story,Ⅵ:死人使いと密林の化け猫
「本番はこれから……? おやおや。私はてっきり、もう始まっているのかと思っていたよ」
アングラード=フォン・ドラキュラスの発言に、白面は口角を上げる。
「何が神の御使いの白隼だ。所詮は鳥でしかない輩が」
すると別の声が飛び込んできた。
「おいおい狐。貴様の相手はこの俺様達だ。相手を間違えてるぞ」
フィリップ・ジェラルディンだった。
「それとも、ハンデでも欲しいのか狐よ?」
これにホワイトフェイスはギロリとフィリップを睥睨した。
「ハンデだと……!? ハッ! まさか!! このあたしが」
「それを聞いて安心したぜ」
「さてでは、俺達はその下っ端である化け猫の相手でもするか」
レオノール・クインの発言に、アダンダラが口元をピクピクと引き攣らせる。
「それではまずこの私が、操り人形の相手でもさせようか」
フィリップの肩に止まっていた白隼は言うと、彼の肩から飛び立ち空中で白隼を中心に旋風が起こった。
直後、その風の中から青色の毛をした人狼が姿を現した。
これにホワイトフェイスがゆっくりと、徐々に目を見開く。
「貴様は……もしかするとアングラードか!?」
「ようやく気付いたか鈍い狐が」
アングラードが余裕綽々に答える。
「あ、そっか。よく考えれば、ラードもホワイトフェイスもボスレベルの立場なんだから、魔城ではお互い仲間同士だったんだ!?」
フェリオ・ジェラルディンが、ポンと手を打つ。
「貴様、勇者と一緒とは、どういう事だ!?」
「見ての通り、こう言う事だ」
ホワイトフェイスは震える人差し指を、人狼姿のアングラードへと向ける。
「魔王様に……いや、クラーク様に、ルナール様に、報告させてもらう!!」
「連中なら、もうとっくに気付いているだろうよ」
「おうおう。裏切り者の開き直りな発言ほど怖いものはねぇなぁ」
レオノールがまさに、他人事のようにしてクツクツと喉を鳴らして忍び笑う。
「さぁ、元同僚の手下とどう戦うのか、見物だな」
「レオノール様、からかわないでもらいたい……」
アングラードは嘆息吐く。
「悪ぃ悪ぃ。続けろ」
レオノールはあっけらかんと答えて、まるで追い払うかのように片手を振るう。
「犬と猫の喧嘩はこの際どうでも良い。こちら側もさっさと決着をつけようぞ」
「お前がさっきからよそ見しているんだド阿呆が」
ホワイトフェイスの発言に、フィリップが言葉を返す。
「あまりあたしをなめるなよ小僧!!」
「何だ。まさかの逆切れか」
フィリップは呆れながら、嘆息を吐いた。
そしてアングラードはと言うと。
「蘇れ死人達よ。我に誘われかの者に死を与えよ」
彼の甘い声音に応えるように、先程ホワイトフェイスが殺した六人の兵士と王妃がユラリと奇妙な動きで立ち上がった。
「クッ……! これだから死人相手は厄介だから好まん……!!」
「人間を化かすのとでは、貴様も大差ない」
アングラードは言うと、パチンと指を鳴らした。
これを合図に、六人の兵士と王妃の屍がアダンダラへと襲い掛かる。
「フン! たかが死人。私の相手にもならんわ」
アダンダラは鋭い爪を立てると、六人+一人へ次々に爪を振り下ろし、横に薙いで攻撃していく。
だが当然ながら、単純な攻撃だけでは死人を倒せない。
「クッ……!!」
アダンダラは歯噛みすると、今度は死人の首を落としていく。
しかしそれでも首を失った肉体は、アダンダラへと向かってきた。
「クソ! 一体どうなっている!!」
アダンダラは苛立ちを露わにしながら、それぞれの両手足も切断していき、すっかりバラバラになった肉体は、胴体のみとなる。
「ぅぷ……っ!!」
この様子に、胃の中身が込み上げてきたフェリオは、口を手で押さえて必死に嘔吐を堪える。
