>その甘さは危険です。
>その甘さは危険です。
よく人道主義的な観点で努力目標を高く置いて行動する事は “ 甘い ” と比喩表現されます。
これは本来、人生経験も能力も未熟な少年などが、現実的な計画性も持たない大人に甘えた子供の精神性のまま
考えもせず親から最初に教えられた“ 人としての基本である人類の生存戦略 ”を自分の血肉としないままに
妄信的に正しいとして行動する未熟さを指した表現でした。
そして
それとは逆の意味の幼児性を持つ動物的本能の残虐さなどで“ 人としての基本である人類の生存戦略 ”を否定して生きる“破滅的な未熟さ ”も
また現実を見ない甘えで“ 甘ったれる ”などと表現されていました。
つまり、失敗の可能性を知り、全てを救う事は無理としても
最初から無理と決めつけて人間を見限らずに先ずは高い目標を設定して
それが無理なら次善のそれも無理なら少しでもマシな未来を目指す現実的な人間には当て嵌まらない表現だったのです。
しかし、近代の欲望を煽り人を欲望の奴隷とさせる事で拡大する経済を正しいという商人たちが
欲望の暴走を悪徳ではないという価値観を広めます。
そして
理想⇔悪徳が反対語で、その狭間に現実があるのではなく
理想の反対語が現実であるかのような印象操作が行われ広められていきます。
そうして“ 甘え ”などではなくても現実の悪徳に対処しようという人間は
世間知らずで甘えた人間という印象が一般化していったように思えます。
甘えや甘さという言葉を見るたびに、ついついそんな事を考えてしまい使うべきかどうかを考えてしまいますねぇ。
主人公は本来の意味で甘いのかそれとも……どっちなんでしょうねぇ?




