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嘘を信じただけだった

あれから一週間が過ぎた。

大和とは、一言も口を利いてない。

太一くんの携帯は相変わらず留守電になっていることが多かった。

それでも会う回数は増えたし、会えば幸せな気持ちになれる。



「なぁ、今日お前んち行っていい?」


学校帰り、ファミレスで言った太一くんの一言だった。

そういえば今日は、お母さんもお父さんも帰りが遅い日だ。最近では、大和も帰りが遅い。私と会いたくないのか、それとも彼女でもできたのか。


「いいよ」

「うし、決まりな」


嬉しそうに笑う太一くんのその笑顔が私は大好きだ。

彼といたら嫌なことも忘れられる。幸せな気持ちでいっぱいになれる。

今はそれだけで、十分。






太一くんを連れて家に帰ると、案の定誰もいなかった。彼氏を家に連れて来るってやっぱり少し緊張する。あ、部屋掃除してたっけ。


おじゃましまーす、と彼は靴を脱いだ。

リビングに入り、冷蔵庫からお茶を取り出してから2階へ上がる。

お前んち広いな、なんて言いながら彼はきょろきょろと見渡していた。


私の部屋に入ったとき、太一くんが尋ねてきた。


「そういやお前の弟、俺と同じ高校だっけ」

「え?」

「付き合い初めの頃言ってたじゃん」

「そう、だっけ」

「お前の弟、結構他校の女から人気あるみたいだぜ」


それは初耳だった。大和は家に彼女を連れてきたこともなければ、女の子の話もしたことがない。


太一くんが大和の話をするのはどこか違和感があった。

彼にとってはごくごく普通の会話の一部でしかないにせよ、今の私にとって大和の話題はあまり良いものじゃない。大和のことが嫌いだとか、そういうのじゃなく……何となく。


「……あ、DVDでも見る?」

「水香、」


太一くんはいつもそうだ。2人っきりになると早々に会話を切り上げ、体を求めてくる。

いつもはラブホテルか、太一くんの家だけど。

太一くんのキスを私は受け入れた。あの日、大和に迫られた時はビンタをかましたのに。

だって太一くんは彼氏で、大和は弟なのだから。


ベッドに移動した。優しく、でも少し強引に彼は私の上に覆い被さってくる。そして言うのだ。好きだよ水香、と。


「本当に?」


抱き合いながら、私は尋ねた。


「本当、本当」


笑いながら、彼は繰り返す。


「すげー好き。水香だけ好き」


言葉は飾り立て上げれば容易く嘘に変わる。

それでも、この温かさは嘘じゃなかった。

彼の唇が首筋を這うと私の口から熱い息が漏れる。


抜いて、と太一くんが言った。

躊躇したけど、私は言われた通り布団に潜る。


「お前これ上手いよな」


何でだろう。悲しくなんてないはずなのに、目頭の奥が熱くなる。

彼が私の頭に手を置いた。その手に力がこもる。苦しいくらいに押し付けられた。


「サンキュ」


終わると彼は私の頭を撫でた。

そして再び私の体を組み敷いた。強引にキスをし、絡めてくる。


その時、小さく耳に入った玄関のドアの音。心臓が凍りつく。壁にかかった時計を盗み見すれば、針は7時半をさしていた。

両親の仕事が終わる時間じゃない。


大和が帰ってきたんだ。


足音がする。階段を上る足音。

大和の部屋は、この部屋の隣り。気付かれたらどうしよう。


案の定、大和の足音は隣りの部屋へ入って行った。

私は気付いた。玄関には、私の靴だけでなく太一くんの靴もあるのだと。

大和がそれに気がつかないわけがない。


「太一くん……」

私はそっと彼の体を制した。

だけど太一くんはそれを無視する。


「えと、弟が、帰ってきたみたい」

「だから?」

「だから……」

「なに、俺より弟の方が大事なんだ」

「そうじゃなくて、私は」

「静かにしろよ。気づかれるぜ、弟に」


スプリングのベッドは動くたびに音が鳴る。

隣りにいるであろう大和の姿を想像すると自分がとてつもなく悪い女に思えてきた。

やめて、思わず叫ぶ。

黙れ、と彼は私の髪の毛を引っ張った。

一瞬、何が起こったか分からなかった。

痛い。そう悲鳴を上げたのは引っ張られた髪の毛ではなく、心だった。


私は抵抗をやめた。

思考を止め、力を抜いた。殴られるよりはましだと。

窓の外の日が落ちて、薄暗くなった部屋の中。彼の肩越しに見える天井が、涙で歪んだ。




嘘を信じただけだった

(だけどだんだん、心が削れて小さくなった)





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