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浮かんできたのは


憎まれ口を叩きながらも私の為にわざわざ財布を届けてくれる大和はやっぱりすごく優しいんだろうなと思う。


遅刻ギリギリで教室に戻ると、黒板にはでかでかと『自習』の文字。好き勝手に席を移動して喋っているクラスメート。


なんだ……急いで戻らなくても良かったじゃん。



まぁいいかと思い直し、唯やナツメの集まっている場所へ私も入った。

するといきなり、ナツメが目を輝かせて私の腕を掴んでくる。


「見たよ!靴箱で話してたの弟なんだって!?」


「え?」



あぁ、大和のことか。きっと唯が言ったんだなと即座に理解して頷いた。



「彼氏かと思ったよ!弟くん可愛い顔してるねぇ」


「そう?憎たらしいだけだよ。ねぇ、唯」



そう振ると、唯は何度か頷いた。

だけどナツメにはそんな言葉頭に入っていないらしい。


「ねぇねぇ、橘くんも見た!?」


そう言って今度は隣の席で男友達に囲まれて話している橘に話を振った。

橘の周りにはいつも人が集まる。性別問わず人気なのも、彼の魅力のひとつなのか。私にはいまいち分からない。

それにしてもナツメ、人の弟をネタに橘に話しかけるとは。


橘はナツメの方を見てぶっきらぼうに『は?』と言い返す。会話を遮断されたのが気に触ったんだろう。

それでもめげずに話を続けるナツメは勇者なのか。天然なのか。

一方唯は橘達の輪の中にいた彼氏の中川と楽しそうに話しだした。



「さっきの休み時間、水香と話してた男の子の事!」


すると橘は納得したように頷いてから、今度は私を見て言った。


「あぁ……見たよ。あれお前の彼氏だろ。イケメンじゃん」


『あれ』というその言い方がいちいちムカつく。

それに橘が『イケメン』なんて言っても嫌みにしか聞こえない。

私は、むっとしながら言い返した。


「彼氏じゃないし。ただの弟だし。いちゃついてないし」


「弟?嘘つくなよ」


「嘘じゃないもん」


「え、でも……」



橘が何か言いかけた時、他の男子が橘を呼んだ。

すると彼は何事もなかったかのように『まぁいいや』と残して違う席へ移動した。


「あー。橘くん行っちゃったぁ」


心底残念そうにナツメが唸る。

みんな、あんな冷たそうな男のどこがいいんだろう。



「でもさぁ、水香と弟くんあんまり似てないね」


「あー、うん。血繋がってないからね」


「そうなの!?」


「うん」


ナツメの瞳がキラリと光った。おもちゃを見つけた子供のように。


「じゃあまさか親に内緒で付き合っちゃったり……」


「ないないないない。そんな漫画みたいなことない」


誤魔化すように大袈裟に言った。わざとらしく聞こえたかもしれないと不安になったけど、ナツメは笑って『だよね』と言ってくれた。


「……」


その様子を離れた所から、橘が見ていた。

私と目が合うとすぐに顔をそらされた。

さっきの意味深な言葉といい、妙な胸騒ぎがする。

私はおもむろに立ち上がり、ナツメを置いて橘の元へ向かった。



私に気付いた橘が顔を上げる。同時に周りに溜まっていた男子たちが私を見た。


「なに」


何かを含んだような瞳で、彼は尋ねた。その声は低く尖っていて、つい圧されそうになる。


「お、告白すんのか?」


「中川うるさい」


野次を飛ばした中川を一瞥してから再び橘に向き直った。


「さっき、何言いかけたの?」


「別に」


「言ってよ。そういうの、気分悪い」


そう言うと、橘は少し黙って何か考えるように目を伏せた。

周りの男子達でさえ静かになった。

そして彼はふいに顔を上げる。



「ここで言っていいの?」



無表情のまま、橘は言った。

私の感じていた妙な胸騒ぎが一気に大きくなる。

何を考えているか全く読めない橘のその瞳に吸い込まれそうになった。


何か考えるよりも先に、橘の腕を掴んでその場から引っ張った。

彼は驚いた表情を見せることなく、黙ったまま腕を差し出しついて来る。まるで私がそうするのを予想していたようだ。


皆、いきなり教室を出ていく私達に唖然としていたが、止める者はいない。

逃げるように廊下に出て、人の来ない階段の下まで橘を連れて行った。


改めて橘に向き合うと、嫌な緊張感で一瞬目眩に襲われた。


「……何だよ。こんなとこに連れてきて。もしかして襲われんの?俺」


「つまんない冗談はやめて」


「は?何怒ってんのお前。ていうか、俺らって喧嘩するほど仲良くねーだろ」


「……」



橘は―――

冷たい。



嫌なポイントを的確に突いてくる。


「じゃああんたは……何を隠してるの」


消え入りそうな私の声。

少しの沈黙のあと、橘の強い声がかぶさってきた。


「何かを『隠してる』のは、本当に俺の方?」


「え……」


橘の瞳は、何も映ってないような黒。

私はまさに、蛇に睨まれた蛙。


『隠してる』じゃないなら……



何を……『知ってる』の?



私が何も言えないのを見て、彼は少し溜め息を吐いた。

そしてゆっくりと、言葉を拾うように話し出す。



「クリスマスの夜。お前何してた?」


「友達と……クラブに」


「うん。実は俺もいたんだ」



まさか……



「クラブでお前のこと見かけて、その時は『同じ学校の奴がいる』程度にしか思ってなかった。クラブの前で男と痴話喧嘩してるお前見た時も、特に何も思わなかった」


「……」



やっぱり、見られてたんだ……。



「さっき靴箱で、あの時と同じ男とお前が話してたから『あぁ、彼氏と仲直りしたんだな』って……」


「……」


「でもお前は、弟だって言ったよな。血の繋がってない」


「……うん」



私は観念した。

いつかは誰かにバレるとは思ってた。

でもそれがまさか、こいつだなんて。


何も言わない私を橘がじっと見つめる。

自分の用心の甘さに嫌気がさす。

私は一番気になっていることを恐る恐る尋ねた。橘の顔は見れない。



「それ……誰かに、言った?」


「いや、言ってない」


「そう……」


このまま秘密にしてって言いたいのに、言えない。だって弱みを握られたみたいで悔しい。


「お前さ、自分の弟本気で好きなの?」


「……好きだよ」



すると橘は、何度か頷いてから『分かった』と答えた。

それがどういう意味なのか聞く前に、彼は教室に戻ろうと歩き出す。

引き止めようとしたけど、体が動かない。暑くもないのに嫌な汗が滲んだ。



「教室戻らねえの?」


「……」


「ま、いいけど」



スタスタと平気な顔して歩いていく。

橘の足音が聞こえなくなってからも、私はその場を動けなかった。


橘は何も言わなかった。私が弟を好きなことに対して。

それに救われたような気もするけど、逆に心ではどんな風に思っているか読めない態度に不安を煽られた。







浮かんできたのは彼の言葉

(菓子折りでも渡す?)





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