story,Ⅱ:材料収集
「空海の騎士団は全員でどれくらいいるんだ」
レオノール・クインが空海騎士団長アラムへ尋ねる。
「八百人程……ではなかろうか」
「──多いね」
フィリップ・ジェラルディンが静かに答える。
「それだけの数に、一体どれだけの黒犬が忍んでいるのかが、分からないもんね」
フェリオ・ジェラルディンも意見する。
「ただ、どうして我々の騎士団だけの方に、モンスターが侵入しているのかです。太陽の騎士団にはいないのであろう?」
アラムは言うと、腕を組んで天井を仰ぐ。
「それは“太陽”だからです」
ここに来て、マリエラ・マグノリアが発言した。
「多くのモンスターは聖なる存在を嫌います。太陽もまた然り」
「半分だと考えても四百……俺等で倒せるかなぁ」
ガルシア・アリストテレスが述べる。
「いや、ここは騎士団達と、一般人達にも協力してもらう」
レオノールの発言に、一斉に彼女を見やる。
「俺等は寧ろ、あの胡散臭い王子達の相手だ」
「確かに、それは言えてるね。同感だ」
フィリップも首肯する。
「でも、我々騎士団員は日頃からバトルの訓練をしているが、一般人達まで巻き込んで大丈夫だろうか?」
クルーニーが表情を翳らせて尋ねてきた。
「問題は、モンスターが必ずしも空海の騎士団だけにしか、侵入しているとは限らないと言う事だよ」
ガルシアが発言する。
「その通り。一般民の中にも混じっている可能性もあるってことだ」
レオノールがガルシアの発言に同意してから、言った。
「何と……!」
「それが確かだと、この国は最早、モンスターの巣窟ではないか」
クルーニーとアラムは動揺を露わにする。
「仮に実行したとして、一体どうやって皆にモンスターと人間の見分けを付けさせるのさ?」
フェリオの発言に、フィリップがマリエラへと顔を向ける。
「その効果が可能な何かをマリエラ、君は作れないかな?」
「そうね……」
フィリップに尋ねられ、マリエラは暫し黙考する。
そして、口を開く。
「確かあった筈だわ。今まで必要なかったから意識した事はなかったけど……思い出してみる」
「うん。宜しく頼むよ」
「ところで……王子の相手をなさるとそなたらは申されたが、王室にすらモンスターが侵入していると言う事か?」
アラムの質問に、レオノールとガルシアとマリエラが首肯する。
「俺とエルフは耳が良いし、この白隼含めてだと鼻も利く。まず十中八九、間違いないと思われる」
レオノールが受け答える。
「何て事だ……何故我々の国だけが……!!」
「いや、他の地域もモンスターが入り込んでいる」
頭を抱えるアラムへと、ガルシアが答える。
「今までモンスターはおとなしかったのに、どうして突然……」
クルーニーも気重に述べる。
「それは今まで不在だった魔王が復帰したからだよ」
フェリオが言った。
「その魔王をぶっ倒して、必ずこの世界を平和にしてやるから任せとけ」
レオノールは言うと、自分の手の平に拳を打ち込んだ。
「言い方変えると、カップルの壮大な喧嘩だよな……」
ボソッと呟いたガルシアの頭に、コブが出来たのは言うまでもなかった……。
「マリエラ、君は人間と魔族を見分ける事が出来る、魔法薬とかは作り出す事が出来そうな何か、思い出したかい?」
フィリップがマリエラへと、声を掛けた。
「ええ。勿論、思い出したわ。何だったら、そのレシピもあるくらいよ」
「レシピ? ひょっとして元々昔からあるの?」
フェリオの言葉に、マリエラは首を横へと振った。
「いいえ。私のオリジナルレシピよ。他は誰も知らない筈だわ」
「それなら、早速頼まれてくれるかな?」
「構わないわ。じゃあ、その材料を集めましょう。もし、騎士団長のお二方。どちらかがこのゲッケイジュ大陸の地図をお持ちではありませんか?」