頭だけになっても尚、呻き声や笑い声を上げていた。
「気が散るわ!!」
アダンダラは喚くと、兵士達と王妃の頭を次々に踏み潰していく。
当然、脳漿や眼球が血泡と共に飛び出る。
それにとうとう、フェリオが堪えきれずに嘔吐してしまった。
「リオには刺激が強すぎたな……」
「俺の妹にトラウマを与えてくれるなよ」
レオノールの発言に、フィリップが答える。
「本当ならグロのトラウマ抱えていたのは、お前じゃなかったか? フィル」
「克服した」
フェリオはモンスターなどは平気だが、人間のグロには慣れていないのだ。
ガルシア・アリストテレスは一人で、ホワイトフェイスとやりあっていた。
鋼となって襲いくる九本の尻尾を、剣で弾き返していた。
「ちょっとフィリップさん!! いくらなんでもガル一人で相手をさせるのは酷よ!!」
マリエラ・マグノリアが半泣きで叫んできたので、フィリップは溜息と共に言った。
「じゃ、加勢してくる」
「それが本来のお前の役割りだろうがよ……」
面倒そうに背を向けたフィリップへ、レオノールは呆れ果てながら言い放った。
「クス。あたしも軽く見られたものね。たった一人にあたしの相手を任せるなんて」
「俺からの勇者鍛錬のつもりでな。ちなみに、俺も参加したらお前の寿命は長くは持たんぞ」
「フフ……たかが人間風情が!! あまりあたしを舐めない方がいいぞ!!」
ホワイトフェイスは九本の尾を持ち上げると、鋼となった毛を広範囲に放った。
「チィッ!! しまっ……!!」
フィリップの言葉の上から、別の声が重なった。
「エルフタイム!!」
直後。
刹那、時が止まる。
続けて両手を前へ突き出した彼女──マリエラは、言い放った。
「逆戻り!!」
するとこちらへ打ち放たれた無数の鋼の体毛が、元来た方向へ戻って行ったではないか。
鋼の毛はホワイトフェイスには再度吸収されたが、アダンダラには次々に突き刺さった。
「え? 今のは……」
フェリオがキョトンとしながら、周囲を見回す。
「手を出す気はなかったのだけれど……ピンチだったからつい咄嗟に……ごめんなさい」
そう口にしたマリエラに、一斉に皆が注目する。
「チッ、煩わしい真似を!!」
ホワイトフェイスが苛立ちを露わにする。
ホワイトフェイスはノーダメージだったが、アダンダラはダメージを受けた。
「この程度でくたばるなよ、アダンダラ」
「仰せのままに」
ホワイトフェイスの発言に、アダンダラは短く答える。
「ふむ。死人使いはもう無理か。では、お次はこれなどいかがかな?」
アングラードは言うと、青い人狼姿でその場をターンした。
すると彼は、豹柄の人物に姿を変えた。
これにホワイトフェイスもアダンダラも驚愕する。
「オ、オセ!?」
「いいえ、もしかしたらフラウロスかも知れません!!」
「どっちにしろ、今より更なる警戒が必要ね」
ホワイトフェイスとアダンダラはそう言い合って、身構えたが。
「……あら? ちょっとアングラード。あなた確か吸血鬼じゃなかった?」
「彼等から更なる進化を与えてもらったのだよ」
ホワイトフェイスの疑問に、アングラードは悠然と答える。
「つまり……もう闇の住人ではないと?」
「a little」
アングラードは短く言うと、人差し指と親指で隙間を作って見せる。
「でもオセもフラウロスも……」
「一見そう見えるけど、必ずしもそうじゃない。うちのダークエルフの勇者が、失敗した結果だからな」
レオノールが半ば愉快そうに、アダンダルへ答えた。
一方そのガルシアはと言うと、先程のホワイトフェイスとのやりあいでこの会話を休憩がてらに、肩で息をしていた。
「そのダークエルフはもう、息が上がっているようだな。大した勇者だ」
