story,Ⅷ:白面金毛九尾の狐
「それは一体、どういう意味だ」
フィリップ・ジェラルディンの発言に、尋ねる白面。
「そんなヒントみたいな事、わざわざ言う訳がなかろう。このド阿呆が」
彼の言葉に、ホワイトフェイスの全身の毛が逆立つ。
「あたしは神に匹敵する。後悔する前に、あまりあたしを煽らない事だ」
「警告、恐れ入る」
フィリップは言うや否や、唐突に魔法をホワイトフェイスに放った。
「燃え上がり吹き荒れろ。大爆炎風神刃」
「ええっ!?」
これにフェリオ・ジェラルディンが仰天を露わにする。
フィリップが放った魔法は、ホワイトフェイスを中心に炎の渦を巻いた。
「フィルお兄ちゃん、一体いつの間に合成魔法を!?」
「練習した結果だ」
数秒後。
「えぇえいっ!!」
合成魔法を内側から掻き消す形で、ホワイトフェイスが姿を現す。
「フン。この程度の要素魔法など、効かぬわ!!」
確かに、見る限りダメージは──いや、表面上この国の王子の姿をしていた肉体が、盛大に焼け爛れていた。
だがしかし、ホワイトフェイスはその顔の皮膚を爪を立てて鷲掴みにすると、ブチブチと引き剥がし始めた。
そして剥ぎ取ったそれを、石張りにされている床へベチャリと叩きつける。
「この姿を人の前に晒したのは、何百年振りであろうな……」
すっかり王子であったものの肉皮を剥ぎ取った下から現れたのは、白い顔面に黄金の体毛をした九尾の狐の、完全なる獣の姿だった。
それまでは全て、先に曝け出していた九尾での体毛を鋼にしたりして、戦っていたのだ。
「この姿を見たからには、お前等に待つのは死、のみぞ」
だがこれを無視して、フィリップは妹へ声をかけた。
「挟み撃ち同時攻撃だ。お前は光攻撃魔法を使え」
「うん! 分かった!!」
フェリオが大きく首肯したのを確認して、フィリップは妹との間にホワイトフェイスがいる状況にする為、回り込む。
そしてフェリオと挟み撃ちにして一斉に、ホワイトフェイスへ攻撃魔法を放った。
「行われよ標的をご馳走にして──神々の宴!!」
フェリオはホワイトフェイスの頭上を見定めて、両手を掲げる。
「抱け咎人よ。己が犯せし行いを悔い改めよ──罪と罰」
フィリップも冷静な口調ながらも呪文を唱えると、ホワイトフェイス向かって両手を突き出した。
フェリオは光属性の攻撃魔法を、フィリップは天属性の攻撃魔法を使用した。
「フン。挟み撃ちにしたとて、この場から逃れれば問題ないだろうに」
ホワイトフェイスは片方のみ口角を上げると、その場から大きくジャンプした。
しかし、頭上から幾つもの光輪が出現し、ホワイトフェイスの全身を潜ると、強力な力で締め付けた。
これにより、身動きを封じられホワイトフェイスは、そのままその場へ落下する。
「チッ……! 緊縛魔法か……!!」
横向きに転がっていたホワイトフェイスは、跳ね起きるとその光輪から脱出しようと全身に、力を込める。
だがしかし、そのホワイトフェイスを突然の闇が襲い掛かったかと思うと、そのまま呑み込んでしまった。
ガリ、グシャ、グチャ、パリ、ポリポリ……!!
