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世界一めんどくせー女


「あー、まじ。そうキタ?うわーやらしい。ほんっとやらしいわ。やり方が」


「オイやらしいって何だよ、やらしいって」


もうかれこれ2時間になる。水香とマリオカートをやり始めて。


これまで結果は俺の全勝。勝てもしないのに挑んでくる水香はつくづく負けん気の強い女だと思う。

俺はコントローラーを手放して後ろに倒れた。あぁ、いい加減疲れた。

しかしすかさず水香の声が覆い被さってきた。


「もう一回やろ!これ最後、ね!」


「もーやだ。飽きた。その台詞も何度目だよ」


「いいじゃん!お願いっ」


「やだ。もう夜中の3時だぞ?あーまじねみー」


「バカ。ケチ」


「はいはい、おやすみ」


半ば強引に水香を部屋から追い出した。ドアを閉める最後の瞬間までアイツはブツブツ言っていた。

何を思っているのか最近水香は頻繁に俺の部屋に来ては他愛もない話や愚痴をこぼしたり、今日みたいに何時間もゲームをしようと誘ってくる。

ゲームなんて前は全くやらず、『よく何時間もピコピコできるよね』なんて皮肉を吐いていたくらいなのに、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。俺的には嬉しいっちゃ嬉しいが、少し引っかかるのも確か。まるで穴を埋めるかのように何かと絡んでくる。それが何の穴なのかは分からない。


まぁ、楽しいからいいけど。


時計の針が3時5分を指した。やっと寝れる、と長時間ゲームをしたせいで痛んだ目を擦ってからベッドに入った。


その時、どこからか俺のではない着信音が鳴った。

見ると、床に置き忘れていった水香の携帯電話が震えていた。


「あの馬鹿……」


メールだった。拾って何気なく見ると、橘と表示されている。


橘――?



前に同じ名前の奴の愚痴を水香から聞いた事がある。

メールをしているということは、仲良くなったのだろうか。そういえば最近『橘』の愚痴は聞かなくなった。

でも、こんな夜中に何のメールだ?

