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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―弐―

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210/262

210 送り火と線香花火

 七月十六日。

 新暦に直せばおそらく八月も終わり頃で、この日のおやつは非番の沖田さんと二人で甘味屋巡りをしていた。

 すでに二軒のお団子を食べ比べ、次の店では他の甘味にするか否かを議論しながら歩いていれば、沖田さんが前を見たまま僅かに首を傾げた。


「ん〜、三人ですかね」

「三人?」

「僕らと追いかけっこしたそうな人」


 ……ん? 子供たちでもいるのかと辺りを見回すも、沖田さんは後ろを振り返るなり、距離を取って歩く三人組の男らに向かってあっかんべーをした。


「お、沖田さん!?」

「行きますよ」


 そう言って私の手を取り走り出せば、激昂した男らが荒々しい足音を立てながら追いかけてくる。

 ……って、自分から煽っておきながら逃げるってどういうこと!?

 イマイチ状況が掴めず問いかけるも、いいからいいから、と近くの路地へ入った。少し進んだ辺りで手を離した沖田さんが、今度は私の背中を軽く押して距離を取る。


「ここで迎え撃つので、春くんは少し離れて待っていてください」

「えっ!?」


 すでに反転した沖田さんは刀を抜き放っていて、ほんの少し振り向かせた顔で無邪気に笑った。


「手練には見えませんし、僕一人で平気です。さっさと片付けて甘味を食べたいですしね〜」


 次の瞬間、路地へ入って来た男らの怒声が響く。


「新選組の沖田だろう!? 逃げんじゃねえ!」

「追いかけっこしたそうに見えたんですけど、気のせいでしたか〜?」

「ふざけるなっ!」


 男らが一斉に刀を抜けば、ようやく状況とともに沖田さんがしようとしていたことも理解した。


 身なりからして、男らは新選組に恨みを抱くどこぞの浪人だろう。

 複数いようが細い道では取り囲んで一斉に斬りかかることが出来ず、必然的に一列となって向かわざるを得ない。だからこそ、戦闘になることをいち早く察知した沖田さんは、こうして逃げたふりをして路地へ誘い込み、一対一の状況を作り出したのだと。


 こうなってしまっては、むしろ彼らの方が心配になる。

 そんな心配を背中で感じ取ったのか、沖田さんが悪戯っぽく言う。


「斬った方が早いんですけど、刀の錆にする価値もなさそうですしね。どこかの土方さんも煩いので生け捕ります」

「はい!」

「まぁ……雑魚なりに少しは頭を使ったみたいですけどね〜」


 散々煽られ怒りが頂点に達したのか、先頭の男が怒りを露にしながら向かってきた。

 沖田さんは瞬時に刀を構え直し、前を見たまま少しだけ早口で言い置く。


「春くん、後ろから来る一人は任せます」

「えっ、後ろ!?」


 振り返れば男が一人、丁度路地へ飛び込んできた。

 そういえば、沖田さんが往来であっかんべーをした相手は三人だったけれど、今、沖田さんの前にいるのは二人。どうやら挟撃されたらしい。

 向かってくる男が刀を抜くのを見据えながら、私も刀を抜く。

 背後から聞こえるのは男らの雄たけび、衣擦れの音、金属を弾く音。すぐに声の一つがうめき声に変われば、前方で間合いに入った男が刀を振り上げた、その直後。




 ――――世界が、揺れた――――




 二対三。バラバラに逃走されたら人数の少ないこちらは追いきれない。

 逃がすわけにはいかないから、腰を落として相手の懐に潜り込み、腹部に柄を押し込んだ。


 喧騒を取り戻した世界でうめき声が耳を掠めれば、男の身体はその場で崩れ落ちる。

 振り返れば、沖田さんの側にはすでに二人転がっていて、どちらも血を流したあとはなく、気を失っているだけみたいだった。


 新選組は、京の細い道や狭い屋内での戦闘には慣れているけれど、煽り煽られ興奮した敵ほど冷静さを欠いて動きは大きくなり、結果、脇に立つ塀などを斬りつけ動きを制限される。

 この男らも大きく刀を振り回したのか、脇の塀には派手に斬りつけた跡が残っていた。

 というか、あの僅かな間に二人も倒してしまうとか……さすがは沖田さんだ。

 そんな沖田さんが、刀を納めて振り返った。


「春くん、縄持ってますか?」

「あ……すみません、持ってません」

「まぁ、僕ら非番ですしね。どうしましょうか〜」


 今すぐ縄を調達してくると伝えるも、何か閃いたように手をぽんと打ち鳴らした。


「やっぱり斬っちゃいましょうか」

「えっ!?」

「調達する間に逃げられたら面倒じゃないですか〜」

「だ、ダメですっ!」

「冗談ですよ~」


 ぷっと吹き出しケラケラと笑い出すけれど、沖田さんが言うと冗談に聞こえないっ!

 そうかと思えば、伸びた男らをまとめて引きずり出した。


「そろそろ巡察隊が通る頃なので、通りまで運びますよ〜」


 三人を軽々と引きずる沖田さんと路地を出たところで、原田さん率いる巡察隊と合流出来た。

 さっそく男らを引渡せば、原田さんが苦笑する。


「さすがは総司と春だな」


 本当に凄いのは、たった一人で二人も相手した沖田さんだ。

 それなのに……。


「僕が目をかけてるんです、当然じゃないですか〜。春くん一人に任せても良かったくらいです」


 確かに強そうな剣捌きではなかったけれど、そんなに褒めても何も出ないからね!

