板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年12月22日
山奥にたたずむちっちゃな村、このはな村のコミュニティラジオ、このはなFM。金曜夜のDJは板谷楓さん。彼女のトークと素敵な音楽で綴る番組の様子を、小説スタイルでお楽しみください(もちろんフィクションなので番組も放送局も実在しません)。
もっともなんだかんだで、作者が現実の世の中に対して抱いている不平不満を登場人物の名を借りて吐き出してるだけという話もありますが。
このはな村の設定は、第十部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月9日」および第十一部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月16日」の本文にて紹介しています。
みなさんこんばんは、板谷楓です。
週末の夜、このはな村役場分署の一階サテライトスタジオから生放送でお送りする番組、板谷楓のスイートメイプルタイム。
この番組では、このはな村のさまざまな情報と、落ち着いた音楽、そしてわたしのとりとめもない雑談を、ミックスさせてお送りしています。かたい話ではありませんので、どうかリラックスしてお聴きくださいませ。
今日はスタジオを飛び出しての生放送。
スタジオのある村役場分署前の中央広場から放射状に伸びる道のひとつ、保養所通りにある小料理しらかばにお邪魔しています。
保養所通りは、文字通り会社の保養所や学校の研修所が集まる通りで、夏になるとこのお店にもそちらを利用する観光のお客様や学生さんで賑わいます。
この時期は、通りもひっそりとしていますし、お店も地元の人たちが中心になっています。
今日のカウンター内で腕を奮っているのは、沓掛さんです。こんばんは。
「こんばんはー、沓掛でーす」
沓掛さんは、日本の小料理屋さんとかで言えばママとか女将さんなんですが、このはなの村人はその呼び方使わないんですよね。料理場に立つ人の総称としてダーナという呼び方があるから。
ダーナというのは元々サンスクリット語みたいですね。それが転じて日本語の旦那になったと言われていますが、外国から村に移り住んだ人々もその言葉を使っているうちに、変化していったみたいです。わたしとかは顔見知りだから名前で呼んじゃいますけど。
ふ
沓掛さんは、なんて呼ばれるのが好きです
「んー、別にどうでもいいよ。でもママとか女将とか言われるのは小っ恥ずかしいかな」
やっぱそうです? 村のダーナさんたちってみんな言いますよねそれ。
「慣れてないからだろ? 女将だの大将だの見知らぬ人に呼ばれたら面食らうよ、そりゃ。ダーナって呼び方はその点便利だからな、今流行りのえすでーでー? とか、エンドウとか何とかにもいいんだろ?」
SDGsとジェンダー平等のこと、ですよね。沓掛さんは、なんでか横文字に弱いんです。
「やかましい、料理は口でするもんじゃねえんだから」
沓掛さん、口が悪いですがご了承下さい。でも確かに、男性の料理人と女性の料理人で呼び方変える必要は無いといえば無いですもんね、理にかなってるんですよね。
小料理屋さんって値札とか無いとこもありますけど、このはな村だと、暗黙のオキテなのかな、明朗会計ですよね、どこも。
「あー、値段を気にしながら飲み食いされるのは、料理を出す側もなんかなーってとこもあるからなー。うちでは最初に予算聞いちゃうけどな。幾ら使うつもりだ? って」
あはは、そうそう。
「色んな国の人間が集まってくると、何がどのくらいの値段なのか、判断もバラバラだからハッキリからは幾らって出しといた方が後々もめなくて済むってことだろ、そうなったのも」
うんうん。お通しが無いところが多いのもそれなのかな?
