「……いえ。あの、一つお聞きしてもいいですか?」
「は、はい。なんですか?」
「どうして、……このお話を僕に聞かせて下さったのですか?」
僕がそう聞くと、マリー様はほんの数秒目を閉じて、静かにおっしゃられました。
「実は、エフトさんがイーファの専属騎士になる前にも、他の専属騎士が何人もいらっしゃいました。イーファはその方々に洗濯をしろだの、掃除をしろだのと色々命じては、愛想を尽かされて、何人もの方々がイーファの専属騎士になることを辞退しました」
「??? どうしてその方々は辞めれられたのでしょうか? 姫様から命令を受けるなんて光栄なことなのに」
僕がそう言うと、マリー様は可笑しそうに笑われました。
「ふふふ。そんなこと言うのはエフトさんぐらいですよ。普通、洗濯や掃除は使用人がやるものです。王国騎士様がそんな命令をされたら、侮辱されていると思うのが普通ですよ」
「え、…………ぼ、僕は普通じゃなかったんですね。……えーでも、光栄なことだと思うんですけどねー」
「ふふ。……そんなあなただから、裏表なく、真っ直ぐとイーファに向き合えるあなただから、イーファも自分が作った壁からひょっこり顔を出してたりしてました」
「そう……でしょうか?」
「そうですよ。あんなこと初めてです。だから私はあなたなら信じられると思いました。それまで知りもしなかった魔法もちゃんと約束通り覚えてきて。……だから、私はあなたになら、この話をしても大丈夫だと思い、話をしました。正直に言うと、私はエフトさんのために、あなたがイーファの専属騎士になるために肩を持ったわけではありません。すべては、イーファが私以外の誰かとちゃんと関係を築くために。そう思ってしていました」
「そうだったのですね」
「……幻滅しましたか? でも、あなたに諦めて欲しくなかった。イーファのために」
マリー様は真剣に僕に目を向けられます。
その瞳には、なにとも言えない感情が見え隠れしているように思えました。
だからこそ僕は、言いました。
「マリー様。お話をしてくださって本当にありがとうございます。僕は、姫様の気持ち、イーシャ様の深い愛情、マリー様の悲しみと頑張りを話を聞いただけで理解できたとは言えません」
僕がそう言うと、マリー様は少し悲しそうなお顔をされました。
僕はそれで終わりではないと伝えたくて、一生懸命に自分の気持ちを声に出します。
「でも! 僕にも分かることがあります! 僕にも大切な守りたい家族がいます。もし、家族の誰かが亡くなってしまったら、僕はすごく悲しいです。他の家族がその事で落ち込んで、ふさぎ込んでしまったら、心配します。だから、全く同じものではないですけど、マリー様の『家族』を思う気持ちは、僕にもわかるんです」
マリー様は真剣な瞳で僕の話を聞いてくれます。
「僕は、姫様とマリー様を尊敬しています。そして、マリー様のお話を聞いて、お二人も僕と同じように家族を愛し、想い合っていることを知り、大好きになりました。僕は、棒を振るぐらいしかできませんが。それでも、こんな僕でも、大好きなお二人のために何かお役に立てるなら、何でもします! 僕は王国騎士です。王国騎士はこの国の全てのものを守るのが使命です。だから、守ります! 心からお慕いするお二人を必ず王国騎士エフトがお守りします!」
僕は一生懸命そう言いました。
しかし、それを聞いたマリー様は顔を伏せられしまいました。
何か失礼なことを言ってしまったでしょうか!
はわわわわ!
「も、申し訳ございません! し、失礼なことを言ってしまいましたか?」
「い、いえ! でも今はダメです。あっち向いてて下さい!」
か、顔を背けろということですか!?
そ、そんな! もしかして嫌われてしまいました!?
ど、ど、どどうしよう……。
ん? あれ?