突然、キリッと引き締まった表情に変わったマリエラの様子に、クルーニーとアラムは互いに顔を見合わせてから、アラムがふところに手を差し入れる。
「基本、我々騎士団達は全員、大陸の地図を持たせておりますので……」
クルーニーの言葉に合わせて、アラムが地図を取り出すとテーブルの上に広げた。
「……」
これにマリエラは、地図の上へ視線を走らせて、眼球をキョロキョロさせる。
そして何やら口の中でブツブツと呟くと、大きくコクリと頷いてから口を開いた。
「おそらくこの大陸で全ての材料が、入手出来そうだわ。皆で手分けして入手致しましょう」
「え? 手分けして!?」
フェリオが彼女へ聞き返す。
「当然よ。時は刻一刻と流れているのに、まさか皆でゾロゾロ入手先へと出向くつもりだったの? それじゃあ、無駄に時間が掛かるでしょう?」
マリエラのきびきびした口調に、フェリオは思わず怯む。
「師匠は仕事モードに突入すると言動がてきぱきしてくるんだ。悪気はないから怖がらないでやってよ」
ガルシアは言うと、苦笑いを浮かべた。
しかし気付くと、マリエラがスンとガルシアとフェリオを見ていた。
「もう説明に入っても宜しいかしら?」
「あっ! は、はい!! すみません!!」
これにガルシアは半ば慌てる。
それを確認して、マリエラは地図上に人差し指を滑らせていく。
「まずは香草をフェリオ、あなたに入手してもらいます」
「え? ボク!? ど、どこで!?」
「それを今から言うのだから、しっかり聞いておくように。何だったら、メモッてた方が良いかも知れないわね」
「ええっ!? メモ、メモちょっと待って!!」
フェリオは慌てふためくと、ベッドサイドに置かれていたメモ帳とペンを取り上げて、戻って来た。
それを見てマリエラは、言葉を続ける。
「必要な香草は三つよ。一つ、テイム。二つ、オルガノ。三つ、ローズメリー。これらは普通にアイテム屋などで売られているわ。フェリオ、頼まれてくれるわね?」
「テイム……オルガノ……ローズメリー、と……。あ、うん! しっかり買い揃えるよ」
フェリオはメモ帳にペンを走らせながら、返事した。
「ええ、お願いね。次はフィリップさん。あなたはこの大陸の南方にある、アジサイ湿原にあるピルゼンクラウトとベラドンマという植物を」
「分かった」
首肯するフィリップはニッコリと笑顔を見せる。
「次はレオノール。北方にあるカモミール霊拝堂でミイラの指を一本お願いするわ」
「OK」
短く答えてから、レオノールはウインクして見せる。
「最後にこの大陸の中央に位置する、ジキタリス絞首刑場に群生しているマンドラゴラを。これについての注意点は覚えているわね、ガル」
「ええっ!? 俺が行くの!?」
「そうよ。あなたは私の助手をしていたのだから、容易いでしょう」
「そ、それはそうだけど……」
「反論は受け付けません」
「ぅぐ……っ!!」
マリエラとガルシアの会話の様子を見定めてから、フェリオが口を開いた。
「マリエラさんはどうするの?」
「私は天乃海で塩を入手してきます」
「その辺の塩じゃなくて?」
「ええ。天乃海の塩は成分が他のとは、多少違うの。だから天乃海の塩を。場所がこの大陸で良かったわ」
「でも、あんな空高くのをどうやって?」
「クス。私には、ずっと優れたエルフマジックを使えるので大丈夫よ」
マリエラはここまで子供体型のフェリオの質問に答えると、その頭を優しく撫でた。
「それで、我々は何をすれば……」
アラムの言葉に、マリエラはあっさりと述べる。
「薬造り用の道具でも、準備してもらっておこうかしら」
「それだけ?」
クルーニーが拍子抜けな様子で述べる。
「あなた達には、今後重要な役目があるので、今はその程度でいいのです」
「重要な役目?」
アラムがマリエラに問い返す。
