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落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―  作者: ゆーちゃ
【 花の章 】―壱―

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142 お礼参り

 長旅から屯所へ帰って来た翌日の午後。

 隊務への復帰は十一月からでいいとのありがたいお達しを受け、疲れた身体を癒やそうと部屋でのんびりすることにした。


 土方さんは伊東さんたちと話をしているので思う存分炬燵に突っ伏していれば、お茶と甘味を手にした井上さんがやって来た。

 甘味は食べたいけれど炬燵からは出たくない。そんな葛藤の末に井上さんも炬燵に誘えば、まったりとお茶会が始まった。


「長旅大変だっただろう。江戸はどうだった?」


 さっそくお饅頭を頬張る私に、斜め隣で温まる井上さんが訊いてきた。

 うーん、と記憶を手繰り寄せてはみるけれど、正直、おたまちゃんと遊んだ記憶が大半だと告げれば苦笑される。

 今更ながら、もう少し色々観光してくればよかったかな……と思うものの、そんな台詞を土方さんに聞かれた日には、遊びじゃねぇんだぞ! と怒鳴られる気がして慌ててかぶりを振った。


「あっ。そういえば、多摩に行って来ました!」

「おお、そうか。みんな元気にしてたか?」

「はい! なんていうか、人が……みんな温かくて優しかったです。また行きたいです」

「そうか。それはよかった」


 その後もまったりお喋りを続けていれば、土方さんが戻ってきた。そして、私を見るなり簡潔に告げる。


「出るぞ。支度しろ」

「あのー、十一月になるまでは炬燵から出るつもりないんですが……」

「そうだぞ、春は帰ってきたばかりなんだから少しくらいゆっくりさせてやったらどうだ?」


 そんな井上さんのありがたい援護射撃を、土方さんはたったの一言で跳ね返した。


「お礼参りだぞ」

「なに、お礼参りか。春、そりゃ行ってこないと駄目だ」


 一瞬で形勢逆転。泣く泣く炬燵から出て支度をすれば、いまだ炬燵に入ったままの井上さんに見送られた。

 どうやら井上さんも、ダメ人間製造機の餌食となってしまったらしい……。炬燵、恐るべし。




 祈願した時同様、首途(かどで)八幡宮へ向かうべく屯所の門をくぐれば、見上げた空に浮かぶ太陽はすでに傾き始めている。

 突然吹き抜けた冷たい風に身震いをするも、どれだけ寒いのだろう……と好奇心がわく。はぁと両手に息を吐き出せば、案の定白い気体が一層寒さを煽り、若干後悔しながらその手を擦り合わせた。

 そんな様子を横目で見ていた土方さんが吹き出した。


「相変わらず、寒いのは苦手らしいな」

「無理です。寒いのだけは我慢できません!」

「あまり時間もねぇからな。とっとと行って帰るぞ」


 同意するように強く頷けば、早く炬燵に戻りたい一心で少しだけ歩く速度を早めた。


「そういや、どうせなら前みてぇにあの着物で来てもよかったな」


 あの着物? 一瞬首を傾げるけれど、すぐに思い出す。

 前回、祈願のために首途八幡宮へ行った時は、土方さんが用意してくれた綺麗な着物を着たっけ。


「そういえば、あの着物ってどうしたんですか?」

「箪笥にしまってある。お前のために買ったやつだからな、好きな時に着ればいい」

「え!?」


 私のために……買った!? そんなの聞いていない。てっきり借り物だと思っていた。

 とはいえ、綺麗な着物をもらえるのは嬉しいけれど、いったいいつ着れば?


