43話 絶体絶命
「むー、むー」
シルヴィエは鎖を噛みちぎろうとしたがまるで歯が立たない。
それどころか呼吸すら苦しい。
(とにかくカイの怪我をなんとかしないと……)
シルヴィエはなんとかカイの手を掴み、無詠唱の回復をかけ続けた。
(今はこれくらいしかできない……無事でいてくれ……!)
そう願いながら、シルヴィエは横目でカイの顔色を窺う。
カイは回復のおかげか少し血色を取り戻したように見え、シルヴィエは少し安堵した。
「さーて、ディナーの前にやることをやっちゃいましょう」
その一方で、ファラーシャは意気揚々と精霊竜イフリートの前に立った。
「さぁ、精霊竜。『賢者の石』を私に捧げなさい」
『……なんのことだ』
「しらばっくれちゃって。寿命の短い人間の世界ではいつの間にか壊したことになってるかもしれないけど、魔族の間じゃ精霊竜が隠してるって伝承があるのよ」
ふふん、とファラーシャは得意気な顔をして片手を突き出した。
「封印された父様を解放するのに必要なの。寄越しなさい」
『賢者の石は争いを産む呪われた古代の産物だ。己の欲の為に使うものには扱えん』
イフリートは冷たくファラーシャを牽制したが、ファラーシャは余計に笑みを浮かべた。
「じゃあ、やっぱりここに『賢者の石』があるのね!」
『……』
「だったら話は早い」
ファラーシャは片頬を吊り上げると、胸元に手をやった。
そのまま皮膚を突き破り、肋骨をバキバキと開く。
「あああああ……!」
鼓動する心臓と肺までも露わになった胸の中央に、拳よりもやや大きい丸いものが鎮座していた。
「くくく……」
ファラーシャは真っ赤な血に染まりながらぐっとそれを掴んだ。
「これは万の悪霊を練り固めた対精霊の呪具、。精霊竜イフリート……お前も宝玉にしてやろう」
『そんなものが我に効くか!』
イフリートはカッと大きな口を開くと、そこから閃光を吐き出した。
ファラーシャはそれを避ける素振りすら見せず、呪具をその光にかざした。
すると、閃光は四散し、光の粒子となって消えていく。
『な……』
「どう、効くでしょう。魔族の魔法学は人間より百年は進んでると思うわ」
『そんな馬鹿な……』
「信じないならそれでいい! 地獄と這いずる悪霊よ、精霊の魂を穢せ、落とせ、力を奪え!」
呪具を手にしたファラーシャの手から黒く禍々しい気が周囲に満ちる。
「おあああああ……」
「あうううう……」
恨めしげな悪霊達の声が辺りに木霊し、ずるずると影が地を這ってイフリートに向かっていった。
『な……なんだこれは……』
絡みつく怨念に満ちた悪霊達にイフリートは戸惑いの声を漏らす。
『ち……力が……』
どろどろとコールタールのようなその思念体はイフリートの全身を覆いつくさんと広がっていっていた。
『馬鹿な! 我は精霊の王! こんなものに……』
「精霊だから効くんだ。その清涼な思念体である精霊に私は悪しき気を吹き込んだ……」
ファラーシャはそう言いながらイフリートに近づいて行く。
「もう、私に触れられても抵抗出来ないだろう。そうだ、お前で作った宝玉は私の冠の先に飾ってやろう」
『……』
イフリートはもはや声も出なくなっていた。
「喰らえ!」
そしてファラーシャが真っ黒い気を放ちながらスキルを発動しようとした――その時だった。
「神剣流、奥義。神霊斬」
「がはっ!!」
カイが背中からファラーシャを貫いた。
避けることすら出来ず、それはファラーシャの腹を引き裂く。
「神よ、その剣と天秤を持って彼の者に裁きを! 聖撃!」
そこにさらにシルヴィエの攻撃魔法が炸裂する。そしてファラーシャの片手を吹き飛ばした。
「そんな……なぜ、動ける……」
「あの鎖……生き物だったのが災いしたな。私の聖なる祓いによってあれは粉砕した」
「なんだ……と……」
「お前はやりすぎた。大人しく魔族領で暮らしていれば長生きできただろうに……」
「ぐ……あああああ!」
ファラーシャは腹から内臓を噴き出しながらシルヴィエの方を振り向き、残った片手の爪を向ける。
「人間ふぜいが! 人間……!」
「黙れ」
カイはそのファラーシャの首を剣でたたき切った。
「あっ……」
「じゃあな、魔族の姫さんよ」
「クソ……本当に人間はしつこい……父様……」
ファラーシャはそう言い残し、こときれた。
「やった……か?」
「カイ、念には念を。しつこいのはこいつのほうだ。聖炎」
シルヴィエは死体となったファラーシャを見下ろし、その体を聖なる炎で消し炭になるまで焼き尽くした。
「これでよし」
その時だった。まばゆい光が発生し、宝玉とされていた上級精霊達が元の姿を取り戻した。
『ありがとう』
『助かった』
『いやー参った』
『頼もしいもんじゃ』
精霊達は口々にシルヴィエ達に感謝の言葉を述べる。
「イフリート、あなたは無事か」
『ああ……』
「なら良かった」
『魔族があのような手段に出るとは思わなかった私の奢りのせいだ。礼を言う』
「いえ、当然のことをしたまでです」
シルヴィエは真っ直ぐにイフリートを見つめて答えた。
『今後このようなことが起こらないように魔王というものは封印し続けなければならないな……シルヴィエ、そなたなら任せられる。……この賢者の石のかけらを持っていくがいい』
「かけら……やはり賢者の石はそこにあったのですね」
『ああ、そして、今の魔王の封印紋に必要なのは人間や魔族の魔力ではない。その元となる原始の魔力……魔素と呼ばれるものだ』
「それを以てすれば封印紋は完成すると……?」
『ああ。どんなに強力な魔力も魔素には置き換えられない。今の封印紋の状況は違う鍵を差し込んでつっかえ棒にしているようなものだな』
そう言いながらイフリートは鋭い爪の先で賢者の石の欠片をつまんでシルヴィエに差し出した。
『素手で触れては爛れてしまう。原始の魔素は荒々しいものだ。気を付けなさい』
「は、はい」
シルヴィエは慌ててハンカチを取りだしてその賢者の石の欠片を受け取った。
それはシルヴィエの小さな手にすっぽりと入る位の大きさ。
「……凄い」
しかし、それでも布越しに伝わってくる強い魔力にシルヴィエは思わず声を漏らした。
かつて人々も魔族も殺し合い奪おうと渇望した強い強い力。
その一片が今、シルヴィエの手のひらにある。
「必ず……必ず魔王の封印紋を完璧にしてみせます」
「任せてください!」
シルヴィエはカイとしっかりと目を合わせたあと、イフリート達精霊に向かって頷いた。