闇の蜃気楼の中で何やら、咀嚼音が聞こえてくる。
やがて咀嚼音も止み、しばらくしてペッと闇の中からホワイトフェイスが吐き出され、そのまま闇は消滅した。
見ると、全身半ばグチャグチャになっているホワイトフェイスの、お粗末な姿だった。
「う……うう……っ」
呻き声が漏れる辺り、まだ意識はあるようだ。
「この調子なら放置していても、死ぬのは時間の問題……」
フィリップの言葉が終わらぬ内に、何かが言葉を重ねた。
「ビー、スト……ヒー……リン、グ……」
ホワイトフェイスだった。
青い光が、半死気味のホワイトフェイスを包み込む。
「しまった……九尾はダメージを受けた値の分だけ、回復後強くなる……! もう倒し得たかと油断した……!!」
フィリップは舌打ちをしつつ、身構える。
これに、フェリオとガルシアも倣う。
皆それぞれ、5m程距離を取って。
するとまるで、己を包み込んでいる青い光を掻き消すかの如く、三回程渦を巻きながら中から、すっかり完治したホワイトフェイスが出現した。
「ククククク……礼を言おう人間……そして絶望せよ勇者ども……! パワーアップした我の糧となるが良い……!!」
「剣が駄目なら、一か八か……!! 喰らえピースメーカー&リーサルウエポン!!」
ガルシア・アリストテレスは二丁拳銃をホルダーから素早く抜き取ると、ホワイトフェイスへ銃弾を四~五発撃ち込む。
弾丸は真っ直ぐに、ホワイトフェイスの体内へ深々とめり込んだ。
「何だこの鉛玉は? クスクス……全てお前等に返してやろう!!」
ホワイトフェイスは言うや、全身を丸めるように縮こまらせた。
これに瞬時に反応するフィリップ。
「みんなガードしろ!! 銃弾が飛んでくるぞ!!」
「ご名答」
フィリップの掛け声に、ホワイトフェイスは答えるや縮こまらせていた全身を、大きく広げ胸を張った。
途端、ガルシアがホワイトフェイスへ撃ち込んだ銃弾全て、同じスピードで勇者一行に向けて放たれた。
直前に、皆の後ろから声が飛ぶ。
「エルフガード!!」
すると広範囲に虹色のバリアが張られ、ホワイトフェイスが跳ね返した銃弾は全て、これによって阻まれポトポトと落下した。
「はー、ありがとうございます師匠」
ガルシアが背後を振り返り、マリエラ・マグノリアへと礼を述べる。
「これくらいの事しか、この場では役に立てないから……」
マリエラは、気を失っているレオノール・クインに膝枕をした形で、述べた。
その時、皆一斉にそのレオノールに起こった異変に気付く。
レオノールの下肢から段々と上半身へ向かうように、漆黒の亀裂のような模様が、刻まれ始めたのだ。
そう。まるで黒い雷の如く。
「クスクス……アダンダラも無駄に死にはしなかったわね」
「ぅぐがあぁぁあぁあぁー……っっ!! ぐおあぁっ!!」
レオノールは仰向けで背中を仰け反らせ、苦悶の表情で呻き声を大にしてあげる。
白目まで剥いていた。
黒い亀裂の侵食はついに、両頬にまで広がっていく。
「マリエラ!! お前のエルフマジックでどうにか出来ないのか!?」
「既に回復魔法を使ったわ!! でも何の効果もないのよ!!」
フィリップに怒鳴られ、マリエラもオタオタしている。
「そもそも、その黒い亀裂の正体は何なの!?」
フェリオも慌てふためく。
「体内に蓄電してあったブラックライトニング……つまり黒い雷により細胞を破壊していくのだ。普通の回復では治癒出来ぬ。その者の末路は、死、のみぞ」
「死、のみ……!? ですって!?」
ホワイトフェイスの言葉に、マリエラが顔を青褪める。
そして慌てて彼女の顔に、視線を戻す。
するとそこには、もう脳天まで黒い亀裂に侵され、肌も土気色になり始めたレオノールが横たわっていた。
「そんな……そんな!! どうしましょう!? レオノールさんが……!!」
