34話 危機
「はっ、所詮餓鬼は餓鬼か!」
ファラーシャはカイの隙を突いて距離を取ると、そこらの死体に手を触れる。
それは今度はみるみるうちに巨大な大槌へと変化した。
……肉体の形、固さ、重さを自由に変えることができる、これがファラーシャの特異な能力だ。
「ぶっ潰す!」
「やってみろ!!」
再び、カイとファラーシャの戦闘が始まった。
カイの身体能力は向上したが、ファラーシャの素早さも負けてはいない。
カイがそれに手こずっている間に、シルヴィエの危機はより深刻なものになっていた。
「ぐ……」
なんとか張った障壁を維持しつつ、シルヴィエは例の特製魔力回復薬を口にした。
しかし、飲みやすさを重視し糖衣をかけたそれは効くのに少々時間がかかる。
――ピキッ
そんなことをしているうちに障壁に亀裂が入る。鎌の先端がシルヴィエの眼前に迫ったその時。
「シルヴィエ!」
聞き覚えのある声が響き、ナミラの鎌が弾き飛ばされた。
「大丈夫か!?」
「……ユリウス!」
それはまさかのユリウスの姿だった。
軍の指揮はどうしたのか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「神よ、その剣と天秤を持って彼の者に裁きを! 聖撃!」
シルヴィエのロッドから白い光が溢れ、衝撃波となってナミラを襲う。
「ぎゃああああっ!」
すると鋼鉄以上に固く巨大な鎌の姿をしていたナミラの装甲がボロボロと崩れていった。
「ナミラ!」
ファラーシャは思わず叫んだ。
「おひい様……お逃げください……」
「ちっ……」
ファラーシャは大槌をカイ目がけて投げつけた。
「わっ」
すんでの所でそれを避けるカイ。
そして……振り返った時にはファラーシャとナミラの姿はもうどこにも無かった。
「逃したか……。おいシルヴィエ、大丈夫か!?」
「こっちは大丈夫だ。だが……」
シルヴィエはぎろりとユリウスを睨み付けた。
「どうして貴方がここにいる!? 軍はどうした!」
「シルヴィエが鍛え上げた魔法兵の一斉射撃で敵は殲滅。森に逃げ込んだ残兵を歩兵が根絶やしにしているところだ。で、さらに前線に進んだらシルヴィエがピンチだったから……」
「だからって指揮官が出てくるな!」
「……ごめん。でもシルヴィエが無事で良かった」
いくらシルヴィエがユリウスを責めても、彼女の無事の前では些細なことだと彼は捉えているようだった。
「さ、魔族軍はほぼ壊滅した」
「大将を逃したがな……」
シルヴィエは悔しそうに呟いた。
こまめに魔力回復をしてさえいればあんな無様を晒すことにならなかったのに。
そう思えて仕方が無かった。
「カイ、どうする」
「当然、追う」
「だよな」
シルヴィエがカイに問いかけると、カイはすぐに頷いた。
「俺も……」
「「お前は軍の指揮!!」」
「ぐう……」
ユリウスも口を開きかけたが、すぐにシルヴィエとカイに怒鳴りつけられ口をつぐんだ。
「自分の立場を考えろ」
「分かってるって……それに追うってどうするつもりなんだい?」
ユリウスは気まずそうに頭を掻きながら、シルヴィエに聞いた。
「ここには、やつらの魔力の残滓が残っている……それを追う」
「そんなことが出来るのか」
その問いかけに、シルヴィエは自信満々に鼻を鳴らした。
「出来るさ、このシルヴィエ・リリエンクローンならな!」
***
「あーあ、せっかく肉の盾を準備したのになぁ、残念」
その頃、ファラーシャはナミラを踏みつけにしながら、崖の上から壊滅した魔族軍を眺めていた。
「そうですねぇ」
「ま、仕方あるまい。身軽に行きましょう」
ファラーシャはそう言って、自分の腹を叩いた。
「うげぇえぇ……」
その口から、ボロボロとカエルの卵のような黒い球状のものが大量に吐き出された。
それはピクピクと動きながら、元の姿に戻って行く……。
「……非情であれと言われる魔族も親子の情には負けるというのは皮肉だわ」
それは沢山の魔族の子供達だった。
「始末しておけ、ナミラ」
「はい、おひい様」
ファラーシャには魔王の様に魔物を従えるスキルはない。
なので魔族の子供を攫って言うことを聞かせていたのだった。
「父様のようにはいかない……悔しいな」
「では行きましょうか、おひい様」
そうして、ファラーシャとナミラはその姿を消した。




