story,Ⅳ:水の精霊と守り神
「水源の場所は、そう簡単に行ける場所ではありませんよ」
太陽の騎士団長のクルーニーが述べた。
これにレオノール・クインが己の手の平に拳を叩きつける。
「モンスターが理由なら任せろ! 俺等が軽く捻ってやるぜ!!」
しかし、空海の騎士団長のアラムが彼女へ手の平を向けて、小さく首を横に振った。
「モンスターではなく、水の精霊の守り神がいるのです」
「精霊と……」
「守り神……」
ジェラルディン兄妹がそれぞれ、ポツリと呟いた。
「例え人間であれど、簡単に侵入の許可は頂けません」
「でもまぁ、だからこそ我々は安全に水を使用出来ているのですが」
アラムと共に、クルーニーも言葉を付け加える。
「行くだけ行ってみよう」
「無駄足になるかも知れませんよ」
フィリップ・ジェラルディンの決断に、アラムが答える。
「それでも、何もせずに諦めるよりかは、マシだと思うよ」
フェリオ・ジェラルディンがこれに言い返す。
「何を言っても無駄なようだ」
クルーニーが苦笑いをする。
「どうやら今はひとまず、見送りをするのが我々の役割りのようですね」
アラムも嘆息を吐いた。
「険しい道中ですので、足元にもお気をつけて」
「まぁ、レプレプに乗ってなら、大丈夫とは思うが」
太陽の騎士団長クルーニーと空海の騎士団長アラムに見送られ,勇者一行はレプレプを走らせた。
「ひとまず河原へ向かおう」
「了解!!」
フィリップからの掛け声に、皆は同時に返事した。
地を踏み鳴らすレプレプの足音が、ドドッ、ドドッと響き渡る。
石畳を駆け抜け、土をならし、小石を蹴散らし河原へ到着すると今度は、レプレプの首をめぐらせて川上へ突き進んだ。
どんどん山の中へと入って行く。
すると大きな滝の前へとぶつかった。
滝の上には両脇に何やら生き物らしき像が建っていて、口から水が流れている。
その像は3m程はあるだろうか。
「あれは何の生き物だろう?」
ガルシア・アリストテレスが、首を傾げる。
『──知りたいですか』
突然、リンとした鈴のような声が、この風のさざめきの中で響いた。
これに一斉にみんなは、身構える。
パシャンと、水を弾くような音が聞こえて、皆がそちらへ向くとそこには、全身真っ青……と言うよりも水で形成されている人物像が立っていた。
『我が名はウンディーネ。水の精霊です』
「ウンディーネ……」
ガルシアがそっと呟く。
『そしてこれらの像の生物は、マーライオン。同じく水の守り神でもあり、我の愛するペットです』
「スゲェなあんた。精霊は守り神をペットに出来ちまうのか」
咄嗟に、レオノールが口を開く。
一気に周囲が凍りつく。
出方次第では、今後どのような展開になるかが、決定するからである。
しかしウンディーネは、特別気に留めた様子もなく、チャプンと口を開いた。
『あなた方は、一体どこへ向かおうと言うのです? この先には何もありませんよ』
「そこにある、水源に用があるのです」
フィリップが、ウンディーネの前へと進み出る。
『きっと聞き及んでいると信じたいのですが、我々が何故ここにいるのかご理解頂けていますか?』
困惑気味のウンディーネへ、フィリップは更に足を一歩前進させる。
「はい。存じております。その上でここに来たのです」
『ご用件は何ですか?』
「水源に霊薬を流し込みたい」
単刀直入なフィリップの発言に、皆一斉にギョッとする。
この言葉で、あからさまにウンディーネの顔が怪訝なものへと変わる。
『そんな事情で、我がここを通すとお思いですか』
そう述べたウンディーネの目が、据わっている。
これに感知したマーライオンが、威嚇の唸り声を上げる。
マーライオンは上半身が獅子、下半身が魚なので陸上には上がって来れない。
しかし彼等が口から発射する、ウォーターバズーカーの威力はとても強くて、これを喰らってしまうとその水圧と勢いから、簡単に肋骨骨折及び内臓破裂を起こしてしまう。
『そう言う事ならおとなしくここから立ち去りなさい。強制実行するならば、こちらもそれに応じましょう』
ウンディーネは言うと、元来た道をゆっくり指差す。
「実はこれには訳があるのです。今、この大陸の王国がモンスターに乗っ取られかけています。しかし、この霊薬を水に流しこめば人に化けたモンスターの正体が、露わになるのです。我々はこの、ゲッケイジュ大陸を、ゼラニウム国を守りたい。その理由では、いけませんか」
『ですが、水質を変化させる事に承諾は致しかねます』
