story,Ⅶ:誘惑されし化け猫
「まだ俺と拳を交えた事もないのに、よくもぬけぬけと相手に不足なしだと言えるもんだ。馬鹿の一つ覚えじゃねぇのか?」
レオノール・クインは構えると、言い返した。
これにギラリと、アダンダラの双眸が灼熱に燃える。
「崇高なる魔族だからとて、あまり調子に乗らない方がいい! 貴様が象なら、私は蟻だ!!」
「……それって、蟻も象を倒すと言われることわざから持ってきてるつもりか? 本当ならそれ立場、逆じゃね? 俺等が蟻で、お前等が象。蟻みてぇに群れてんのは、俺等の方なんだし」
レオノールは親指と人差し指で、互いを指差しながら言った。
「……」
これに暫し、アダンダラの動きが止まる。
考えているようだ。
「おいおい。不意打ちでもしろってかぁ!? この状況でフリーズするなって」
レオノールは呆れ果てる。
「まぁ、真っ向から勝負したいから、そんな卑怯な真似はしねぇけ、ど!?」
気が付くと、下から鋭いアッパーが放たれそれに気付いたレオノールは、瞬時に上半身を仰け反らせてアッパーを避けた。
「なっ、ちょっ、お前! 不意打ちとは卑怯な!!」
「お前が言ったではないか」
「言うには言ったが、実行はしてねぇだろう!!」
「先に繰り出した方が勝ちだ」
「そういう問題か!?」
レオノールは言うと、二回バック転をしてアダンダラから距離を取る。
「へっ! さすが下等魔物のする事は違うぜ!!」
「抜かせ!!」
互いに言い合って、ドンと地を蹴って一気に詰め寄ったかと思うと、お互いに激しく拳の打ち合いを始めた。
「ラード如きに勝てなかったお前が、本気でこの俺に勝てると思っているのか!?」
「逆転勝ちと言う言葉がある!!」
するとこれに、レオノールはアダンダラの拳を打ち払いながら、愉快そうに大笑いした。
「まさか魔物如きからその言葉が出るとはなぁ!!」
「ク……ッ! 笑うなぁっ!!」
アダンダラは屈辱そうに叫ぶと、腰を捻ってから大きく拳を振りかぶった。
「いちいち大技発言に大袈裟な構え……動きが丸分かりなんだよ!!」
レオノールは言うと、直前で左に避けてから、アダンダラの腹に膝蹴りをお見舞いした。
「ァガ……ッハ……!!」
アダンダラは体をくの字に曲げて目を見開くと、一拍置いて吐血する。
「どうだ。内臓破裂をした気分は?」
「ぅ、ぐうぅぅぅー……っっ!!」
ゴブッと再度、大量の吐血をする。
「このままじゃあ、死ぬぜ~ぇ? 白面さんよぉ!?」
すると再度、ホワイトフェイスはアダンダラに“ビーストヒーリング”を使用した。
「三度目の正直よ。もう次はないと思いなさい」
「はっ! 御意に!!」
アダンダラは、玉座で悠然と座っているホワイトフェイスへ頭を下げると、口元の汚れた血を腕で拭い取る。
「こうなったら……!!」
「うん? こうなったら?」
悔しげに紅い双眸で睥睨してきたアダンダラへ、レオノールは首肯する。
「喰らうがいい! 我が必殺技、ブラックライトニングフォース!!」
アダンダラは天へ両手を突き上げると、一気に前方へ振り下ろした。
すると、屋内にも関わらずドンと爆音が響いたかと思うと、突然黒い雷閃が真上からレオノールの頭上に落ちてきた。
「ガッ……!!」
もろにその攻撃を受けたレオノールだったが、雷光の中から姿を現した彼女は倒れた状態から、フラリと立ち上がった。
「今のが必殺技か? 効かねぇなぁ?」
レオノールは全身から煙を上げながらも、首に片手を当ててコキコキと左右に傾ける。
「これで終わりではないのが、この技の最大の見せどころよ」
アダンダラは言うと、ぺロリと舌なめずりした。
「まぁでも、味方に付けてみるね」
そう言ったのは、絶賛成人体型中であるフェリオ・ジェラルディンだった。
「は?」
