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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第二十二章:ゼラニウム国救出編
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story,Ⅲ:霊薬の効果



 半日経過、宿屋にて──。


「それにしても遅ぇなガルの奴。もうすぐ日没だぜ?」


 苛立だしげに口にする、レオノール・クイン。


「南北それぞれに行ったレオノールとフィルお兄ちゃんが、三時間前後で帰っているのに、どうしたんだろう」


 フェリオ・ジェラルディンも小首を傾げる中、気付けばマリエラ・マグノリアの顔が見る見る真っ青になっていった。

 これに気付いたフィリップ・ジェラルディンが、腰を下ろしていたベッドから立ち上がる。


「本当に何かあったのかも知れないから、行ってみよう!」


「あの、しかし……」


「我々はどうしたら……」


 太陽の騎士団長クルーニーと、空海(そらうみ)の騎士団長アラムの二人が戸惑っている。


「待てるならお持ちを。用事があればそちらへ。その時は戻り次第、それぞれの騎士宿泊場へと赴きます。手間を取らせて申し訳ない。失礼します」


 フィリップ・ジェラルディンは早口で述べると、一行を引き連れ一斉に部屋を後にした。

 ゲッケイジュ大陸の中央から、少し南寄りにあった宿屋から、レプレプを走らせて三十分程行った先に、ジキタリス絞首刑場があった。

 皆はレプレプから降りると、場内へと歩を進める。

 太陽が沈みながら、天乃海が放つ水模様と共に、美しい夕焼けを浮かび上がらせていた。


「ここは邪悪なる念が強いわ。早くガルを見つけ出して連れ帰らないと、厄介な事になる」


 マリエラが述べる。

 場内へ足を踏み入れると、広場の中央にある絞首刑台よりも少し先で、ガルシア・アリストテレスが倒れているのが分かった。


「ガルッ!!」


 マリエラが誰よりも早く走り出すと、彼の元へと駆け寄った。

 ガルシアの手には、双子のマンドラゴラが握られていて、それはもう長時間空気に晒された事により泣き声を上げずに、おとなしくなっていた。

 マリエラは、ガルシアの呼吸と心音、脈を確認する。


「──そんなっ!!」


 そうしてマリエラは、大粒の涙を零し始める。


「どうしよう! ガルが、ガルが……ッ!!」


「どっちだ!!」


 混乱しているマリエラへと、フィリップが鋭い声で問いかける。


「し、死んでる……!! 一体いつからか分かれば……とにかく、私が出来る事をやってみるわ!!」


 マリエラはすぐさま気持ちを切り替えると、エルフマジックを唱えた。


「かの者に命の芽吹きを──エルフマジック!!」


 マリエラは声を上げると、倒れているガルシアの胸へ、ドンと拳を打ちつけた。

 だがしかし、ガルシアはピクリともしない。


「そんな……! こんなの嘘よ!! どうしてこんな事に……ガルはマンドラゴラの対処法を知っていた筈なのに……!!」


 マリエラはついに、大粒の涙をポロポロ零し始めると、ワッとガルシアの胸元に覆い被さって泣き始めた。


「冗談だろう!? また勇者を失うのかよ!? お前ら兄妹の魔法でも無理なのかよ!?」


「魔法高度の高いエルフマジックで無理なら、ボク達の魔法なんかはまるで無理だよ……」


「でもまだ、手段がないわけじゃない──闇を照らし光よ。今も構わずかの者に光を……月下照光(ムーンライト)


 フィリップが次に口を開いたかと思うと、突如呪文を唱え始めた。

 直後、子供体型のフェリオの肉体が成人体型へと変化する。


「や……っ、ちょっ、だから何も用意していない時にいきなりこの魔法を掛けないでと……っ!!」


 抗議しながら自身を両手で隠す仕草をするフェリオに、フィリップはゴメンと微笑みながら身に着けていた白マントで、妹の肉体を覆い隠す。


「フィルお兄ちゃんがボクの呪いを一時解除したと言う事は……召喚術を使えって事だね!?」


「そ」


 一文字だけで返答して、ニッコリと笑顔を見せた。


「OK。えーと……じゃあ、早速登場だね。──生きとし生けるもの今この場にて死せる者をどうか蘇らせよ。ほんの爪の先程度の生命力を与えたまえ集いたまえ生き返らせよ。高貴であり儚き者よ……不死鳥ベヌウ!!」


