32話 血の戦場
少々グロテスクなシーンがあります。
そうしてついに援軍が王都を立つ日がやってきた。
「それでは全軍、進め!」
ユリウスの朗々とした声に、軍隊は一つの生き物のようにゆっくりと動き出した。
白い馬に乗ったユリウスを先頭にして、ペンブルクへの援軍は王都の中を通っていく。
「ルベルニア……万歳!」
人々の喝采がその身に降りかかる。ユリウスは神妙な面持ちでその先へと進む。
その少し後から、カイ達が続く。
シルヴィエはさすがに一人で馬には乗れず、ロッドを抱えてカイの膝の間に乗っていた。
「カイ」
「どうしたシルヴィエ」
「思い出すな。三年前、こうして王都を後にした日を」
「ああ……」
カイも思い出していたのだろう。国の、いや世界の期待を一身に背負って、魔王を倒す為に旅立った日を。
「……緊張してるのか、シルヴィエ」
「少し。王にはああ言ったが、この体での戦闘は初めてだからな」
「シルヴィエなら出来る。それに魔王を欠いた魔族なんて俺達の敵じゃないさ」
なら良いんだが、とシルヴィエはまだ一抹の不安を抱いて馬に揺られていった。
「一旦休憩します。馬車にお乗り換えを」
「分かった」
出立の時は儀典的な意味合いが強かったが、ここからは長距離移動の形に移る。
「シルヴィエ!」
「ユリウス」
馬から降りたユリウスは真っ直ぐにシルヴィエの元に向かってきた。
「どうだった? 指揮官ぽかっただろう」
「ぽいっていうか指揮官そのものだろうよ」
少し浮き足立って見えるユリウスに、シルヴィエは冷たく言い放った。
「旅も戦闘も初めてだろう。はしゃぐな」
「すまない……ただ」
ユリウスはそう言ってカイをちらりと見た。
「俺は憧れてたんだ。その……『旅の仲間』ってやつに」
「ユリウス殿下、出立します!」
「ああ! じゃあまた後ほど」
部下に呼ばれたユリウスは別の馬車へと移っていった。
そこからは特に魔物や魔族とかち合うこともなく、援軍はペンブルクの国境へとたどり着いた。
国境の門兵たちは手放しで喜び、援軍を迎え入れた。
「さらにここから北上し、北の国境を目指す!」
「はっ!」
ユリウスの言葉に応え、ルベルニア援軍は急加速し北上を続けた。
――一方、北の国境沿いでは魔族との戦いが繰り広げられていた。
「槍兵、前へ! 魔法兵はその後ろから一斉射撃!」
ぐっと前に進んだペンブルクの兵が魔族軍を押し返す。その後ろから放たれた長距離攻撃魔法が最前線のオーク達を襲う。
「ぶいいいいいいい!」
「あがああああああ!」
容赦無く降りかかる攻撃にオークは焼かれ、その身を砕かれ……血と臓物が地面にまき散らされた。
しかしすぐに別の魔物が立ちはだかり、最前線の兵士が逆に屠られていく。
地獄のような様相がそこにはあった。
「……」
それをじっと後方の輿から眺めている者……それはファラーシャだった。
彼女は小男のナミラにその長い髪を梳かせ、どこか退屈そうだった。
「しつこい。人間というものはなんてしつこいの」
「ま、ま、ま、まったくで」
ナミラがどもりながらそう答える。
「ちょっと補給に寄ったつもりがこうなるとはね。こんなところで足止めを食っている場合ではないのですけど。暇つぶしにしても飽きてきたわ」
「へ、へ、へ……でも放って置いたら邪魔ですからねぇ」
「……おやつを食べてから考えるわ」
「そうですね。食料に事欠かないところは人間領のいいところです」
そう言ってナミラは銀盆に載った何かを捧げ持ち、ファラーシャに差し出した。
「どうぞ、採れたての目玉です。青く美しいものを選りすぐりました」
「うむ……眼球は殺したてじゃないと味わえないものね……ああ、美味しい」
ぷちりぷちりと、殺した兵士の目玉を頬張る彼女の青ざめた頬に赤みが差していく。
「うん、お腹ももう十分。一気に蹴散らし先に進むわよ」
「はい、おひい様」
その言葉を聞いて、ナミラはファラーシャの膝の上にすり寄るように近づいた。
「ナミラ」
ファラーシャはうっとりとその小男の名を呼ぶと、一気にナミラの腹を引き裂いた。真っ黒な腸がその中からまろびでて、床に転がる。
それをずるりとファラーシャは引っつかむ。黒い彼女の魔力がその臓物に注ぎ込まれると、死んだように床に転がっていたナミラがけたたましく笑った。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「地底の荒ぶる精霊よ、全てを切りさく鉤で幾多の命を狩らん……魔爪」
ファラーシャの詠唱と同時にナミラの肉体は形を変え、巨大な鎖鎌となった。
「所詮我らの餌にすぎぬ矮小な人間共め。叩き潰してあげる」
そして、ファラーシャは立ち上がった。
と、と、と……と前方の魔物達の頭を踏みつけにし、一気に前線に躍り出る。
「さあ、踊れ!」
その鎌の一振りで、何人もの兵士の首が飛び、戦場は一気に混乱に陥った。
「うわああああああ!」
「もう駄目だ!」
「諦めるな! ここを守らないと国も故郷もない……」
逃げ出した兵士を鼓舞していた上等兵も全てを言い終わる前に事切れた。
「さあて……」
ファラーシャはあたりを見渡した。今ので人間の兵士達の戦意はガタガタだ。
「一気に蹴散らしてあげるわね? 安心して、一瞬だから」
そうにこりと微笑んだ時……だった。
「聖壁!!」
「な……これは……!?」
白く輝く魔力がその場に満ち、兵士達と魔族軍を分断した。
それは――シルヴィエの放った大規模障壁魔法だった。




