28話 幸福
「……少々、退席させてもらう」
「え、ええ」
ずらりと並んだ貴族令嬢たちの姿に眩暈さえ感じたユリウスは、そっとサロンの外の庭に出た。
「王子、どうですかご令嬢たちは」
そんなユリウスの後ろから着いてきたのは側近のパーシヴァルだった。
「……みな育ちの良い、いい娘さんたちだと思うよ」
「その通りです。そのような方ばかり集めましたから」
「この中から誰かを選ぶのがきっと世間的には好ましいのだろう。でも……どの令嬢もリリー……シルヴィエには及ばないと思ってしまうよ」
「ユリウス王子……」
「駄目だな、俺は」
ユリウスは自虐的に口の端を上げると、パーシヴァルの方を振り向いた。
「安心してくれ、俺も王族だ。誰にも恥をかかせないように振る舞うから。さ、ご令嬢達が俺を待ってる。戻るぞパーシヴァル」
「え、ええ……」
ユリウスは踵を返してサロンへと戻った。
「ぷはっ」
「カイ! 静かにしろ」
「もう大丈夫だよ。ほら、もう行った」
その時、庭の茂みから顔を出したのはカイとシルヴィエだった。
偵察の為に庭に潜んでいたが、急にユリウスが外に出てきたので慌てて生け垣に隠れた二人。
「どうやらこれは駄目みたいだな。ま、半分分かっていたけれど」
「……うん」
カイがそう小声でシルヴィエに話しかけると、一拍遅れてシルヴィエは返事をした。
「みんな綺麗だしかわいいし、育ちも家柄もいいお嬢さん達なのに……どうしてだ、ユリウス」
そう言いながらも、シルヴィエの胸の中にほんのりと喜びが湧き上がる。
あの煌びやかな貴族の娘達の誰よりも、本当にユリウスは自分のことを好ましいと思ってくれているのが彼の口ぶりから伝わったからだ。
「でもこのままじゃまずいんだろう? カイ」
「ああ。王が縁談を持ってきたらさすがにユリウス王子自身の問題じゃなくなると……パーシヴァルは言っていた」
「……私は、ただユリウスに幸せになって欲しいだけなのに」
ユリウスがシルヴィエに思いを寄せる限り、どうしても負の連鎖は止まらないのだ。
シルヴィエはもうどうしていいか分からなかった。
「……シルヴィエ」
カイはそんなシルヴィエの姿を見て、彼女のユリウスに対する深い思いをまざまざと見た思いがした。
自分の都合や思いの為でなく、ただ相手の幸せをを願うシルヴィエのその感情は、もう恋心を超えた愛、だと思った。
だがカイはその言葉をぐっと堪えた。言えばよけいにシルヴィエを追い詰めてしまうような気がして。
「いっそのこそどこかに行ってしまおうか」
シルヴィエはぽつりと漏らした。
「シルヴィエ?」
「研究ならどこでも出来る。私が本当に居なくなったら、きっとなんとかなるんじゃないか」
「シルヴィエ……チビ王子たちはどうするんだ」
「私じゃなくても誰か優秀な教師がいるさ」
「……それは最後にしとけ」
なかばやけっぱちのシルヴィエにカイはそう言って彼女の頭を撫でた。
「俺が寂しいじゃんか」
「馬鹿……」
シルヴィエはふっと目に浮かびそうになった涙を誤魔化そうと、膝の間に顔を埋めた。
「殿下、お庭にいらしてたのですね」
「ああ、少し外の空気が吸いたくなってね。人酔いをしたかな」
サロンの中に戻ったユリウスは、話しかけてきた令嬢にそう答えた。
「殿下もそのようなことがあるのですね」
「ああ」
「王族の方はいつも人々の目がありますものね」
「……ああ」
ユリウスはパーシヴァルに宣言した通り、笑ってその令嬢をあしらおうとした時だった。
「王妃様になったらとっても大変なんでしょうね……」
「え?」
ふいに、ぽつりと彼女が漏らした言葉にユリウスは思わず聞き返してしまった。
「……確かに。私の妃になる人は苦労するだろうな」
そう答えると、その令嬢はサッと顔色を青ざめさせて慌てて頭を下げた。
「申し訳ございません! 出過ぎたことを」
「いいや、かまわない。……そうだな。少し聞いてもいいかな? 君は結婚に何を求める?」
「結婚……ですか……」
彼女はくりくりとした鳶色の瞳を動かしてどう答えようかと考え込んだ。
それもそうだ。彼女もまた王子に近づき、親しくなる為にここに来ているのだから。
返答次第では未来の王妃かもしれないとなれば迂闊な返事はできない。
「……幸せを。幸せを求めています」
「幸せ?」
「は、はい。わたくしは両親から幸福になって欲しいと、そう常々言われてまして。両親も仲むつまじく、こんな夫婦になりたいと小さい頃から思っていました」
「ほう……」
幸福か、とユリウスは彼女の言葉を噛みしめた。
自分はシルヴィエを困らせてばかりだ。自分はなにか彼女に幸福を与えられているだろうかと。
その様子を見て、名も知らぬその令嬢は恐縮して身を縮こませた。
「すみません……子供っぽいことを申しました」
「いや……君は愛されて育ったのがよく分かったよ。確かに幸福は豊かな人生において大切なものだ」
そう言いながら、ユリウスはやがて王となる我が身を振り返る。
綺麗事だけではすまない施政や、隣国などとの政治的関係。重たい責任をその肩に負う。
それが王という立場であり、そうなるべくしてユリウスは生まれ生きてきた。
それはシルヴィエに夢中な時も揺るがない、彼の根幹にあるものだった。
「ありがとう」
「は、はい」
ユリウスは表面的な笑顔を貼り付けてその令嬢の前から立ち去った。
そして給仕に頼んだお茶を飲みながら、その茶会を乗り切った。