 すると、ピチョンと水の雫が滴り落ちてきたかと思うと、青灰色の羽根が一枚、舞い落ちてきて眩い光を放った。

 皆があまりの眩しさに目を逸らし、ゆっくりとまたその場へ目を開いた時、そこにはまるでフラミンゴのように長くて細い足一本のみで立っている、一見青鷺を思い起こさせる大型の鳥が佇んでいた。


「早速この私の出番とは。果たしてこの調子で大丈夫なのか一行諸君よ……私の出番がないに越した事はないものを」


 ベヌウの言葉に、しょげ返った様子でフェリオは口を開いた。


「予想外な出来事だったんだよ……お願い、ガルシアを助けて」


「フ……構わん。承諾した。何を申したところでこれが私の役目なのだからな。さて、前以って申しておくが、私の蘇生方法は少々手荒いぞ」


「大丈夫。ガルが生き返るのであれば……」


「良かろう」


 ベヌウは述べると、羽毛の中に隠すように折り畳んでいたもう片方の細長い足を伸ばすや、何とその足でガルシアの胸元を踏み付けにしたではないか。


「!?」


 これに皆は、はと息を止める。

 暫しの沈黙後、ガルシアが口から大きく吸気した。


「この踏み付けにされるのが少しでも屈辱だと思えたのならば、そうされぬよう励む事だな」


 そう言い残してベヌウは、つむじ風と共に姿を消した。


「ゲホッ! ガハ……ッ!! ハァ、ハァ……」


「ガル!!」


 咳き込む弟子の胸元に覆い被さるマリエラ。


「あれ? 俺は一体……あ、確かマンドラゴラの双子を引き抜いてしまって……って、どうして皆ここに集まってんの!?」


「そりゃ、お前が死に腐ってたから、生き返させる為にだ。ったく、世話が焼ける」


 レオノールはそう述べると、広場の出口へ歩き出す。


「さぁほら、早くこの場を立ち去らないと、モンスターとエンカウントする確率が上がるよ!!」


 フェリオは言いながら、ガルシアの手を取って立ち上がらせる。

 もれなく、マリエラも同様に彼のもう片手を引っ張り上げた。

 そして黄昏ていく天乃海の下、皆この絞首刑場を後にするのだった。




 ──その夜のガルシア。

 食事を終え寝る前のシャワーにて。


「……この胸元にある三つ指の鳥の足跡のような模様は、一体何だ……?」


 頭上から降り注ぐシャワーの中で、胸元のあざに手を当てて呟くのであった。




 翌日。

 会議予定だった太陽と空海の騎士団長には、今しばらく待ってもらってから皆は、マリエラが借り暮らししているマンスリー宿場にそれぞれが入手した材料を持ち寄り、集まった。