これにレオノールだけでなく、ガルシア・アリストテレスも同じく声を洩らす。
しかしそんな二人の反応を無視して、フェリオは呪文を唱え始める。
「魅了せよ。敵なる相手をそなたへ惚れさせよ。さすればそなたの味方となろう。さぁ現れ出でよ──ヴィーナスもしくはアフロディーテ!!」
すると空にある天乃海から、空間移動にて一つの巨大な二枚貝が降ってきたかと思うと、口が開き中からプラチナブロンドをウェーブに揺らし、白い布で胸と秘部を申し訳程度に隠した女が、真珠色の輝きと共に出現した。
そしてアダンダラを黙認すると、ニ~三度瞬きを繰り返しながら熱烈に見つめてきた。
「なっ、もしや絶世の美女と謳われる……!? そんな簡単に、この私が!! 私、が……!! 何て……美しいんだ……」
必死の抵抗虚しく、アダンダラは徐々にヴィーナス──アフロディーテに惹かれていった。
ガルシアがそれとなくホワイトフェイスを見やると、当人は顔を逸らしているではないか。自分にも少なからず影響を受けるのであろう事を物語っていた。
「一体いつまで見てんのよ、このエッチ!!」
思いもよらぬ言葉を残すと、アフロディーテは再度二枚貝の中に姿を隠し、彼女を覆い隠した貝もやがて姿を消した。
「まぁ、気にしないで。アフロディーテはツンデレなんだよ」
フェリオはそれとなく、アダンダラに声をかけると。
「もっと罵声を浴びてもいいくらいだ……」
そうアダンダラは、惚け顔で述べた。
「ヴィーナスの誘惑って、男女とも一緒なのか?」
「うん。性別関係なしに誘惑される」
尋ねてきたレオノールへ、フェリオは笑顔で首肯した。
「へぇ~。じゃあこいつ、もう俺等の味方なの?」
ガルシアが親指立てて、アダンダラへ指し示す。
「うん。もうボクの言いなりだよ」
フェリオはスィとホワイトフェイスを見やると、あてつけがましく言った。
「フン。このあたしを孤立させて、勝ったつもりか? ──甘いわっ!!」
ホワイトフェイスは言うや、一尾をこちらへと振るってきた。
「俺思ってたんだけどよ! あいつの尻尾って伸び縮みするのかよ!?」
「そのようだな」
尻尾から避けるガルシアに、同じくフィリップ・ジェラルディンも避けながら答える。
するとアダンダラは軽快な動きでその尾に飛び乗ると、ホワイトフェイス本体に向かって駆け出して行った。
「このあたしを殺る気か!? お前如きが!!」
「ああ、そうだ」
アダンダラは答えながら腰元に下げていた、銀色で細かい装飾が施された鞘から剣を抜いて勢いそのままに、ホワイトフェイスへと横薙ぎに振るった。
ガキンと、甲高い音が響き渡る。
ホワイトフェイスが、尾の一本一本を硬質化させて己の身を隠したのだ。
「よもや我が手にて、お前と敵対して相手になろうとはな。──死ねぃ!!」
ホワイトフェイスは言葉を発すると、アダンダラの目元に片手の平を突き出した。
アダンダラがハッとした時には、既に遅し。
アダンダラの頭はまるで熟れ過ぎたスイカのように破裂し、その血肉や脳漿等が後方へと飛び散った。
階段から転落する、頭を失ったその肉体は石張りの床で止まり、よく見るとピクピクと不気味に痙攣していたが時の経過と共に次第と動かなくなった。
「こうも易々と元の味方を残酷なまでに、殺せるものなのか……!?」
ガルシアが愕然とする。
しかも玉座に足を組み、肘置きに頬杖をした状態での行為だ。
ホワイトフェイスの力の高さが見て取れる。
「フン。何が族長の血縁だ。結局のところ、所詮はアダンダラでしかない。あたしの敵にもならないね」
ホワイトフェイスはクツクツと愉快そうに喉を鳴らして笑った。
そして玉座から立ち上がり、ゆっくりとした足取りで階段を下りてきたかと思うと、飛び散っているアダンダラの一握りほどの砕けている脳漿を掬い上げ、ズルリと口の中にすすりこんだ。