 今日はこのまま屯所へ戻るかと思いきや、あとは任せます、と原田さんに託した沖田さんは、私の手を引き甘味巡りを再開するのだった。




 そのあとも、時が経つのも忘れて甘味屋巡りを続けていれば、空はすっかり夕焼けに染まってしまったのに、やけに人の往来が多いことに気がついた。

 不思議に思っていれば、沖田さんがはぐれないようにと私の手をしっかり握り、どこかへ案内してくれる。

 そして、沖田さんが足を止めた時だった。

 辺りから上がる歓声につられてみんなの視線を辿れば、伐採された山肌に篝火が浮かび上がった。

 もしかして……。


「五山の送り火ですか!?」

「ござん?」

「えっと……五つの山で送り火を焚くから、“五山の送り火”じゃなかったですか?」


 確か、“大”の文字を含む五つか六つくらいの文字や図形があったと思うのだけれど、こうして実際に見るのは初めてだし、朧気な記憶を頼りに答えてみたものの、沖田さんの首は傾いたままだ。


「ん〜、精霊(しょうりょう)の送り火とか亡魂の送り火なら聞いたことありますが、五山の送り火は初めて聞きますね。そもそも、山の数で言うならおそらく十山くらいありますよ~」


 どうやらこの時代、五山の送り火とは言わないらしい。

 確かに、次々と山肌に浮かび上がるのは有名な“大”の文字を含め、“い”や“一”の文字などもあって五つ六つどころじゃない。山の数も、五つでは収まりそうにないほど広範囲に点在している。

 もしかしたら、時代が下るにつれ送り火の数も、それを焚く山も減ってしまったのかもしれない。

 ところで……。


「送り火ってお盆にするものでしたよね?」

「うん。お盆に帰ってきた死者の魂が、再びあの世へ迷わず帰れるよう願って焚くと言いますね〜」

「でもまだ七月ですよ……?」


 ……と、言ってしまったあとで気がついた!

 お盆と言えばうちでは夏休み真っ只中、八月十五日頃だったけれどそれは新暦での話。

 ここは旧暦、ズレがある……。


 旧暦から新暦へと移行する際、七夕のように日付をそのまま移行した行事もあれば、季節感がずれないよう日付をずらして移行したものもある。

 とはいえ時すでに遅し。

 私の問いに不思議そうな顔をした沖田さんが、はっと何かに気がついたような表情を見せたかと思えば、今度は納得するようにうんうんと頷き私の頭を撫でた。


「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言いますし。春くんは本当に素直でいい子ですね〜」


 どうせ記憶を失ったせいだと思っているに違いない。

 沖田さんめっ!




 送り火を見終え屯所へと戻る途中、沖田さんは何か見つけたらしく、私の手を引いて脇の露店へと方向転換した。


「線香花火でもしませんか?」

「あっ、いいですね!」


 というわけで、急遽購入した線香花火を持って屯所へ戻れば、さっそく火を点けるべく境内の隅でしゃがみ込む。

 けれども、はい、と手渡された線香花火は私が思い浮かべていたもの……カラフルな紙を捻って作られたものではなく、持ち手は藁で出来ていた。

 思わずじーっと見つめてしまえば、沖田さんが教えてくれる。


 どうやら東と西では線香花火の形状が違うらしい。

 私が良く知っている和紙を撚って作ったものは、“長手”と言って江戸で出回っているけれど、こっちの方では藁の先に火薬をつけた“スボ手”と呼ばれるものが主流なのだと。

 一説によると、江戸では藁が手に入りにくく紙漉きが盛んだったことから、和紙で作る線香花火が中心となっていったのだとも。

 そこまで教えてくれた沖田さんが、突然、持っていた線香花火を地面に突き立てた。


「こうやって立てると、線香みたいじゃないですか?」

「あっ……もしかして、だから()()花火なんですか?」

「らしいですよ〜」


 なるほど! と納得する横で、沖田さんが線香に見立てた花火に火を点けた。

 パチパチと小さな火花を静かに散らすその様は、見慣れた真下に垂らすものとは真逆だけれど綺麗だ。

 それでも……打ち上げ花火や勢いよく噴出する手持ち花火とは違い、派手さとは程遠い線香花火はどことなく哀愁漂う。

 そう感じたのは私だけではなかったようで、沖田さんが次の線香花火を手に持ちながら静かに言う。


「忙しくてまともに迎え火もしませんでしたけど、きっとみんな、迷わずに来れたと思うんです」

「はい」

「なんせ、切腹させられたり暗殺されたり、僕とかどこかの土方さんを恨んでいる人ばっかりでしょうからね」

「お、沖田さん!?」

「案外、成仏すらしてなくて、最初からずっと憑いてたりするかもしれないですね〜」

「沖田さんっ!!」

「冗談ですよ」


 そう言って吹き出す悪戯っ子のような顔を、線香花火の微かな灯りが照らし出す。

 沖田さんの冗談は、時々冗談に聞こえないから困る……。

 そんなことはお構いなしに、火を点けた線香花火を一つ、私にも手渡した。


「今日見た送り火と比べたら見劣りしますけど、迷わないように僕らで見送ってあげましょう」

「そうですね」


 花火には、鎮魂の意味もあるというから。

 最後の一つまで、沖田さんと二人で線香花火に火を灯し続けるのだった。

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