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第3話 花を咲かせましょう

 これは敵情視察、これは敵情視察じゃ……


 うんうんと念じながら、アルナはまたドアをノックした。


「やあアルナちゃん、よく来たね。ほら上がって」


 内側からドアが開けられ、フィリアの性別不詳な顔が覗き出る。


「おじゃまします、なのじゃ……」


 覚えて数日の挨拶を唱えつつ、アルナはフィリアの家に上がり込んだ。


 ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、アルナのお腹がくぅと鳴った。


「この香り、何を作ったのじゃ?」


「むふふ、ちょっと待っててね」


 フィリアはほくほく顔で台所へ駆けて行くと、しばらくしてから大皿を抱えて持ってきた。皿の上には小麦色の平たいモノが何枚か並べられている。


「クッキー焼いてみたんだ~」


「ふむ、菓子か。どれ一つ……」


 アルナは歪なクッキーを一つ手に取り、口に放り込んだ。


 サクサクとした歯ごたえと香ばしさが口の中に広がる……。


「どう、かな?」


「焼きが足りぬな。中心部が生焼けじゃ」


「足りなかったかぁ~……」


「じゃが、まぁ……小麦粉を直接火に焚べておった最初よりかはだいぶマシになったじゃろう」


「ハハ……」




 思わず乾いた笑いがフィリアから溢れる。


 ところで、とクッキーをさくさく齧りつつ紅茶を啜りながらアルナは切り出した。


「昨日我に『明日いいものを見せてやる』と言っておったな。何を見せる気なのじゃ?」


「あぁ、それね。ちょっと外に出るよ。きっとアルナちゃんも気に入ってくれるよ」





 ――――





 しっとりしたクッキーを食べ終わり、2人はフィリアの家の庭である花壇にやって来ていた。


「何を見せるつもりじゃ?」


「ふっふっふ……これだよ」


 アルナに差し出されたフィリアの拳の中には、何やら黒い粒がいくつか入っていた。


「何じゃこれは? まさかこれが面白いものとでも……」


「お花の種だよ。一緒に育ててみない?」


「花の、種じゃと……?」


 花。知ってはいる。


 成長した植物が最盛期に咲かせる、見た目鮮やかな器官。


 見たことが無い訳でも知らない訳でもない。ありふれた、モノ。




 ――それを、我に育てさせると?




「断る。それを我に育てさせて我に何の得があるというのじゃ?」


「そ、そっか……。気に入ると思ったんだけどな……。ごめんね」


 フィリアは重苦しく俯き、縮こまってしまった。


「ぐぬ……」


 ……ここ数日遠ざかっていたはずの『渇き』が、アルナの胸の内で急速に潤いを奪っていくような気がした。


「……仕方ない、やってやろう。花の種とやらをよこせ」


「え、いいの!? やったぁ!!!」


 ぱぁっと花が咲いたように、フィリアの笑顔が煌めいた。



(こやつ……見た目こそ勇者の面影はあるのじゃがなぁ……)



 かつての勇者はこんなポンコツではなかったのに――と嘆きつつ、アルナは種を受け取りしげしげと眺める。


「土にこう、ね。等間隔に指で穴を開けてね、そこに一粒ずつ入れるの」


「こ、こうか?」


「そうそう! 上手!!」


 一粒、一粒。花の種を入れた穴に丁寧に土を被せてゆく。


 その後は井戸から水を汲み、ジョウロでたっぷりと花壇に水を雨のようにかけ流した。


「花はいつ咲くのじゃ? 明日か?」


「明日は早すぎだよ~、二月後くらいかな?」


「そんなにもかかるのか……」


「そのぶん咲いた時にはすごく嬉しくなると思うな」


 ……。


 ――どうして君が僕に負けたのか、知りたくはないかい?


 ふと、勇者の言葉が蘇る。


 もしかしたら……花を咲かせれば、少しは分かるのだろうか。


「……フィリアよ。曾祖父は、どのような男だった?」


「みんなから好かれてた凄い人だったよ。強くて優しくて、街のみんながひいおじいちゃんを頼るんだ」


 フィリアは嬉しそうに語る。


「そんな……自慢の、ひいおじいちゃんだった」


「?」


 フィリアの表情に、なぜか微かな曇りが見えた。


「……そうか。あやつは独りではなかったのだな」


「? どうしたのアルナちゃん?」


「何でもない、ただ気になっただけじゃ」




 ……もしも、アルナが勇者と争わず生きる道を選べていたら。


 違う未来もあったのだろうか。


 魔王たるアルナを唯一畏れなかった、勇者ルミレス。その差しのべてくれた手すらも振り払って、今ここにいる。


 ルミレスには、アルナが子孫の側にいるという未来も見えていたのだろうか。





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