ホワイトフェイスは、あからさまに愉快そうに述べる。
しかし。
「天からの使者よ。この者に癒しの口づけを──天使の口づけ」
フェリオが早口で呪文を唱えて、ガルシアの体力を回復させた。
「な……っ!!」
「こっちには助っ人がいるんだよ」
愕然とするホワイトフェイスへ、レオノールが愉快そうにクツクツと喉を鳴らす。
「アダンダラ!! まず最初はあのピンクの髪の小娘、を……!?」
ホワイトフェイスは言いながら、アダンダラへ振り返って見ると。
「オオォォオオォオォオオーッ!!」
「アアァァアァァァアァーッ!!」
豹柄人間のアングラードと化け猫アダンダルが、互いに激しい拳を交わしていた。
無論、ヒットしないように相手の拳を払い除けながら。
やがて、アングラードの拳が、見るからに真っ赤になったかと思うと、何と炎が発生したではない。
「やはりフラウロスではないか!!」
咄嗟にホワイトフェイスが叫ぶ。
フラウロスは、敵の全てを焼き尽くす能力を持っている。
しかしアングラードの場合、拳の血管がまるでマグマのような灼熱となり、朱金色に浮かび上がっていたのだ。
「あれは一種の、人体発火みたいなものだ。目にも留まらぬ猛烈な拳の打ち合いによる摩擦から、そうなっているに過ぎない」
フィリップが冷静に、ホワイトフェイスへと答えた。
「人体……発火だと……!?」
ホワイトフェイスは驚愕を露わにする。
「ゥググググググググウウゥゥゥー……ッ!!」
これに応えるかのように、アダンダラが苦痛の表情を浮かべ始めた。
それをチャンスとばかりに、アングラードは大きく片手をアダンダラの右肩から左下へと振り下ろした。
「ぬうぅあぁっ!!」
それは拳ではなく爪であった為、アダンダラは深々とした引っ搔き傷を負った。
傷口から、まるで湧き水の如く真っ赤な鮮血が、石張りの床に流れ落ち広大な血溜まりを作った。
「ギャウッ!!」
だが良く見ると、傷と言うにはあまりにも無理があり、アダンダラの上半身と下半身が右袈裟懸けに、一筋の筋肉のみが繋がっている状態で揺れていた。
ほぼ、斬断されていると言ってもいい。
「ア、グ……ッウゥ」
アダンダラは苦悶の唸り声を、絞り出す。
「こちらは伊達に死人モンスターの長を務めていたわけではない。こんな三流魔獣、私の敵ではない」
「ガ、アァ……がぁ……ッ!!」
アダンダラは懸命に上半身が下半身から離れないようにしながらも、苦悶の声を洩らし続けていた。
「おやおや。この状態でもこれだけ生き永らえていられるとは。頑張れ頑張れ」
アングラードは言いながら、人差し指一本でそんなアダンダラの額を突かんとしていた時。
「我等獣に命の救済を──ビーストヒーリング」
その言葉が聞こえた時には、アダンダラが青い光に包まれていた。
「フ……まさかの回復魔法か」
アングラードが、ニヒルな笑みを浮かべる。
これに、レオノールが進み出た。
「ラード。ご苦労だった。ここは一旦、引っ込んでいいぞ。あとは俺に任せろ」
「御意に。我が主よ」
レオノールに右肩へ手を置かれたアングラードは、その言葉を残して後ろへ下がると共に白隼に姿を変えて、定位置になっているフィリップの肩へと舞い戻る。
光の中から姿を現したアダンダラは、すっかり傷が消え完治していた。
「お手を煩わして申し訳ありません。感謝致しますホワイトフェイス様」
「次こそはもっと本気でやって頂戴」
「……」
ホワイトフェイスの発言に、思わずアダンダラは言葉を詰まらせる。
何故なら、先程のアングラード戦は本気だったからだ。
つまり、それ以上の力を発揮しろと言っているのだろう。
「相手にとって不足なし!! さぁ、かかってくるがいい!!」
アダンダラは身構えると、言い放った。