「ええ。“騎士団長”と言う役目がね。忙しくなるわよ」
そう言ってニコッと笑顔を見せたマリエラに、クルーニーとアラム両名は、頬を赤く染めるのだった。
何せマリエラは、まるで絵画から抜け出たかのような、絶世の美女なのだから。
「それじゃあ、入手したらまたここに集合って事で」
レオノールの言葉を合図に、みんな同時に行動を開始した。
レオノールは北へ、フィリップは南へ、ガルシアは中央へとレプレプを走らせる。
フェリオは財布を堅く握り締め、アイテム屋へと向かった。
「あの、テイムとオルガノとローズメリーをください」
「おや。あんたは勇者さん達の子だね。おつかいかい?」
「はい」
「そうかい。いい子だね。ほら、飴ちゃんあげよう」
「あ……ありがとうございます……」
この子供体型で中身は十九歳だなんて、言っても絶対信じないだろうなと思いつつ、飴を受け取るフェリオなのだった。
正午前、レオノールはカモミール霊拝堂に到着した。
そこには、敷地内の手入れを行う修道院の姿があった。
「頼もう。俺はレオノール・クインと申す者。誠に突然ながら、薬物造りに必要な為ミイラの指を一本、頂けないだろうか。これ、太陽の騎士団長クルーニーと、空海の騎士団長アラムからの申請書もある」
それを確認して院長は、快く承諾した。
こうしてレオノールも、難なく材料を入手した。
同時刻頃──。
「ったく、ザコモンスターばかりゾロゾロ出現してくるとは、倒したところでレベルも上がらんしキリがないと言ったらないものだ。うっとおしい」
フィリップは苛立ちでこめかみに血管を浮き立たせながら、ついにギブアップした。
「無理だ! キリがない!! 冗談じゃない!! こんなにわんさか、相手にしてられるか!! ──我の存在を隠し、失くせ。月影の蜃気楼!!」
フィリップはエンカウントなしの魔法呪文を唱えた。
途端、そこら辺にうろついているザコモンスターが、フィリップを全く気にかけなくなった。
「チッ。こんな事なら初めからこうしておけば良かったな」
こうしてフィリップは無事、ピルゼンクラウトとベラドンラを摘み取った。
ベラドンラは葉が紫陽花で、鮮やかな紫の花は百合と等しく、実はブルーベリーのような植物だ。
そしてピルゼンクラウトはキャベツとブロッコリーを合体させたような青色の外見をしていた。
「これは確か毒薬の筈だが……どうするつもりだ? 薬造りとは聞いていたものの……」
フィリップは小首を傾げたが、まぁいいやとばかりに背負ってきた藤籠の中へと放り込んだ。
そして白い肌をしたレプレプに跨ると、手綱を握った。
「よし、帰るぞ」
「クルッコッコー!!」
レプレプは元気な鳴き声を上げると、体の向きを変え元来た道を颯爽と疾走して行った。
そして次は、ジギタリス絞首刑場にて──。
「あー、ヤダヤダ。数々の人々を絞首刑にしてきた場所なんかに、俺を行かせるなんて……不気味ったらないよ……」
ブツクサと文句ばかりを垂れ流しながら、ガルシアは何やら耳元をゴソゴソと弄っていた。
「よし。耳栓OK」
そして周囲を見渡すと、すぐにマンドラゴラの葉を見つけた。
「さっさと引き抜いてさっさとここをあとにしよう」
ガルシアは言いながら、葉と茎を掴むと引っ張ったが、なかなか抜けない。
「何だこれ。大きいのか?」
そうしてもう踏ん張りすると、ようやく抜けたが何せ精一杯の力を込めて抜いたので、ガルシアは派手に尻餅をついてしまいその拍子で、耳栓が取れてしまった。
見ると、そのマンドラゴラは──。
「え? 双子!?」
「オンギャアアァァアァァアァァァーッ!!」
マンドラゴラの絶叫を耳にしてしまい、ガルシアは呆気なくその場に倒れこんでしまった。
この植物の根は、赤ん坊の姿をしており、その鳴き声を聞くと死に至ると言われているのであった……。