「マリー様! お耳が真っ赤ですよ! もしかして体調が優れないのですか! 早くお医者様に!」
「もう! わざと言ってませんか! 大丈夫ですから向こう向いていて下さい! 王国騎士エフト! 向こうの壁を見ていなさい!」
「は、はいぃぃぃ!」
そうマリー様におっしゃられて、僕は部屋の壁のほうを向きました。
マリー様の体調が心配ですが、大丈夫ともおっしゃられてますし。
う、うーん。
しばらく、壁の向こうを見ていると、「もういいですよ」とマリー様が声をかけてくださいました。
振り返ると、いつもと変わらない……いえ、いつもよりなんだかニコニコしているマリー様がいらっしゃいました。
「あ、あのマリー様。体調の方は大丈夫でしょうか?」
「もうそのことは大丈夫ですから。聞かないで下さいね」
あ、ちょっと怖目のニコニコになりました。
「エフトさん」
「は、はい!」
「さっきの言葉信じますよ」
マリー様は真摯なご様子で僕を見られます。
だから僕も真剣にはっきりと言いました。
「王国騎士に二言はありません。信じて下さい」
「はい。ふふふふ」
やはりマリー様は笑顔がよくお似合いだと僕は思いました。
ふと、窓から外を見ると、すでに外は暗くなっていました。
「よし! それじゃあ、張り切って姫様のところに行ってきますね!」
「え! あー、今日はやめた方がいいと思いますよ」
え? どうしてでしょうか……………………あ!
そうでした! 僕が不甲斐ないばかりに姫様を怒らせてしまったのでした!
しかもそれが引き金となってイーファ姫様とマリー様は。
「申し訳ございません!」
「きゃ! いきなりどうしたんですか?」
「僕が不甲斐ないばかりに、仲良しだった姫様とマリー様が喧嘩をされてしまいました。申し訳ございません!」
「あー、それでしたら、大丈夫ですよ。『あのくらいの』口喧嘩は日常茶飯事ですから」
「そ、そうなのですか……?」
「ええ。きっとイーファも明日にでもなれば、少しは冷静になっているでしょうし、それに本当はイーファだって、エフトさんに期待していると思いますよ。ただ、そうただ怖いだけだと思います」
「う、うーん。そうだといいんですが……」
僕が不安気にそう言うと、マリー様はまた素敵な笑顔でおっしゃってくれました。
「大丈夫ですよ。明日二人でイーファのところに行きましょう。それでちゃんともう一回話をしましょう。イーファはおバカなところはありますが、愚かな子ではありません。ちゃんと話せば分かってくれますよ」
「そうですか。……はい! マリー様を信じます!」
「ふふふ。ありがとうございます」
「あ、でも」
「でも?」
「お二人の親しい間柄はよく理解していますが、その、やはり、姫様をおバカというのはいかがなものかと……」
僕がそう言うと、マリー様は何やら冷めたご様子になりました。
「……わたし、エフトさんのその空気を読めないところは、ちょっと嫌いです」
「えっと、す、すみません。 空気って読むことができるんですか? 魔法ですか?」
「…………ぷぃ! 知りません!」
「ご、ごめんなさい! 何か分からなくて申し訳ないのですが、修行をして何とかしますので!」
「ふふ、ふふふ。本当にわからないのですね。大丈夫です。冗談ですよ」
「は、はぁ。そうですか。何かよく分かりませんが、安心しました」
「ふふふ」
何はともあれ、明日こそ姫様に認められるよう頑張ります!
カン! カン! カン! カン! カン!
オウジョウナイ ニ ゾクガシンニュウ! ソウイン! ケイカイタイセイ!
しかし、そう思った矢先、けたたましく警鐘が城内に鳴り響き、僕は胸の奥に起こったざわめきに、とても嫌な予感を感じました。
大変お待たせしました。
第11話投稿させていただきました。
本編ですが、かなりシリアス調になってしまったこと、申し訳ございません。
どうしても、書きたかったの書いたら、シリアスな雰囲気プンプンのお話になってしまいました。
でも後悔はしていません。
仕事が忙しく、なかなか執筆できなかったのですが、今年度は少し楽になると思うので(なったらいいなー)、もう少しだけ更新頻度を上げたいと思います。
また、たくさんのご感想・ご意見、誠にありがとうございました。
励みになります。
誤字・脱字訂正も報告いただいているのですが、なかなか直せず申し訳ございません。
のんびり更新していて、楽しみにしていただいている方には本当に申し訳ございませんが、今後とも何卒よろしくおねがいします。
次回
ついに、章「青年とお姫様」完結です。