「フム……まぁこれだけ、美味であった事だけが唯一の、あたしへの恩返しだわね」
ホワイトフェイスは言うと、血で赤くなった舌でぺロリと唇と舐め上げる。
「信じらんねぇ……部下を殺しただけでは飽き足らず、その肉片まで喰っちまうとは……!!」
ガルシアが愕然とした様子で、口にする。
この謁見の間は、細切れにされた何体もの死体の肉片や血に、まみれていた。
「さぁでは、あたし一人で四人まとめて相手をしよう……いや、もしくは五人、か?」
ホワイトフェイスは、少し離れた場所にて勇者一行の背後にいるマリエラ・マグノリアを、覗き込む形で悠然と述べた。
「師匠には一切手を出すな!!」
ガルシアは声を大にして言うと、ホワイトフェイスの前へ立ち塞がる。
「師匠って、光が闇の? 面白い間柄ね」
ホワイトフェイスは、クスッと笑う。
そんな中。
「う……っ!?」
突然レオノールが胸元を押さえた。
「強いと言うのは損なものだ。受けたダメージの後遺症が、それだけ遅れてやってくる」
ホワイトフェイスは、レオノールの様子に大きく口角を引き上げた。
「ぐう……っ! うぐうぅぅぅ……っ!!」
苦悶の表情でレオノールが、片膝を付いて倒れる。
「マリエラ。しばらくレオノールを頼む。我々はあいつを倒すのに集中したい」
フィリップの言葉に、マリエラは首肯すると彼女に寄り添い、バトルの邪魔にならないようレオノールを支えながら、その場を離れる。
「レオノールさんに何をした!?」
ガルシアが剣を構える。
「あら。あたしは何もしてないわよ。やったのは、アダンダラ」
「……さっきの必殺技っていうやつか」
「フフ。みたいね」
フィリップの問いに、ホワイトフェイスは悠然と微笑む。
それは、アダンダラがレオノールへ浴びせた“ブラックライトニングフォース”という技だ。
「この……っ! 喰らえ我が剣、“破壊者”!!」
ガルシアが剣を振りかぶるや、ホワイトフェイスへと斬りつけたが先程の時と同様、ガキンと硬質的な音と共に弾かれる。
「あたしには傷一つ、付けられないわよ」
ホワイトフェイスはクスクス笑う。
「そうかそうか。それだとバトルも面白くなかろう。お前等、“完全体の薬”を摂取しろ」
フィリップに言われて、ガルシアとフェリオは素早い動きで持参したアイテムの中から、“完全体の薬(錠剤)”を口に放り込むと、少しでも早く効果が発揮されるようにガリガリ噛み砕いて、嚥下した。
「完全体、だと……? 何か知らんが、そんなものでこのあたしに勝てると思うなよ」
完全体の薬とは、力・防・賢・速・体が一気に今の強さより+7アップするレアアイテムで、一度の戦闘中の間のみ効果を発揮する。
「更ぁーにっ!! お前等それぞれこいつを体に貼り付けろ!!」
ガルシアが差し出したこれまたレアアイテムの札を、ジェラルディン兄妹は受け取る。
万が一の為にと、レオノールがガルシアに預けていたのだ。
ガルシアには、体・値が上がる“蒼龍の札”。
フェリオには防・状態異常防御が上がる“玄武の札”。
フィリップには賢・速が上がる“朱雀の札”。
そして最後に残った、力・強が上がる、“白虎の札”を呼吸を荒げながら蹲っているレオノールの背中に、ガルシアは貼って戻って来た。
札は一体化するように体内へ吸収され、見えなくなった。
「そのような小細工を重ねたとて、無駄だと言うに」
ホワイトフェイスは三日月のように目を細める。
「あたしは不死身だよ。このあたしを殺しても、この仮初めの姿である王子の肉体から抜け出して、お前達の誰かの体を乗っ取ってやるさ」
これにフィリップがニヤリと口角を引き上げる。
「不死身であっても、弱点はあるだろうよ」
彼の発言に、ホワイトフェイスは眉宇を寄せた。