「そういうこと。そもそも日本だけの習慣だろ? 多分。メニューに書いてないものいきなり出されて金取られたら怒るだろ、出すところも表に書いておく組合の決まりがあるしな、チャージ何円とか」
ですよね。その方がフェアという感じします。でもここはお通しあるけど、ゼロ円だからいいですよね。
「ああ。もともと出して無かったんだけど、よそからきたお客様が酒出してもなんか手持ち無沙汰にしてるんだよ、時々。なんでかと思ったら、お通し待ってたっていうね。それで出し始めたんだよ」
そっかー、お通しに慣れちゃってる人もいるんですね。でも
好き嫌いとかアレルギーとか宗教的に食べられないものとか、そういうの出されたら困ったりしないのかなーって思います。
「それが、断る事も出来るらしいんだわ、店によっては。でも何も言わずに持ってこられたら、知らない人はどうすんだって思うけどねー」
確かにー。
あ、ビール無くなったんで、日本酒ください。ひやで。
「はいよ」
というわけで、日本酒にまいります。ここの日本酒は、となり町で作ってるお酒が一種類。でも夏は冷酒もありますよね。
「そ。お客様の要望があるから。でも小料理屋の酒って基本一銘柄でいいと思ってるんだよな、私は。昔の飲み屋って大抵そんなもんだったと思うんだけど。その土地の酒をいち銘柄」
そうなんでしょうねー。気に入ったお酒をひたすら出す的な。色々選べるようになったのって最近のことなのかも、と言ってるあいだにマスのなかにコップが置かれて、一升瓶からお酒が注がれていきます。
「あ、あの説明も頼む」
あ、はい。小料理しらかばでは、昔からある日本酒の温度別の呼び方にならって、常温イコール冷やです。冷蔵庫で冷やしたのは冷酒とかいうのが一般的なのかな。こういうお酒に関する細かい決まりも、ここで教わることができるんですよ。
「教えるというか、知っとけば良いことは知らせてやってるだけでさ。ま、冷蔵庫の無いだろう時代に出来た区別を今も無理に使い続けなくてもいいとは思うけどな」
あらら、ダーナがそれ言っちゃうかー。
沓掛さんって、頑固で職人気質の料理人ってイメージだったんですよね、最初は。でもここに通ってると、そうでもないというか、イメージ変わったというか。
「自分では料理人だって身構えてるつもりも無いし、時代遅れのことをいつまでも引きずっていたくもないし、なんつーかな、学生とか新入社員とかが来ると、ひとこと言いたくなることは多いよな」
間違ったことは言ってないですよね。でも初めてのお客さんからしてみれば、お店の人に叱られるなんて経験、あんまり無いだろうし。
「だろうね。うちはお客様はお客様だけど神様じゃない、って考えだし、二十歳そこそこの飲み始めて間もないお客様も多いから、飲む際のマナーは教えてやんねえと、って思うわけだ」
マナーというと、例えば?
「大騒ぎするなんてのは、もってのほか。すぐにでも、出てけー! って言いたくなるね」
実際、言うんですか?
「言ったこともあるけど、ついでに言っちまうんだよな、金は要らねえから、とっとと立ち去れ! って。でもそれ、
よく考えたらタダで飲み食いさせたことになるから、何とかこらえるようにはなったけど」
損しちゃったわけだ。
「まあな。でもなかには、寮の管理人さんにこってり絞られて、次の日に管理人さんが全員揃えて代金とお茶菓子持って謝りに来たこともあるけど」
なんか情景が浮かぶな〜、その子達、すっごく神妙な顔でやって来たんだろうなー。
学生さんは、先輩とか先生に連れられて来るんですか?
「最初は大体そう。そうやって新しい学生さんが代々やってくるってわけ。流石に先生に連れられて来る学生さんは行儀良くはしてるかな」
うんうん、それもそうだ。
でも学生どうしになると、マナーが悪かったり?
「一概には言えないなー。お遊びのサークルとかでワイワイやってるのがタチ悪いかっていえばそうとも限らないし、真面目そうななんとか研究会とか言ってる連中が大騒ぎしたりすることもあるし。でもそれも全てがそうじゃないし」
運動部は礼儀正しいとかって、あるんですか?
