38話 水の精ウンディーネ
『人の子たち……何用でここに来た』
リンリンと鈴の鳴るような声がする。
シルヴィエはカイの肩から降りて、泉のほとりに跪いた。
「ウンディーネ。私の名はシルヴィエ。ここにいる精霊竜に逢いに来た」
『……何の為に』
「魔族がここを襲いにやって来るのです。それを迎え撃つ為に」
『それをどう信じたらいいのだ』
「……精霊のやり方で」
シルヴィエがそう答えると、ウンディーネは口の端を上げて笑った……ような気がした。
『それでは我が腕に抱かれるがいい』
「ああ」
シルヴィエはロッドを地面に置くと、そのまま泉へと足を進ませる。
「ちょっと待て!」
するとカイが慌ててシルヴィエの腕を掴んだ。
「何をする気だ! 溺れるぞ」
「大丈夫。カイ。精霊の信頼を得る為にこれは必要なんだ。見ていてくれ」
「あ、ああ……」
カイの手が離れると、シルヴィエはそのままザブザブと泉の中に入っていく。
やがて足の着かないところまで来るとシルヴィエはとぷんと水の中に姿を消した。
「シルヴィエ!」
カイの叫ぶ声が水面の方から遠く聞こえる。
(カイ……大丈夫……きっと)
シルヴィエの体は水中を漂い、流れていく。小さな泉の中とは思えないその様子は、そこがウンディーネの領域の中であることを示している。
シルヴィエは今試されているのだ。
「ぶぐっ……」
そうこうしているうちに呼吸が限界を迎えた。
『力を抜きなさい』
「……はっ」
気が付けば水の中だというのにシルヴィエは呼吸が出来ていた。
どこも苦しくない。
「ウンディーネ……」
『ここでなら分かる。お前の魂の本当の姿が。温かい魂だ』
ゆったりとした水の中でたゆたうシルヴィエはその心地よさに半ばうっとりとしながら、ウンディーネへと問いかけた。
「信じてくれるか……?」
『ああ、この先を通るがいい、人の子よ』
その途端、猛烈な渦の中にシルヴィエは巻き込まれた。
(ああ……)
シルヴィエの意識が遠のきかけた時、彼女は突然に水面から投げ出された。
「シルヴィエ!」
そのシルヴィエをカイが慌てて抱き留める。
「カイ、ウンディーネの許しを得たぞ」
「無茶しやがって」
カイはびっしょりと濡れたままのシルヴィエを抱きしめた。
「カイ、濡れるぞ」
「今更だ」
「しかたないな。よし立って」
シルヴィエは立ち上がり、カイの前に立つと、乾燥の生活魔法で互いの服を乾かした。
「じゃ、行くか」
カイは服が乾くと当然のようにシルヴィエを肩車して泉の先へと向かっていった。
***
その頃、ルベルニア軍はペンブルク軍を駐屯している城まで送り届けた。
「負傷者に対しては、ただいま治癒師が治療に当たっています。回復次第、ここから出立が可能かと」
「……報告をありがとう。我が兵達もゆっくりと休むように」
「はっ」
兵士がユリウスの前から退出する。
ルベルニア軍は今、この城の一部を拠点として使っている。
その一番広く立派な部屋を仮の司令室として、ユリウスはそこにいた。
「……そろそろ西の森にたどり着いたころだろうか」
「いけませんよ」
ユリウスの呟きに、側に控えていたパーシヴァルは鋭い声で牽制した。
「分かってる」
「前線に勝手に向かって姿をくらませた人が何を言う」
「……悪かったって。ただ……無事だろうかと」
「それに関しては信じるしかありません」
パーシヴァルの言葉に、ユリウスは黙って頷いた。
「私は私の責務がある。……それを投げ出す訳にはいかない。しかしな……」
自分が王太子でなければあの二人についていくこともできたのにと思う自分と、王子としての責任を果たすべきと思う自分の間でユリウスは揺れていた。
「勇者カイと大聖女シルヴィエ。我が国の誇りである二人だ。信じなければ失礼というものです」
「ああ……。ああ、そうだな」
ユリウスはパーシヴァルの言葉で、ありもしないもしもの可能性を捨てるべきと覚悟を重ねる。
自分が彼らにできることはこの軍勢をしっかりと本国まで返し、その帰りを待つ。
それが自分にできる全てなのだと。
「……」
それでもユリウスの胸は締め付けられるようだった。