よく分からないけど、胸騒ぎがした。

何か考えるよりも先に、俺の指は受信メールのフォルダを開いていた。



『今日貸した数学のノート勝手に持って帰っただろ。俺の分の宿題もやっとけよ』



「……」


何だ。ただの連絡事項か。少し安心したけど、次に襲ってきた罪悪感に俺の心はまた沈んだ。勝手にメールを読んだのだ。最低だ。







「大和ー、校門に女の子来てるぜ」


放課後、敦達と裏庭でバスケをやっているところにクラスの奴が来てそう言った。


「お、まじ?やるなぁ大和」


「可愛い?その女可愛い?」


すぐに食いついてきた敦と亮太。義信が面白くなさそうに舌打ちして、ボールを壊れかけのバスケットゴールに向かって投げた。


俺は捲りあげていたシャツの袖を直しながら眉間にシワを寄せる。知らせにきたクラスの奴はニヤニヤしながら一言、結構可愛いとだけ答えて去った。


「お前どこの女捕まえたんだよ。まさかK高?あそこの女は止めとけよ、頭も尻も軽いって有名だぜ」


「いや、知らねーよ俺。行かねー」


「もー、隠すなって。行こうぜ。着いてってやるからよ」


なんて余計なお世話なんだとうんざりしながらバスケを切り上げ、しぶしぶ校門へと向かった。


そしてそこで俺を待っていたのは、吉岡未来だった。

俺は嫌な予感を胸に、騒ぎ立てる敦達を先に帰らせ一人で吉岡未来の元へ歩み寄った。


「なに?」


「ごめんね、突然。どうしても聞きたい事があって」


大体の予想はつく。逃げ出したい気持ちに駆られながら、ここじゃ目立つと思い歩き始めた。吉岡未来が小走りで俺の隣りに並ぶ。

数メートル程歩いた時、意を決したように吉岡未来は言った。


「この前、エレベーターで会った時、大和くんお姉さんと一緒だったよね」


「……それが?」


「あの人、本当に大和くんのお姉さん?」


「何でそんな事聞くわけ?」


「えと……あんまり似てないし、」


「そりゃあ姉弟っつっても似てない奴らもいるだろ」


「でも……、手、繋いでたし」


「見間違いだよ」


「ううん。見間違いじゃない。私、はっきり見たもん。まさか大和くんの好きな人って、大和くんのお姉さんなの?」


吉岡未来の持つ真っ直ぐな目は俺の動揺を引き出した。見透かされているようで、酷く居心地が悪い。視線を逸らせば、余計に怪しいと悟られてしまった。


どうする――


俺の中で様々な言葉が飛び交う。そして選んだ答えは、これだった。


「隠してたけど……実はあの人、俺の姉貴なんかじゃないんだ」


どこか、不審そうに俺を見る吉岡。

俺は続けた。


「ほらあの……あいつ他に好きな奴いるからさ、俺といる事で変な噂とか……迷惑かけたくないし、姉貴だって事にしてるんだ」


苦し紛れの嘘だった。自分でも下手くそだと思う。

それでも純粋な吉岡未来は、そうだったんだと呟いた。

とりあえず疑っている様子はない。ホッと胸をなで下ろす。相手が吉岡未来で良かった。


「でも、あの人は大和くんの気持ち知ってるの?」


「え、いや……知らないんじゃないかな。多分」


「大和くんは、それでいいの?」


「今日はやけに質問が多いな」


「ごめん……」


「別に」


「でも私、どうしても放っておけなくて。大和くんの気持ち……分かるから」


吉岡未来はそう言ったっきり俯いて黙った。

俺の……俺たちの気持ちなんて誰にも分かるはずがない。無責任なその言葉に無性にイラついた。こんなにも吉岡未来を煩わしく感じたのは初めてだった。


「ねぇ大和くん、私に出来る事があれば何でも言ってね。相談にも乗るから」


「相談することなんて、何もないよ」


自分の言葉が刃物のように鋭く感じた。

だけど吉岡に……いや、吉岡じゃなくても誰かに相談することなんて本当に何もない。


そして俺は、吉岡をその場に残し、走った。








「大和、彼女できたの?」


その夜、家族揃って夕飯を食べている時、母親がそう言った。

俺は箸を持つ手を止め、向かいの水香はグラスを持つ手を止めた。父親はチラリとこちらを見ただけで何も言わなかった。


「今日、隣りの奥さんが大和を見かけたって。可愛らしい女の子と歩いてるところ。やるじゃない」


水香の手はグラスを握ったまま、ゆっくりとテーブルに置かれる。

やばい。変な誤解を生まないよう自然と早口になった。


「彼女じゃないよ。中学ん時のクラスメート。偶然会っただけ」


「あらそう。残念」


母親はそう言いながら漬け物を口の中に放り込んだ。

そして続けざまに言った。


「大和は一体どういう子がタイプなの?」


「なんだよ急に……別に関係ねーし」


「やだぁ。水香、大和ったら反抗期」


「コイツはもともと生意気だよ」


明らかに不機嫌な水香。俺を一瞥してから母親に向かってそう放った。

呑気な母親は口を尖らせる。


「そんな事ないわよぅ」


「いやコイツ結構腹黒いから。影でコソコソ何やってるんだか。ナンパでもしてたんでしょ、どうせ」


(……この女)


「もー水香。何でそんな言い方するのよ」


「はっ。カルシウム足りてないんじゃねぇの」


「……は?」


今……俺たちの間に亀裂が入ったのが確かに見えた。

無言で睨み合う俺たちを余所に母親はもう違う話題に移り、父親となにやら楽しそうに話し出した。


「誰のカルシウムが足りてないって?」


「誰がナンパしたって?」


「あんたでしょ。いやらしい」


「ちっげーよ馬鹿」


「馬鹿?は、ちょーむかつくんですけど」


「馬鹿っぽい喋り方すんな。みっともねー」


やがて隣りの二人が、もう一人くらい子供が欲しいとかなんとか恐ろしい事を言い出した時、水香は乱暴に立ち上がってリビングを出て行った。









世界一めんどくせー女

(…あとで謝りに行くか)





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