その1.嘘つきな王子様は悪役令嬢に恋をする【前編】
おかげ様で日間ランキング2位!
ロア様視点の番外編追加します。
9つを過ぎ、夏の季節に差し掛かった頃の事。
王太子になりたくなくて婚約者である彼女、リティカ・メルティー公爵令嬢から逃げ回っていた俺は。
「私は王妃になるために頑張っているのではありません。私はあくまでロア様の婚約者です。そこを譲る気はありません。私、この国もロア様のことも大好きなので」
俺が王太子になりたくないと知っても、そう言ってくれた彼女に恋をした。
我ながら単純だとは思う。
だけど自分の強すぎる魔力のせいで身体的苦痛に苛まれる"魔障"という体質と笑顔の仮面をつけて足を掬おうと近づいてくる人間に辟易していた俺にとって、絶対的味方でいてくれるという意味に等しいその言葉は最高の口説き文句だった。
俺から大切なモノを奪っていく大人達が紡いだ嘘だらけのこの世界で"優しい王様になって欲しい"と彼女が望むなら。
その期待に応えられるように、もう一度真剣に頑張ってみようかなと思えるほどに。
"優しい王様"
きっと、上に立つ人間が誰かに優しくできるには、それができるだけの余裕と実力がいる。
誰も救えない、上辺だけの優しさでは意味がない。
膨大な知識も、ヒトを動かせるだけの煽動力も、必要時相手を出し抜けるだけの狡猾さも必要だ。
というわけで。
「まさか、あなたが自ら進んで私のところに自分を売り込みに来るとは思いませんでしたよ」
俺が頼った相手はリティカの父、カーティス・メルティー公爵だった。
客観的に見て、彼ほど政治能力が高い人間はいない。
正攻法以外にも手を出せる、その大胆さも含めて。
「でも、遠慮します。次代を育てるのは私の仕事ではないので」
宰相職も退いて久しいですし、と父の戦友でありこの国の影の支配者は飄々と笑う。
「それに、リティカにはいつまでも私の手の上にいて欲しいんですよねぇ。何せ最愛の妻の忘形見なので」
王太子になる気もなかったくせに、今更やる気を出されても、ねぇ? と口角を上げて嘲笑するカーティスを前に俺は拳をぎゅっと握りしめ、
「なら、俺のこれからの行動でカーティスの興味を引けたなら検討してくれないか?」
セザールと同じ紫暗の瞳に問いかける。
「そうですねぇ。引けたら、ね? 考える、くらいはするかもしれませんね」
まるで掴みどころがないカーティスを動かすにはそれなりの動機と彼にとってのメリットがいる。
どのみちマイナスからのスタートなのだから、それくらい難易度が高くて当たり前。
カーティスの興味と関心。それを惹きつけ振り回すことができた人物は過去2人だけ。
彼の妻、アリシア・メルティーと俺の父である現王陛下。
それに匹敵するほどの何か。
「それで充分だ」
必ず、カーティスを師にしてみせる。
そんな決意を誓い、俺はまず自分にできる事からはじめることにした。
そう決めたとはいえ、随分長い間サボってしまっていた自分を鍛え直すには時間が必要で。
愚者を演じる事で俺を喰い物にしようとしてきた大人から守ってきた弱い自分を脱して自分の手札を外部に晒すには俺はまだ未熟過ぎて。
だから結局、信頼できる相手から秘密裏に師事を仰ぐしかなく、リティカに会う時間も作れなかった。
と、いうのは多分言い訳で。
「あ、リティカ」
鮮やかなピンク色の髪を一つに結い上げ、難しい顔でノートと睨めっこをしている彼女はどうやらコチラには気づいておらず百面相を繰り返す。
しばらくそのまま眺めていると何かを閃いたらしくぱぁぁっと表情を明るくし、ノートに何かを書き込んでとても満足気に笑った。
「っふ、リティカは今日も楽しそうだな」
パタパタと走っていく彼女の背を見送って自然と表情が緩む。
そんな自分に気づいて、しまったとため息を吐き慌てていつもの人畜無害そうな笑顔を意識して作る。
城内など、どこで誰が見ているかわからないのだ。
父が即位しても、有力な貴族の娘を娶らず古参の貴族を蔑ろにし、家の力が弱い母上だけを寵愛したがために母上の身に起きた悲劇が頭を過ぎる。
リティカは母上とは違い、公爵令嬢で権力者の娘だ。だとしても、第一王子でもっとも王太子の座に近い俺の婚約者である以上、安全だという保障はない。
ただの政略結婚で、評判のよくないリティカが正妃なら俺が即位した後に側妃を取る可能性が高い。
公爵家を敵に回すより、側妃として王家に近づく方がリスクが少なく、側妃として寵愛を受けられれば派閥に有利な方向に持って行きやすい。
そう思われているほうが、おそらくリティカに向けられる敵意は少ないはずだ。
だというのに、俺があからさまにリティカに好意を示したら、彼女を害そうとする人間を余計に刺激してしまうかもしれない。
そんな俺にできる対策は、リティカと距離を取ることだった。
まぁ、週1回のお茶会を廃止しただけで不仲説が瞬く間に流れ、リティカの動向を注視している人間が減ったのだからそれなりに効果があるんだろう。
「私がロア様をお守りいたします」
そう言ってくれたリティカの日常が平穏であるならば。
たまにこうして遠くから彼女を見つけて、楽しそうに笑うリティカが見られるだけで良かった。
たとえ、あの澄んだ空色の瞳に俺が映らなかったとしても。
リティカが無事なら、それだけで。
そう、思っていたのに。
王妃教育中にヴァレンティ侯爵夫人からリティカが暴行を受けていると知った時は、頭が真っ白になった。
リティカが楽しそうに綴っていたノート。
内容は、リティカが受けた痛みの記録と自身の身を守るための方法。
その日付は俺がリティカを避け始めるより随分前から始まっていた。その頃はお茶会で顔も合わせていたし、なんなら彼女が俺に勉強だの運動などやらせようとほぼ毎日押しかけて来ていたのに。
情けなくも俺はリティカがそんな目に合っているなんて全く気づかなかったのだ。




