交わらない平行線
「大和くん、クリスマスどうするの?」
放課後、ファミレスで吉岡未来に聞かれて一瞬戸惑った。そういえば、今年もまたあの季節がやってきたのか、と。
「さぁ。決めてない」
そういえば、吉岡未来はふぅんと唸ったあと、すぐにまた口を開く。メロンソーダの入ったグラスを握りしめたまま、真剣な面持ちで俺を見た。
「良かったら、25日一緒に過ごしたいな……」
下唇をかみながら吉岡が言う。その大きな目に見つめられ、俺はたじろいでしまった。
別に付き合ってるわけじゃないけど、何となく断るのが悪い気がしてならなかった。
「……いいよ」
「本当に?」
吉岡の瞳が輝く。不覚にも可愛いと思った。
「じゃあ、イルミネーション見に行きたいな!」
「……いいんじゃない?」
イルミネーション。正直俺にはあの良さが分からない。夜景も同じく。何だかわざとらしくて、むずがゆくなるんだ。
だけど吉岡が行きたいっていうんならそれは行くしかないのだ。
「大和くんはどこか行きたいところある?」
「吉岡が行くならどこでも行くよ」
「大和くん……ありがとう」
何気なく言った言葉にも、吉岡は面白いくらい反応してくれる。単純だけど、可愛いと思う。将来馬鹿な男に騙されそうで、妙に放っておけない。多分本人に自覚はないんだろうけど、ずるい女だ全く。
でも一番ずるいのは、多分俺なんだろう。
ファミレスを出る頃には、外はもう真っ暗だった。寒い寒いと言いながら吉岡が自分の両手を擦り合わせる。さすがにその手を握ってやるほど俺は優しい人間じゃない。
吉岡とは用事があるとかで、その場で別れた。
俺が1人、駅で電車を待っていると見慣れた男の姿を見つけ、思わず視線を止めた。
(あいつ……)
視線の先の松本太一は、隣に女を連れている。水香を気にかけているようで、相変わらずふらふらしているあいつに呆れて溜め息が出た。やはりそういう類の男なんだろう。別れて正解だ。
しばらく見ていると、松本太一がこっちの視線に気付いた。気まずさから視線を逸らしたが、予想外に松本太一は声をかけてきた。
隣りの女もにこりと俺に笑いかける。くそ、この男絶対面食いだ。
「よう」
「ちわ……」
「デートの帰りか?」
「先輩も楽しそうで」
嫌みを含んでそう言えば、松本太一は罰が悪そうに口角を上げた。
隣りの女の手は松本太一の腕に絡みついている。
すると、松本太一は隣りの女から腕を離し、少し向こうへ行ってろと言う。女は渋々ながらも松本太一の言う通り、俺たちから離れてホーム内のベンチに座った。
松本太一はそれを確認してから再び俺に向き直る。
「水香は元気か?」
「普通っす」
「俺の本命は水香だけだよ」
「へぇ」
「信じてねぇな。ま、いいけどよ」
「先輩は、姉貴のどこがいいんですか?」
すると松本太一はニヤリと笑い、間髪入れずに即答した。
「知ってる? あいつのバカなとこすげぇ可愛いんだぜ」
それだけ言って、松本太一は背中を向けた。
ベンチに座って暇そうにしている女の元へ戻っていく。
知ってるよ。お前なんかより、ずっと前から。
電車に乗っていると、突然携帯が鳴って思わず肩をびくりとさせた。
幸いこの車両には、イヤホンをつけた兄ちゃんと、鏡片手に一生懸命化粧をしてる女子高生しかいない。
小声で電話に出れば、相手は敦だった。
「俺だけどあのさ、今日言い忘れてたんだけど24日空けとけよ」
「あ? クリスマスだろ?」
「うん。どうせ暇だろ」
「うるせえな。まさかクリスマスまで合コンしようなんて言うなよ」
すると敦は笑いながら答えた。
「違う違う。男だけのクリスマスパーティーだよ。他の奴らも来るってよ。お前も絶対来いよ」
……悲しすぎる、俺の友達。そして俺。
分かった、とだけ返事をして早々に電話を切った。
他の二人の乗客をチラリと見たけど、誰も俺が電車のマナー違反をしたことなんてどうでもいいらしい。
何事もなかったかのように、窓の外を流れる景色を見つめた。
今年も街が、少しずつクリスマスの色に染まってきている。
水香はどうするんだろう。
まぁ、もう関係ない。
楽しく過ごしてくれたら、それでいいんだ。うん。
交わらない平行線
(でも、本当は)




