36話 夜襲
「はあ……私は本当についてないわ」
「どうしたのですか、おひい様」
「こんな醜い小男とひっそり森で一晩明かそうだなんて。しかも食事は貧相な干し肉だなんて」
西に向かう途中の森。
日が暮れてきたので二人は休もうと焚き火を囲んでいた。
「あれだけの大軍勢が居たのになぁ」
「でも食わせるのも大変でしたし」
「人間領までくれば食料もいらないと思ったら人間どもの反撃をくらった。ああ、ついてない……」
「なに、魔王様が蘇ればいいのです。それで万事解決です」
「そうね。聖域の森か……」
ファラーシャは西の方角を見据え、何かを思っている風だった。
「さあ、一眠りしよう。明日も一日走り通しだ」
ファラーシャとナミラはここまで人の作った道を避け、森を走り抜けてきた。
さすがに体力の消耗も激しい。
「寝台になれ、ナミラ」
「あい、おひい様……」
そんなやり取りをしていた最中だった。
「――見つけたぞ!」
甲高い子供の声。そして白い竜巻のような何かがファラーシャとナミラの前に現われた。
「覚悟しろ、魔族女!」
「あの餓鬼と勇者の男か! どうやってここまで……」
ファラーシャは人間のしつこさを更に痛感した。
「あいにく人は知恵ある生き物で、私はその中でもとびきりなのでね」
シルヴィエはそんなファラーシャを煽るような言葉を口にして彼女を睨み付けた。
「餓鬼のくせに……」
「ただの餓鬼と思うな。私は大聖女シルヴィエ・リリエンクローン」
「……大聖女?」
ファラーシャはキョトンとして目の前の小さな子供を見つめた。
「そ、そうだぞ、大聖女だ! お前こそ何者だ」
「私はファラーシャ、魔王の十三番目の姫だ」
「魔王の子……」
「その通り」
シルヴィエはそこで自分の予想に確信を得た。
もしも魔王の封印を解こうと考えるのなら、それは肉親に違いない。
「カイ、絶対にここで食い止めるぞ」
「おお!」
カイが神剣ラグナロスを構え、ぐっと前に出た。
「この剣を振るものに、神は咎人を滅する力を与えん……聖断」
カイに付与魔法が施され、その体に力が満ちる。
「ふん……ナミラ!」
「あい、おひい様!」
ナミラの肉体が変化し、巨大な鎖鎌へと変わる。
それをファラーシャは軽々と振り回し、カイへと迫った。
――ガキン!
暗い森で火花が散る。
「……悪しき霊よ、この者達に楔を。魔鎖」
「な……!?」
するとナミラの大鎌の鎖がスルスルと伸び、蜘蛛の巣のように地面を這った。
「『動くな』」
「ぐ……」
カイとシルヴィエはファラーシャの魔法で拘束された。
「くそっ」
「あせるなカイ! 聖なる神霊よ、悪しき楔を取り払い給え! 聖解」
シルヴィエのカウンターの魔法で、途端に黒い呪縛が爆散する。
「ちっ」
「やったな! 覚悟しろ!」
自由を取り戻したカイが再び剣を握りしめると、ファラーシャは口の端を歪め、笑った。
「……嫌だね」
「はぁ?」
「私は眠い! ウジ虫どもとやりあうのはゴメンよ」
そうファラーシャが言った途端、もうもうと黒い霧が辺りを覆った。
「な……これ……」
「カイ、目をつむれ。毒霧だ!!」
その霧を吸い込んだ胸は痛み、目からは涙が止めどなく溢れる。
「ひ、ひどいにおいですぅ……」
クーロもこれには涙目になっているし、その父母、エルとナキもダメージを負ったようだ。
「あはははは! ではな!」
ファラーシャの笑い声がどんどん遠くなっていく中、皆はどうすることもできなく、ただ蹲っていた。
そして霧が晴れた時にはファラーシャとナミラの姿はそこには無かった。
「神霊の聖なる加護をこの者に、癒しの力を与えたまえ。聖癒」
シルヴィエは咳き込みながら回復魔法を唱えた。
「みんな大丈夫か?」
「ああ、ありがとう。しかし……また逃してしまった」
カイもクーロ達も無事なようだ。
だが、カイは悔しそうに地面を叩いた。
「カイ、焦るな。行き先は決まっているんだ、先回りしよう。エル! ナキ!」
「わかった。さあ乗れ」
こうしてシルヴィエ達は精霊の森に先回りして彼女らを待ち受けることにした。




