47話 最終話
「……」
「よ、シルヴィエ」
「カイ!」
「どうでした、ダンスは?」
「あのなぁ……」
そんなシルヴィエにおどけるような口調で話しかけてきたのはカイとエリンだった。
「はい、踊って喉が渇いたろ。レモネード持ってきた」
「……ありがとう」
「なんだ、辛気くさい顔をして。まあいいや、ちょっと話があるんだ、シルヴィエ」
「話……?」
「少し夜風に当たろう」
こうして三人はバルコニーに出た。
騒がしい舞踏室と違い、ここは人もまばらで静かだ。
「なんだ、改まって」
「……シルヴィエ、俺は王宮を出ようと思う」
「……? いきなりどうしたんだ、カイ」
「やりたいことが出来たんだ」
「やりたい事?」
シルヴィエは驚いて、思わず聞き返した。
「ああ、ずっと考えてたんだ。魔王が実質居なくなった今、俺は何をすればいいのだろうって。俺には領地も金もある」
「うん」
「それで考えたんだ。俺は領地で孤児院をしようと思う。戦いや事故で行き場を無くした子供達を育てていきたいって思ったんだ」
カイはそう言って、じっとシルヴィエを見つめた。
その目は本気の色をしているのが、シルヴィエにはすぐ分かった。
「……それがカイの次の人の守るやり方なんだな」
「そういうこと!」
シルヴィエが理解を示すと、カイは嬉しそうに笑った。
「……私も行こうかな」
「シルヴィエ?」
ふと漏らしたシルヴィエの呟きに、カイは目を見開いた。
「私も王宮を離れるべきだ。やはり……ユリウスの足かせにはなりたくない……」
「でも……」
「元々、このパーティが終わったら、ヴェンデリンの元にでも行くつもりだったんだ。でも孤児院の先生も悪くないかもなって。頼む、カイ。分かってくれ」
「……分かった。そこまで言うのなら」
カイが頷いたことによって、シルヴィエは心のつかえが取れた気分になった。
「すまない。……いつもありがとう」
「やめろよ。柄でもない」
「そうだな」
こうしてシルヴィエの初めての……そして最後のパーティは終わった。
***
それから一ヶ月後――。
「準備はできたか?」
出立を明日に控えた午後、シルヴィエの館をカイが訪れた。
「ああ、なんとか。大きい荷物は後から送る。何十年もこの館に住んでいたからなぁ……。エリンの分もあるし」
シルヴィエは箱詰めを終えて、ガランとした自分の屋敷を見渡した。
「確かに凄い数の箱だな」
「あら、私の分なんて微々たるものですよ」
「エリン」
「ちょうどいいからおやつにしませんか? 台所の掃除ついでにお菓子を作ったんですよ」
「お、いいね!」
エリンは二人に、お茶とクッキーを持ってきた。
「こっちがナッツ、こっちはオレンジ、こっちはハーブ……」
「わあ、いっぱいだな」
「明日の道中のおやつにしようと思いまして」
「大歓迎だ。エリンのお菓子は美味しいから」
カイがクッキーをひとつつまんで口に入れる。
「うん、美味い」
「よかった。お師匠様もどうぞ」
「ああ」
シルヴィエもまたエリンのクッキーを口に入れた。
――ガリッ!
その時、何か固いものを噛んだような音がした。
「!?」
「どうしたシルヴィエ……?」
「い、痛……何か噛んだ」
「え、それハーブのクッキーですよ?」
シルヴィエがぷっとその固いものを吐き出した。
「これ……歯?」
「もしかして、乳歯か?」
「え……今更? でもないのか。体は子供なんだから……え、でも……」
「シルヴィエ、口を開けろ」
「あがががっ」
カイは無理矢理にシルヴィエの口を開くと、その中を覗き込んだ。
。
「やっぱり! 新しい歯が生えて来てる!」
「まさか!」
シルヴィエは信じられないと首を振った。
乳歯が生え替わるということは……この体は成長しているということだからだ。
「あのう……」
「どうしたエリン」
「実は、お師匠様の身長も伸びてるんです……」
「え?」
「このひと月で3目盛りも!」
「どうやって計ってたんだ?」
「寝てるときにこっそりと……。でもまだ少しですし正確ではないので黙ってたんですが」
「……」
エリンの言葉にシルヴィエとカイは目を合わせた。
「本当に成長しているということか……」
シルヴィエは震える指先で自分の顔を覆った。
その時だった。
馬の蹄の音が向こうからやって来たかと思うと、シルヴィエの館の扉が激しく叩かれる。
「シルヴィエ!」
「ユリウス!?」
「聞いたぞ、王宮を出るなんて俺は許さないからな!」
「……」
「おい、聞いてるのか、シルヴィエ!」
「それなんだけど……」
シルヴィエはばつの悪い顔をした。
「あと十年、本当に待てるか。ユリウス」
「ああもちろんだ!」
「じゃあ、私はどこにもいかない」
「そんなこと……え?」
「私はユリウスの側にいる! さっき乳歯が抜けた! 私は成長しているようだ。時間はかかるけど……」
「……ああ!」
ユリウスはシルヴィエを抱きしめた。
その温かさと力強さを感じながら、シルヴィエはカイの方を振り向いた。
「カイ、約束を破ってごめん」
「いいんだ。すべていい方にまとまった!」
そう言ってカイはにっこりと笑った。
「エリン、これからもシルヴィエを頼むな」
「それなんですけど……あたし、予定通りカイさんの孤児院に行こうと思います」
「エリン!?」
エリンの答えにカイもシルヴィエも思わず声をあげた。
「研究も楽しいのですけど、そろそろどこかで役に立てたいって思っていまして! お師匠様の代わりに私が先生になります!」
「それは……ありがたいけど……」
カイはちらりとシルヴィエを見た。
「エリン、私は大丈夫だから行ってきなさい」
「……はい、お師匠様! いままでお世話になりました」
エリンがぺこんと頭を下げる。
三人がにこっと微笑みを交わしている中で、ユリウスだけが少し不満顔をしている。
「……こほん」
「ユリウス」
「少し締まらなかったから、もう一度やり直させてくれ」
「ああ」
「シルヴィエ、十年後……私の王妃として嫁いできてくれ。私は貴女を心から愛している。どんなことがあっても貴女を守る」
「……よろこんで。私も多くの困難から貴方を守ろう」
「ああ!」
ユリウスはシルヴィエの手の甲にキスを落とした。
「……十年か……」
「長い時間だが……」
「いいや、足りないくらいだ」
「……シルヴィエ?」
「もう魔王も居ない、体の謎も解けたってことは……これから十年、ようやく念願の引きこもり研究三昧ライフが送れる訳だからな!!」
「……シルヴィエ!?」
シルヴィエは意気揚々と拳を天に突き上げた。
「おい、カイ! エリン! 荷解きを手伝ってくれ!」
「……はい」
カイとエリンはそんなシルヴィエを見て苦笑いしながらため息を吐いた。
「一件落着……なのかな?」
「うーん、でもお師匠様が幸せならそれでいいです!」
――こうして孤高の大聖女シルヴィエ・リリエンクローンの第二の人生はようやく花開いたのであった。
完
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