「クックック……その青髪の男の肩にいる白隼から、死人にしてもらったらどうだ? しかし、これがアダンダラの言っていた崇高なる魔族の一人か……とんだ呆気なさだな。大した笑いも出らん」
「うん。その方が正解だね」
フェリオが平然と述べる。
「何だと……? 小娘。貴様の言っている意味が解せぬ」
「無知とはある意味、幸せだと言う事だ」
フィリップは言いながら、横たわったままのレオノールから懸命にマリエラを引き離している、ガルシアの行動を他人事のように眺めていた。
「ニャオン?」
赤猫ルルガがフェリオへ、声をかける。
「うん。今回は大丈夫。ルルガの出番はないよ。ありがとうね」
フェリオは言いながら、自分の左肩に乗っているルルガの、喉を優しく撫でる。
何も知らないマリエラのみが、レオノールの死に涙に暮れていた。
「大丈夫ですよ師匠。彼女は……」
ガルシアが、そんなマリエラを優しく宥めている時だった。
「ぅぅうぅうぅぅ……」
人とも付かぬ唸り声が、この謁見の間に響いた。
「……?」
これに眉宇を寄せるホワイトフェイス。
「今、のは……!?」
マリエラも同様に、怪訝な表情を浮かべる。
「あ゛……あ゛あ゛」
再び聞こえた声の主に、ホワイトフェイスとマリエラは驚愕する。
「フ……ッ、よもや、本当に仲間をも死人として扱うとはな。正義を基本とする勇者であれば、この事態は恐れ入、る──っっ!?」
気付くと、ホワイトフェイスの顔は真後ろを向いていた。
「え、な……っ?」
ホワイトフェイスは訳も分からずに、目を瞬かせる。
そして改めてその自分の頭に両手をやると、グリンと前へと戻した。
「うわ。首の骨折っただけでは倒せないって事か」
そう言ったのは、ガルシアだった。
ホワイトフェイスの目前には。
巨大な深紅の骨組みで紫色の皮膜をしたコウモリの羽を背に、尾骨からは先端が深紅の矢尻のようになっている長い紫色の尻尾が生えていて、深紅の角膜に紫色の結膜をした双眸を持つ悪魔──魔人、レオノール・クインが立ちはだかっていた。
更には、両手のうち右が炎、左は氷をまとい、両足の方は右が風を、左が闇をまとっていた。
口には鋭い犬歯。
無論、お約束。
爪だって鋭く尖って伸びている。
「彼女はね、命の危機に瀕すると、魔人に変化しちゃうんだ。宜しくお相手頼むよ」
フェリオは満面の笑顔を浮かべながら、ホワイトフェイスへヒラヒラと手を振って見せた。
「これがこの女の、崇高なる魔族の正体……!!」
ホワイトフェイスは、愕然とする。
とても話し合いすら通用しない、精神下にある。
その通り。
レオノールが魔人化すると、ベルセルク化してしまうのだ。
「フ、フン。しかしあたしはこの鋼の体毛に守られて──」
──ヒャン──!!
「!?」
ホワイトフェイスの視界に、己の体毛が舞うのが見える。
レオノールが爪を振り下ろし、一部の体毛を削ぎ取ったのだ。
「な……っ、何だと……!? このあたしの鋼の体毛を、まるで羊毛のように削いだだと……!?」
「まぁ、そういうわけだから、死ぬ気で挑む事をオススメするぜ。って、それでレオノールさんが負けたら困るから、やっぱそこそこで」
ガルシアも、まるで観客のように、石張りされた床に胡坐を掻いて、見物に回っていた。
「随分な余裕だな。このあたしの本気を前にしたら、後悔するわよ」
ホワイトフェイスがガルシアへと、売り文句に買い文句をしている時だった。
鋭い激痛が脳天に走り、思わずホワイトフェイスは悲鳴を上げた。
「ゲィンッ!!」
振り返ると、そこにはホワイトフェイスの尻尾を一本噛みちぎり、口に咥えてた状態で呻っている、レオノールの姿があった。
「なっ、何ですって……!?」
「余所見している場合じゃないってさ!」
そう言ってフェリオは、ホワイトフェイスを煽るのだった。