フィリップの熱弁を、ウンディーネは軽く一蹴する。
すると──。
「仕方ありませんね。どうやら私の出番のようです」
それまでフードをかぶって沈黙していたマリエラ・マグノリアが、そう言葉を発する。
ちなみに、ダークエルフであるガルシアも、フードをかぶっていた。
『誰が来ようと、我の気持ちに変化はありません』
ウンディーネが威嚇する。
「今までの水質とは変更されないわ。ただ少しの間だけ、霊薬を混入されてもいずれその水は海へと流れ出るし、おまけに塩水が混ざったらこの霊薬は蒸発する仕組みにもなっているの」
『どんな知識を並べようが、水の精霊である我は認めん』
「そう……本当はこんな振る舞いはしたくはなかったのだけれど……」
マリエラは言うと、そっとフードを背後へと払い除けた。
『……──そんなまさか!? 貴女は光のエルフか!?』
「おまけに精霊王の孫でもあらせられます」
まだフードをかぶったままのガルシアが、言葉を付け加える。
『何と!?』
途端にウンディーネが怯んだのが分かる。
「この霊薬は、私が作りました。疑われるようなやましい代物でもないし、哀れな人間達を守りたい一心で製作したものです。こんな形で、正体を現したくはなかったのですが……」
言うとマリエラが、小さく頭を下げる。
これにウンディーネは慌てふためく。
『姫君よ、頭をお上げください!! レオ、シンバ!! 彼等を水源へお連れしましょう!』
ウンディーネはマリエラへ言うと、二頭のマーライオンの名を呼んで促した。
『あなた方はレプレプで上流へ。我々も水源へ向かいます』
ウンディーネの言葉に、皆レプレプに跨ったが見ると、マーライオンのレオとシンバは6m程の高さがある滝を逆流して、上って行ったではないか。
「さすがは水棲魔獣……この目で滝登りを見れるだなんて光栄だよ」
ガルシアは述べると、レプレプを手綱で促した。
「はー、凄い! わー、凄い!!」
フェリオはその光景に見入って、感心している。
ウンディーネは、水と一体化して姿を消していた。
「ほら、リオ。もうみんな行っちゃったよ。僕等も早く行こう」
兄の言葉に我へ返ったフェリオは、周囲を見渡すとそこには、フィリップ一人しか残っていなかった。
気付くとマーライオンも滝を上りきってしまい、もうそこにはいなかった。
「わわ! 急がなきゃ!!」
フェリオは慌ててレプレプに跨ると、フィリップと一緒に先へと進んだ。
先に前進するにつれ、川は小川へ、そして沢となり岩山から染み出る滴と化した。
その滴る雫の下には、手の平にも満たない小さな窪みが出来ていた。
「直接、ここへ流し込んでもよろしいかしら?」
マリエラがウンディーネへ、尋ねる。
『はい。問題ありませんわ姫君』
ウンディーネの承諾を得てマリエラは、ゆっくり少しずつ霊薬をその窪みに流し込み始めた。
丁度その時に、遅れてきたフィリップとフェリオも駆けつける。
これに振り返ったレオノールが、半ば呆れるように言った。
「お前らなぁ。何、余計なもん引き連れて来てんだ」
「え?」
フェリオは目を瞬かせると、ふと背後を振り返る。
そこには、タイガーラビット六頭とシカ熊が四頭、ジェラルディン兄妹を追いかけて来ていた。
「分かっていたさ。わざと引き連れて来た。こいつらは王子から命令を受けて俺達の後を付けて来た、しもべだ。ここで倒しておくぞ」
フィリップは言いながら、レプレプから降り立つ。
カサカサと、彼の葉っぱを踏む音が響く。
気が付けば異変を察知してか、小鳥達の鳴き声一つしない。
「野生動物じゃないのは確かだね」
「当然だ。どう見てもモンスターだ」
真っ当な意見を述べた妹へ、フィリップは少し呆れたように言葉を返す。
「それでは師匠、このまま霊薬を注ぎ込み続けてください。モンスターは俺達が相手にするのでご安心を」
「そう? フフ、すっかり逞しくなったのねガル」
マリエラはその言葉だけ残して、顔を再び窪みへと向けた。
そしてそこから、ガサガサと音を立てながら斜面から上がって来たガルシアへ、レオノールが少し呆れながら言う。
「バトル前に顔を赤らめて来るなよ。不意を突かれるのがオチだぞ緊張感がない」
「いや、え、あ、はい」
ガルシアが返事している間に、タイガーラビットが先に動いた。
耳が長く、跳躍力も己の体長2mから数倍の高さを持つ、大型猫科のモンスターだ。
「ここは俺に任せろぉっ!!」
そう叫んで飛び出したのは、好戦的なレオノールだった。
しかし。
パパパン!!