「それも怪しいかもなー。運動部とか体育会の連中って一見ちゃんとしてるんだけど、彼らの決めたルールが絶対みたいな所あるから。彼らというか、その先輩から受け継がれた、いや押し付けられたと言った方が合ってるかもしれない」
イメージ的には分かる気もするけど……。具体的にどういう感じなんですか? わたしはそういうのと無縁なまま大人になっちゃったから。
「体育会のルールって世間の常識とかけ離れた所があってさ、『自分は何とかであります!』なんつー自己紹介するわけよ。でも社会に出たら丁寧な一人称は『わたくし』だろ? あと、下の学年は外に並んで先輩を見送るとかさ。学ランで真っ黒な男子がズラッと並んで『ありがとうございました!』なんて一斉に礼をするとか、他の客の迷惑だからやめろっつって、そいつら出禁にしたけど」
出たー、沓掛ダーナの出禁伝説。有名どころの体育会が軒並み出禁になったって伝説は、そういうことなんですね。
えーっと、曲の間に、飲めない人へのお酒の強要とか、女性に絡む酔客とか、ことごとくぶった斬った武勇伝をですね、お聞きしてましてですね。いやーこれは放送では言えないですねーホント。
「ま、言えないようなことしてりさせたりする奴等が悪いけどな。でも、いい学校だから、いい会社だから、体育会だからお遊びサークルだから、そういう色眼鏡で見ないで平等に接客すれば大抵はマナーのいい人だし、地位とかで判断するしないってことだな」
とまあ、うまくまとまったところで食レポです。もう直前ですからね、クリスマスというか、ノエルが。日本だとクリスマスっていうことが多いですけど、このはな村ではノエルっていうこと結構ありますよね。
「ああ、いろんな国の人間が集まって出来た村だから、いろんな国の言葉がごっちゃになるし、そうすると力関係が対等だったら、言いやすい言葉が生き残るってことだろうな」
ですねー。文字数が少ない方が楽ですもんね。沓掛さんもお母さんの先祖はフランス人ですよね?
「そう。もっとたどるとアルジェリア。でもノエルって呼ぶのは別に身贔屓じゃないぞ」
大丈夫わかってます。外来語に弱いのはよく知ってますから。
「やかましいわっ。いいから、はよ料理の紹介をしたまえ?」
はーい。えっと、ノエルといえばチキンですけど、やっぱり脚が一番人気じゃないですか。このはな村では飼ってるニワトリや七面鳥をクリスマスに合わせてお料理しちゃうことも多いんですね。
で、かけがえのない鳥さんのお命をいただいた以上は、余すことなくすべて食べましょってことで、クリスマスのあとのご馳走って意味でヘステンアペノエルなんて言ったりしますけど、要はモツ煮というかホルモン鍋というかそういうものです。
「そういうこと。内臓から何から全て食べるってのは、日本の良いことだと思うよ。他の国でどんだけそういう習慣があるかは知らんけど」
ですよねー、鶏肉に限らず、肉といったらほとんどの部位使いますもんね。
沓掛さんは、お醤油と味噌、両方使うんですね。
「一応料理人ぽくなるだろ? 二種類くらいの材料使うと。つっても、この漬け汁はそれぞれの家に流儀があるけどな。つーか、いきなり漬け汁つっても村の人間でないと分からんだろ。説明してもらえん?」
あ、そうだった。このはな村のモツ煮は、まずお醤油とかに漬けて味を馴染ませた具材に水やダシを足して煮込むんです。調合は各家庭によって違ってて、醤油だったり味噌だったり。あと隠し味でスパイス入れたりして。
「ちなみに、うちの隠し味はメイプル。みりんで甘味付けるのが日本料理では多いけど、メイプルシロップの方が入りやすい事情があったんだろうな。昔は」
ですよね。お塩も貴重品だったみたいですからね。それで伝統的に薄味なんですよね、このはな村の料理って。
「そうだな、それは言える。でもそのおかげで高血圧の人が少ないとも言われてるからな」
だからなんでしょうね、貧しい村だけど食は豊かな村だったとか言われるのって。お米もお塩もお砂糖も手に入りにくいけど、代わりの食材があるから、むしろ健康っていう。
「余計な塩分や糖分を取らなかったわけだからな。鶏以外には野菜やキノコを入れて味を重ねるから、味気ないとも感じないから、豊かになっても生活習慣病につながるような食生活になりにくかった、というわけだ」
でもほんと、ニワトリの食べられるところ全部入ってますよね。内臓はもちろん、焼き鳥で貴重な部位もいっぱい。
「きんかんとか、さえずりとか、あと鶏のハツは珍しい方かもな。やきとり、といってるハツは豚の心臓が多いんだ」
あ、あった、ハツ。そっか、ニワトリの身体の大きさだと心臓も小さくなりますよね。
あ、トサカだ。これがぷにぷにした歯触りで好きなんですよねー。
「女子では珍しいんじゃないか? それ好き好んで食べるのって。気色悪いって言うかが多いと思うけど」
このはな女子はけっこう平気だと思いますよ? 旅行とかで来た人とは食べてるものが違うから。
あ、味変いいですか?