「まぁ、屯所にいたら着る機会もねぇんだけどな……」


 どうやら土方さんも、同じことを思ったらしい。




 首途八幡宮に着くと、祈願した時と同じようにお賽銭を投げ手を合わせた。

 無事に旅を終えた報告と感謝を伝えながら、ふと、こうしてお礼参りをすることも初めてだということに気がついた。


 新年には初詣にも行きちゃっかりお願い事だってするけれど、いざ願いが叶った時、わざわざお礼参りで足を運んだことなんて一度もなかったっけ。

 隣で顔を上げた土方さんにも告げれば、呆れながらも懐かしい台詞が返ってくる。


「今までどんな生活してたんだよ」

「うーん、こればっかりはちょっと図々しいというか、罰当たりな生活してたかもしれないです」

「なんだそりゃ」


 そう言って笑う土方さんに、私もつられて笑うのだった。

 お守りの返納も終え屯所に戻る途中、そういえば……と土方さんがほんの少し不満げに切り出した。


「せっかく書いたってのに、文の返事くらい寄越せ」

「あー……すみません。筆ってどうも苦手で……」

「未来にも文字はあるんだろう? なのに筆が苦手って、本当にどんな生活してたんだよ」


 本日二度目の台詞についにやけていたら、おでこを軽く弾かれた。


「にやけてねぇで、真面目に手習いした方がいいんじゃねぇか。なんなら俺がみてやろうか?」


 確かに、この時代の読み書きをできるに越したことはないけれど、ただでさえ忙しい土方さんのどこにそんな時間があるというのか。

 それに、土方さんに教わるということは……。


「私の字までミミズになっちゃうじゃないですか」

「誰が蚯蚓だ、誰がっ。馬鹿野郎!」


 さっきよりも格段に痛いデコピンが飛んでくるのだった。




 屯所に着くと、ちょうど門をくぐって出てきた山崎さんを土方さんが引き止めた。


「山崎。例の場所わかったか?」

「確証はありませんが、ある程度の予想なら……」


 そう言って土方さんに耳打ちする。

 山崎さんは監察方だし、きっと仕事の話に違いないけれど、好奇心には勝てず話が終わった頃合いを見計らいダメ元で訊いてみた。


「……何の話ですか?」

「知りたいか? なら、お前も今からつき合え」


 お前には関係ない、と一蹴されるかと思いきや、土方さんは私にも教えてくれるらしい。

 とはいえ、その顔はまるで悪戯を画策する子供……いや、それ以上にしか見えない。素直について行っていいものか不安が過る私に向かって、山崎さんがにっこりと微笑んだ。


「春さんも共犯者ですね」


 どういうこと!? いったい何をする気なんだ!?

 ますます不安にかられる私をおいて山崎さんがその場を去っていけば、土方さんは半ば引きずるようにして私を屯所の中へと連れて行く。


 庭に面した廊下を進み、ようやく足を止めたのは沖田さんの部屋の前だった。

 そのまま無言で障子に手をかければ、ちらりと私を見下ろして問う。


「総司は今日、巡察だったよな?」

「はい。だから、まだ戻っていないと思います」


 いないのだからあとで出直すのかと思いきや、土方さんは目の前の障子を勢いよく開け、何のためらいもなく部屋の中へと入っていった。


「あ、あの、勝手に入るのはどうかと思うんですが……」

「総司の奴だって、勝手に俺の部屋に入って来るだろうがっ!」


 まぁ、それはそうだけれど。

 反論はせず廊下に立ったままでいると、あろうことか、私を無理やり部屋へと引き込み障子まで閉めた。


「わっ! 何するんですか!?」

「うるせぇ、騒ぐな! 他の奴らに見つかるだろうが! いいからお前も黙って探せ」

「探せって、何を探すんですか? というか、探しものなら本人に訊いたほうが早くないですか? 許可もなしに勝手にするのは色々と問題があると思うんですけど……」


 これじゃまるで泥棒みたいだ。副長がそんなことをしていいのか?

 そういえば、山崎さんが言っていた共犯者ってつまり……泥棒の片棒を担がされているってこと!?


「本人に訊いても吐かねぇんだから仕方ねぇだろう。こっちには山崎が掴んできた情報があるんだ。今日こそは見つけてやる」


 今日こそはって、まさかの常習犯!?

 そんなことを考えている間にも、土方さんは押し入れの襖を外して裏返す。一部補修でもしたのか、明らかに継ぎはぎされた紙をビリビリと音を立てて剥がし始めた。


「ひ、土方さん!? 何してるんですか!」


 さすがにやり過ぎだろう!

 止めようと近寄れば、土方さんが動きを止めた。


「お、あったぞ! さすが山崎だな」


 そう言って取り出したのは、表紙に豊玉発句集と書かれた一冊の本。これは確か、土方さん自作の句集だったような?

 って、沖田さんはまだ返さずに隠し持っていたのか! こんな襖の中に!


 山崎さんも確証はないと言いつつ当てているあたり、さすがは新選組が誇る優秀な監察方。絶対に敵に回してはいけない気がする。

 それはさておき……。


「この襖どうするんですか?」

「裏だから気づかねぇだろ」

「せっかく、去年の煤払いで張り替えたのに……」


 張り替えたのは私じゃなくて斎藤さんたちだけれど。


「どうせ十二月になりゃ、また煤払いするだろうが」

「ああ、もうそんな時期でしたっけ……」


 目の前の無惨な襖から目を逸らせば、土方さんは何事もなかったように襖を元の位置に戻した。


「俺が回収したこと総司には黙ってろよ」


 そもそも土方さんの私物なうえに、勝手に持ってきて隠していたのは沖田さんなわけで。土方さんは断りもなく勝手に部屋に入り、襖を壊してそれを回収しただけ。

 まるで兄弟喧嘩みたいでどっちもどっち……そう思うと同時に、こっちもこっちでお礼参りだな……なんて思ったら笑いそうになった。

 とはいえ私まで加担したと思われては、どう考えたって面倒なことに巻き込まれるのは目に見えている。

 ここは何も見なかったことにしておくが吉と、黙って素直に頷くのだった。

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落花流水、掬うは散華 ―閑話集―(10月31日更新)

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