「……」
「……」
ヒュウウゥゥウゥゥゥ~……ドサドサン!!
二頭のタイガーラビットが頭上から降って来たかと思うと、即死していた。
「ガル。てめぇよくも俺の獲物を」
「大丈夫です! まだ合計八頭は残っていますし、レオノールさん程の人ならタイガーラビットなんかではなく、シカ熊の相手の方が割に合うと思いますし!!」
ガルシアは二丁拳銃をホルダーに手早く収納しながら声を張ると、彼女へ親指を立てて見せた。
「そ、そうか? うむ、うん、そうだな。確かにそうだ! よぅし! シカ熊はこの俺に任せておけぇい!!」
ガルシアの上手い口車に、すっかり調子に乗ったレオノールは、四頭のシカ熊へと突っ込んで行った。
ちなみにシカ熊は、頭に枝分かれした角が付いている姿だった。
「ひとまず俺等も、まだ六頭残っているタイガーラビットの相手をするぞ」
「うん!!」
兄に促され、フェリオは改めて身構えた。
こうしてタイガーラビット六頭に、フィリップとフェリオとガルシア……プラス、出番はおそらくないが一応念の為、白隼姿のアングラード=フォン・ドラキュラトゥが。
シカ熊四頭にレオノールが立ち向かって行った。
背後を気にするマリエラへ、ウンディーネが述べる。
『大丈夫です姫君。貴女の背中はこのウンディーネが守りますゆえ。どうぞご安心の上にて作業をお勧めください』
ウンディーネに促されて、マリエラは首肯した。
「ええ、そうね。宜しくお願いね」
そうして少しずつ少しずつと、その小さな窪みの水源へと、霊薬を注ぎ込んでいった。
「喰らえ切り裂き! 八つ裂き! 炎を生みし爪! 氷を生みし爪! かまいたち! 連続パンチ! 二段蹴り! 踵落とし! 粉砕撃!!」
目にも留まらぬ速さでレオノールは一人、シカ熊へと立ち回った。
「ツバメ剣! 見切り! 瞬速斬り! 神威斬り!!」
ガルシアは片手剣、破壊者を振るう。
「ポセイドンスピア。唸れ烈火。風の気まぐれ。光よ我に力を」
フィリップは白黒魔法関係なしに捉われる事なく、自由に攻撃魔法を炸裂させていく。
「マーメイドスピア! 穿て水騎槍! 凍れ氷結拷問! 吹き荒れろ風神刃! 皮膚を削り肉を裂け砂嵐!!」
フェリオは子供体型なので、ひたすら上位黒魔法を放つ。
「よぅし! こっちは片付いた──ぞ!?」
レオノールが沢の方へ振り返った時、一頭のマーライオンが彼女へと、ウォーターバズーカーを放ったではないか。
「ぅわっと!?」
直後、ズシンと重々しい音がし振り返ると、シカ熊が彼女の足元で倒れていた。
これにレオノールは、マーライオンへと顔を戻す。
そして声をかけた。
「サンクスな」