「おう、どれにする?」
カレーかな。えっと、味変はですね、途中から色々味を出せるっていう文字通りのものなんですが、もとがシンプルな味だから色々な味が合うんですよ。でもやっぱり、王道はカレーだな、わたしは。
板谷楓のスイートメイプルタイム、お開きの時間が迫ってまいりました。
今日は小料理しらかばよりお送りしました。こちらのお店は安くて美味しいと評判ですので、村にお越しの際は、是非寄ってみてください。
安さがですね、レベチなんですよ。特にお酒も安いのが嬉しいですよね。
「小料理屋だから料理はそこそこ金取りたいけど、酒は瓶から注ぐだけだし、むしろそこで金は取りたくないからな。もちろんカクテルを研究してるとか、日本酒の鮮度を徹底的に管理してるとか、酒に手間暇掛けてるとこは別として、この村だと定価の一•五倍が限度じゃないか? 値段に上乗せするのは」
いやー、その潔さが好きなんですよねー、このはな村のお店って。ちなみにこの冷や酒、二百五十円ですけど何ccあるんですか?
「酒は尺貫法だろ? 一合だよ一合。だいたい百八十cc。一升瓶で千八百円だから、だいたい相場の値段だな」
そっかー。あれ、でも一合ってこんなたくさんだったかな?
まーいーや、お知らせがあるので、先にそれ言っちゃいます。
板谷楓のスイートメイプルタイムは、今月は今まで通り、最終週の金曜日はプレミアムフライデーをリスナーの皆様に満喫してもらうため、お休みいたします。
そして、一月からの放送なんですが、逆にプレミアムフライデーこそ番組を聴きながら楽しく過ごしたいという、有り難いご意見をたくさん頂きました。
というわけで、来年からは毎月最終金曜日の放送を定期的に行い、ほかの週は不定期に、わたしが暇だったら番組やりま〜す!
最近、金曜夜が忙しいんですよね〜、うふふ。
お相手は板谷楓でした。
それではまた、来年! ごきげんよう。
これ、ぜったい一合じゃないですよ、計ってみません?
「いや、一合ちゃんとあるはずだぞ、失敬な。ちとこれで計ってみな?」
これワンカップの瓶? なんでこんなの取ってるの?
「丁度一合だから計量カップの代わりに良いんだよ。いーから早く計ってみろって」
うん、そーっと、そーっと。あれ?
「どした? 少ないわけないだろ?」
ううん、多い。
「は?」
多分、一合半ある。マスにまるごと残ってるもん。どうりでここのお酒は酔いが早いと思ったけど。どうする? 値上げします?
「今更できるか! 損はしてねーだろ? 一合半なら」
おおー、潔くてカッコいい〜、さすがー。じゃあもう一杯! ぐびびっ。
「おい一気に飲み干すなっつーの、なんで、このはな村には酒豪が集まるかなあ……」
お察しのとおり、明朗会計、安価な酒の提供、迷惑な客にも容赦ない対応。作者の理想とするお店です。家飲みの機会がふえて、お酒の小売り価格を意識するようになると、なおさら思うところは多いわけでして。
物価高と賃金の伸び悩みが続くと、どうしても財布の紐は締まります。
さて、番組から重大発表が出ました。でもそれを小料理屋のカウンターからお知らせするのが、このはなFMのゆるゆるスタイルなんです。
ちなみにこれ、こっち側の世界の都合ではあります。作者が来年から月二回投稿をノルマにしようと考えているため、楓さんの番組を月イチに削減してしまいました。
埋め合わせとして、作中では彼女自身の都合もあるよ、として、その理由には含みを持たせていますので、なにか良い思いをさせてあげようと思っています。
それでは皆様、良いお年を。