 フェリオはテイム、オルガノ、ローズメリーを。

 フィリップはピルゼンクラウトとベラドンマを。

 レオノールはミイラの指一本を。

 そしてガルシアは双子のマンドラゴラを。

 それぞれを受け取ってマリエラは、薬研(やげん)を用意した。

 新鮮な材料は短時間で製作する為、魔法にて手早く乾燥させる。

 薬研とは、粉末にしたり磨り潰す為の青銅で作られた、舟形で溝がある皿に軸のついた車輪状の引き具から成る、道具である。


「ねぇでもさぁ、マリエラ。僕が摘んできたピルゼンクラウトとベラドンマは、毒草じゃない? 使って大丈夫なものなの?」


 フィリップが、ガルシアが運んできたお茶を飲みながら、尋ねる。


「クス。大丈夫よ。その為の薬を作るのだから」


 マリエラが愉快そうに、肩を竦めて見せる。


「相手はこの師匠ですよ!? 余計な心配など不要!!」


 張り切ってでしゃばるガルシアだったが。


「その弟子は昨日、おっ死んじまっていたけどな」


「ゥグ……ッ!!」


「召喚したベヌウから、しっかり皮肉も言われたんだからね」


 レオノールに続き、子供体型に戻ったフェリオからにもそう述べられて、ガルシアはつい言葉を詰まらせた。

 そんな皆のやり取りに、愉快げな様子の余裕を見せながらマリエラは、手馴れた様子で材料を薬研で挽いていった。




 それから数時間後──。


「出来たわ。霊草の完成よ」


「おお! さすがは薬師!!」


 フェリオの第一声に、ガルシアが横槍を入れてきた。


「師匠なのだから当然だ」


 そして一行は、マリエラが完成させた“霊薬”を目の当たりにして、束の間ポカンと呆けてしまった。


「錠剤でも粉末でもない……」


「これは……液体の霊薬?」


 レオノールとフェリオが口を開く。


「当然でしょう。まさか薬を国民一人一人に配るとでも思ったの?」


「……思った」


 マリエラの発言に、素直にフィリップが答えた。


「しかしこの……たったそれだけしかない霊薬を、どうする気の?」


 ガルシアも等しく、小首を傾げる。

 それは500ml程の量であろう、透明な液体であった。


「予想するまででは、とてもこれっぽっちじゃ足りない気がするんだけど、マリエラ?」


 フィリップが困惑したように述べる。


「大丈夫。安心して。十二分にこの量で足りるわ。では、両団長をお呼びしましょう」


 マリエラの自信に溢れる様子に、首肯するとフィリップは自分の肩に乗っている白隼のアングラード=フォン・ドラキュラトゥへと、声を掛けた。


「ひとっ飛びして、頼まれてくれるかい? ラード」


「了解した」


 アングラードは素直に答えると、フィリップの肩から飛び立って行った。


「便利な隼ね。隼にはあれだけの利便性があったのね」


 感心しているマリエラの発言に、一行が苦笑いする中でケロリと、レオノールが述べる。


「あれは俺の使い魔だ」


「使い魔? じゃあもしかして、あの隼はモンスターなの?」


 仰天するマリエラに、ガルシアが述べた。


「まぁ、道中いろいろあってさ。そのうち話すよ師匠にも」


「そう?」


 マリエラは弟子の言葉に、小首を傾げるしかなかった。




 一時間後。

 太陽と空海の騎士団長両名を引き連れて、アングラードが戻って来た。


「準備が出来たとこの隼が」


 クルーニーの肩に乗っていたアングラードは、翼を広げると再度フィリップの肩へと戻った。


「ええ。材料は揃ったわ。もう後は実行するのみよ」


 マリエラが悠然と述べる。


「それで、そろそろ教えてくれない? こうして役者も揃った事だしさ。何をする気なのか知りたいよ」


 フェリオがマリエラへ述べる。


「そうね。両団長もお越しくださった事だし、実行の有無の許可を頂きましょう」


「実行の有無の許可?」


 レオノールが僅かに、眉宇を寄せる。


「こればかりはたかが旅人の独断で、実行するわけにはいかないものだから」


「フム。それでは、それは一体何でしょう?」


 空海の騎士団長のアラムが尋ねる。


「この液体は私が先程完成させた霊薬で、これをこの大陸の飲料水になっている水源へ流し込ませたいの」


「ええぇえぇぇえぇっ!?」


 これには皆が驚愕を露わにする。


「この霊薬は人間動植物には無害で、だけどモンスターには有害だから一口でも飲めば、人間の化けの皮が剥がれるようになっているの」


 マリエラは軽快な口調で述べると、ニッコリと美しく微笑んで見せた。




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