好きなのに
帰宅したのは10時過ぎだった。
クラスの奴らとカラオケに行っていた俺は憂鬱な気分でリビングに入った。当たり前だが、玄関に水香のローファーがあったからだ。
何となく、顔を合わせたくなかった。今日は母親も父も遅くなる日だから、家に水香と2人っきりだと分かっていたんだ。
「ただいま」
リビングに入ると、水香がソファーに寝転んで雑誌を読んでいた。
彼女はちらりと俺を見て、またすぐ雑誌に目を落とす。
さすがに2人だけは気まずい。そうなると分かってあんな事をした俺が悪いのだけど。
「お帰り」
少し遅れて返事がきた。
ラップがかかっている晩飯をつまみ食いしようとした時、意外にも水香の方から、俺の気になっていることを話し出した。
「太一くんと、話したよ」
「ふぅん……で?」
「謝ってきた」
「別れたのかよ」
「ううん」
「お前、許したわけ?」
「うん」
腹が立った。理不尽な怒りだし、本来俺が干渉することじゃないけど。
あんな下手な嘘をつかれ、二股をかけられそれでもあの男を信じるこの女は心底馬鹿だと呆れた。
少しキツい口調で、俺は水香を責めた。
「お前、馬鹿だろ」
「うん」
「どうせ『もうしないから』とか何とか言われたんだろ」
「うん」
「それでお前、うんって答えたのか」
「うん」
淡々と返事をする水香。俺のことは見ない。
益々イラついた俺はソファーへと歩み寄った。上から馬鹿な義姉を見下ろすが、彼女の視線はやはり雑誌の上に置かれたままだ。
「いつもお前何かあったらすぐ、うんって答えるよな」
うん、と彼女は頷くかと思った。だけど違った。水香は俺を見上げると、違うよと答える。
「太一くんのことが好きだから、うんって言ったんだよ」
その言葉は俺の心臓にビンタを食らわした。分かってる。確かに水香は恋多き女だが、いつだって真剣に相手を好きでいたことを。そしてそれは、今回も例外ではないことも、その気持ちは俺にが向けられることはないってことも。
「お前の彼氏、最低だぞ」
「知ってる」
「やっぱり馬鹿だよ、お前」
「分かってるよ」
お手上げだ。何を言っても水香の心には届かないらしい。
彼女は思い知るべきだ。こんなにもムカつくくらい、自分を好きな奴が近くにいることを。
「俺は、水香のことが」
「やめて」
「聞けよ」
「いや!あんたは弟なのよ!」
「俺はお前を、姉だなんて思ったこと一度もねぇよ!」
怒鳴ってしまった。つい、勢いに任せて。
水香の顔を見る勇気はない。
そのままリビングを飛び出し、二階に上がった。
自分の部屋に入り、ベッドに転がる。
馬鹿は、俺だ。
好きなのに
(何で俺たち、姉弟なんだ)
大和が出て行ったあと、私は泣いた。どうして泣いてるのかは自分でも分からない。泣くほどことかと言われたらそうじゃないのに、このどうしても言い表せられない気持ちをどうにもできないのなら、せめて泣いてしまいたかった。
大和が私を好きだなんて、信じられない。信じたくない。
だって私たちは姉弟なのだ。血は繋がっていなくとも。
だけど私も、心の底では大和のことを本当に弟だと思っていなかったのかもしれない。いや、思えなかった。姉弟として暮らすには私も大和も成長しすぎていた。子供は大人が思っているほど子供ではないのだ。
昔から、仲良く手を繋いで歩くよりも小突き合いながらお互い憎まれ口を叩く方が多かった。彼は私にとって血の繋がらない他人であり、大切な親友だった。だけど義弟だから。他人じゃないから、親友じゃないから、恋人にはなれない。
私は携帯を取った。どうしても、今はこの家でひとりになりたくなかった。誰かに……太一くんに会いたかった。いや、会えなくてもいいから、声が聞きたい。
すがるような想いで電話をかける。
(おかけになった電話は現在電波の届かないところにあるか電源が入っ)
速攻、電源を切った。
涙は止まった。心が折れた。
大和の言うとおり、彼氏の嘘を信じた私が馬鹿なのだろう。
好きなのに
(何でこんなに、苦しいの)
ただの充電切れかも。
それか、本当に電波が届かない場所にいるのかも。
無理にでもそう思わないと、違う女の影がちらついて、たまらないよ。




