29話 影
「おはよう」
「……また来た」
翌日、さすがに嵌められたことに気付いて来ないかと思われたユリウスだった。
が、平気な顔をして現われたのを見てシルヴィエは苦い顔をした。
「どうしたもんだか」
いつもの様に、部屋からユリウスを追い出した後、シルヴィエは誰に言うでもなくぼやいた。
「次の手を考えなくっちゃな」
「なにか当てはあるのか?」
「ああ。またパーシヴァルと相談してみる」
「……頼むぞ」
シルヴィエは少々疲れた顔でカイに答え、送り出した。
「すまなかった。王子の気持ちを動かすことは出来なかった」
カイの屋敷に呼び出されたパーシヴァルは、カイにそう言って謝罪した。
「ある程度予測はしていたことだ。そうだな……昨日のは手当たり次第に、お嬢さんをぶつけたのが悪かったなと。もっと王子の好みを考慮しても良かったかなと」
「王子の好み、ですか。と、いうと例の『リリー』ということになりますね」
「そうだな」
「恥ずかしながら、私は王子から聞くリリーの話しか知らないのです」
なるほど、パーシヴァルは直接にシルヴィエに会ったことがないのか、とカイは初めて気が付いた。
「そうか……シルヴィエは……えーと、大聖女というだけあって、知識豊富で博識だ。あとは質素で……」
「ふむ……知性があって贅沢は好まないと」
「うん。あと……頑固で不器用で損をしがちで」
「それってけなしてませんか」
「そういう所もあるってこと! ……まあ、そんな女性がいるといいんだが……パーシヴァル、一回シルヴィエに会ってみるか?」
カイはそう相談した。口でいくら説明してもどこか心許なく感じたのだ。
「え? いいんですか?」
「シルヴィエも王子が諦めてくれるのを望んでる」
「それは願ったり叶ったりです」
カイは使いをシルヴィエの館までやらせると、シルヴィエを呼んで来た。
「はじめまして、パーシヴァル殿」
「はじめまして……」
小さな体で、とても子供とは思えない見事な会釈をしたシルヴィエを、パーシヴァルは驚きの目で見つめた。
「私がシルヴィエ・リリエンクローンだ」
「はい……前のお姿の時は拝見したことがあります」
パーシヴァルは自然に幼女の姿のシルヴィエの前で居住まいを正してしまった。
知性を湛えた紫の瞳の前にふとすると飲み込まれそうになる。
なるほど、魅力的な存在だとは思ったが、ユリウスがそこまで恋心を抱くとは思えなかった。
そんなパーシヴァルの内心を読み取ってか、シルヴィエは不敵そうな笑みを浮かべた。
「これでは説得力がないだろう。ちょっと待ってくれ」
そう言って、シルヴィエは魔力回復薬を飲み込んだ。
「ああ……!?」
カイとパーシヴァルの目の前で、シルヴィエは『リリー』の姿になる。
「シルヴィエ……そんな姿だったのか」
カイが震える指先で自分を指すのを見ながら、シルヴィエはそういえばこの姿をカイにも見せてなかったことに気が付いた。
「これは……無理もない」
パーシヴァルもやはり驚き、そう呟いた。
白銀の髪はミステリアスで、頬は薔薇色。白磁の人形のようなその姿に見入ってしまっていた。
「カイ、こんな女性を探せというのは……大変に難しいですよ」
「おいおい、パーシヴァル……お前が頼りなんだぞ」
急に自信を無くしたかのようなパーシヴァルの言葉に、カイは鼻を鳴らした。
「……私からも頼む。私とまったく同じ人間なんていないのは分かってる。でも……ユリウスの気を惹くような女性を探し出してくれ」
「……善処します」
パーシヴァルはシルヴィエの言葉に深く頷いた。
「はー、びっくりした」
「なんだ、カイ」
パーシヴァルが退出したあと、カイはシルヴィエを館に送るために横を歩いていた。
「ばあさんの若い頃は美女だったんだなー」
「そうなのか」
相も変わらず、シルヴィエには自分の容姿についての自覚がなかった。
「ユリウス殿下も災難だな」
「なんか言ったか」
「あー! なんでもなーい」
こうしてパーシヴァルは花嫁候補探しに奔走し、カイとシルヴィエは日々訪れるユリウス王子をいなしながら日々が過ぎていった。
――それと同じ頃、北の北の果て万年雪に覆われた極寒の地……魔族領の谷の奥。
そこはかつて魔王城と人間から呼ばれていた場所に一つの陰が現われた。
「うっとうしい雪……」
そう呟く唇は血の様に紅い。黒く長い髪と服は風雪に乱れ、その顔は蒼白だった。
ただしそれは寒さのせいではないようだ。
「おいたわしや……お父様……」
彼女は幾人もいる魔王の血族。第十三番目の娘、ファラーシャ。魔族である。
「ねぇ、ナミラ。もしお父様を解放できたら私を跡継ぎにしてくれるわよね」
「ええ、それはもう」
側に蹲るようにしていた黒い虫型の小男が首が取れそうな勢いで頷いた。
「おひい様は、並み居るご兄弟のうちでも一番魔力が高く、人間共を多く屠って参りました。それにこの封印を解いたとなれば、それはもうもう」
ファラーシャはその言葉を聞いてニヤリと笑うと、ナミラを蹴り飛ばした。
「べらべらうるさい」
「ひぃひぃ」
恐怖で震えるナミラを見て、ようやくファラーシャは気が済んだのか、城に向かって歩き出した。
「まずは封印がどんなものが見せて貰おう。はは……ははは……」
黒いその二つの影が魔王城に吸い込まれて行ったことは、誰も知る由もなかった。
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